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石破茂さんのこと

2017年04月14日 (金)

石破茂衆議院議員・前地方創生担当大臣のお話をお聞きする機会に恵まれました。

於 グランドホクヨウ(米沢市)

出先でお話をする際、これまでいかにこの地域と関係が深いか、偶然にもこんな因縁めいた関係が昔からある、などということを引き合いに、その地域との「共通項」の多さをアピールすることで、ぐっと聴衆を引き付けることが必要、というのはよく言われることです。

石破さんの場合もそうでした。

戦前公選知事、つまり、県知事は内務省からの派遣された役人が赴くこととなっていました。
しかも、その地域との利権等がないようにと、県出身ではない者を送ることが原則でした。

1934年(昭和9年)から2年間山形県知事となった内務官僚の金森太郎。
そこへ、同じく内務官僚で、後に鳥取県知事、自治大臣等を務める石破二朗が赴任、金森は石破に自らの娘を嫁に、と持ちかけた。娘は「『ブ男は嫌い』と三日三晩なき続けたが、断りきれず、ついに婚約結婚、その間に三男として生まれたのが私」と。

「さらに自治大臣だった父の後任となったのが、山形県知事退任後参議院議員となった我孫子藤吉」とも。

つまり、山形県のご縁がなかったら自分は生まれなかった、偶然にも石破家と山形県とはつながりが深い、とのアピールでした。

その後も、額に汗して熱弁を振るう−−−少子高齢化で困難を極めるのは東京であり、地方には今後の発展要素としての〔棲里併裕─↓∨かな自然、おいしい水といった条件が整っている、産学官の連携の大切さについて個別業界をいちいち挙げて説く、といった具合。

「地方創生と日本の将来」と題する中で、「米沢知っている」アピールも忘れません。

ド迫力の一時間。

そして、石破さんと同じ酉年の私。
お帰り間際、「お久し振り!」と固い握手を交わして…

学ぶこと大でした。

過去の子育て知事日記