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故 野村一成氏のこと

2021年07月17日 (土)

去る7月7日、七夕の日本経済新聞の社会面物故者欄に、野村一成氏の名前がひっそりと載っていました。

享年81歳。

ロシア大使等をお務めになった外交官。
そして、1960年代後半に皇后様のお父様の小和田恒氏とロシア大使館勤務がご一緒だったこともあってか、2006年ロシア大使退任後宮内庁東宮職東宮大夫に就任なさいました。

私は、同年9月、天皇陛下が当時皇太子殿下として第18回全国農業青年交換大会ご臨席のためにご来形いただいた際に、野村氏と初めてお目にかかりました。

それは、ご静養先のオランダからご帰国なされたばかりの皇太子殿下がお昼過ぎにさくらんぼ東根駅にご到着、そのまま東根市役所にご移動、そこで、殿下に対し約20分間に亘り県勢概要につきご説明申し上げた際、ご陪席なさっておられました。

そして、2度めは、皇太子殿下ご来形の御礼に東宮御所をお訪ねし、先の全国農業青年大会に皇太子殿下に行啓いただいた御礼を、野村東宮大夫、入江侍従に申し上げた時でした。

実は、野村氏とは、その後も交流がありました。

それは、山形県という地方都市の発展について語り合った際に、ロシア大使をお務めであったこともあり、同国内にも独自の地方発展と遂げている都市がある、そこと山形県が姉妹都市提携を結んではどうか、というご熱心なご提案でした。

幾度か電話連絡を取り合い、県庁内でも調査に乗り出した経緯がありました。
が、残念ながら、結実には至りませんでした。

思えば、大人(たいじん)でした。

皇太子殿下がご来形なさった2009年9月、その2日前、当時適応障害で公務を控えられておられた妃殿下とともに同年8月ご静養のためのオランダご訪問からご帰国なされたばかり。
ご夫妻のオランダご訪問を実現させた野村氏は、皇后さまにとってお苦しい時期を支えた“恩人”だったかもしれません。

野村氏の訃報を伝える紙面のちょうどその上には、天皇陛下が東京オリンピック・パラリンピック開催を控えワクチン接種を行った、という記事が掲載されていたのも、ご縁かも知れません。

このたびのご逝去の報を受け、天皇皇后両陛下は侍従を通じて弔意を伝えた、と報じられています。

どうぞ安らかに。

合掌。

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