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子育て知事日記
□ 「変革・転換」の時代 
2006年10月6日(金)


 県議会9月定例会閉会。全提案議案可決(一部賛成多数)。

 その後、議会決議案件を討論──防衛庁「省」昇格事案──そこに、災害等救済体制一体化事案を織り込むか否かで、自民と21世紀の2本の議案提出、結局自民賛成多数で、織り込まない自民党案が採択。

 議会決議が複数案上程され、議決により決することとなったのは極めて異例、か。議会の「変革」ぶりが窺える。

 議会閉会後、程なく、人事委員会より、県職員給与についての勧告──@期末・勤勉手当を来年度までに0.2ヶ月引下げる、A本俸は据え置く──本年度初めて50人規模以上の民間給与を調査、その比較衡量の結果、いわゆるボーナス額を民間支給率まで調整する、というもの(本俸は昨年度導入の地域給の影響から今後数年間で民間水準まで調整)。

 今年度の勧告は、確かに、引下げ勧告自体も画期的だが、それ以上に、これまでの『国準拠』から、各地域独自の『民間準拠』へ、積極的な意味で「転換」したことだ(昨年度は消極的な意味で「引き上げない」勧告)。

 接近中の台風の影響で、終日雨。
 さてさて、明日からの3連休のお天気やいかに──

(明日より「さいとう弘」ホームページが一新します!乞うご期待!!)

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□ 栗ご飯 
2006年10月5日(木)


 予算特別委員会最終日。佐藤(自民)、吉泉(21世紀)、佐貝(自民)の各委員──やまがた改革、医療提供体制、むらづくり等を巡っての質疑。疑終了後直ちに採決、可決。明日の本会議へ。

 委員会終了後、直ちにビックウイングへ向かう。「第23回法人会全国大会やまがた大会」にて来賓祝辞──さくらんぼ以外の、本県のものづくり力をアピール、そして、税ないし税制がこれほどまで話題に、そして身近に感じられるときはない、三位一体改革を通じて自己決定可能な地方自治を確立しよう、そのためにも今日の法人会の力が益々発揮されるように──と。

 そもそも、法人会は、納税意識の向上と税知識の普及に力を入れている。山形県では、丸十大屋の代表である佐藤利右衛門氏が法人会連合会会長。そして、壇上で十数年振りに再会した方がいた──徳島県連合会会長の住友俊一氏だ。住友氏は元阿波銀行頭取、十数年前、日本銀行考査にて他のチームメンバーとお邪魔した際にお目にかかって以来のこと。

 子どもたちは今日から2日間の秋休み、家内と遠出。従って、夕飯は実家で両親と──季節感溢れる、アケビの味噌焼きと、栗ご飯だ。

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□ 『子ども』 
2006年10月4日(水)


『批判ばかりされた 子どもは 非難することを おぼえる
 殴られて大きくなった 子どもは 力にたよることを おぼえる
 笑いものにされた 子どもは 物を言わずにいることを おぼえる
 皮肉にさらされた 子どもは 鈍い良心の もちぬしとなる
 しかし
 激励をうけた 子どもは 自信を おぼえる
 寛容にであった 子どもは 忍耐を おぼえる
 賞賛をうけた 子どもは 評価することを おぼえる
 フェアプレーを経験した 子どもは 公正を おぼえる
 友情を知る 子どもは 親切を おぼえる
 安心を経験した 子どもは 信頼を おぼえる
 可愛がられ 抱きしめられた こどもは
  世界中の愛情を 感じとることをおぼえる』

           (『子ども』 ドロシー・ロー・ノルト作)

 予算特別委員会2日目。小野(自民)、村山(自県公)、金澤(自民)の各委員──総合支庁制度の見直し、スポーツ・文化振興、若者対策等を巡り質疑。

 特に、金澤委員が、新聞コラムを引用し、「携帯電話の普及により、子どもの宛ての電話を取り次ぐ、といった状況がなくなったため、友人の名前すら分からない世の中になった、という事態をどう考えるか」との問題提起があった。

 引用コラムの中に、上記詩の最後の節「可愛がられ・・・」のくだりがある。丁度、先日の新地方分権推進検討委員会委員長の神野直彦教授の講演録を読んでいたところ、全く偶然ではあるが、同じ詩の全文引用が目に付いた。

 曰く、「なぜ私たちは地方分権を進めていかなければならないのか」として、子どもたちに「人間の絆」の大切さを教えないと、犯罪等により社会秩序が乱れるばかりか、信用の欠如から経済発展もない、だからこそ、自己決定を可能とする地方自治を確立することにより、地域を大切にする、すなわち「絆」を保ち続けることが出来るようにする、それこそが、これからの我が国の発展のためには必要、と説く。

 『子ども』は多くを語っている──

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□ 「簡潔さ」と「明快さ」
2006年10月3日(火)


 数々の名演説を残したレーガン米大統領は「偉大なる対話者」(Great Communicator)と評された。

 レーガン大統領の演説は、それほど、親しみやすく、かつ平易な言葉で、その保守政治に対する米国民からの信頼を取り付けたのだった。

 無論、そこには、名スピーチライターがいた──ペギー・ヌーナン氏。その要諦は、「驚くような『簡潔さ』と『明快さ』」、という。

 今日から予算特別委員会。青柳(自民)、吉田(21世紀)の各委員が質問に立つ──厳しい財政状況の「出口論」、環境行政のあり方、説明責任のあり方、等々について質疑。

 19年度の県政運営の基本方向を言い表すキーワード──「いぶき」、「若者」、そして「手触り感」──は、果たして、企業等の「期待」形成等を通じて、設備等の投資誘発へ繋がるか。

 それは、確かに、すぐれて「簡潔さ」と「明快さ」の総和であるような気がする。

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□「自立すれば自立するほど連帯するもの」
2006年10月2日(月)


 新地方分権構想検討委員会(以下「神野委員会」)。於都道府県会館。  神野委員会は、「未完の改革」である地方分権改革を今一度大きなうねりにするべく、地方六団体により設置したもの。

 メンバーは、神野直彦氏(東京大学大学院経済研究科教授)を委員長に、小幡純子氏(上智大学教授)を委員長代理に、堺屋太一(作家)、榊原英資(早稲田大学教授)、宮脇淳(北海道大学公共政策大学院院長)、北川正恭(早稲田大学大学院公共経営研究科教授)、赤崎義則(前鹿児島市長)、青山彰久(讀賣新聞解説部次長)等の各氏。

 今回の場は、5月に神野委員会中間報告がとりまとまった際の全国知事会の場で、小職が「『そもそも論』を、是非、委員会メンバーと」と提案したことから、具体的に実現したもの。

 小職の発言骨子、以下の通り。

 (1)『分権型社会の実現』とは、満足度、充実度の高い地域を実現するため『自己決定』が出来るシステム作りであるはず──すなわち、地域作りは『ない物ねだり』から『ある物さがし』へ、そのための行政は、公共サービスの『削減競争』から『提供競争』へ、故に『管理』から『経営』へ、進化する必要。

 (2)そうした大きな流れを可能にするために、「均衡ある国土発展のための『所得再分配』」との観点から、現在の交付税制度を含む行財政制度や税制の再構築は不可欠。

 (3)その際、どうしても避けて通れないのが大都市(東京)と地方との関係であり、これまでの自治体間の「密接連携、しかし不可侵」の伝統を再考し、本来の「国と地方」の議論と混同・混乱しないよう配慮しながらも、正面から取組むべき課題。

 最後に、神野委員長から、次のような発言を得る──「(地方自治体は)自立すれば自立するほど連帯するものだ」

 そのメカニズムについては今一度詳しくお伺いしてみる必要があるが、仮にこの命題が真であるならば、分権型社会の実現こそが、我が『国力』の最大化に結びつくもの、と言えよう。

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□ 高原の風 
2006年10月1日(日)


 両親を誘って、子どもたちと一緒に、ドライブに。

 まずは、腹ごしらえ、七日町の「壱刻館」にて、名物のオムライスとシチュー。一路、山寺へ。結構の観光客・登山客。そのまま面白山へ。道中狭い。何度もバックして、互いに安全に通れるように。

 天童高原、一面のコスモス畑──満開ピークは過ぎたようだ、が、色とりどりの花がきれい。紅葉にはまだ早いようだ。牧場サイドでは、ダチョウや羊、牛などの動物とも戯れる。

 夕方の高原の風はさすがに冷たくなってきた──

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□ 年度折返し地点 
2006年9月30日(土)


 プロ野球ファーム日本選手権、阪神対ロッテ、於県野球場(中山町)。

 開会セレモニーにて、東北一の生産量を誇る「すもも」を贈呈。

 快晴の下、観客動員1万人を目指すも、同時にモンテディオ山形のホーム試合があったこともあって、7千人弱。結果は阪神6―0ロッテ、阪神が2軍の日本一に。

 夕方、子どもたちと近所を散策──歩いていると、普段は気が付かない風景に気づく。

 今日で、今年度も折返し地点──

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□ 庄内 ── 食、商い、歴史文化 
2006年9月29日(金)


 庄内平野を駆ける。

 あたり一面が黄金色に輝く、収穫の季節だ。農家の方々の多くが、忙しくも、一年中で、最も充実感と喜びを感じる時期でもある。

 第25回日本商工会議所青年部東北ブロック大会酒田大会に来賓としてご挨拶。於希望ホール。「若者」の集いであり、また地域おこしのリーダーとして活躍中の方々の集まりでもある。まさに本県が目指す「『若者』を“やまがた”にひきつける」対象者であり、かつ推進者でもある──訴える絶好の機会──そう思い、「子ども夢未来志向」に基づく未来に広がる“やまがた”づくり、中でも「いぶき」と「若者」、そして「手触り感」を大切にする県政、ご一緒に「『ある物』さがし」をしましょう、と力を込める。

 合間をぬって、初めて、致道館・同博物館、旧風間家本邸(丙申堂)・別邸(無量光苑釈迦堂)、鶴岡カトリック教会を駆け足で巡る──まさに、そこで学ぶ子どもたち、生活する人々などの声が聞こえてくるような錯覚に──

 庄内は、まさに、食と商い、そして歴史文化の地だ。

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□ 主権者の責任 
2006年9月28日(木)


 「新しい時代の政治・行政〜改革が目指すもの〜」シンポジウム。

 北川正恭(早稲田大学大学院教授、前三重県知事)、北垣武久((財)社会経済生産性本部自治体マネジメントセンター主席コンサルタント)、和田明子(東北公益文科大学助教授)の各氏とパネル。

 以下、県政運営上、今、我々が認識すべき「変革」である──

  @管理 → 経営
  Aお願い → 約束
  B情実 → 契約
  C説得 → 納得
  D部分最適(均衡) → 全体最適(均衡)
  E予定調和 → 切磋琢磨
  F何「を」(してくれるか) → 何「が」(できるか)
  G「ない物」ねだり → 「ある物」さがし

 そして、「完全な情報公開」の下では、結局、有権者の判断が全てであり、地方の暮らしやすさや地方の良し悪しについて、「主権者の責任」が問われる、という厳しい将来が待っている。

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□ 「しっかりと」 
2006年9月27日(水)


 県議会9月定例会における一般質問。

 中川(自民)、海鋒(21世紀)、坂本(自民)の各議員──分権改革、農業振興、少子化対策、地域医療、高校教育、等々。特に、米政策について、本県産米が「日本一のブランド米」となるためには、@後継新品種米の開発、ならびに、A優れたマーケット戦略・ブランド戦略(含む新品種米のネーミング)、が不可欠である旨表明。

 遠藤利明代議士が文部科学副大臣に就任、「子ども夢未来指向」を基本理念とする本県にとって、心強い限り。

 他方、福島県の佐藤栄佐久知事が一連の談合疑惑の「道義的責任」をとって辞任、気心が知れ始めてきた隣県の大先輩知事であっただけに、残念。

 昨日の安倍新首相が、就任後初の記者会見において、何度も口にした「しっかりと」──小職も、改めて、しっかりと県政を担っていきたい。

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□ 安倍新内閣への期待 
2006年9月26日(火)


 県議会9月定例会における代表質問。

 舩山(自民)、伊藤(孜)(21世紀)、寒河江(自県公)の各県議──県政運営の自己評価、三位一体改革の評価、産業振興策、少子化対策、病院事業のあり方(含む医師不足対応)、子ども優先社会の構築、等々。県議会との信頼関係を堅持しながら、県民に身近な行政として肌で感じてもらえるよう「手触り感」のある県政運営に努める旨述べる。

 安倍晋三氏首班指名、内閣総理大臣に就任、そして組閣、新内閣成立──国務大臣の顔ぶれを見ると各々の分野での精通者、という印象が強い。ただ、「北国」出身者がひとりもいないことが、気がかりと言えば気がかり。

 強いリーダーシップを発揮し、山積する国内外の諸課題に優先順位をもって取組んでもらいたい。

 特に、地方が元気でなければ我が国の発展はないのであるから──

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□ 「兼聴」と「偏聴」 
2006年9月25日(月)


 「明君は兼聴(けんちょう)し、 暗君は偏信(へんしん)する」

 リーダーにとっての古典的バイブル「貞観政要」から──唐の太宗が家臣の魏徴 に対して「何をもって明君と暗君というのか」と問いかけた時の答え。

 リーダーが、周囲が安定し自分の考えが通るようになって、少しでも気に緩みが出てくると、傲慢になり、自分は正しいと言う考えが先に立って、相手の受け止め方がどの様なものであるかに対しての心遣いが薄くなってしまう──「兼聴」出来なくなる。

 更に困るのが、周囲に機嫌を伺う連中が集まってくること。初めは心地よすぎる言葉に不快に感じていても、次第に「偏信」が始まる。

 自らの戒めとしたい。

(平成18年9月23日付毎日新聞「岩見隆夫『近聞遠見』」よりヒント)。

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□ 夕暮れまで遊ぶ 
2006年9月24日(日)


 夕暮れまで野球に興じる──

 何か、懐かしい響きがする。しかし、これが、現実に起きた──

 長男、二男ににせがまれ、長女も連れて、近くの公園で野球を始める。すると、近所のお友達も寄ってきて、誰とはなく、思い思いのポジションに着く。すると、その子らのお父さんも二人加わった。しばらく交代でバッターに立ちながら、全速力でベースランを試みる子どもたち──

 夕暮れになってきた。だいぶボールもかすんで見えるくらい、暗くなってきた。一人のお父さんが「これから夜間診療所で勤務なものですから、これで失礼します」と。お医者さんだったんだ──

 「あっ、こうもりだ。こうもりのお顔って、見たことがないんだよね」などと、キャッキャ、キャッキャと帰宅、そのままお風呂、そして夕飯の食卓へ。

 遠い、遠い昔、毎日がこうであった頃を思い出す──

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□ 56年入行同期旅行 
2006年9月23日(土)


 箱根へ。日本銀行56年同期入行25周年記念旅行。於箱根湯本ホテル。

 あぶらゼミの鳴き声が未だ聞こえるのに驚く。

 箱根は、日銀就職が決まり、昭和56年4月1日入行を前に、同期仲間全員が、懇親・親睦を深めることを目的に、その3月に集まった懐かしの場所。

 IMF幹部に転身した武田君は、今週シンガポールで開催されたG7やIMF・世銀総会への出席の後ワシントンへの帰途参加、その彼の提案で、早々お昼までに宿泊先ロビーに集合、付近を散策しようと呼びかけたところ、結局、大学教授に転身した中島君、新潟支店長の高橋君、幹事役の尾家君、そして小職が賛同、計5名が集まった。

 湯本から登山鉄道にて宮ノ下まで。途中、急勾配を上り下りするためのスイッチバックが2箇所。紅葉には未だ早いということもあって、周囲の景色を眺めるのもそこそこに、寸暇を惜しんで、話に花が咲く。

 富士屋ホテルへ。木造洋風建築の同ホテルロビーおよびレストランは、丁度お昼時で混雑、しかし、レストラン入口に近づくと、「1時半予約の尾家です」と。仲間一同、幹事役の手回しの良さに大感激、名物カレーに舌鼓。中庭を散策、ゆったりとした時が流れる。久し振りだ。その間、金融経済、日本・米国文化、比較文化、政治、教育など、多岐に亘る話題。実に啓発的だ。

 夕方5時過ぎに箱根湯本ホテルに戻る。大方の同期仲間がすでに到着、三々五々露天風呂などを楽しんだ後、早速、会食。

 同期43名中27名、6割強が参集、各々に思いを語る──現在の日銀での職責、病克服物語、減量対策、当世職場気質、家庭事情、等々──そのうち転身組は、先の小職を含む3名に加え、クレディスイス証券で日に何兆円もの運用を手掛けるマーケット統括の田口君、千葉県内で大手書店経営者の庄司君、沖縄支店長を3年間勤め上げた直後の8月に退職し、プライスウォーターハウスの企業・地域再生担当アドバイザーに就任したばかりの大澤君、そして女性総合職初の採用で、その後国内外の法律事務所で活躍している坂口さん(今回は欠席)の4名、すなわち、目下、合計7名だ。

 次回5年後、すなわち、入行30周年での再会を誓い合う。

 さてさて、その5年間にいかなる「人生ドラマ」が展開されることやら──

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□ 「遊び」は「生きる力」の宝の山 
2006年9月22日(金)


 5時半起床、二男と近くの公園へ。鉄棒の逆上がりの練習。

 学校に行けば、その練習のための1/4球状板があり、それを使いながら練習が出来る。当方も、鉄棒は得意で、中学校時代の中体連では、所属の陸上部に加え、体操部にて鉄棒の規定演技に「賛助出演」したほど。が、逆上がりを、どこで、どう、覚えたのか、全く記憶にない。少なくとも、練習用の球状板はなかった。

 おそらくは、当時、近所の子供たちが多数集まって、缶蹴りやだるまさんがころんだなどに興じていたが、そうした遊びの中で、年上の子供たちの逆上がりを眺めながら、見よう見真似で覚えたに違いない。

 そもそも、最近の子供たちは、アポがなければ遊べない事態に追い込まれている。

 「遊び」は「生きる力」を学び、そして見出す、宝の山なのに──

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□ 「いぶき」、「若者」、そして「手触り感」 
2006年9月21日(木)


 県議会9月定例会開会。

 丁度1年前、すなわち就任初年度の昨年の本定例会で、「やまがた改革」の方向性を明らかにする──そして、「子ども夢未来指向」を基本理念に据える。

 本年度は、「平成19年度県政運営の基本方向」を県民の皆様にご理解いただきたく、このタイミングで開陳する──これは、すなわち、自律的な組織経営の確立を目指し、常に県政の目指すべき方向・目標を明らかにし、その実現に向け英知を結集して取り組み、その成果を常に検証・評価し、次の取組みを見直すためのもの(PDCAサイクルによる県政運営の確立)。

 キーワードは3つ ── 「いぶき」、「若者」、そして「手触り感」

(1)『「いぶき」を“かたち”にする』

 新たな発想による取組みが、今後の県勢発展を牽引する芽、「いぶき」となりつつある、これらを着実かつ確実に、成果、すなわち“かたち”にし、「未来に広がる“やまがた”」創造の礎に──

(2)『「若者」を“やまがた”にひきつける』

 県内人口は、来年にも120万人という大台を割ることが懸念される中で、その人口減少の大きな要因である「若者」の社会流出について、流れを変える観点から、若者が地域に誇りと愛着を感じ、能力を発揮する場として“やまがた”を選び、住み続けていくために──

(3)『「手触り感」のある県政を推進する』

 私どもは県民の皆様をしっかりとみつめ、支えております、との想いを肌で感じていただけるように──

(詳細)http://www.pref.yamagata.jp/ou/somu/020020/koho/assembly_9.html

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□ 新「あべソーリ」 
2006年9月20日(水)


 「こいずみソーリはもうやめるんだね」
 「もうすぐね」
 「あたらしいひとはあべソーリ、っていうの?」
 「そうだよ」
 「パパはしっているひと?」
 「うん、何回かお会いしたことある人だよ」
 「へぇ、じゃ、こんどソウリダイジンになって、どうしてもらいたいとおもう?」
 「そうだね、きみたちが、もっと安心して、元気で、明るい生活が出来るような日本に、そして、もっと、もっと、山形を好きになれるように、ということが一番かな。」
 「ふーん」
 「きみたちはどう?」
 「うん、日本でいちばんえらいひとだから、日本がなんでも一番になるように、がんばってもらいたい」(二男)
 「う〜ん、まだどういうひとだか、なったばっかりでわかんないから、わかんない」(長男)

 久し振りに夕食前に帰宅、ニュースを聞き、その後一緒にお風呂にはいりながらの会話。

 「こいずみソーリ」誕生時は、長男5歳、二男2歳。が、その名前を、テレビ映像や「こいずみグッズ」(人形、携帯ストラップなど)を通じて、ほどなく覚えた子どもたち。

 さてさて、新「あべソーリ」やいかに──

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□ 「髪型」模様 
2006年9月19日(火)


 「いいにおいがするでしょ」と長女。自分で髪の毛を洗った後のこと。「どんな洋服を着ていこうかなぁ」と着る物も気にしている様子。

 一方、二男には、ムースでしっかりと髪の毛を整えてあげる、が、「こんなにおでこをだすのはいやだ」と。

 長男は「7・3」の髪型に、こちらは、黙っているが、大人のように見えるためか、かなり満足そう。

 敬老の日を祝い、祖父母を誘って新中華料理(new Chinese cuisine)を楽しみに出かける際の出来事──

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□ 「やまがたコミュニティ新聞」 
2006年9月18日(月)


 今、「やまがたコミュニティ新聞」が面白い──

 先日発刊された「創刊準備号」、山形市内周辺在住者の中で目にした方も多いのではないか──毎月隔週7万部発行のフリーペーパーだ。発行責任者は吉村哲郎氏、この春まで日本経済新聞社山形支局長、その後本社栄転となったが、「赴任期間中に大ファンになった山形に一石投じたい」として、程なく蛮勇を奮って日経を退社、再び山形へ戻って、このコミュニティ新聞の発刊にこぎつけたもの。

 フリーペーパーと言っても侮ることなかれ、無論ソフト面の記事満載だが、その一方で、「創刊準備号」では、これまで何処でも一度も報じられてこなかった「仙台のマブチ、山交ビルに進出」という「特ダネ」も。

 半分のコップの水を、「もう半分も飲んでしまった」と評してきたのがこれまでの山形だとすれば、これからは「まだ半分もあるぞ」と評する山形に──県民性をそんなポジティブ思考の強いものに変えるパワーを発揮して欲しいと思う。

 そうした「期待」を持つ企業サポーターが広告掲載を通じて集まる場ともなって欲しい──何せ、収入は広告掲載のみのフリーペーパーなのだから。

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□ 雨の晴れ間のひと時 
2006年9月17日(日)


 東京より友人ご夫妻来訪、昨日より蔵王泊、残念ながらの悪天候で、楽しみにしていたトレッキングも次回に。

 昼食を我が家族全員と一緒に山形市と中山町との境界近くにある「ピザリア」にて。目の前の果樹園にはブルーベリーと一緒においしそうなりんごがたわわに実っている──

 「本当に気持ち良い空間ですね」とご夫妻──ご主人は、虎ノ門で、こだわりの「すし処『けい』」(港区西新橋1−6−5虎ノ門立川ビルB1、電話03−3506−1222)を経営、かれこれ20年近くのお付き合い、その料理の達人夫妻が言うのだから本当だ。

 子どもたちも、雨の晴れ間を縫って、アマガエルを捕まえたりしながら、大満足。

 その後、高畠ワイナリーへ。試飲、そして最後はワインアイスクリームをぶどう棚の下で楽しみながらのリラックスしたひと時。

 「有朋自遠方来 不亦楽乎」

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□ 昨今の運動会模様 
2006年9月16日(土)


 長男(小4)、二男(小1)の運動会──

 今年から子ども二人が参加する運動会、その活躍振りをビデオやカメラに収めるために、前日に家内と綿密に打合せ、そして当日も大忙し。

 長男黄組「意黄投合」、二男赤組「ドトウの赤魂」がテーマ(ちなみに白組「白銀の龍」、青組「侍青<サムライブルー>」)、それぞれにちなんで5、6年生が中心となり描いた大きなテーマ絵が迫力満点でグランドを飾る。連日の雨、台風接近とあって、心配していたが、天候は曇り、暑過ぎず、寧ろ応援者側には快適。祖父母、そして家内の祖母も神奈川から駆けつけての応援。

 まずは長男の100M走、昨年より丁度2秒早くなった、と大喜び。直ちに二男の70M走、最終的に学年全体でも上位の記録と、これまた大喜び。

 長男は、サポーター、つまり、5、6年生が競技をしている間、応援団長に代わって、自らが応援団長を務める役割──演台に立って「じゃ、みんな、次は・・・!」とやっている。意外に大きな声が出るんだな、と驚く。次に、黄色の大きな旗を持って何度も何度も振りかざす、そうしたかと思うと、次は太鼓をたたいている──大忙しだが、心底、張り切っている姿に、感心。

 一方の二男、各組対抗リレーの選手に選ばれたといって、これまで家の中でもバトン渡しの練習に励んできたが、昨晩からは「なんか、きんちょうするなぁ〜」と、興奮気味。当日は第2走者、バトンを落とすこともなく、懸命に第3コーナーから第4コーナーを回り、直線距離中ほどで相手にバトンを渡す──トラックからフィールドに移り、両手を腰に当て、息を整えている様子を見ると、全力で走った様子が窺われる。達成感を味わったことだろう。陣地に戻ってからの応援も上級生に負けないぐらい懸命にやっている。

 午後は団体競技。長男は、綱引き。3、4年生と一緒だが、まずは3年生が通常の綱引きを開始、ほどなくピストルの音と共に4年生が一定のルートを通ってそこにジョイン、つまり走る速さと綱引きの力との併せ技競技だ。二男は、まりいれ。これも1、2年生と合同、まずは1年生がけっこう遠くからまりいれを開始、ピストルの音と共に2年生も開始、そしてほどなく再度ピストルの音と共に一斉にかごの近くまで走り近づき、皆でまりいれ競技を一定時間行う。

 「競技」も、個人の優劣を可能な限り避け、「『融和』の中の『競技』」である姿が見て取れる。

 最後の競技種目「騎馬戦」が終わり、応援合戦、そして閉会式での4組頭が壇上で自らのチームの健闘にエールを送るシーンは、いつもながら感動的だ──

 その頃、空からポツポツと雨が落ちてきた。

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□ 万事、明るく生活すること 
2006年9月15日(金)


 吉村ねのよさん、明治41年生まれ、数え年99歳、白寿を祝う。

 三川町在住、5世代の9名家族。訪問すると、お着物姿の正装でお出迎えいただく。いつも朝5時ごろ目覚め、6時にニュースを見る。花が好きで、畑仕事も現役(帰りがけその畑を拝見、大きな2メートルもあるひまわりが咲き誇る向こうにトマト、ナス等、棚もご自分で)。伴侶は45歳で他界、その時が人生で最も不安な時期であった、とのこと──

 ねのよさんは、よく笑う。その笑いが実にいい。

 長寿の秘訣は、万事、明るく生活することなのだろう。

 その後、出前知事室──鶴岡市西郷地区の丘陵栽培等を手掛ける農家の方々と、続いて、JA鶴岡青年部・婦人部の方々と、各々1時間程度ずつ意見交換。いずれも、集団営農が話題の中心。

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□ 世界的視野に立てばこそ 
2006年9月14日(木)


 県議会9月定例会に向けて、今日が内示会──議会開催前に、県議会各議員に対して事前に説明するもの──@9月補正予算案、A19年度県政運営の基本方向、そしてB県内医療提供体制の基本方向、について説明(3会派には小職が直接説明)。その後、臨時の記者会見を開催、パワーポイントを用いながら、可能な限り丁寧に説明──

 来年度に向けて、「いぶき」、「若者」、そして「手触り感」がキーワード。

 さらに、医療提供体制のうち、庄内地域、就中北庄内における、市立酒田病院と県立日本海病院の関係については、統合再編の方向で、阿部酒田市長と認識を共有している旨、明らかにする。

 こうした諸論点を巡り、庁内では夏休み返上で考え抜いてきただけに、今後の県議会において、どのような考え方が示され、議論が展開されるのか、楽しみでもある(一部に事項決定後の議会説明とする向きがあるが、それが誤解であることが分かるであろう)。

 その後、内部打合せを終え、「みちのくおとぎ街道」を視察した日本風景街道戦略会議メンバーと懇談。於白石市。

 奥田碩委員長(経団連名誉会長)、大石久和委員(元国土交通省技監)、新町光示委員(ジャルパック会長)、横島庄治委員(元NHK解説主幹)、それに国土交通省幹部ら。

 特に、奥田碩会長とは、政治・経済、伝統・文化など、幅広い分野に亘り意見交換、30分以上も個別に話し込む──文化と社会インフラを結びつける発想がいい、民話と子どもたちの心の栄養についても共感。

 世界的視野に立てばこそ、普段の議論の狭さが浮き彫りとなる。

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□ 「気づき」後のアクション 
2006年9月13日(水)


 長雨。台風の影響もあろう。

 日本スポーツ用品協同組合連合会JSR全国大会。於グランドホテル。森喜郎前総理大臣がそこでの講演のため来形、合間に、短時間ながら意見交換。

 公務員の飲酒運転による事故等が相次いでいる中で、本県では、次のような取組みとしたい。

 @処分規定の策定・公表(従来人事院指針ベース「判例」積上方式)
 A「厳しい他県事例比見劣りしない」内容
 B可及的速やかな導入(忘年会シーズン到来前を目途)

 これまで足りなかった「注意レベル」を、ある事象をきっかけとした「気づき」により、その「注意レベル」を上げる──不明を恥じることも大切だが、「気づき」の時点で、直ちにアクションを取ることは、もっと大切だと思う。

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□ 「そもそも論」の必要性、再び 
2006年9月12日(火)


 秋篠宮殿下・妃殿下にご誕生になった親王殿下のお名前が「悠仁」(ひさひと)、そしてお印は「高野槇」(こうやまき)に。

 折りしも、今日は早朝から上京、東京駅からまっすぐ皇居へ、そして、天皇・皇后両陛下のもとで親王殿下ご誕生のお祝いの記帳(於別殿<宮殿北西方向か>)。

 再建法制等問題小委員会。於都道府県会館。

 委員長は石井岡山県知事、他のメンバーは北海道、石川、兵庫、鳥取、高知、福岡の各県知事、そして小職の計9県知事。真の意味での「地方自治確立」のため、地方自治体の財政フレームワークを形作る極めて重要なテーマ。しかしながら、委員長の石井岡山県知事以外に知事本人の出席は小職だけ(他県は全て代理出席)。

 北海道から夕張市の財政再建の現状について、東京都から都が導入した公会計制度について、各々報告があった後、小西砂千夫関西大学教授から、財務諸表の作成に当たっては、既存財務データの組換えによるのではなく(無論それは可能)、日々のオペレーションの積上げによるのが望ましい、との考えが披露された後(複式簿記方式の民間会計では起票伝票の積上げであるから当然)、早期是正措置およびそのための財務指標開発の必要性などについて言及。

 小職からは、「我々の目的は『真の地方自治』の確立、そこに至るまでには、『論理』と『現実』を峻別して議論しなければ混乱を来たす」とした上で、以下のような問題を提起。

 @「破綻」とは何か
 A再建法制とは最終的に何を目指すのか(司法判断か、私的整理か等)
 Bそうした「『破綻』処理」の過程で債権(者)は実際に毀損するのか
 C貸手責任論はその帰結として導かれるのではないか
 D以上の結果として、地方自治体の発行債券がデフォルトするのか否か(市場は、デフォルトするのであれば、債券ごとの論理値を算定するであろうし、自治体間格差が生まれる、しないのであれば、論理的にはいずれの債券も同一条件を付すはずであり、自治体間格差は生じないであろう)、等。

 やはり、「技術対処論」の前に、「そもそも論」が必要不可欠である。

                   (用務後帰途に、目下新幹線車中)

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□ 「何もないところに何でもある」 
2006年9月11日(月)


 一日県庁in村山──

 村山総合支庁にて永年勤続表彰、同表彰者68名のうち30名に直接表彰状を。その後、さらに8名の方々と入庁後25年を振り返りつつ懇談──多くの異動を経験された方が多い。そうした彼らが、困難な事業を成し遂げた際の達成感、「総合」から「個別」への行政転換の中での「質」重視、そして行政に対する「感謝」から「クレーム」へと変遷する住民意識の認識、そして「最後は行政と住民との信頼関係」と言い切る様、などに大いに共感する。

 続いて、夢未来トークin村山。於県高度技術研究開発センター。これで、県内4地域での夢未来トークが一巡。

 小職より、県政運営についてパワーポイントを用いながら30分ほど説いた後、参加者4名が地域づくりについて発表──雪室を通じて「克雪→利雪→親雪・学雪」との展開を模索する「尾花沢市民雪研究会」(二藤部久三氏)、棚田景観の保全活動を通じて「未来の子どもたちのために行政に頼らず、自分たちができることからチャレンジする」との精神を醸成した「ママの会」(佐藤美和子氏)、「何もないところに何でもある」との自然に根ざした生活提案をするNPO法人「喜楽里(きらり)」(漆山正博氏)、そして山形市内に400を数える「蔵」を中心に中心市街地活性化に取り組む「蔵プロジェクト実行委員会」(田中亜依氏<東北芸術工科大学4年>)──いずれも魅力的な取組みであり、観光産業とのタイアップにより、さらなる広がりが期待される。

 続いて、会場との質疑応答。一切の想定なし──河川アダプト事業、市町村合併、障害者の重度化と福祉政策、行政の縦割解消策、景観条例と街づくり、男女共同参画、など幅広い分野について積極的かつ前向きな意見が聞かれ、それぞれに出来るだけ丁寧にご説明するよう努める。他の会場でもそうであったが、参加者の問題意識が高く、かつ建設的である点、自分自身も大いに楽しむひと時。

 夕方、来形した川崎二郎厚生労働大臣と面会、今後の医療体制のあり方などについて意見交換。

 その後、「復古メロンの会」設立総会──昭和37年に斎藤松太郎氏が開発したメロンで、芳香性、食感に優れているものの日持ちしない欠点があり、その後のアンデスメロン等に押され、もはや1件の農家のみが栽培、それを「復古」し、それをワインにも仕立てる──山形カロッツェリアプロジェクト同様、伝統を現代に甦らせる取組み、とも言えよう。

 こうした取組みが、面的拡がりを見せる日は近い、と期待したい。

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□ 残暑も今日まで・・・ 
2006年9月10日(日)


 残暑──

 山形県・村山市合同「総合防災訓練」が挙行さる。市町村やその地域との一体訓練を目的に、昭和40年度の初回以来今年で37回目の開催。

 @参加予定者数2,700名と大規模(昨年の3倍、地域住民の意識啓発等の効果大)
 A宮城県、福島県の合同参加(広域連携の具体)
 B列車脱線事故救出訓練も(昨年12月JR羽越本線脱線転覆事故の教訓活用)、が本年の特徴。

 統監として、訓練開始9時以降終了の正午まで、物資輸送、ライフライン復旧、列車脱線救出、道路啓開、医療救護、家屋倒壊救助、防災ヘリ救助など、炎天下で懸命に訓練に精を出す方々を激励しながら、視察。

 「結局は、住民同士の助け合い」──訓練参加者のひとりの一言が心に響く。

 夕方近くに、「そういえば、今年一回も食べていないね」と、子どもたちと、かき氷を食べに──長男は金時、二男はいちご、長女はメロン、それぞれにコンデンスミルクをかけて──

 「今日でかき氷も終わりにしようと思って」──店の人の言葉が、夏の終わりを告げる。

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□ 運動会(幼稚園) 
2006年9月9日(土)


 長女の運動会。

 同じ幼稚園に通った二男の運動会から数えて、4年連続4回目。祖父母も毎年参列、孫の奮闘振りに目を細める。快晴、暑い。

 今年のテーマは「にんじゃのしゅぎょう」。家内がPTA保体部所属で園児のお世話係とあって、当方は、「今どきのパパ」、カメラとビデオ撮りで、結構忙しい。

 年中組の長女は障害物競走のようなもの、そして親子競技は「玉入れ」──散在している4色の玉を拾いながら、大人が広げている同じ色の布の中に入れる。意外とあたふたするものだ。

 山形カロッツェリアの奥山清行さんとそのご家族ともばったり出会う。毎日の記者会見で顔を見合わせる報道関係者らとも。お互いに、普段とは違う「素顔」が楽しい──

 忍者に扮した園長先生、「みんな、たいへんりっぱにしゅぎょうしたね、でもまだまだたりないぞ、ほら!」と、背後から、列一杯に張った長いリボンが押し寄せ、そしてまた引き返す。

 最後まで、楽しみ一杯の運動会。

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□ 「庄内」と「内陸」の統合 
2006年9月8日(金)


 「庄内」と「内陸」とが統合することに──

 市町村合併の話ではない、東京にある学生男子寮のこと。

 (財)荘内館は明治29年、庄内地方の有志により設立、庄内出身男子に対する学生寮の提供を行ってきた。現在の寮は大正14年建設、築80年も経ており、建替えが喫緊の課題であった。一方、(財)山形県育英会は、結果として主に内陸出身男子に対する学生寮の提供を行ってきたが、これも昭和30年建設、築50年を経ており、こちらも建替えを迫られていた。

 この間、経済事情の好転、プライバシー重視等の社会環境の変化に伴い、寮生活を希望する学生が激減、つれて経営状況も芳しくなく、双方とも入寮者の確保に躍起になっていたところ。

 そこで、この際、両者合築し、残余財産の処分資金の負債返済充当などにより、経営を刷新、今後入寮生の地域枠等を一切設けないオープンな形で再スタートする、との方向性が合意できたもの。

 「広域連携」は、こうした形でも、着実に進んでいる。

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□ 「やまがた」をより良く知るために 
2006年9月7日(木)


 国際交流員4人と、昼食を一緒にとりながら、意見交換。

 ニイミ・マシューさん(米国コロラド州)、ワン・ホンタオさん(中国黒龍江省)、チョ・ヘウォンさん(韓国忠清北道)、フーイン・タンさん(カナダ・サスカチュワン州)──県庁や国際交流センターにて、交流事業、異文化理解促進、語学指導、通訳・翻訳等に携わっていただいている。本県での勤務終了後は、引き続き日本に止まり、観光関連先の通訳として活躍したい、母国に戻り、観光関連の仕事に携わりたい、外務省に勤務したい、など、将来の夢は様々だ。

 思い切って尋ねてみる──「山形県に足りないものは何だろう?」──多くを語ってもらえないのではないか、と思いきや、意外や意外、なるほど、と思われる指摘を数多く口にしてもらう。

 @母国では観光ブーム、結局、母国民は旅行業者の推奨先に行く傾向が強い、従って、山形は、可能な限り多くの母国観光業者にアピールすることが最も有効な戦略、A夏でも容易にスキーを楽しめる地域は世界中探してもそう多くはない、その点、夏場の月山スキーをもっと徹底的にアピールすべき、B多くの山形県内在住外国人は、報酬は不要であるから、自分の母国語を活用できる場面に引っ張り出してもらいたい、それが貢献に繋がるし、地域住民との係わり合いが増え、生活の輪が広がる絶好の機会、等。

 異文化の中に、おのれの「気づき」が潜んでいる。

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□ 秋篠宮家親王殿下ご誕生
2006年9月6日(水)


 秋篠宮家に親王殿下ご誕生。今朝8時27分、2558グラム、母子ともご健康の由。

 このたびの慶事に際し、早速、本日の毎日記者会見の席で、県民を代表し、祝意を表明させて頂く。同時に、県民とともにその慶びを分かち合うため、本日から、明日、あさっての3日間、県庁ならびに4総合支庁にて、夕方5時まで、記帳所を設ける旨、発表する。そして、偶然にも、本日は公務上京したため、夕方、赤坂にある秋篠宮家を表敬、「山形県知事 齋藤弘」と記帳する。

 上京に先立ち、午前中は来客や内部打ち合わせ、そして午後は第18回全国農業青年交換大会の閉会式、この3日間で育んだ友情を糧にリラックスした表情の農業青年を前に、以下の骨子にて、閉会のご挨拶。

 「農業青年の諸君、知恵と創意工夫、そして情熱を持って農業の未来に取組んでいただきたい、そして単に農業だけではなく、その力をそれぞれの地域づくりに活かしていただきたい、それが今回のテーマである『燦』、すなわち、我が国の将来が燦燦と輝くことに繋がるのだ」

 閉会式の会場となった山形国際交流プラザからそのまま山形空港へ、上京、日本銀行を訪問──中曽宏金融市場局長、そしてかつてJPモルガンのフロント・トレーダーであった同局の河合祐子シニア・リサーチャー(キャピタル・マーケッツ担当総括)とともに、今後の地方財政のあり方、就中公募債発行を通じた債券市場との付き合い方、またマーケットから見た各地方公共団体の差別化のポイント、などについてブレーン・ストーミング。

 新政権誕生後を睨む重要な局面にあって、来週開催予定の全国知事会総務常任委員会再建法制等問題小委員会に対し、戦略性をもって臨むためである。

          (秋篠宮家にて記帳後直ちに帰途に、目下新幹線車中)

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□ 皇太子殿下行啓(最終日)
2006年9月5日(火)


 皇太子殿下におかれては、本日も、「やまがた」を「ご体験・ご体感」いただけたのではないか──

 @文翔館にて、天井の漆喰塗りの天井等をご覧になっていただき、10年の歳月を費やしたその修復作業を通じて、「やまがた」の伝統的な職人の技が、全国に誇れるものとして現代に再び甦った様を、ご体感いただいたこと、
 A山形カロッツェリア・プロジェクトがこの1月にパリで開催されたMaison et Objetに出展した作品を全てご覧いただき、また、創立30数年を数える山形交響楽団が奏でる音(「最上川」<村川千秋名誉指揮者編曲>ならびに「魔笛」)をお聴きいただき、「やまがた」が目指す伝統と現代の融和を目の当たりにしていただいたこと、
 B「やまがた」の味の代表格の一つであるそば打ちを、本物の姿として、農業青年らとともにご体験いただいたこと、など。

 「今回の行啓では、コース取りが良く、全体として警備・警護のロジもしっかりしている。殿下におかれても、終始にこやかで、会話が弾んでおられた」──この皇宮関係者の言葉が全て、と安堵する。

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□ 皇太子殿下行啓(2日目)
2006年9月4日(月)


 皇太子殿下に、終日、追従させていただく。好天に恵まれる。

 殿下は、精力的にご公務をこなされる中で、移動の道中、また各ご訪問先にて、にこやかに県民に接していただき、県民は、皆、感激とともに、陛下に対する親しみをこれまで以上に感じたものと思う。

 そうした中で、皇太子殿下におかれては、本日、「やまがた」を「ご体験・ご体感」いただけたのではないか──

 @第18回全国農業青年交換大会にご臨席賜り、プロジェクト発表を通じて農業青年の意欲的取り組みをお聞きくださったり、また交流の夕べではいくつかのテーブルにて親しく農業青年とお言葉を交わしてくださったり、と、農業をご体感いただいたこと、
 A電子顕微鏡等を製作する山形クリエイティブ鰍ノて、実際にご自身で走査顕微鏡を操作なされ、蕎麦の実を4万倍以上に拡大してご覧になっていただきながら、山形の「新しい姿」をご体験いただいたこと、
 B遠く月山等を眺めながら、りんご、もも、ラ・フランスなどの畑が眼前に広がる風景(於山形クリエイティブ梶j、また、揺れるススキの穂を前に、向こうの山肌にへばりつくように立石寺等数々の寺が並ぶ風景(於山寺風雅の国)など、山形の「伝統的な姿」をご体感いただいたこと、など。

 特に、上記果樹畑の風景や山寺の風景を殿下ご自身のカメラでお写真に収められていたこと、また、上記農業青年交換大会会場となった山形国際交流プラザにご到着の際、入り口でお迎えした幼稚園児に対し、腰をかがめながら同じ目線になって、お優しくお言葉を掛けられていたこと、が極めて印象的であり、皇太子殿下のお優しさに触れることができた場面であった。

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□ 皇太子殿下行啓(初日) 
2006年9月3日(日)


 皇太子殿下より、第18回全国農業青年交換大会にご臨席のため、山形県に行啓いただく。

 ご静養先のオランダから一昨日ご帰国なされたばかりでもあり、お疲れではなかろうかと案じていたが、終始にこやかで、リラックスされたご様子であったのは何よりであった。

 お昼過ぎにさくらんぼ東根駅にご到着、そのまま東根市役所にご移動、そこで、殿下に対し、野村一成東宮大夫のご陪席の下、小職より、約20分間に亘り、県勢概要につき、ご説明申し上げる。

 冒頭、元米駐日大使ライシャワー博士の「『山形が過去の日本』であるばかりでなく、『人間と自然の豊かな調和を損なわずに発展する可能性を期待させる将来の日本』としての『もう一つの日本』」を引用、そのいわば「見通し」通りの道を着実に歩んでいる、と位置付ける──そして、地域や家族が供に分かち合い、助け合い、育み合って生活する中で、伝統産業の農業において、例えば「フルーツ王国」等、その高度化に取組む一方、900年の歴史を誇る鋳物等の伝統技術を現代に花開かせんとする取り組みであるカロッツェリア・プロジェクトや有機ELのサンプルを机上で具体的にお示ししながら、新たな分野への挑戦についてもご説明申し上げる。そして、県政発展の方向としての理念である「子ども夢未来指向」についてもご理解賜る。

 殿下からは、多岐にわたるご質問を受け賜った後、先の豪雪に対するお見舞いのお言葉、ならびにこのたびはご来県をお控えになられた雅子妃殿下からの県民に対する暖かいメッセージを賜る。

 昼食を挟んで、さくらんぼタントクルセンターのご視察──子供たちが古来の遊びに興じるさまを微笑んでご覧になったり、赤ちゃんと一緒のお母様方に気さくにお声掛けなさったり、と、お楽しみいただく一方、子育てに関する互いの情報交換の場としてのご関心を高くお持ちいただいたご様子であった。

 その後、ご宿泊の天童へご移動、沿道には、このたびの行啓を歓迎申し上げる多くの国民の姿があった。

 皇太子殿下におかれましては、このたびの行啓により、山形県に対するご理解を一層深めていただくとともに、今回のご来県が思い出深いものとなりますよう、心から歓迎申し上げる次第であります。

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□ 夏の終わりに 
2006年9月2日(土)


 長女が自力で自転車に乗れるようになった──久し振りに出かけた西蔵王でのこと。

 サドルを支え、「一生懸命こぐんだよ」と言いながら、勢いをつけて押し出してやる。すると、自分でペダルをこぎながら10メートル程度まっすぐ進む。

 それを見ていた長男、二男も「すごいじゃない!」と褒め称える。照れているような、しかし自慢げなような、何とも言えない笑顔で振り向く。

 夏休みも終わり、夕方近くには涼しい風が吹く公園では、さすがに、人影もまばらである──

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□ 「『夢3倍』の法則」 
2006年9月1日(金)


 来19年度に向けた県政の「骨太の方針」を考えている。

 「持続可能な財政運営の確保」が何より最優先であることに変わりはない。しかしながら、「未来に広がる“やまがた”づくり」も着実に進めていかなければならない。

 特に、昨今の県内外の選挙結果に現れているように、国民は、「『改革』は是、しかしその改革の向こうにある『夢の実現』を今から少しでも肌で感じさせて欲しい」と声高に訴えている。その声に十二分に配慮した政策を遂行しなければならない。

 「『夢3倍』の法則」──改革の痛みの3倍に相当する夢が実現されることを理解して、はじめて、自らが改革の痛みを甘受し、夢の実現に向かって自律的に改革を進めるようになる──に改めて想いを至す。

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□ いま、「やまがた」が・・・ 
2006年8月31日(木)


 朝が静かだ──気が付けば、セミの声が聞こえない。今日で、8月も終わり──納得。

 久し振りに子どもたちと一緒の今朝の朝食、そこで長男が言う──

 「パパ、きのうね、テレビでね、上野動物園で、ゾウさんがスイカをもらって食べていたようすがうつっていたよ。そして、そのスイカは山形の尾花沢からもらったんだって。大きすぎて飼育係の人も運べずに、ゴロゴロころがして持ってきていたよ」、「へぇ、尾花沢のスイカ、って言っていたの?」、「うん、そう言っていた」、「ところで、ゾウさんはそのスイカをどのようにして食べたの?」、「足でグニャってふんで、わって、じょうずにお鼻で食べていたよ」、「へぇ〜」──

 そして、昨日NHKテレビで放映された山形カロッツェリア商品「山形工房」のHPに、一日で3万件のアクセスがあった、という。

 静かになった朝、その中で、いま、「やまがた」が、騒々しい。

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□ 山形県の認知度 
2006年8月30日(水)


 「お〜い、さいとう、ひさしぶり!」

 昨日のトヨタ展示会の後の交流会の席上、そう言って、ポンと肩をたたく者がいる。見れば、小柄で、ヒゲを蓄えた、伊藤肇君だ──丁度30年前の高校時代に、彼は名古屋地区から、小職は東北地区から選ばれ、一緒に渡米したAFS22期の仲間、その後大学も一緒、また伊藤君の奥様とは大学時代にAFSボランティアとして米国からの留学生の相談にあずかるカウンセラーとして一緒、互いに何年も会うことはなかったが、年賀状は毎年交換してきた、という仲──

 その伊藤君は、トヨタ自動車調達本部の第3調達室長、自動車の足回り関連の担当(ちなみに、第1室は電子部品関連、第2室はインパネを含む内装関連)、まさに本県がその技術を誇る鋳物・鍛造品等を調達する実務上の責任者だ。

 以降、「伊藤君と私は同級生!」と、嬉しさのあまり、トヨタ幹部はもとより、増田、村井両知事をはじめとする3県の関係者にも、トヨタと本県の「蜜月ぶり」をアピールして会場内を廻る。

 山形のトヨタ内での認知度が一段と上がった瞬間だ。

 そして、──今朝のこと。

 朝刊で、昨日の3県合同トヨタ商談会が、全国・地方両紙面に大きく採り上げられる──

 朝のNHKテレビで、山形カロッツェリア商品が、全国ネットとしてしっかりと放映される──

 いよいよ、我が山形県が、全国に、そして世界に、情報発信を通じて、展開し始めている。山形もグローバルな認知度を得つつある。小職のマニフェストの大きな柱の一つである「広域経済圏」構想が、本格的に、かつ着実に、具現化されていることを意味する。手応えが感じられる。果たして、県民の皆様も、この悦びを、共有してもらっているだろうか。

 名古屋から東京へ──

 全国知事会の地方分権推進小委員会にて、秋の臨時国会に間に合うよう、知事会として、「『地方分権改革推進法』骨子案」を取り纏め協議、続いて早稲田大学に移動し、北川正恭同大学教授(前三重県知事)らと、ニフェスト研究合同シンポジウムの自治体ファイナンス部会ならびに人材マネジメント部会にて、本物の地方自立のための市場ファイナンス化や人事制度構築の際のコンピテンシーモデル構築などについて意見交換、そして最後に小職の「第1回マニフェスト自己評価」を披露。

 今日も、目まぐるしくも、充実の一日──

                 (現在最終の山形新幹線にて帰宅途中)

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□ トヨタ商談会 
2006年8月29日(火)


 朝5時起きにて仙台経由名古屋へ、トヨタ商談会(「岩手・宮城・山形3県の企業等による『新技術・新工法展示商談会』」)。

 3県合わせて108企業、8大学・公設試験研究機関の116先が出展、トヨタ関係者等1千人が来場。そもそも、トヨタ本社の正面講堂をこうした商談会に用いるのは初めての由(事実、フロアーは絨毯敷き)。

 来場したトヨタ関係者の顔ぶれも豪華──豊田達郎相談役、栗岡莞爾相談役、豊田章一郎(取)名誉会長、張富士夫(取)会長、渡辺捷昭(かつあき)(取)社長、豊田章男(取)副社長、若山甫(はじめ)専務、等々。

 「認知性」を高めること──

 これが、今回の目的。すなわち、企業側から見れば、長年培ってきた技術力をアピール・提案する一方、トヨタが何を求めているかを具体的に把握すること、である。そして、各企業が、そして、トヨタが、それを個別に模索していては時間とコストが膨大となるところ、こうして互いに一堂に会することで、問題は一気に解決してしまう。3県連携の意義が、そこにある。

 成果は──

 夕方から開催された交流会での若山専務のご挨拶──「今回の商談会は、正直申し上げて、『想定外』(笑)、いやいや、『想定以上』である」

 これが、全てを物語る。

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□ 本県が目指す政策との共通点 
2006年8月28日(月)


 谷垣禎一財務大臣が来形、立候補を表明した来る9月20日の自民党総裁選挙に向けた県民大会開催。於テルサホール。

 谷垣大臣と小職との関係──@平成12年に国務大臣・金融再生委員会委員長の要職を小渕・森両内閣に亘り務めた際、小職の直属の上司であったこと、A約1年半前に小職が県知事選挙に出馬表明した際、遠藤利明衆議院議員の新年会も兼ねて来県、当時候補者であった小職を大いに励ましてくださったこと──といった、いわば「個人的」事情・感情を抜きに、県民を代表として、谷垣禎一大臣の3つの柱を中心として表明した政策に照らし、ご挨拶させていただく。

 @アジア外交の建て直し──本県は、進出現地法人数の6割、輸出額の2割、輸入額の7割を中国に依存、それだけに、「県益」上、対アジア外交の正常化は必要不可欠

 A地方の活性化──「地方」を捉える視点として、これまでの「国と地方」から「都会と地方」との関係にシフト、事実、人材供給の点で大いに貢献、従って税源基盤の脆弱な本県のような場合には交付税等の措置による財源保証・調整機能は不可欠

 B財政の健全化──「子ども夢未来指向」に基づく「未来に広がる『やまがた』」づくりのためには、今を生きる我々は将来への負担を可能な限り圧縮することが責務、そのため、持続的財政運営を目指し、「プライマリーバランスの黒字化と利払い費の均衡」の達成が必要不可欠

 「絆」──谷垣大臣の日本再生のためのキーワード。

 「助け合い、分かち合い、育み合う」──我が県の「ふるさと山形づくり」のキーワード。

 このように、谷垣大臣が提唱する政策と本県が目指す政策との間には、基本的に、極めて多くの共通点があることに気付く。

 「少なくとも近い将来に消費税10%が必要」と勇気を持って語る谷垣大臣──「おごらず、気負わず、ひるまず」──小職の座右の銘そのものの姿勢である。

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□ 週末のひと時 
2006年8月27日(日)


 長男は昨日から自然少年団にて野宿訓練、午後帰宅予定──帰宅後は寧ろゆっくり休む環境を、と思いながら、昼食後、二男と長女を街へ連れ出す。

 まずは、安達峰一郎展(於文翔館)へ。小さい二人はじっとして観ていられるかどうか、やや心配ではあったが、意外や意外、二男は峰一郎の生涯を語る漫画パネルを最初から最後まで「通読」、長女も陳列棚に飾ってある勲章の数々を食入る様に見ている。まずは成功。

 そのまま児童館(旧県立図書館)へ。久し振りにふわふわマットの上で相撲をとる。多少乱暴なことをしても大丈夫だ。二人とも重くなった。

 帰りがけ、家内からの頼まれ物を買うためにスーパーへ。こうして、週末の夕方、家族連れで混み合う中で夕飯のお買い物は久し振りだ。陳列されているさまざまな食材を眺めながら、季節を感じつつ、「『物価』の相場観」も、同時に、体感する。

 夕暮れの中、帰宅。長男もまずは元気そうだ。買い求めた食材も、とりあえず「指示」通り、のようで、まずは安心──

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□ 先端生命科学研究所の今後 
2006年8月26日(土)


 慶應義塾大学先端生命科学研究所の「オープンキャンパス2006」に来賓として出席。

 今年開設された鶴岡市先端研究産業支援センターを兼ねた鶴岡メタボロームキャンパスのお披露目としての位置付け。また、2年後の2008年には慶應義塾創立150年を迎えるとあって、その記念事業の一環としても。そのため、同大学の安西祐一郎塾長も来県、という力の入れようだ。

 冨田勝研究所長、宮田満日経BPバイオセンター長、曽我朋義研究所教授の3人によるシンポ──

 @世界をリードするためには他人のやらないことを一歩先んじて手掛けること、Aメタボローム解析技術は世界一、Bそれを活用して「バイオマーカー」の発見(例えば健常細胞とがん細胞との違いはどこにあるかを特定すること)に注力、C特にその発見は「早い者勝ち」であるので、常にシステム更新を行い、走り続けなければならないつらさ、Dこの間、地元還元の観点から、特に研究成果は新薬開発、副作用測定などに幅広く活かすことができるので、例えば山形県内には未だに一つもない製薬会社の立地・誘致に貢献できれば幸い──そんな心強い内容のシンポとなった。

 そして、安西塾長からは、「自分が塾長に就任して以来、選択と集中の観点に基づき、地方の慶應キャンパスを撤退させた経験もある中で、この鶴岡の研究所には今後とも力を入れていきたい」との、たのもしいお言葉も頂戴する。

 そのためか、帰途眺める鳥海山は、今日は、普段以上に、堂々と構えているように見える。

                (現代の「六十里越街道」にて帰宅途中)

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□ 熱い想い 
2006年8月25日(金)


 出前知事室──

 今日の第一弾として、「街の中も、人のダム」をテーマに、七日町商店街振興組合女性部会(遠藤書店の遠藤節子さんが部会長)を中心としたメンバー十数人と。

 もともと、ジュエリーアベのオーナーであり、「ほっとなる金曜市」のリーダー格でもある阿部潤子さんから、七日町再活性化策等について折に触れて窺ってきたのがきっかけ。

 岩渕お茶屋の岩渕邦子さんからは街を流れる五堰のひとつ「御殿堰」を「見せながら」の街並み景観再生等について、また十一屋の松倉とし子さんからは今年で13回目を数える「童謡の日コンサート」や毎月開催される「歌声茶論(さろん)」を通じた街中への「なま」の歌声配送等について、それぞれの「熱い想い」をうかがう。さらに、「特別ゲスト」として年間の半分以上をパリで過ごす画家の後藤武夫さんからは、「人集めのためには、自らが街に住み、街を愛することが大切」としながら、「『提案』を追及するスタンスが重要」と力説されていたのが心に残る。

 今日の第二弾は、山形ユニバーサルデザイン研究会の方々二十数名と。その取組み等についてディスカッション。

 この場も、もともと、本研究会のリーダーでもあるデザイン設計士として活躍している潟Nラフト取締役の結城玲子さんから、ユニバーサルデザインの更なる理解を、という熱心な声をこれまで幾度となく窺ってきたのがきっかけ。

 「ユニバーサルデザインは『物』ではなく『仕組み』であること」とした上で、県政上の位置づけ、ハートビル法、自立支援法等を巡る県行政の取組み姿勢、福祉まちづくりの考え方等について幅広く意見交換。自らの職業を超えてこうした分野へ高い関心を持ち、そして実践する姿に感銘。

 帰宅後、結城さんから頂戴した、岩手県で障がいを持つ弟を想う姉・石川美咲さんが描いた絵本『ねっ やまちゃん』を読む──胸に熱いものがこみ上げてくるのを覚える。

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□ 「子供に自然を 老人に仕事を」 
2006年8月24日(木)


 一日県庁 in 置賜──

 置賜総合支庁にて永年勤続表彰、その後同表彰者と入庁後25年を振り返りつつ懇談。

 仕事面で、その範囲、進め方などにおいて、「これまでとはもはや違う」との認識が一様に広まっていることに安堵する。他方、生活面においても、親として、自らの子どもたちに、「誇りを持って山形県で生活を続けて欲しい」との願いを持っていることに共感する。

 地元のそばで昼食後、夢未来トークin置賜。於置賜総合支庁講堂。

 県政運営についてパワーポイントを用いながら30分ほど説いた後、会場との質疑応答。もちろん、事前の想定問答はない──環境問題、合併、観光振興、福祉、安心安全、農業、男女共同参画など幅広い分野について意見開陳があり、それに可能な限り丁寧にお答えする。置賜の方々の問題意識は明確であり、かつ高度である──あっと言う間に予定の2時間半が経過、次回に期するとともに、質疑内容などから判断し、自分自身も意見交換を楽しんだ。

 帰りがけ、須藤さんが栽培した「ハート型きゅうり」や遠藤さんが管理している「ゆうきの里」を視察。特に、後者では、有機農業のさきがけとなった一樂照雄先生の見識の高さに触れる──35年も前の話である──

 「子供に自然を 老人に仕事を」(1973年6月15日付)

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□ 全国・世界の「山形ファン」づくり 
2006年8月23日(水)


 早朝、朝日少年自然の家へ── 東京都から林間学校の一環として4泊5日の日程で来県している江東区大島第三小学校5年生の約100人を訪問、歓迎する。

 実は、この大島第三小学校、その3年生が昨年本県に来てそば打ち体験や農業体験を数日間行ったところ大変好評であったため、校長先生の英断で、今年から、林間学校をこれまでの江東区の施設のある日光から山形県に変更し、実施するようになったもの。

 こうした子どもたちにとって、林間学校の思い出は生涯忘れ難いものとなるであろうし、すなわち、将来とも山形県のファンであり続けてもらう、得難い「潜在者」である。

 そのまま天童へ移動、山形クリエイティブを視察── 世界の電子顕微鏡の7割以上を生産している企業であり、まさしくナノテクの世界。全て手造り組み立て。

 しかも、県内企業の多くが集まり、技術の集積を図りながら、同社を構成している、というユニークな生産方式を採用。事実、社員はそれぞれの企業のユニフォームを着ているので、全体として色とりどりだ。最近では血液成分を極めて短時間で検査できる機械の製作に着手、多くの需要を喚起している、という成長企業である。

 午後は、県医師会の役員の方々との意見交換── 県民にとっていかに最良の医療サービスを提供できるか(近くて、高度)、が中心命題であり、そのためにも官民一致協力しよう、と呼びかける。

 夕方は、知人のご長男の結婚披露宴。新婦は英語も日本語も堪能な台湾から──丁度1年前、すなわち昨年の8月末にかけて小職が「山形讃香」を含むトップセールスのため小林綾子さんや酒造組合の方々とご一緒に台湾を訪れた際に当の新郎もそのメンバーの一人、その時からのご縁、という──これで、国際的にも、山形ファンがまた増えた。

 章さん、知さん、末永くお幸せに!

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□ 水と『生きる力』 
2006年8月22日(火)


 菅井源三郎さん──

 人命救助の功績を讃え、日本赤十字社山形県支部長として、表彰する。本県支部として、初の、人命救助表彰──

 プールにて水没児童を発見、プール係員に119番通報を要請するとと共に、心肺停止状態にあったところに蘇生法を実施、救急隊到着時には自発呼吸できるまでになり、一命を取り留めたのであった。表彰後、しばし、お話を窺うことができた。

 @ご本人が、その状況判断および行動において、極めて冷静沈着、Aその背景には、ご自身の性格に加え、訓練の賜物(これまで15年以上に亘り70回を超える救急法等講習を受講した登録蘇生法指導員)、Bさらに中山間地域の事情を十分に理解(例えば時間を要する救急車到着までに代替手段の必要性を認識等)。そして──

 「結局は、本人の『生きる力』です。当該児童が一緒に来ていた子供会メンバーが、自分が蘇生法を施している間、皆で『がんばれ、がんばれ!』と励まし続けた。最初の蘇生術で息を1回ついたので、『これはいける』と確信、あえて周囲の子どもたちを遠ざけることはしなかった。寧ろ、当該児童の耳には、お友達の声援が聞こえていたはず。それが『生きる力』をさらに呼び覚ましたのです。」

 「うなる」とは、こういうこと──いたく感じ入る。

 今日、村山市にて急増水、付近で遊んでいた児童2人が流され亡くなる、との報も。実に、痛ましい。

 子どもの行動に、留意しすぎることは、決してない。

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□ 夏休み後の成長 
2006年8月21日(月)


 子どもたちの夏休み終了、今日が初日。

 カバン、運動着など手一杯の荷物とともに登校。特に長男は、水の浄化装置を製作、泥水の浄化具合を実験し、その装置と成果を持って──失敗から工夫を凝らして成功にもっていく過程を一覧表にするあたりは、家内ともども、驚き、そして成長を感じる。二男も、他の兄妹への配慮が顕著になってきたところが、この夏の間の成長だ。長女も家内のお手伝いを楽しんで、また積極的に手掛けるようになった──「お姉ちゃんになったねぇ」、「あら、ママみたいだねぇ」などと評されるのが嬉しいようだ。

 当方も、終日、内部打合せ、来客など、公務の嵐──夏休みの余韻などはいっぺんに吹き飛んでしまった。しかし、それでいいのだと思う。

 夕方から、高橋和雄前知事の旭日重光章の受賞記念祝賀会。於メトロポリタン。7月に続いて2度目の御呼ばれだが、前回は経済界中心、今回は県庁職員、県議会議員、各市町村長らが中心──「我以外皆師なり」との趣旨でご祝辞を述べさせていただく。

 いよいよ、秋の陣、である。

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□ 『ドヨ〜ン』から『元気』へ 
2006年8月20日(日)


 47都道府県中46県が達成済み、残る未達成は山形県のみ──

 @夏の全国高校野球甲子園大会でのベスト8進出、そしてA自治体職員有志の会への加入会員──そして、これらは、前者については今回日大山形がベスト8に勝ち進んだことにより、また、後者については昨年小職が加入したことにより、各々解消(達成)された。

 特に、自治体職員有志の会については、目下、上杉鷹山翁の精神に学ぼうという機運がメンバー内で盛り上がっており、来る10月27日(金)、本県米沢市において、「オフ会」(昨日のシンポジウムに比べもっとインフォーマルかつフランクな集まり)を開催することに。本県での会員は、現時点で知る限り、小職のほか1名にとどまっている──「『空白地帯』解消」から「『交流の輪』積極拡大」へ──山形県において、意のある県・市町村職員の積極加入を期待したい。

 本日朝刊各紙を見て、2度、嬉しかった──

 一つは、昨日の岩田屋でのトップセールスが、地元・西日本新聞社の社会面のみならず、全国紙の朝日・毎日両新聞社の社会面でも採り上げられていたこと。

 もう一つは、日経新聞社が、その社説で、本県東根市を取り上げ、少子化対策が効を奏している(定住人口が増えている)自治体として、その「知恵」を使った積極的取り組みを「若い家族に暮らしやすい町との評価が定着しつつある」と高く評価していたこと。

 「以前仕事の関係もあって訪れた山形県の印象は、『ドヨ〜ン』とした、さえない感じでしたが、最近、何かと全国で話題にのぼるようになり、『変わったな、元気だな』というのが実感です」──昨日、有志の会交流会にて、中国地方から参加したメンバーのひとりの言葉。

 今後とも、全国に、そして世界に、山形県の情報発信に、これまで以上に積極的に取組んでいきたい、そして、そうした動きを県内・外の方々にしっかりと認識していただきたい、と願う。
 (そのためにも、地元および山形駐在全国報道機関の方々が、そうした動きに着いて来て頂けるよう、一段と態勢強化していただけたら、と願う<ちなみに、今回の岩田屋でのトップセールスを、県内版で報じたのは、事前には地元紙、事後には全国一紙、だけであった>)。

 福岡から羽田乗継にて山形空港へ、午後2時半着──

 山形空港利用活性化のためもあって、「山形・羽田間午後一便だけだが、これが寧ろ九州からの接続良好」として、最近、九州からの誘客に努めている経路。確かに、羽田での待ち時間はほとんどなく、スムーズであった。しかし、である。盲点があった──福岡11時発、羽田着12時半であるが、機内食が出ない。しかも、今日は出発が多少遅れたこともあり、そのまま山形便へ。結局、昼食にありついたのが帰宅後の3時過ぎであった。

 当ルートご利用の方々は、昼食(軽食)のご準備を──

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□だだちゃ豆:佐賀・山形両知事トップセールス
2006年8月19日(土)


 福岡の老舗百貨店「滑笂c屋」を訪問。

 速水俊夫社長(代表取締役)と面会。伊勢丹出身。小職が常に胸元に着けている天然ブナの間伐材が原材料の名札が話題の最初となり、以降、「山形らしさ」を存分にアピール。ご同席いただいた大石正昭専務(代表取締役)は旧富士銀行出身で、お母様が、小職の母と同様、本県の中山町出身という。また、平井光信食品営業部長も大変気さくな方で、その後店内をご案内いただく。

 11時半ごろから地下食品売り場にて、「だだちゃ豆」をトップセールス。速水社長の言葉通り、福岡の方々は舌が肥えているようで、「山形セレクション」印付きのほうから売れていく。その様子を、地元西日本新聞社、そして毎日、朝日が取材、小職もインタビューを受ける。

 午後は、「自治体職員有志の会 第3回シンポジウムin福岡」

 200名を超える参加者。まずは世話人の代表格である、三重県の山路栄一さんから冒頭ご挨拶いただいた後、早速、各地の取組報告として、小職がトップバッター、「100年後にも誇りに思える元気な山形県づくり」をパワーポイントを用いながら語る。その後、横浜市、福岡市の報告、そして木佐茂男九大教授の基調講演(「あなたは変革の担い手となりえるのか」)に続き、パネルディスカッション──「地域から日本を変えよう」と題して、小西砂千夫関西学院大教授をコーディネーターに、古川佐賀県知事、河内山柳井市長、後藤臼杵市長、山崎栄子大野城市職員、そして乙丸法道久留米市職員がパネラーとして参加。

 「縦並び(これまでもやってきました)・横並び(他自治体もやっています)のタブー化」(河内山市長)、「(予算編成の旨みを排除する複式簿記化により)本当のことを知らせることにより危機感を植え付ける」(後藤市長)、「職員に求めるのは、outputとしてではなく、outcomeとしての説明力」(古川知事)──示唆に富む発言多数、今後の県政運営に大いに参考になる。

 4時間半のシンポを終え、近くの交流会会場へ。古川知事とご一緒に歩いたが、その間、たまたま岩田屋の地下を通ったので、本県の「だだちゃ豆」コーナーに立ち寄り、その様子をご覧いただく。そして、そして二人で、短時間であったが、期せずして再度トップセールス、おまけに、古川知事からもわざわざ2パックもお買い求めいただくことに。ありがたい。

 交流会も大盛況──「『地方』とは市町村と圧倒的に多い中小零細企業、『地域コミュニティ』とは小学校区、それぞれが元気にならなければ我が国も元気にならない、そのためにも有志の会の皆様と力を合わせてこれからも活動を続けましょう」と乾杯のご挨拶をさせていただく。その後は、できるだけ多くの方々とお会いできるよう、会場内を巡る。

 今回の中心的世話人であった福岡市の秋吉誠さんはじめ、司会役を務めていただいた久留米市の栗山勝典さんなど近隣の有志の会メンバーの方々、本当にご苦労さまでした!

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□ のびのびプレー 
2006年8月18日(金)


 冠雪なき富士山を左手に眺めながら空路にて大阪伊丹へ、そして甲子園へ。

 関西県人会の方々と再会、そのまま第一試合となる日大山形の対早稲田実業(西東京代表)戦を応援に、3塁側アルプススタンドへ。曇り空、蒸し暑いが、照りつける太陽がない分、息がつける。早速、報道記者数社から取り囲まれ、コメントや選手への激励メッセージなどを求められる。

 日大山形の選手は気負いもなく、のびのびとプレー、初回こそ1点を奪われたものの、その後は寧ろ投手戦、そして6回、先頭打者の3塁打を契機に2点奪取、その後ものびのび野球を続けたが、8回、ボールのイレギュラーなども重なって、4点をもぎ取られ、そのまま2対5で惜敗。

 高校生数に鑑みると、東京都31万人の中から選ばれた早実選手を相手に、本県3万8千人の中からの日大山形選手は、実に見事な戦い振りであった。

 本県初の夏の甲子園ベスト8進出──県民は大いに期待し、そしてその果敢な、また大舞台での「のびのびプレー」に元気を分け与えてもらったことだろう。

 試合終了後、選手たちがアルプススタンドへ駆け寄ってきたとき、選手応援団、関西県人会、そして本県から駆けつけた多くの方々とともに、熱い拍手を送る。選手たちに、直接、声をかけることはかなわなかったのが残念。

 試合後、恒例となっているそうであるが、球場すぐ脇にある日吉食堂にて、関西県人会30余名の方々と懇談。

 そして、台風を心配しながら、新幹線にて福岡へ。夕方着。

 明日の岩田屋でのトップセールス、ならびに昨年に引き続きとなる「自治体有志の会」シンポでの講演に備える。

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□ 夏の風景 
2006年8月17日(木)


 今日告示された東根市長選挙で、3期目を目指して立候補した土田正剛現市長が無投票当選。

 東根市は、昨今地方の如何なる市町村でも人口減少が当たり前と思われている中にあって、人口増加の自治体。住民に「痛み」と「願い」をしっかり語り、そしてそれを実現する土田市長の政治手腕によるところ大。学ぶべき点が多い。

 午後は長男と夏休みの自由研究の一環として、大き目の石、小粒の石、砂、炭の4種類の浄水装置作り。小学生を持つどこの家庭でも、今頃は、こんな風景であろうか。

 明日は、夏の甲子園高校野球で、昨日対今治西戦延長13回逆転サヨナラで劇的な勝利をおさめ、県勢初の夏ベスト8に進出した、日大山形の対早実戦応援のため、早朝より甲子園へ。

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□ 遊佐町西浜(その3) 
2006年8月16日(水)


 「もう帰るの?」と長女──長男、二男も同じ思いのようだ。

 朝食前にテントを撤収、その他キャンプ用品もまとめる。特に、テントの取り扱い方には、過去20年間に蓄積した「ノウハウ」があるので、それを子どもたちに伝授しながらの作業となる。

 その後、身支度を整え、一路鶴岡へ。昨日実家が全焼した加藤紘一衆議院議員の火事見舞いに。

 何より、97歳で、私自身、言葉では表現できないほど極めてお世話になった、同先生のお母様、そして事務所の方々がご無事であったことに安堵した旨をお伝えする。

 そして、事件性も取沙汰される中で、改めて、自らの座右の銘を思い起こす──

 「おごらず、気負わず、ひるまず」

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□ 遊佐町西浜(その2) 
2006年8月15日(火)


 小泉首相による8・15靖国神社参拝──

 加藤紘一衆議院議員の鶴岡にあるご実家全焼──

 キャンプサイトにいながら情報収集・連絡などで慌しい朝夕。

 キャンプの朝は早い。小鳥たちのさえずりとともに目を覚ます。今日も好天。暑い。

 松林の中で風に揺れる松の「ゆらぎ」の音を聞きながら朝食を済ませる。

 午前中は西浜海岸で、昼食に「夕日ラーメン」を楽しんだ後、午後は釜磯海岸で。パラソルがあおられるほど風が強いが、波は穏やか。

 特に、砂浜だけでは飽き足らない子どもたちのリクエストで、午後は磯辺のある釜磯へ移動したもの。その際、「道の駅」にある案内所「i」でたずねる──フードカウンターに併設されている「i」であるのが面白い。調理の合間に尋ね人が来ると手を休めて応対してくれるシステムのようだ。とても親切。遊佐の町民の心意気が伝わる。

 釜磯海岸の磯辺で素潜り。数は多くないが、大小の魚に目を奪われる子どもたち。カニもいる。イソギンチャクに触れてその感触を楽しむ。海の中は、また格別の世界だ。

 そして、浜辺で夕陽を眺める──「いち、にぃ、のぉ、さん!」などと子どもたちとカウントダウンしながら、水平線に沈む大きな太陽を眺める。子どもたちの心には、どんな太陽が刻まれたことであろう。

 夕飯はテントサイトに戻り、バーベキュー──長男がお米をとぎ、炭で火をおこす。二男は家内と一緒に肉を焼く。その脇で長女は団扇であおぐ──

 それぞれが自ら申し出た役割分担だ。

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□ 遊佐町西浜(その1) 
2006年8月14日(月)


 車でゆっくり約2時間、遊佐町西浜へ ── 西浜キャンプ場にて。

 ここは、全くのfirst-come-first-serve、つまりフリーサイト。季節柄、さすがに家族連れなどで混雑している。これも、例えば、我が家は2泊3日の予定であるが、駐車料金を含め、家族5人で4千円という実にエコノミーな旅ができる点が魅力だ。しかも、温泉が併設されている。

 運良く平らなある程度のスペースを確保することが出来、早速、かれこれ10年以上は愛用しているテントを設営する──これまでは、一人での作業であったが、もう子どもたちも十分に「担い手」になってもらえる。おかげで、実にスムーズに「我が家」が建つ。

 昼食後、早速、西浜海水浴場へ。多くの海水浴客。海水もなま暖かく、気持ちよい。夕暮れまで。この間、子どもたちは、海に入ったり、砂浜で「トンネル付基地」の建設に余念が無い──時折、波に洗われることもある。最近、ことわざの類に興味を示している長男に「『砂上の楼閣』って知っている?」などと問いながら、自らが作った基地を引き合いにその意味合いを説明。

 温泉でゆっくり汗を流した後、夕食は「十六羅漢岩」──吹浦海禅寺21代寛海和尚が海難供養のために5年の歳月をかけて彫り上げた麿崖仏22体──の幻想的ライトアップを眺めながら、海の幸に舌鼓。

 テントサイトに戻り、周囲の話し声も気にならずに、ぐっすり。

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□ ご先祖様の喜び 
2006年8月13日(日)


 お盆──今年も、例年通り、家族皆元気で、先祖に挨拶できる喜びを噛み締める。

 午前中は、両親と共に母の実家である中山町長崎へ、そして午後からは子どもたちも一緒に父の実家である村山市楯岡新山へ。特に新山では、はとこに当たる4人兄弟の家族と懐かしの再会、墓前で集合写真に納まる。

 子どもたちのお参りの仕草が何とも言えず可愛い。

 「ご先祖様が喜ぶことをやるのは良いこと」──母の言葉が心に響く。

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□ 同窓会での話題 
2006年8月12日(土)


 夕方から高校地代の同窓会──卒業から丁度30年、所謂「一世代」を経る。

 以来、初めて会う顔も──全く変わらない者、年齢相応に見える者、中には来年銀婚式を迎える者など、さまざまだが、話し込んでいるうちに「当時」が見事に甦る。

 人生ほぼ折り返し地点を過ぎた我々ではあるが、話題の中心は、「これまで」のこと──

 「残りをどうするか」について語るには、もう2、3度ほど回を重ねる必要があるようだ。

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□ 弓張平公園(その3) 
2006年8月11日(金)


 心配された空も連日好天に恵まれる。今日も朝から暑い。

 朝食後、子どもたちと初日に出かけた子ども広場の池に。おたまじゃくしをつかまえる──

 「あっ、もうカエルさんのお顔になっているおたまじゃくしさんもいるよ」と二男、そして長女も「さいしょはね、ちょっとこわくてさわれなかったけど、あとからはちゃんと手でつかめるようになったよ」と。長男は、黙々と魚網ですくっている。

 11時までに馴染んできたログハウスから撤収、親切なスタッフの方々に御礼を申し上げながら、一路、自然博物園へ──

 積雪に耐えて、象の鼻のように曲がったブナの木々を眺めながら、散策。そんな説明を最初にしたところ、そうした幹が変形したブナを見つけるたびに「がんばったねぇ」などとその木に声をかけながら歩く子どもたち。

 途中、涼しげな川べりに遊ぶ。裸足で水に入ると、足がジンジンするほど冷たい。が、子どもたちは、それでも石を積み上げたり、砂を盛り上げたりしながら、その冷たい水に入りっぱなし。

 帰りは112号線沿いに──西川町では水沢温泉にて汗を流し、寒河江市ではチェリーランドにてアイスクリームに舌鼓、そして、帰宅後は、カブトムシやクワガタの「床」作り、と。

 「パパ、ママ、ありがとう」と言いつつ十秒後には寝入る子どもたち──

 山々の空気は、子どもたちに「良く効いた」ようだ。

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□ 弓張平公園(その2) 
2006年8月10日(木)


 誰よりも早く起床──5時、テントサイト用炊事場の照明付近へ──「カブトムシなどの昆虫が良く集まるよ」とスタッフの一人の教えていただいた場所、しかし、残念ながら見当たらない。

 一人で、裏山のブナ林を散策、マイナスイオンを一杯に浴びた感。

 コテージに戻る頃、皆起床。朝食は、これまたキャンプ定番のホットドッグ。昨日いただいた野菜をたっぷり挟んで。

 身支度を整え、9時頃キャンプ地を出発、丁度、テントサイトの石碑「旧六十里越街道〜至志津/至四ツ谷」がスタート地点だ。石畳の上を歩く──1200年前からの歴史の道──途中、日陰あり、日当あり、川あり、木々あり──

 「ちょんまげ結っていた人が歩いたんだね」と子どもたち。そして、様々な石碑や「常夜灯」と刻まれた灯篭などを前に手を合わせる、その仕草や姿がかわいらしい。

 4歳の長女も完歩、志津温泉に辿り着く。水が美味しい。偶然にも仙台屋のご主人と出くわす──入り口のモダンな掘りごたつの前で、しばし涼ませていただく。

 そして、程なく、キャンプ場へ、再度、徒歩にて、出発。行きに比べて帰りは短いような気がする。二男、長女が疲れ気味だが、何とか宿に辿り着く。

 お昼は過ぎたが、そこで昼食。昨日いただいたジャガイモを蒸かし、バターと塩でホクホクと食べる。これが何とも旨い。

 ハンモッグを借り出し、我がハウスの前にある2本の木の間にセット、子どもたちに大の人気スポットとなる。

 午後の後半は、月山へ──姥沢小屋からペアリフトで──夏場に雪を抱く月山をかくも目の前で見るのは初めての子どもたち──「なんか、ゆきって、なつかしいね」と長女。

 眼下に広がる山々、そして遥かに見える弓張平公園、月山湖など──「やまがたの『美』」は子どもたちの目に焼きついたであろうか。

 帰りがけ、「ポレポレファーム」に立ち寄り、目の前で作ってくれる、無添加のソーセージを3種類買い求める。それが、夕飯。

 さすがに、今日は、皆、8時過ぎに就寝。

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□ 弓張平公園(その1) 
2006年8月9日(水)


 今日から夏休み──

 若干の食料と着替えを積んで、弓張平公園へ。

 5月に六十里越街道保存推進委員会やアルゴディア研究会等の方々との意見交換会(出前知事室)を開催した折、まだ雪も消えやらぬ弓張平キャンプ場にて、「今年は10周年」と張り切って整備している大泉さんほか10名の方々と若干の意見交換、その際、スタッフの目の輝きとその熱心な姿勢がとても印象的であったため、「是非プライベートで来てみよう」と思った次第。

 正午過ぎ到着。受付にて、諸説明と同時に、一袋の野菜と子どもたちにカブトムシやクワガタの入った虫かごのプレゼント。いずれも、この地で採れたもの。嬉しい、心温まるサプライズだ。

 5棟あるログハウスの1棟にチェックイン──これほど立派な、迫力ある丸太で造られたログハウスは初めてだ──

 簡単に昼食を済ませた後、早速「植物地区」へ。子ども広場にて、巨大迷路やフィールドアスレチックなどに汗を流す。芝生や周辺の木々の手入れが驚くほどよく行き届いている。刈り込まれた芝生の上で裸足になり、子どもたちと思いっきり競走したり、「昔取った杵柄」で、逆立ちなどの器械体操を「披露」したり──

 キャンプ場に帰り、夕飯の支度──二男が春に種を植え、育て、こちらに向かう直前に収穫してきた枝豆を皆で楽しむ。そして、メインは、キャンプでは定番のカレー。

 満月──その月の光の下で、食事後、花火に興じる。やはり、線香花火が趣があってよい──こうした花火とともに、夏本番、を感じる。

  (モバイルPC不感地帯のため8月11日に以下3日分まとめて記載)

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□ 「終日」 
2006年8月8日(火)


 終日、庁内にて内部協議──来年度予算編成の考え方等について幹部とブレーンストーミング。

 この間、長男、二男は、遊びに東京から来た、180センチをゆうに超える、大好きな甥と。終日付きまとい、遊んでもらって、夜も一緒に布団を並べて就寝。

 一方、家内と長女は、長女のお友達家族と仙台の七夕見物。長女は、お友達と手をつなぎながら終日仙台市内見物やらウインドショッピングやらと歩く──長女にとって、お友達と一緒にこうした「終日街中散策」は初めての体験、大いに楽しんだ由。

 家族それぞれが、「終日」の取組みに忙しかった一日。

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□ トップセールス、再び 
2006年8月7日(月)


 毎日の記者会見──米国出張後始めての記者会見の場とあって、コロラド州との姉妹都市提携20周年記念の証として、Owens知事から贈呈された“Honorable Proclamation”を披露、訪米の意義を「今後の経済・産業交流の発展のため」と位置付ける。

 終了後直ちに上京、用務後、夕方から、毎日新聞社「毎日フォーラム『日本の選択』」(月刊誌)が主催するシンポジウムに聴講参加、佐々木毅元東大総長、加藤紘一衆議院議員、岸井成格(しげただ)同社特別編集委員がパネリスト──総じては、来る自民党総裁選に絡めた靖国問題、外交問題等の議論を通じて、基本的に、現在我が国が置かれている「危うさ」について、語る会合となった。

 終了後、小1時間ばかり、二階経産省大臣を迎え、懇談──北村正任同社社長のご挨拶に続き、小職は乾杯のご挨拶の役回り──経財界からはトップ役員らの、また役所からは事務次官らの出席者を前に、@「『改革』疲れ」はしていないか、Aそのためにも「『夢』三倍」の法則を意識しているか、B具体的には都市と地方の関係再構築であり、広域経済圏の積極的形成ではないのか、などの点を語った後の「乾杯」。

 その後、かなり多くの方々とご挨拶──製薬関連の方には先端生命研究所の最近の動きを、地方都市の文化水準向上を主張する方には、例えば、本県の30年以上も前に山形交響楽団を組成等音楽水準の高さを、など、しっかりトップセールス。

 最終新幹線にて帰る(現在車中)。

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□ 自省と反省と 
2006年8月6日(日)


 夏場の剣道は厳しい──長男の剣道の試合、落合の山形市総合スポーツセンター体育館にて。

 この蒸し暑さに体力が消耗する。それでも、指導者の檄が飛ぶ中で、選手たちは目一杯頑張る。小学校、高学年(5、6年)と低学年(それ以下の学年)の団体戦や個人戦。高学年と低学年とでは、体格も技量もこうも違うものかと思う。特に、優勝した団体や個人の剣士の「面構え」が何ともりりしい。

 ところで、当方は、というと、長男の出場した小学校低学年団体は全敗。

 試合後、帰宅し、長男と一緒にお風呂に入りながら、「自分でどんな点が反省点だと思う?」と自省と促すべくたずねる。「うーん、振りかぶりが足りなかったかな。だって、先生、そう言っていたもん」と──「振りかぶりって大切なんだよ。つまり、しっかり振りかぶらないと、腕をしっかり伸ばして絞り込みながら相手の、例えば、面にきちんと当たらないからだ。でも、パパは、とにかく、『元気』が足りなかったような気がするなぁ〜」──

 長男の「自省」を促すつもりでいたのが、ついつい、説教調になることを「反省」する。

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□ 無事帰宅の「証」 
2006年8月5日(土)


 約1週間の米国訪問を終え、夜8時過ぎ、山形駅に降り立つ。

 タクシーに乗り込み、通りに目をやると、花笠祭り初日とあって、団扇を手に、多くの方々が行きかっている。

 家に着くと、タクシーの音が聞こえたのか、呼び鈴を鳴らす前に、長女がいち早く駆けて来る。続いて、長男、そして、ややテレながら、二男。日焼けした顔がいとおしい。

 直ちに風呂で汗を流し、食卓に──子どもたち3人が一度に話しかけてくる──

 この騒々しさが、帰宅の何よりの「証」である。

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□ 海外交流に思う 
2006年8月4日(金)


 帰国途中の機内──

 周囲を見渡すと、小職同様、PCに向っている方々が少なからずいる。お隣の方は、ビジネス上のプレゼンテーション資料であろうか、パワーポイントで一生懸命に作業をしている。反対の通路側にいる方は、エクセルシートをこれまた熱心に眺め、分析している様子──皆必死なのだ。

 今年になってから、6月の中国黒龍江省(ハルピン市)、そして今回の米国コロラド州(デンバー)と、二つの本県の友好姉妹都市提携国を訪れた。それぞれに銭運録党書記や張左己省長、そしてOwens知事と親しく意見交換を行い、極めて有意義な訪問とすることができた。これも、これまでの関係者の熱意と努力があってこそであり、その賜物である。

 そこで、である──海外交流について、歴史は語る──第一段階は「友好交流」、第二段階は「経済交流」、そして第三段階は「政治交流」

 黒龍江省、コロラド州ともにすでに10年を超える、そして特にコロラド州とは丁度20年の、交流を続けている。この間、本県では、周年ごとに、知事や副知事を団長とする「訪問団」を組成、官民揚げての「友好交流」に務めてきた。

 しかしながら、今回のコロラド州との20周年には、「訪問団」は組成しなかった。事実上、小職一人である。そして、20周年記念式典(7月31日於コロラド州知事公邸)に臨んだ。そこには、コロラド日米協会や日系人会の100名を超える方々がお祝いのために参集、そして、お集まりいただいたほとんどの方々と個別に、そして直接お会いし、これまでのご苦労振りや、今後の期待感などについて、語り合うことができた。また、Owens知事とも、言葉の障害がないこともあって、相当程度個人的事情等についても互いに胸襟を開いて話し合える仲になることが出来た。

 その後も、コロラド大学、ISB、ボーイング社など、今後の本県との「実質的」な交流を目指して、その「糸口」を模索してきた。

 business-orientedの訪米 ── これでいいのだと思う。

 これこそが、同式典で「この両県州の20年に亘る友好交流を節目に、今後我々は次の第2ステージに向かって歩みを進めるべきである」と述べた真意である。

 こうして機内で必死にPCに向う「戦士」を眺めていると、今後の海外交流を「友好交流」と捉えることの愚かさを思わざるを得ない。

                        (帰国の途、機内にて)

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□シアトルへ(その2)─ボーイング社
2006年8月3日(木)


 シアトル市といえば、メジャーリーグのイチロー、城島両選手が活躍するマリナーズ、マイクロソフト社、アマゾン・ドットコム社、スターバックス社といった、我々の生活にも馴染みの深い先の本拠地・本社があるところ。そして、何と言っても、「飛行機」という「夢」を運ぶ代物を手掛けるボーイング社は、技術・雇用両面から、魅力がある。

 そこで、あらゆる伝手を辿って、同社訪問にこぎつけ、トップセールスをすることとした。

 シアトル市内から車で40分、Everettに同社はある。あまりにも広大な敷地であるので、前もって、詳細な周辺地図を送ってもらい、それを手がかりに、それらしい建物に近づく。

 受付で名乗ると、「お待ちしておりました。係りの者を呼びますのでしばらくお待ちください」と言う。待合室には、さすがに、中型のラジコン飛行機ほどの大きさのボーイング747、767、777各機が天井から吊り下げられている。連邦・海外政府関係担当のDavid Reese氏が現れる。2メートルはあろうか、かなりの長身だ。

 早速、工場見学──工場といっても、1000m×600mの建物、ギネスブック登録済みの世界一大きな「ハコ物」──工場内では、防塵用メガネをつけ、ゴルフカートのような電動自動車で移動する。全日空、大韓航空、シンガポールエア、中華航空など、お馴染みの航空会社の「当該機種第X機目」といったシールが先頭部分に大きく張られたかたちで製造作業が進む。

 製造途上機に実際に直接触れながら、2時間に亘る「完全視察」、その過程でお話を伺う。要点、以下の通り。

 @国際的パートナーシップを組みながら、世界各国から部品を調達するが、同時に、「完成品をお買い上げいただく」ことにより、「バーター取引」が成立することが基本
 A特に日本は技術力が高いので、例えば胴体の中心部躯体を手掛けてもらうが、本音は、「日本とは、競合ではなく、パートナーとして関係強化したほうが、将来的には得策、との判断
 B他方、中国は、今後潜在的大量受注先として魅力がるが、その商習慣の違いや軍事転用可能性等を考慮し、慎重姿勢を維持
 Cこの間、2008年春の就航を目指す787機は、機体の軽量化(機体のファイバー樹脂化、それに伴う錨打ちの大幅圧縮等)やエンジンの高性能化等のほか、上部にせり上がる形状の主翼のエレガントさも手伝ってか、予想を遥かに上回る、少なくとも2020年までの受注残
 Dこのため、「トヨタ方式」を導入、(ア)胴体等の大型躯体を含め可能な限り現地製造とし(そのために大型部材を航空運搬できるよう、胴体天井を盛り上げてスペースを作った改造737機も3機製造)、それらをEverettに運び込み、それらを組み立てるだけ、という工程管理を徹底(従ってシビアな時間管理となる)、さらに(イ)製造ラインも、これまでの製造途上機体そのもの移動から、作業者の移動に転換、等の対策を実施する結果、1機当たりの製造期間をこれまでの3ヶ月から3日に大幅短縮
 E2001年9月に本社機能をシカゴに移転し、経営と営業・製造を完全分離、その際、政治的にも大きな議論となったものの、現在の23,000人の雇用に対し、200人程度の雇用移転に過ぎず、ワシントン州に対するボーイング社のコミットメントは今後とも不変
 F売上収入は、現状、「民間航空機:軍事:衛星=4:3:3」の割合であるが、787機投入後は「5:3:2」を標榜、等

 視察終了後、パワーランチ── 先のReese氏に、事業開発・グローバル戦略部長(日本担当)のDavid McKenna氏、ならびに、Dirk Fieldcamp氏の2人が加わる。

 小職より、事前にパワーポイントで準備した資料「Source of Excellence (優れたものづくり産地)」に基づき、@本県の概要(地理的関係、産業構造、上杉鷹山翁等に基づく精神性、米国との関係等)、Aものづくりの系譜(戦時中の航空機産業をクローズアップ)、B先端プロジェクト(有機EL、超精密加工テクノロジー)、C本県と航空機産業との「縁」、D本県ものづくり力による航空機産業への貢献可能性、等について丁寧に説明。特に、有機ELについては、そのサンプルを持参し、照明機能を実演したのである。

 説明の過程で、特に、McKenna部長が、@「NIPPI」(日本飛行機鰍フ略称)の疎開工場が本県にあったこと、A有機ELは従来光源に比べ熱発散が極端に抑えられること、に言及した場面において、大きな関心を示しているのが見て取れた。

 こうした結果、驚くほど前向きな反応が得られたのである (以下McKenna部長の総括)──

 @航空産業に関心を高めているのはまさに好機、すなわち、(ア)機体部材がアルミからセラミック樹脂に、また(イ)製造過程が部品組立てからコンポーネント化(ユニット化、モジュール化と同義)に、各々大きく変わる転換期であるため
 A特に、有機ELについては応用範囲が広いと思われる上、販売戦略上、環境への配慮(電力消費大幅節減等)といった側面をアピールすることが可能
 Bさらに、ナノテクについても、日本のheavy industry(三菱、川崎、富士を意味か)が大いに関心を示すものと思われるので、是非関係先に接触することを勧める(関係先窓口が不明の場合は自分が紹介する)

 午後も半ばに差し掛かる頃、ボーイング社を後にする。

 夕方、ボーイング社に勤める、カンザス州ラッセルハイスクール留学時代のホストファミリー二男Charles Farmer夫妻と、エリオット湾に沈む夕日を眺めながら、この30年間の出来事や長男Tylerを送り出しているイラク戦争、そして今後の山形とボーイング社との「夢」などについて、懐かしくも、真剣に語り合ったのであった。

 明日は、帰国の途に──
              (シアトル市内宿泊先ラウン・プラザホテルにて)

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□シアトルへ(その1)─ISB
2006年8月2日(水)


 朝5時半に起床、3時間だけの睡眠だ。荷物をまとめて一路デンバー空港へ。

 朝陽がまぶしい。ハイウエーから東側に目をやると、広がる地平線──その先には、30年前、青春の足跡を印した隣州・カンザスがある。ホストファミリーやラッセルハイスクールの、あの懐かしい人々の顔が目に浮かぶ。

 空港では、ジェームズ寺田氏が見送りに出向いてくださっていた。寺田氏の力が無ければ、本県との友好関係が20年間も続かなかったであろうし、今回も、短期間ではあったが、何から何まで、真心で尽していただいた。多謝。

 お昼前にワシントン州シアトルに到着、気温20度前後、デンバー到着日の灼熱と対照的。

 (財)自治体国際化協会NY事務所の平井伸治所長(総務省)と同じく田中啓太郎所長補佐(岐阜市)から、わざわざお出迎えいただく。お声掛けしたところ、ご一緒にシステムズ・バイオロジー研究所(ISB)を訪問することとなった。本県鶴岡市にある生命先端研究所(IAB)の戦略的相手でもある。

 同研究所は、港が見渡せる丘の中腹にあった。

 所長Leroy Hood博士、そして所長秘書のDiane Isonaka氏が応対くださる。Isonoka氏は日系だ。博士からは、研究所の哲学ならびに実践について、パワーポイントを使った丁寧なご説明を頂くとともに、200名近くが働く研究所内を視察。

 @「predictive(予見)/preventive(予防)/personalized(個別)」を基本に、システム・バイオロジーを追求──つれて、医学のあり方も従前と全く異なる発想であらねばならない、Aその結果として、向こう20年間のうちに、人々の人生は10年から20年は伸びることとなる、Bそうした世の中になれば、社会制度そのものあり方を根本的に再構築しなければならないであろう、とのメッセージは強烈であった。

 特に関心があったのは、研究成果を活かした産業化、ないしは技術移転・均霑方法──ここでは、これまで、6分野において、別会社化したAccelerator Corporationを組成、うち一つを除いて、極めて成功を収めている由。そして、その成功の秘訣を、「@事業精通者、Aトップ(CEO)、B資金力」と言い切る。

 今後、学生を含む関係者をISBとIASとの間で人材等の交流を行う可能性を探ることが大切、との点で意見の一致を見たことが最大の収穫である。
             (シアトル市内宿泊先ラウン・プラザホテルにて)

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□コロラド州・山形県交流20周年(第3日目)
2006年8月1日(火)


 地元「デンバーポスト」朝刊3面にインタビュー記事掲載──Owens州知事との会談概要が記載されている。他方、「話題には上らなかった」とした米国から日本への牛肉輸出再開問題について、第三者のインタビュー記事を掲載しながら、「本件の真の理解のためには、齋藤知事が米国産牛肉をおいしそうに食べている様子の写真・映像をもって報道することだ」などとして、どうしても本件について報じたいようだ。

 デンバーから車で北西に30分程度、ボルダー市にあるコロラド大学ボルダー校・宇宙航空学部を訪問。

 まず、Davis学長より「教育・研究水準の高さを求めることはもちろん、リーダーシップの滋養にも力を入れている」とする本学の特徴などの説明、「学問の府」としてだけでは終わらせない意気込みを感じる。

 次に、小職から、パワーポイントを用いながら、本県概要、「ものづくり」系譜、そして現代の有機ELや超精密加工テクノロジーなどについてやや詳細に説明、本県を売り込む。

 続いて、Peterson宇宙航空学部長、Porter技術移転室特許部長など、6人もの功名な教授陣から、同様にパワーポイントを使いながら、極めて丁寧な説明を受ける。

 @NASA等からの潤沢な支援金をベースに、hands-on実験・企画を大切にしているのが本学の特徴であること
 A「産学官」連携を重視、特に国家プロジェクト下で得た技術等を民間産業へ如何にして応用・移転させるか、その中心的役割を果たしていること
 B国際交流プログラムも重視していること(組織的対応というよりは個々の対応中心、デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、スコットランド、スエーデンと交流実績)、等

 Avery大学院学部長を加えた教授陣と昼食を挟んで、午後は学内視察。

 hands-on(手を染めること、転じて実践的取組み)を特徴としているだけに、夏休みながら、多くの学生が、大気環境調査のためのソナーや高度なラジコン飛行機、さらにはスペースシャトル搭載実験用機材などの製作に、明るく、活き活きと取組んでいる。

 実際、民間部門(軍事部門を除く、と言う意味)では、全米中、この宇宙航空学部から、最も多くの宇宙飛行士を輩出している由。コロンビア号爆発で亡くなった日系人オニヅカ宇宙飛行士もその一人だ。

 そして、圧倒的に恵まれた施設──州政府の力の入れようもあって、実績と支援が相乗効果を生んでいるため──衛星機製作のための無菌室が方々にある、というのは民間大手でもそう多くはない、という。

 山形大学などとの連携・提携がいかなる分野で可能か、姉妹都市提携20周年を契機に、より具体的に話を進めよう、ということでPeterson宇宙航空学部長と合意。

 夕方から、コロラド日米協会・日系人会の方々約100名ほどと立食会。場所は、ビールcoorsの会社名を冠して10年ほど前に完工した、5万人収容可能な「クアーズ・フィールド」、その中の観覧ブースにて。

 日系人とはいえ、3世以降は日本語が必ずしも得手でない方々も多いとあって、挨拶は英語──これまでご労苦を重ねてこられた方々をねぎらうとともに、「交流の架け橋」として先駆的意義のある上杉鷹山翁、ケネディ大統領、イザベラ・バードを引き合いに、Owens州知事と小職との共通点などをユーモアを交えて披露する。

 そして、いよいよ、始球式だ──地元Colorado Rockies 対 Milwaukee Brewers戦。

 フィールドに出る。観客5万席をもつ球場だけに、それはそれは大きな「すり鉢」という感じ。緊張感はない。促されて、マウンドへ。意外と近くに感じる。日本の始球式と違って、バッターは立っていない。振りかぶって、いつものように、思い切って投げる。ボールは外角低めに、キャッチャーミットに納まる。キャッチャーがボールを持って歩み寄って来る。そして、その場で、投げたボールにサインを頂く。

 こうして、戻った会場では、「落ち着いていたね」、「いやプロ顔負けだね」などと、駆けつけてくれたOwens州知事も交えながら、出来るだけ多くの方々と語り合う。

 そして、「『日本、広し』と言えども、メジャーリーグで、始球式を行った者は、そう多くはあるまい」とは、ジェームズ寺田氏。

 怪しい雲行きもいずこやへ──こうしてデンバー最後の日が終わる。

          (デンバー市内宿泊先「ウエスティン」3日目の夜)

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□コロラド州・山形県交流20周年(第2日目)
2006年7月31日(月)


 早朝4時ごろ目が覚める。米国時差の典型だ。こうしたときは、無理に眠ろうとしない。

 短パンとTシャツに着替えて朝の街に出る。散歩。そして、とあるDeliにてサンドイッチとオレンジジュースを買い求め、通りに面したテーブルで朝食。

 午前中一番で、在デンバー日本国総領事館を表敬、太田総領事に昨晩の御礼と、今後の山形のコロラドに対するコミットメント等について意見交換。

 その後、総領事とご一緒に、州政府にOwens州知事を訪ねる。

 120年もの歳月のたった、地元産の赤いマーボル石をふんだんに使ったState Capital、その1階に知事室がある。同室までのルートも迷路のような構造になっており、その分、リスク管理が行き届いている、とも評価できる。

 初対面、そして「齋藤知事は野球が好きか」と、自席の背後にあるこれまで収集した野球ボールのコレクションなどを案内してくれる。その後、外交(日米関係、対北朝鮮戦略、対中国・ロシア政策等)、内政(移民対策、産業政策等)全般に亘るテーマに話しが及ぶ──ブッシュ大統領とは個別に食事を共にするほどの親しい間柄、そして石原東京都知事とも親交がある由。

 「自分は、政治的ポジションは保守(共和党)だが、実際の政策運営については、硬軟取り混ぜた、柔軟な対応をとっている」──こうした「老練さ」を思わせる政治家でもある。

 そして、これまでの両県州友好交流20周年のこの機を捉え、今後、一段と経済・産業交流へ発展させることが出来るよう、互いに一層の連携強化に努めることで意見が一致。

 デンバー大学に移動し、まずは本県主催の「コロラド・コミュニティ・アクション講座」の開講式に臨む──当然ではあるが、全て英語で式次第が進む。到着2日目の受講生10名を激励。うち、男子1名のみである点がやや気になる。

 そこで、これまでの両州県交流において「この人を抜いては語れない」というビル細川氏にご挨拶。91歳。ランチをご一緒に。

 続いて、同じキャンパス内で開かれている、文部科学省英語教員研修プログラムを視察、受講生である全国各地から集まった先生方を激励、そして「現在の教師に望むことは何か」、「山形の教育の特徴は」などといった質問も。これが全て英語でなされるところが面白い。宮崎、鳥取、兵庫、埼玉など、そして東北からは福島──

 「来年は是非山形からも参加を」とは、その主催者であり、そしてデンバー滞在中随行くださる日系人会会長のジェームズ寺田氏。

 この間、地元主要紙「デンバーポスト」の記者から電話インタビューが入る──今回のデンバー訪問の意義やOwens州知事との会談内容などについて問うものであったが、「米国から日本への牛肉輸出再開問題について、互いに言及はなかったのか」とは、まさに両国間の最近最もホットな話題としての問題意識が面白かった──事実、当該事案は話題に上らなかった。

 夕方は、Owens州知事主催のコロラド州・山形県交流20周年記念晩餐会。

 於州知事公邸──当地の大富豪Boettcher未亡人から、1959年に、歴史的価値の高い家具調度品一切を含め、寄贈されたもの。G8開催時のゲストハウスであったことも。そこに今回は、日米交流にゆかりのある100名を超える方々にお集まりいただく。

 「齋藤知事とは、10月生まれ、二人の息子と一人の娘の3人の子宝など、互いに共通点が多い」などとして、今後の両県州のさらなる交流深化について、Owens州知事から力強いお言葉を頂く。

 当方も、これまでの関係者のご労苦に感謝するとともに、上杉鷹山翁やライシャワー博士、そしてケネディ大統領などを引き合いに、これまでの日米ならびに両県州の関係の深さを高く評価、そして次のように結んだ──

 「この両県州の20年に亘る友好交流を節目に、今後我々は次の第2ステージに向かって歩みを進めるべきである。そして、それが、経済・産業といった観点から、一段と交流が盛り上がり、そして具体的成果に結びつくことが期待される。そうすることが、コロラド州そして山形県の各々の発展にとって重要であり、そして、そうした努力こそが、ひいては、将来において、日米を、さらに緊密な、そして、力強い関係に導くことであろう」

          (デンバー市内宿泊先「ウエスティン」2日目の夜)

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□ コロラド州・山形県交流20周年(初日) 
2006年7月30日(日)


 渡米、サンフランシスコ経由、コロラド州デンバーへ降り立つ──25年振りの地。

 両県州姉妹都市提携20周年を記念し、ビル・オーエンス州知事からの招待を受けてのこと。

 到着が夕方でもあったので、そのまま宿泊先へチェックイン、シャワーを浴びてリフレッシュし、そのまま在デンバー総領事公邸にて晩餐会。太田総領事、木宮主席代表領事、森領事のほか、コロラド州政府国際貿易局からアルパート局長とプロモンドン同局東南アジア担当、さらには両県州交流の「元祖」とも言うべき日系人会会長のジェームズ寺田氏、そして当方は石川国際室長と同局へ出向している田中さんと。

 @かつてブドウ栽培が盛んであった地域を再度掘り起こし、一大ワイン生産地を育成し始めていること、A山岳地帯が多く、逆に外からの攻撃が困難であるため、軍事産業が育ったが、冷戦終了とともに、その技術等は民間に伝播・継承され、現在ではロケットをはじめとする宇宙航空産業が開花していること、B首都の核攻撃に備えて「第二のワシントン」を同州に設けられており、連邦agencyとしては全米最大であること、など、改めて多くを学ぶ。

 特に、「かつて地域にあったものを現代にて復活、活性化している」と言う意味で、件(くだん)のワイン産地育成や宇宙航空産業集積を捉え、「モダン・ルネッサンスだ」と評価したところ、大いに首肯される。

 この間、連邦政府と州政府の垣根論争は未だに根強い由、「三位一体」論で賑わいだ我が国に比し、歴史的背景がある米国においてですら、である。

 帰りがけに、正面玄関にある、大きな桜並木の写真が目に留まる──「Kajyo Park, Yamagata」──何と、山形の霞城公園のお堀の上の土手の満開の桜道であった。そういえば、領事館内の「日本の美」を飾る棚に紅花人形も。

 こうして、象徴的に、コロラド州と山形県の交流の20周年を物語る、 第一歩が始まる。

              (デンバー市内宿泊先「ウエスティン」にて)

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□ 県職員も一丸となって 
2006年7月29日(土)


 長野へ──明日からの訪米のため、上京する機会を捉え、急遽決める。

 県庁にて、本県から長野県に対する災害見舞い金を手交。

 「臨戦」態勢の中、防災服に身を固めた澤田祐介副知事と鎌田泰太郎危機管理局長がご応対くださる。田中知事は県内災害現場──

 @被災住民のニーズに応えるためには、「マス」対応ではなく、個別対応が必要であること、A早期復旧に向け全県職員(含む教職員、外郭団体等)の取組みが重要であること、B心のケアも忘れてならないこと、等といった「生の声」を伺う。

 特に、被災直後から田中知事のアイディアが満載された17もの個別支援策が光る(お助けコンセルジュ、子ども何でも相談隊、何でも24時間無料引取り等)。また、諏訪・上伊那地域へ県職員4千4百人を派遣、災害片付けに懸命に取組んでいる。さらに、昨年多くの災害に見舞われた新潟県からは、紙製パティションの有効活用(軽量、プライバシー保護)や子供向け「おはなしぽけっと号」の有用性などについてアドバイスを受け、さっそく役立てている由。

 「田中知事を先頭に、県職員一同、関係先と連携しながら警戒態勢に当たり、そして、全力を挙げて復旧作業に取り組んでいる。しかし、県知事選挙の時期と重なったことが影響し、やればやるほど、『選挙パフォーマンスではないか』と言われる。それがとても悲しい。」──

 医学博士でもある澤田副知事の言葉が心に残る。

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□ トイレ掃除 
2006年7月28日(金)


 再び終日雨に。

 昨日のプールで、子どもたちは肩から背中にかけて真っ赤に日焼け。特に長男の背中がひどい。聞けば、総合運動公園のプールでは日焼け止めを塗ることが禁じられている、という──

 その子どもたち、今日は、トイレ掃除を手伝う。普段、遊びに忙しく、慌てて利用することが多いので、汚れもひどい。就寝間際に、3人ともその掃除の様子を思い出しながら、「いやぁ、気持ち悪かったね」などと話している。

 今後丁寧に使ってもらうためにも、良い経験である。

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□ 多くの人に支えられて 
2006年7月27日(木)


 昨日に続いての晴れ──

 夏休みの子供たちは、終日、総合運動公園内のプールにて遊ぶ。だいぶ日に焼け、大いに満喫。

 午前中、いつものように毎日の記者会見、続いて優良建設工事顕彰式、そして県庁(松波)職員の永年勤続表彰式を行った後、上京──

 首相官邸にて、構造改革特別地域計画・地域再生計画認定書授与式に参列。「『食農もがみ』食と農ブランド計画」が採択されたことによる。本計画は、最上地区における農業の人材育成ならびに高付加価値化を目指すもの。参列した小泉首相は、以下のような趣旨でご挨拶──

 「構造改革の一環として、民に出来るものは民に、そして地方に任せられるものは地方に、との基本スタンスで臨んできた。そして、ここにお集まりの方々は、皆、その考えを十分に理解し、各々の地域で、特徴ある、前向きな取り組みをしていただいた。その意味でも、小泉政権を支えてくださり、感謝とともに、今後とも大いに期待している」

 小グループに分かれて小泉首相との記念撮影に収まるなど授与式も手順よく30分程度で終了。多くの出席者が、「これで『首相』としての小泉さんとお会いするのは最後だろう」との思いを抱いていたに違いない。

 ところで、驚いたことに、この式典を主催している内閣府などに、かつて本県に産業政策課長としてご貢献いただいた黒岩参事官(経済産業省出身)、預保での破綻処理で苦楽を共にした大前室長(財務省)、本県の佐藤藤弥県議会議員のご子息の佐藤秘書官(財務省)ら、多くの旧知の仲間がいたのである。これもご縁であろう。

 ロッキード事件で田中首相が逮捕されてから30年──特集記事が組まれている朝刊紙もある。そして、その歴史写真の中に、同首相の「目白御殿」に出向き、逮捕し、車に同乗している、若き日の松田昇氏(当時東京特捜部検事、その後最高裁検事や矯正局長などを経て預金保険機構理事長、そして現在弁護士)があった──

 「おごらず、気負わず、ひるまず」──小職の座右の銘を発した方でもある。

 実に、多くの人々から支えられてこそ今日ある自分──改めて、そう思うに十分の一日。

            (現在帰県途中の新幹線車内)

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□ 出産一時金 
2006年7月26日(水)


 子どもを持つ親ならだれでも一度は疑問に思ったことだろう──

 出産すると、その分娩費用を国(厚生労働省)は健康保険から30万円分負担してくれる。しかしながら、出産後手続きをし、支払いはその約1ヵ月後であるため、実際には、出産退院時に自ら30万円前後を現金で用意し、支払うこととなる──

 「どうせ、国が30万円分補助してくれるのなら、病院に直接補助支給し、『立替払い』をしなくとも済むようにすればいいのに・・・」

 これが、今年中に、出産予定日の1ヶ月前から手続きが可能となり、実際出産したら健康保険が直接病院に支給する、という仕組みに制度変更となる。

 これは、去る4月に猪口少子化担当大臣との東北ブロック会合を本県で開催した際に要請した事項の一つであり、その成果である。

 国の政策の不合理性は、この地方から、声を発し、是正していく──

 意識を高く持ってさえいれば、それが可能であることが、この出産一時金の制度変更は物語っている。

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□ 長雨の中で 
2006年7月25日(火)


 長雨。冷夏が心配。大規模災害には至っていないが、県内各地で心配な箇所は少なくない。

 午前中、第44回花笠祭りのミス花笠4名の表敬、いわば「観光大使」としてのお役目もあり、勉強を積んでいる、という。お昼まで、研修所にて課長級職員に対する講話、特に自律的に考え、行動する力について重きを置いてお話しする。

 午後、3M視察、国内外の交通標識などはほぼ独占的に生産・供給している企業、「利益率の良い先とは」を体感する。その後、第77回村山市経営者懇話会にて講演、その後、参加者と意見交換。市町村単位での経営者の方々の集まりで親しくお話をさせていただくのは事実上初めて。

 岡村健司総務部長の離任(27日付)。同部長からは、齋藤県政の船出を、文字通り、一心同体で支えていただく。今後の財務省での大いなるご活躍を祈る。多謝。

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□ 合併、「時は今」──夢未来トークin最上 
2006年7月24日(月)


 終日、最上総合支庁管内にて、一日県庁。

 まずは、同支庁内にて永年勤続者表彰、その後、昼食を挟みながら意見交換。農政、医療体制等を議論しながら、四半世紀の勤務に感慨ひとしおの感。

 その後、新庄のクリタ園芸視察、系統機関に頼らない独自の販路開拓で、小シクラメンの鉢物等年商1億円の企業だ。連棟ハウスの中に所狭しと並んでいる花鉢、その下はコンクリート敷であるがゆえに、農地ではなく、宅地として課税されているという。実態と法制度の趣旨の乖離をここにも見た思い。

 夢未来トークin最上──新庄青年会議所、新庄・最上商工会議所青年部らが主体的に動き、開催の運びとなる。於新庄市民プラザ。

 @人口減少、A観光、B合併、が主な話題に。特に、合併について、多くの若者から、極めて前向きな、力強い発言が聞かれたことに、大いに期待を抱かせる。

 「結果的に成就しなかった最上地区の合併が議論されていた過程では、合併のデメリットだけが強調されていた感が強い。そして、その際に、各首長は『独立した特徴ある街創りのための改革』を口にしていた。しかし、その後、改革の実態が何ら見えていない。我々は、今、まさに、合併前と合併後の姿、すなわち『将来予測』を比較検討しながら、『正しい選択』をする。」

 『正しい選択』には、「最上は一つ」という合併の「理念」と、それを共有してくれる「政治」の2つを意味していることだろう。

 まさに、時は今、の感が強い。

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□ 「ああ、今日は楽しかった」 
2006年7月23日(日)


 早朝から隣組で松見公園の草むしり──

 「昨晩はどうも!」と、昨晩の荒楯町内会夏祭りに参加した余韻を互いに確認しあいながら、6時過ぎから三々五々集まる。雨降りの後なので、ほこりも立たず、草刈には絶好のコンディション。我が家では、子どもたちとキャッチボールをしたりする公園でもあり、最も整備の恩恵を受ける立場にあるので、特にせっせと草むしりに取組む。小一時間ほどで、相当程度きれいになる。

 その後、朝食もそこそこに、二男を連れて、長男の剣道へ──

 今日から、二男の剣道デビューだ。道中、「不安だなぁ」と口にする。何人かの初心者と一緒に先生方が丁寧に教えて下さる。その様子を見ている限り、不安は解消されたようだ。長男は、誰よりも早く面を着け、さっそうと構えている。二男もその勇姿を見ていることだろう。

 帰宅すると、長女も「わたしもけんどうやることにきめたわ」と──結構、結構。

 午後、子供たちと、おじいちゃんも誘って、涼しい蔵王へ──

 ドッコ沼でおたまじゃくしを眺めたり、水切りを楽しんだりした後、坊平に遊ぶ。クロスカントリーコースをトンボを採ったり、コガネムシを観察したりしながら、のんびりと散策する。マイナスイオン一杯に浴びた感。帰りは、皆で、大露天風呂に。

 「ああ、今日は楽しかった」と、口々に子どもたち──その声に、その笑顔に、満足する。

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□ 隣組デビュー 
2006年7月22日(土)


 「ボクが朝ごはんをつくるよ」──

 そう言って、二男は御飯と卵を取り出す。この場の父親としての役割は、ガス台の火をつけることのみ。フライパンに御飯を入れ、その上にトマトケチャップをかけた後、炒める。その炒めた御飯を別のお皿によそり、同じフライパンで、今度は薄焼き卵を作る。出来上がった卵焼きの上に、先ほどのケチャップ御飯を乗せ、くるんで出来上がり。自慢げ。結構うまい。

 子どもたちは、今日から夏休み。

 まずは、「夏休みシフト体制」を敷こうと、日中、子どもたちの机の片づけを手伝う。

 夕方から恒例の荒楯町内会の夏祭り──昨年は公務で家内と子どもたちだけの参加であったので、自分にとっては、今日が隣組デビュー。

 各家庭がちょっとした一品を持ち寄り、隣組同士が集まりながら親睦を図る、というもの。ごぼうの辛味一本漬け、わらびの一本漬け、たまねぎの酢漬け、おこわおにぎり等、それぞれの家庭の味、しかし、見方によっては、「贅沢品」が普通に並ぶ。子どもたちは、このときばかりは、「公認」でやんちゃを働く。盛り上がりつつあるところへ、雨、そして解散。

 こうした集まりは年に一度だけではあるが、地域における「助け合い、分かち合い、育み合う」精神が、そのまま受け継がれる、好機ではある。

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□ 地方分権改革の帰趨 
2006年7月21日(金)


 去る6月7日、地方6団体が、12年振りに、地方自治法に基づく意見提出権を行使、「地方分権の推進に関する意見書」を内閣に提出した。そして、その回答が本日付であった。

 落胆した──

 この秋の新政権を展望し、現時点で明確なコミットメントを表明・約束することは事実上困難であるためか、諸課題は、事実上、全て、先送り。特に、国との誠実な話し合うことが全てのスタートであると思うが、その場である「地方行財政会議」の設置について、何ら言及すらされていないのは誠に遺憾である。唯一、地方分権改革に関する一括法制定の方向性だけが確認されるにとどまる。すなわち、意見書の内容の具体については、その一括法に包括的・整合的に織り込まれるか否かにかかっている、という、極めてオープンエンドの形のまま、大きな課題として残されたのである。

 本日、宮城・山形両県議会交流議員連盟設立。宮城県議の中に、少なくとも2名の山形県出身者。小職が掲げた「広域連携」が、知事・執行部のみならず、議会同士でも図られつつあることに、大いに喜びを感じる。

 だからこそ、分権改革を、一致団結して、強力に推し進めなければならない。

 地方分権改革に終わりはない。

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□ 「東北パワー」全開の秘訣 
2006年7月20日(木)


 東北知事サミット、於ホテルメトロポリタン盛岡。讀賣新聞東京本社主催で、今年で第2回目。

 作家(日本ペンクラブ会長)・井上ひさし氏の講演で始まる。同氏は、山形県川西町生れ、仙台一高で学び、岩手の国立療養所勤務の経験もあるなど、東北地方に極めて縁の深い方だ。

 「『公共空間の創造』により『無かった価値』を作ることが重要」と、ローマ時代のコロシアム建設に絡む話から、「裸の人間」としての本質のようなものを浮き彫りにする魅力的内容だった。しかも、さすがに東北を愛している──よりポジティブに捉える姿勢に、大いに共感する。

 「『東北弁』などと揶揄されるが、『言語二重生活』(標準・東京弁と田舎弁)を送ることが出来ると、生活の中でふーっと息をつくことが可能」と。

 パネルテーマは「東北の観光戦略を考える」──当方、以下のように主張。

 @「なぜ、今、観光か」──定住人口から交流人口へ、そして、21世紀の「より深く生きる」との志向の強まりから「非日常」体験の意義がますます高まるため。

 A東北における観光振興の課題──情報の受発信(就中客のニーズ把握の重要性)、インフラ整備(高速交通網整備、街づくり等)、既存資本・資産の再認識・利活用(アイディア勝負)の3点。

 B東北6県で取組むべきポイント──精神性は、中尊寺、瑞巌寺、山寺等を開祖した慈覚大師(円仁)の存在に集約されるように、すでに統一化、従って、東北のブランド化(「山形セレクション」参照)、「東北観光推進機構」(仮称)の設置(九州7県の取組みが参考)、女性のアイディア活用(観光分野は女性が比較優位)、の3点が鍵。

 寺田秋田県知事も本質を突いた発言で、「アイディア」面で、大いに啓発される。

 「東北には『無価値』とされるものが多い。特に、冬場の寒さ、雪、真っ暗な荒海・日本海──そこで、『失恋ツアー』を企画、恋で心が傷ついた方々が、秋田県の冬場の小さな地域を目の当たりにすれば、『このような厳しい生活を強いられている人々が存在するのか』と、心の傷も癒えよう」と。

 思考は、常に、柔らかく保つことが大切だ──それが、間違いなく、「東北パワー」全開の秘訣だ。

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□ 「在仙山形県人会」の盛り上がり 
2006年7月19日(水)


 夕方、仙台市にて、在仙山形県人会、来賓出席。

 本県からは、山形市長はじめ、同会当番幹事地区の最上地方を中心に、多数の町村長が、そして、宮城県からは仙台市長が、各々出席。井上会長によれば、これだけ多くの首長らが来賓出席したのは同会発足以来初めてのこと、という。

 丁度、昨日、宮城・山形両県のさらなる連携強化に関する村井宮城県知事との合意事項を、記者会見にて、公にしたばかり。これを受けて、早速、今朝の朝刊では、その連携が、最近広がりを見せつつある自動車産業関連の連携にとどまらず、広く国際観光分野等にも広げるべき、との積極的な見方をする向きも少なからずあった。

 @「県境」といっても境界線があるわけでもなく、ましてやパスポートがあるわけではないので、ヒト、モノの移動はより盛り上がることが期待される、A従って両県は自らの比較優位分野に特化し、他は互いに補い合えればよい、Bとりわけ100万人都市・仙台を除いた宮城県の人口は、山形県の人口とほぼ同等であることからも分かるように、「仙台」という大都市を宮城・山形の、いわば「共有物」として、大きく育てていこう、などと呼びかけながら、多くの方々とご挨拶させていただく。実に多彩な顔ぶれ。頼もしい限り。

 「今日は、となりの町長は来ているが、自分の町長は来ていない。来年は是非とも連れてきたい」などと、「決意表明」を行う向きも。

 出身市町村の「お国自慢」で仙台の街並みは今晩も盛り上がることであろう。

 明日は、盛岡市にて、第2回東北知事サミットが開催されるため、仙台からそのまま盛岡へ。

 (現在東北新幹線「はやて」車中、山形新幹線「つばさ」に比べ、実にスピード感がある)

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□ 政策広報のあり方 
2006年7月18日(火)


 出前知事室。男女共同参画を目指す団体「チェリア」の登録約60団体の中から相当数の方々との意見交換。紅花や「盆栽スイカ」を前に、癒されながらの会場設定。

 当該テーマは現在県が取り組んでいる重要施策の一つ。ただ、男女共同参画と少子化対策の具体、DVへの取組み、女性と農業等、各々に関する基本的姿勢を問う向きが多かった。

 そうした質疑を通じて、本県が諸施策推進のための計画を策定し、それを公にしていながら、その内容や取り組みが十分に知られていないことが明らかとなる。残念なことだ。今回は、特に意識を高く持って各々の分野で積極的に取組んでいる方々の集まりであるにもかかわらず、である。

 県の政策(施策)に関する広報(公報)のあり方を抜本的に考え直さなければならない。

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□ ボリショイサーカス 
2006年7月17日(月)


 海の日。時折小雨、肌寒い。

 祝日ならが平日同様早起きして、天童にある総合運動公園へ、ボリショイサーカスを観に。この宣伝があった際、家内と、自分たちが子どもの頃に観に行ったサーカスの印象的であったことなどの思い出話をしながら、早速「是非自分たちの子供にも、あの感動を」、ということになった。

 体育館内に張り巡らせたロープなどを見ているだけでワクワクする──実際に演技が始まる──リングを使った曲芸、ブランコのアクロバット、犬、猫、クマ、トラといった動物たちの演技など、さすが、鍛え上げられた技。丁度前に座っているお父さんは「うぉ〜」と感嘆の声を幾度となく上げている。こちらも、思わず、何度も拍手。子どもたちは、さすがにピエロの演技が気に入ったらしい。クマの綱渡りも印象的だったようだ。あっという間の2時間。子どもたちの心に残っただろうか。

 お昼も回って、天童から中山町の「ピツァリア」へ。車を降りた途端、レモングラスの良い香りが。丁度雨もあがり、焼き上がりまで、園地でラズベリーやらブルーベリーやらを採っては試食する。甘酸っぱい味が広がる。子どもたちは食欲旺盛、追加注文も。

 夕方、同級生の菊池健太郎君が経営する「カシーフ」の開店22周年記念パーティ、於グランドホテル。来春の山形市議会議員選挙への事実上の出馬宣言も。だが、全く政治色のない、仲間同士の交流の場、こちらも同級生との再会を楽しむ。

 帰宅して、子どもたちと一緒にお風呂に入っていると、一様に「あぁ、今日のサーカス楽しかったなぁ、ピツァもおいしかった」──

 所期の目的は果たせたようだ。

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□ キラキラ会合宿(第2日目) 
2006年7月16日(日)


 30年前の今日、1976年7月16日金曜日、1年間の米国高校留学を終えて帰国。

 丁度その1年前の7月16日水曜日、羽田空港から、生まれて始めて飛行機に乗ったのが米国行き、そして、AFSにて1年間のカンザス州ラッセルハイスクールへの留学から、その原点の羽田空港へ、同日付で舞い戻ったのだった。そこには、両親と姉はもとより、当時まだ健在であった祖母をはじめ、首都圏在住の伯父叔母、従姉弟、さらには朗君、典男君、修君の3人も出迎えてくれた。

 「10年ひと昔、30年ひと世代」──ひと世代前のことである。

 そして、27回目を迎えるキラキラ会合宿も最終日、夕方7時から恒例のミニコンサート。

 入門クラスの長女は初出場、極度の緊張からか、皆の前に出た途端、泣き出す始末、菊川事務局長になだめられ、手ほどきを受け、何とかこなす。ジュニアアンサンブルの長男、二男は「たなばた」と「ふるさと」を、長男はバイオリン、二男はチェロにて演奏、昨年から比べれば、一段の成長だ。

 「バイオリンは個人でも勿論弾けるが、合奏の楽しみを体感してもらいたい」とは千尋先生、その思いを、最後の40名全員合奏「キラキラ星変奏曲」に見た──これほどまでに変化に富んだ、そして音色の素晴らしい曲に編曲してくださった千秋先生、その「心」が窺える。

 そして、何といっても、山形ヴィバルディ合奏団による「亡き王女のためのパバーヌ」(ラベル)が圧巻──欧風情緒、そしてロマンに溢れ、哀れみの感傷的響きも持ち合わせおり、大好きな曲の一つ──聞き惚れているうちに、背中がゾクッとするほどの名演奏であった。

 この間、午後に合宿所を離れ、遠藤和典山形市議会議員の市政報告会、そして舩山現人県議会議員の県政報告会へ。小職にとって、いわば「生みの親」的存在のお二人、これからも一緒に県政改革に取組んでいく同士であり続けたい。

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□ キラキラ会合宿(第1日目) 
2006年7月15日(土)


 今年も、この日がやってきた──

 山形交響楽団創設名誉指揮者の村川千秋先生によるバイオリン教室「キラキラ会」の夏合宿。27回目。於「JA協同の杜」。

 昨年同様、先生のご令嬢・千尋先生、そしてご成婚相成ったチェリストの健太郎先生、ピアニストの林茶苗先生、そしてキラキラ会卒業生の菊川千明、真両先生。

 見学者の一人として参加していた長女も、今年から生徒として参加。入門クラスから一つ上のジュニアクラスになった長男、二男、「あぁ、『子ども先生』は入門だけだから、今年からないのか、つまんないなぁ」と──「子供先生」とは、メンバー年長者(高校3年生中心)による入門者の指導──先生方からのレッスン以外の時間帯で、縦のつながりを大事にする。子どもたちは、親以上に、お兄さん、お姉さん方を尊敬し、慕っているようだ。

 終日レッスン、夕食後、講堂に集まり、恒例の出し物大会。お母様方はハンドベル演奏(「シルクロード」)、先生方は、専門分野を交換しての演奏(バイオリニストはチェロを、チェリストはバイオリンを、「大きな古時計」)、等。

 比較的早めに終了、そこで司会者から「まだ時間もあるので、誰か特に出したいものはありませんか」──何と、長男が菊川事務局長のフルートに合わせて、一人ステージで演奏を始める。全く予想だにしてなかったこと。しかも、音合わせ程度か、と思いきや、しっかり左右の指を動かしてバイオリンを弾いている。あの恥ずかしがり屋の長男が、人前に自ら進み出て、そして「曲」を弾く──聞けば、日中のお母様方の練習風景をじっと見学していたところ、菊川事務局長から「何か一緒にやってみる?」と声掛けいただいたことがきっかけ、という。長男の勇気に驚くとともに、今後のレッスンにとって大いに励まされ、そして自信に繋がったに違いない。

 子どもたちがようやく寝静まった夜10時頃から先生を囲んで父兄らが懇談、「東京では個人レッスンに励んでいる子どもたちはたくさんいるが、こうして一堂に会して合奏・オケを『仲間同士』としてやっているところはない」(茶苗先生)などと言いながら、音楽と人生の関わりなどについての談義が時計が零時を回ってもまだ続く。

 この間、午後の後半は、友人の結婚披露宴、於天童ホテル。「クールビズで」というご招待であっただけに、多くがカジュアル。和気藹々と、新郎新婦のお人柄そのものの祝宴。

 茂樹さん、尚子さん、末永くお幸せに!

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□ 「種トマト」 
2006年7月14日(金)


 種トマト──

 初めて聞く言葉。来年向け種子採取のため収穫しないトマトのこと。転じて、利益は、目の前にあるからといって直ちに配分するのではなく、将来に向け蓄えておくことこそがその後大きく花開く、その重要性の例え。

 とうほく自動車産業集積連携会議の設立総会、於仙台サンプラザ。

 昨年11月に岩手・宮城・山形の3県における産学官連携により自動車関連産業を核とする地域産業基盤の発展を期する旨を謳いあげてから 8ヶ月、ついにこの日を迎えることができた。岩手・増田、宮城・村井の 両知事とともに。

 設立記念として、財団法人日本自動車部品工業会会長・鶴正登氏より「自動車関連産業の展望と新規参入企業への期待〜元気の出る経営哲学〜」と題してご講演いただく。その際、社内報名が「種トマト」であることを知る。

 これからの季節、トマトは豊富──そして、食するたびに思い出すだろう──種トマト。

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□ 全国知事会(2日目・最終日) 
2006年7月13日(木)


 起床して旅館の窓から見る風景は、笹林──そう言えば、昨日出雲空港から松江市内に至る道すがら、両脇に生い茂る笹林が目に付いた。青々として、さすが我が国の「発祥の地」──

 地元紙朝刊に目を通す。昨日の全国知事会の模様が大きく報じられている──何人かの知事の発言内容が「知事発言アラカルト」として一覧表になっている。よく見ると、麻生会長(福岡)、田中・長野、堂本・千葉、太田・大阪、古川・佐賀の各知事と一緒に、小職発言も取り上げられる──

 「『一枚岩でない(山形)』:地方も一枚岩ではない。若者の3割が首都圏に流れてうち6割が戻らず、2割の人間を供給している。簡素化した(新型交付税)制度を構築する上で、人口、面積だけでなく、『動態的側面』も盛り込むことが必要」(7月13日付山陰中央新報)

 8時半より、全国知事会議、再開。昨日の議論の中心であった「地方分権改革の今後の進め方」について、以下のように取り纏め、了承される。

 (1)第二期改革の基本戦略
  @「地方分権推進・一括法」の制定に向けて早急に具体的に提言
  A「歳出・歳入一体改革」の19年度個別重要課題取纏め・提言
  B自民党総裁選等の各候補者に公開質問状を発出
  C地方六団体が共同・結束して行動
 (2)個別課題への対応
  @国税:地方税=5:5を目指す
  A地方交付税等の総額確保、新型交付税のあり方検討
  B再建法制等について有識者を交えて検討
  C公営公庫廃止後の制度設計のための小委員会設置
  D生活保護制度の見直しについて国との協議早期再開を要請
  E道路整備のための財源を確保し、地方への配分を高める

 続いて、道州制について議論、各知事の間でも積極推進派、時期尚早派、反対派と幅広く、継続審議となる──午前中で会議終了。

 昼食後、出雲大社参拝。見上げれば、目まいがするほど大きく、立派で、荘厳な社。左右対称でないこと、神様は南の入り口方向ではなく、西を向いていること、桧皮で葺いた屋根は90畳の広さ、葺き替えは昭和28年、60年に一度の葺き替えのため、2年後にその時期到来、等を学ぶ。麻生・福岡、村井・宮城、上田・埼玉、野呂・三重など数人の知事と一緒に拝礼、御祓いいただく。

 その後、空港へ向かう途中、荒神谷史跡を訪れる。今から22年前の1984年農道整備のための事前調査で土器の破片が見つかったことがきっかけとなり、さらに2年に亘り試掘調査を行ったところ、銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本、併せて380点が立て続けに発見されることに。「380」を「みやこ」とも読めるが、偶然の一致か。銅鐸と銅矛が一緒に発見されるのもこれまで例を見なかった由。1998年には全てが国宝に指定、うち何点かが昨年10月にオープンされた博物館に陳列されている。しげしげと見つめるが、未だあまりにも謎が多い。

 我が国「発祥の地」で、祖先はどんなことを想い、日々の生活を営んでいたのだろう──2千年前の蓮の種から繁殖させたという蓮の群生を前に、古代ロマンへ想いを馳せる。

 出雲から伊丹、そして仙台経由で夜9時頃帰宅。

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□ 全国知事会in島根 
2006年7月12日(水)


 早朝、松江に飛ぶ。全国知事会。

 フライトが遅延した関係で、遅れて会場に入ると、子供たちの歌声と踊り。地元ミュージカルの子供たちだ。自席の目の前で、笑顔で、歌って、踊る、その姿に感銘(目の前で子供たちが一生懸命踊って、歌ってくれているのに、観光パンフレットの地図を一生懸命見ている一部知事もいて、やや、その姿勢に落胆する)。

 早速、竹中総務大臣との意見交換──冒頭、大臣からは、「小さな『官』・豊かな『公』」の方針の下、

 @地方交付税に関する法定率一定・総額確保を「骨太の方針2006」に盛り込むことが出来たこと、
 A「新分権一括法」については、「一体で改革する」という意味では「新『三位一体改革』」であり、そのプロセスにおいてしっかり相談させてもらう、
 B合併を推進すれば、道州制の議論は必然論であり、国民的議論を展開しなければならない、
との決意表明ともとれる挨拶。

 これに対して、フロアーから意見を求めたので、小職からは大臣に対し、次のように意見開陳──

 「目下『国対地方』との構図での議論が多いが、実は、地方内でも一枚岩ではない。特に、人材面に着目すると、地方の大学進学者のうち3割は首都圏へ、そして、その6割は戻ってこない、従って3×6は18、約2割は、地方が首都圏に人材供給を行っている、と言える。従って、交付税算定基準の簡素化に当たっては、人口・面積等のいわば『静態』的要因のみならず、人口移動等の『動態』的要因をも加味されたい」

 これに対して、当方は避けて敢えて語らなかった「地方間格差問題」として、山田京都府知事からのフォローが入る。大臣からは、「早晩、具体的な算定方法を相談させてもらう」との回答があった。

 その後、一括法への取組み戦略、地方交付税議論、税源・税制度・消費税、公営公庫解体後の制度設計、再建型破綻法制、運動論(就中秋の自民党総裁選に向けに)等について、昼食・夕食を挟んで、夜10時頃まで終始活発な議論展開。

 この間、小職は、@予算編成時の予見可能性確保が極めて重要、A税財源基盤脆弱な本県のような地方公共団体にとって保障・調整両機能の確保は総額確保と同様死活問題、B破綻法制を論ずるのであれば、自由化とディスクロージャーと一体的に論ずる必要あり、等の趣旨で発言。

 明日は朝8時から、道州制等について議論再開予定(玉造温泉「佳翠苑『皆美』(みなみ)」泊)。

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□ 「先人の英知wisdomに学ぶ」の精神 
2006年7月11日(火)


 早朝8時より、県選出国会議員をお招きして、恒例の開発推進協議会懇談会、於ルポール麹町。

 例年の自由討論形式から、今年は、テーマを設けて、各国会議員の方々から大所高所からご意見を拝聴する、というスタイルに。その結果、活発かつ建設的な意見交換となる。

 「これまでの政治は他の地域にはあまり口を挟むのを控えることがいわば礼儀でもあった。しかしながら、今後は、大都市と地方という構図の中で、例えば地方交付税のあり方一つをとってみても、地方としての本県が、他の地方と一致団結して、東京都に申しれをする、といったことも必要となろう。しっかり勉強してもらいたい」──特に、この加藤紘一衆議院議員の発言に大いに共感し、かつ発奮する。

 昨日に引き続いて、本県の重要施策について、国の政策展開を求める活動──谷垣財務大臣、結城文部科学省事務次官、石原農林水産省事務次官、林内閣府政策統括官と面会、意見交換。昨日同様、丁寧にお話をお聞きいただく。

 谷垣大臣、結城次官には「有機ELのデモ機」も持参の上披露、故に「地方の力・独自性」ひいては「分権型社会の実践」に対する支援を強く迫る。

 午後は東北開発推進協議会総会、その後、山形へ一旦舞い戻る。

 高橋和雄前知事の旭日重光章の受賞記念祝賀会に出席、祝辞──「高橋知事は長年に亘り行政に携わり、特に知事時代には社会インフラ整備にご尽力された。また、特に教育分野では全国に比して先駆的な取組みを成し遂げたご功績は記憶に新しい。今を生きる我々は高橋知事はじめ先人の努力・貢献の上にあることを忘れずに、その英知wisdomにしっかり学びながら、『百年後にも誇りに思える元気なふるさと“やまがた”』を形づくっていきたい」と。

 高橋事前知事からは、自らの生涯を振り返りつつ、受賞の喜び、家族への感謝、そして今回の受賞記念式典で頂戴したご温情を教育分野で役立てるようなことを考えたい、旨のお話があった。

 残念ながら、祝賀会半ばにて退席、再び上京(現在新幹線車中)。

 明日は、早朝、羽田から松江へ、全国知事会に。

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□ 「やまがた」アピール 
2006年7月10日(月)


 上京、本県の重要施策について、国の政策展開を求め、川崎厚生労働大臣、北側国土交通大臣、林総務省事務次官に面会、要請。

 各々予定の時間の3倍を費やし、丁寧にお話をお聞きいただき、またお話くださる──

 「やまがたはバランスの良い産業構造、そして自然・文化資産が豊富、今後人々の生き方、価値観の変化から起きるであろう『人口回帰』から、首都圏にも相対的に近いとあって、魅力増長、発展の可能性大」と、異口同音に。

 新橋演舞場で開催の紅花娘を題材にした「京紅もの語り」に出演している十朱幸代さんらを舞台裏で激励、そしてそのまま夕方から、やまがた女将の会が主催する「『おいしい山形』観光の夕べin東京」へ──

 昨年首都圏等から山形に来た「山チョン族」を中心に、女将の会が山形でおもてなし──これがあまりにも素晴らしいので、折角だから、これを寧ろ首都圏で開催したらどうか、と提案したところ、皆さんの絶大なるご支持を頂き、今夕の開催の運びとなったもの。

 村井宮城県知事、石井フク子先生(作家・脚本家)、小林綾子さん(女優)らをはじめ、150名は楽に越える皆様からのご参加──「山形セレクション」コーナーも人気、最後は皆で花笠踊りを披露、来年に繋げる。

 「やまがた」アピール──

 観光を含む「政策展開」を求め、こいうした官・民双方のあり様があってよい。

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□ 1/2成人式 
2006年7月9日(日)


 長男、10歳の誕生日。

 家内と一緒に、長男が生まれた、その晩に、家族みんなが大喜びをしたことなどを懐かしく思い出し、そして語り合う。

 たまたま来形した叔母、従姉弟ら4人と、我が両親を含め、合計11名でお祝い。

 食事の後、恒例により、ケーキにローソク10本立て、部屋を暗くし、「フーッ!」──その直後の、面々の笑みを浮かべた表情が何ともいえない。

 長男からの挨拶──「今日は遠い東京から山形までわざわざ来てくれてありがとうございます。皆さんといっしょに温泉に入ったり、おいしいごちそうを食べたのが、とても楽しかったです。」

 誰よりも曲がったことの嫌いな、そして自らの意見を「提案」として積極的に言葉にすることが出来る長男、それゆえに、時折、仲間からの反発もあるようだ。そうした過程を経て、そして乗り越えて、成長するのだろう。

 1/2成人式、おめでとう!幸あれ!

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□ 梅と虹 
2006年7月8日(土)


 毎週末の忙しい子ども関連スケジュールを終えた夕方、梅干作りのため、庭の梅の木にたわわに実を結んでいる梅を集める。

 子どもたちと一緒に脚立を運び込み、虫取り網を活用しながら落とす。そして、実に傷が付くと梅干に出来ない、ということなので、下でうまくキャッチできるよう、大きなタオルを張りながら待ち構える。時にうまくキャッチ、そしてまた時にうまくキャッチできずに転げて傷が付く──

 そんなことを大騒ぎしながらやっていると、急に雨──「『お天気雨』だから直ぐにやむよね」と二男、「そうだね、しかも虹が出るかもよ」と長男。

 すると、どうだろう、長男、二男の「予言」どおり──雨は程なくやみ、西に傾きかけた太陽に照らされ、東の千歳山からやや北の方角から大きなアーチ──

 虹だ!

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□ 「いつか会える」 
2006年7月7日(金)


 七夕。

 曇りではあるが、雨は降っていない。織姫と彦星──二人は、今年、会えたであろうか。

 北朝鮮に拉致された横田めぐみさん──その本人の写真が夫である金英男氏より公開される。

 「いつか会える」──横田さんご夫妻の心を察するに、いかにも、せつない。

 来年、と言わず、直ちに互いに会えるよう──

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□ 夢未来トークin庄内 
2006年7月6日(木)


 一日県庁、庄内総合支庁にて──永年勤続表彰、30余名、「心技体」充実の重要性を改めて説きつつ、お祝いの言葉に。

 そのまま、皆と意見交換──農業、水産、土木、環境、医療・保健などの分野において、まさにその分野の「プロ意識」を持って取組んでいる様子が窺える──「『聞こえてこない声』、『言い出せない人の声』を拾い上げて取組んでいきたい」、と。

 鶴岡病院を視察、施設の老朽化というよりは寧ろ治療の近代化に施設・設備がマッチしていない、という実態。時代の複雑化、高齢者の増加に伴い患者数が増加、という側面にも対応ニーズが。

 その後、東北公益文化大学講堂にて、「夢みらいトークin庄内〜『夢つなぎ、いのち輝く、出羽庄内を作るために』〜あなたが考え、チャレンジする庄内の宝づくり」──地域住民の方々と特定のテーマを設けずに広く意見交換──

 150名程度はいらしたか、それぞれが熱心に意見開陳──景気雇用、農政、特に米政策、森林環境、病院医療等多岐に亘る内容だが、とりわけ、「人材(人財)育成」に関する意見が多く、参加者の意識の高さを物語る。あっという間に2時間を越え、夕方5時半ごろ終了。

 庄内酒彩クラブメンバー主催の「ごどいも焼酎」発表の場へ。飛島で栽培されるごどいもとあって、県内唯一の離島「飛島」の振興に繋がれば、と願いながら、25度の焼酎を飲み干す。

 朝、家を出て、13時間後に帰宅、という盛り沢山の一日。

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□ 本県の国際性 
2006年7月5日(水)


 朝一番、北朝鮮のミサイル発射の報、夕方まで最終的に7個発射。

 加茂水産高校の漁業実習船「鳥海丸」(乗員35名)が稚内港に緊急避難、ならびに酒田港出港5隻の安否確認──我が県も埒外ではない。

 責任ある一国家が、国際社会の秩序維持に対する大いなる挑戦──まずは県民の安全確保が最優先、同時に、国に対して危機管理態勢の徹底を望む。

 県議会6月定例会閉会、上程事案、全て可決成立。

 国際高分子加工学会第22回年次大会、於メトロポリタン。30数カ国から500人近くの方々が参集。ご挨拶(英語)の中で、米沢高等工業高校(現山大工学部)の講師・秦逸三(はたいつぞう)が人工絹糸を開発したことを引き合いに、米沢こそがその発祥の地、と謳いあげる。PPS会長・Vlachopouls氏(カナダ在住ギリシャ人)と次期会長・Seha氏(チェコ)と特に懇談、本県のホスピタリティに驚嘆の声。

 こうした積み重ねが大切。

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□ ポジティブ発想 
2006年7月4日(火)


 県議会6月定例会予算特別委員会2日目・最終日、志田英紀、平弘造の両委員──特殊教育支援のあり方、総合支庁・分庁舎の機能再考、やまがた改革の今後等に関する質疑。

 特に、志田委員の指摘の通り、特別支援教育分野における「グランドデザイン」が必要であるのは、常に、「部分均衡」ではなく、「全体均衡・全体最適」を目指す以上、当然のことといえる。

 本委員会での質疑終了後採決の結果、全議案可決成立、明日の本会議での採決を待つことに。

 その後、県開発推進協議会総会、於テルサ、「やまがた重要施策〜国の政策展開を求めて〜」を採択。

 今回、二つの工夫──ひとつは、本県にとって必要な施策を「選択と集中」の観点から厳選、その遂行上必要な国からの支援や制度変更を求める、との立場に立って、従来の「重要事業」との名称を改めたこと、今ひとつは、同総会を形式に終わらせないよう、講演会を開催したこと。

 講演会では、野村総合研究所理事の玉田樹(たまだたつる)氏を招聘、近著『兼業・兼居のすすめ』のエッセンスというべきものを本県に当てはめてお話いただく──

 「都会を支えているのは地方、特に人材供給面での貢献度を、例えば地方交付税算定の際にもっと重視されていい」

 都会と地方のあり方を、「格差」というネガティブなイメージを持つ捉え方ではなく、「兼業・兼居」の視点から、そして「よりよく生きる」とのポジティブな側面から、捉える点に、大いに共感する。

 今日は、米国独立記念日──George WashingtonをはじめとするFounding Fathers(建国の父)は、常に、ポジティブ発想であったに違いない。

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□ 情報開示への積極姿勢に変化なし 
2006年7月3日(月)


 県議会6月定例会予算特別委員会2日目、児玉太、星川純一、田澤伸一の3委員──山形セレクションへの取組み、「県土未来図」の目的、都市と地方の格差是正、山形版「再挑戦システム」、人事評価制度、農家経営所得安定化対策、等多岐に亘る質疑。

 資産等補充報告書公開日──

 昨年の資産等報告書に対する追加分である。所得報告は、昨年2月就任で年末まで1年未満であったため、来年のこのタイミングが始めての同報告・公開となる。関連会社等報告は、そもそも該当なし。

 しかし、である── 一部に、「何故、所得報告を自主的に行わないか」と問う向きがある。これに対しては、次のように説明する。

 @資金・金銭に関する情報公開は、特に、その性質上、行政の裁量範囲が広いと思われるものについて、県民が希求する行政の透明性、納得性に応えるために、積極公開とする(その典型は「交際費」であり、その支出基準を定め、都度公開している)

 Aそれ以外の資金・金銭情報については、原則、自然体のままであっても、十分に県民の同希求に応え得るし、何ら疑う余地も残されていない(例えば議会の審議・議決を経る「予算決算」等)

 B今回の所得報告については、
 (@)知事職給与は、小職の自主的20パーセントカットも含め、条例により定められていることから、裁量の余地は全くなく、また周知の事実であること
 (A)関連会社等の役職に赴いていないといった事情からも明らかであるように、給与所得以外は講演料等若干の所得があるに過ぎないこと、
 等から、法(条例)が定めるところにより、清々淡々と報告する。

 無論、資金・金銭以外の情報については、その結果のみではなく、プロセスも含め、評価検証結果を明らかにするのが基本。

 いずれにしても、小職の情報開示全般に対する積極姿勢は、これまでも、また、これからも何ら変わることはない。

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□ 「古典的響き」 
2006年7月2日(日)


 橋本龍太郎元首相逝く。享年68歳。

 思い出すのは、かつて、湾岸戦争時に、海部内閣の下で多国籍軍への90億ドルの資金協力を決定したが、その際の大蔵大臣。

 その指示は突然やってきた──市場調達せよ──

 当時、小職は日本銀行国際局為替課市場担当福調査役──すなわち、市場オペレーションを仕切る実務担当責任者、いわゆる「チーフディーラー」──そして、為替市場から必要額を調達するのだが、その際、為替相場への影響を極力回避するため、如何に隠密裏に調達するか、が腕の見せ所であった。

 また、当時、G7が開催される際に、その数日前に、いわばG7の「OB会」が開催されており、そこには日本銀行総裁を退任した澄田智同行名誉顧問が出席しておられたた──同名誉顧問の秘書をも兼務していた小職は、決まってワシントン等にご一緒する機会が多く、また、同時に、当時の大蔵大臣にお目にかかる機会も少なくなかった──

 意外に華奢、そこに濃紺のスーツにポマードで固めたオールバックヘアスタイルが印象的だった。

 特に、金融面で掲げた改革スローガン「フリー・フェア・グローバル」──市場の国際化を目指しはじめた当時の意気込みが、その後の金融機関の破綻等とも相俟って、「古典的響き」として甦る。

 合掌。

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□ 互いの「新発見」 
2006年7月1日(土)


 気の置けない仲間とランチョン・バーベキュー。

 早や10年近く愛用しているバーベキューセットで火起こし──炭のけむりとにおいが何ともいえない──ビール片手に、ラム肉、ソーセージ、さやえんどうのベーコン巻きなどを料理しながら、仲間とお話──これが何とも楽しい。そして、残り火で、大鉄板を使いながら焼きソバも。

 仲間も三々五々集まるが、そのたび、お手製のフラワーアレンジメント、蒸し暑さを吹き飛ばすアイスクリーム、プロ級腕前のフランス菓子、そしてお好みのワインなどと、銘々が持ち寄る、そして、そのたびに、楽しさが倍化する。

 家内も、得意のえびなどが入ったホワイトクリームディップ、きゅうりにねぎを挟んだ辛味一夜漬け、ラザーニャ、サラダなどを昨晩から準備しながら、皆の笑顔とともに、そのひと時を楽しむ。

 そして、子どもたちが面白い──長男は、家内にとって「有能な助手」に成長、二男は、仲間と一緒に来た同年代の子どもと遊ぶのに余念がない、そして長女は、同じく仲間と一緒に来た8ヶ月の赤ちゃんがどうしようもないほど可愛がる──この間、時折、大人たちの会話の空間に入り込んでは、様子を伺うあたりが、また子どもらしい。

 こうして、大人も、子どもも、やや非日常的空間の中で、互いに互いを「新発見」──これが集まりの最大の楽しみである。

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□ エール 
2006年6月30日(金)


 「知事会見の映像配信27都道府県、うちネット生中継12県」との時事通信社ニュース──その12都県に、我が山形県が含まれている。

 添付の47都道府県状況一覧には、さらに、「定例会見の基本的な開催頻度」として、唯一「毎日」となっている山形県が目立つ──他は、「月2回」が21、「週1回」が16、「月1回」が8都道府県──ようやく情報公開先進県の仲間入りだ。

 さて、今回から、議会での審議もライブが始まった。各都道府県の分布状況はどうなっているのだろう。

 県議会6月定例会予算特別委員会初日、小池克敏、大内孝一の両委員──雪対策、東アジア戦略、防災、世界遺産登録等について質疑。

 特に、大内委員は、先般会った中国幹部の一人が、「中国のチャーハンはいわばお米を『バラバラにして』食するが、日本のおにぎりはお米を『集めて』食する、特に、そのにぎり方にコツが秘められている──いずれにしても、アツアツのおにぎりは最高」と言った、とのお話を披露──そして、こう締め括るのであった──

 「『百年後にも誇りに思える元気なやまがた』とのキャッチは素晴らしいと思う。是非、中国人が絶賛する我が国のおにぎりのように、県職員の衆知を集め、熱いうちにしっかりとにぎって、束ねてもらいたい」と。

 エールに応えなければ───

 今年も、早や、折り返し地点である。

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□ 県庁見学 
2006年6月29日(木)


 遊佐、旧平田、旧八幡等から遠路はるばる県庁見学にいらしてくださった2つのグループの方々と、短時間ではあったが、個別に懇談。少しでも「県庁」がより身近に感じてもらえれば、と願う。

 コロラド州から小学校低学年を中心とした先生方20名ほどが来庁、意見交換──「ゆとり教育」反動の背景、少人数学級の評価、日米教育の違い等、結構突っ込んだ話題に。こちらも、少しでも今年20周年を迎えた姉妹都市たる本県の実情を理解してもらえれば、と思う。

 そうしているうちに、今日、やはり同じように先日県庁見学した小学4年生たち一人ひとりから丁寧なお礼のお手紙を頂戴する──県庁が色々な仕事をしていることが分かった、16階建ての庁舎に感動した、等、そして、自分も大きくなったら県庁で働いてみたい、と──

 今後とも、少しでも多くの子どもたち、そして県民の方々が足を運んでくれれば、と願う。

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□ 「道」 
2006年6月28日(水)


 我が国の「道」は「礼」に始まり、「礼」に終わる。

 例えば、長男が取組んでいる剣道は、まずは、道場に入る際に「おはようございます」と、そして、錬成終了後、道場を出る際には「ありがとうございました」と──

 これは、錬成時であろうが、試合時であろうが、無差別である。勝利をおさめ、飛び上がるほど嬉しい時、他方、惜敗し、大声で泣きたいほど悔しい時、いずれにしても、しっかり「礼」をした後──人知れず──嬉しがる、悔しがる──白い歯は見せない、ましてや大粒の涙はご法度である。

 先般、サッカーワールドカップドイツ大会で、我が国「サムライ・ブルー」チームが決勝進出を果たせないことが決まった瞬間、中田英寿選手はピッチに仰向けとなり、10分間程度は動かなかった──

 我が国の「道」も「国際化」した、と考えるのだろうか。

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□ イラクの「そんな日」 
2006年6月27日(火)


 先般、政府の決定を受けて、イラク南部サマワに駐留していた陸上自衛隊が撤収を開始した。そして、「隊員の誰一人犠牲にならずに任務を全うできたのは幸い」といった論調が目立つ。

 しかし、である──思えば、イラク復興支援特別措置法に基づき、政府の自衛隊派遣方針が決定され、派遣間近であった2003年11月、現地イラクで、友人・奥克彦君が銃弾に倒れた──その約2週間前に奥君が書き綴った「イラク便り」──

 「イラクでは娯楽が殆どありませんから、TVの人気は絶大です。(中略)『おしん』は午後10時半から2話連続で毎日放映されています。人気も徐々に出てきているようです。私も、バスラでもサマーワでも放映されているのを見ました。私たちが街を歩くたびに『おしん、おしん』、と声がかかれば、皆が見ている証拠です。そんな日が近い将来やってくるものと思います。」

 そして、あれから約2年半を経た今日──自衛隊撤収の報を耳にするたび、奥克彦君が夢見た「そんな日」は果たしてやってきたのだろうか、と、豪放磊落な彼の生前の姿を思い浮かべている。

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□ 「家庭訪問」の思い出 
2006年6月26日(月)


 県議会6月定例会一般質問2日目、木村忠三県議、続いて加藤国洋県議──少子化対策、安心安全の確保、行政の役割等について。

 午前中で終了、昼食はJoint Partyメンバーと──県内若手企業家が中心となり、異業種間連携を図ろうという自主的な集まり。こうした意欲ある仲間とは、今後さらに本音で語り合いたい、と思う。

 毎朝5時半から6時には目を覚ます早起きの長男、キャンプからの疲れがまだ残っていたのか、今朝は7時ごろに起床。その長男、今日は家庭訪問の日──思えば、普段教室で見える先生と、自分の家の茶の間で見える先生とは全く違って見えた──それもそのはず、きかん坊の小職から見える先生のお顔はいつも怒っているお顔、それが母親と話しているお顔はニコニコ笑顔、その「ギャップ」が如何にも不自然に見えたのだ。その点、昨今の先生は、良い点は良い、悪い点は悪い、ときちんとお話してくれる。

 「色々な分野に目配りが出来るようになり、点数に必ずしも表われない面でしょうが、考える力が付いてきています。」との由──そして、親としては「『一皮向けた』、という感じです」という先生の評価が何よりも嬉しい。

 アカウンタビリティを高めることは、教育の世界でも、重要なのである。

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□ お兄ちゃんのいない晩に 
2006年6月25日(日)


 長男は、昨晩から、少年自然の家で年数回に亘って開催される、自然に触れ合う「少年団」に参加。5月に引続いての第2回目。

 今回は、野外訓練──大型テントを張って、そこで寝泊りをする──食事も、昨日のお昼はカレー、夕方は焼きそば、そして今朝はサンドイッチ、と自前だ。いかだ作り、七夕飾り、キャンプファイヤーなどと盛り沢山。そして、特に、ナイトハイキングでは、予定コースが予期せぬ倒木で行き止まりとなり、別ルートを探すなどして、結局昨晩は真夜中2時ごろの就寝、そして今朝は5時半起床、というハードスケジュール。

 お昼に迎えに出向き、帰りの車の中に入るや否や、すっかり寝込んでしまった。

 二男、長女は、というと、昨晩から「やっぱり、お兄ちゃんがいないとさみしいね」など言っていたので、それはそれはお迎えを楽しみにしていた。本音であろう。しかし、会話もなく寝入ってしまった長男に、肩透かしをくらったようで、がっかりの様子。

 それにしても、子どもたちのお世話をしてくださったボランティアの、優しい、そして時に厳しいお兄さん、お姉さん方、ご苦労様!

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□ 「実践」を通して「学ぶ」 
2006年6月24日(土)


 中山町にある友人のさくらんぼ畑へ。

 首都圏に住む親戚・知人に送るさくらんぼを自ら摘む、という趣向。二男、長女と。腰籠をぶら下げて、せっせと摘む。やはり特に陽の当たる箇所の実の色は格別に赤い。園地に敷いてある銀色シートは、というと、太陽の光を反射させるもの、その結果、実の全体の色付きが良くなるため、という。かつて、幼い頃のさくらんぼ畑は、もちろんこうした工夫もなければ、雨よけテントなどもなかった。文字通り、費用対効果のなせるわざ、か。

 もちろん、送る全てを摘むほど、腰が据わっているわけでもない。適当なところで切り上げ、朝から摘み終えた大量のさくらんぼを選定している小屋へ。そして、きちんと箱詰めにしていただく。

 帰りがけ、やはりさくらんぼ送りで混み合う宅急便窓口へ。皆の喜ぶであろう笑顔を思い浮かべながら、一件落着。

 夕方、ある教育問題懇話会に出席、現在検討されている「教師大学院構想」などについて話が及ぶ。確かに、大学卒業と同時に教職に赴き、「先生」となる、そしてその新米先生も経験の積み重ねによってさらに立派な先生になる、その過程で、改めて、「学び」の機会を得る、という構想。従って、定員の4割程度は、そうした「実践」後の教師を受け入れることを法律にも明記する、という。ちなみに、「教員」ではなく、あくまでも「教師」という文言に拘っている点が、面白い。

 子どもたちは、今日の体験を通じて、さくらんぼ農家の苦労が分かったであろうか──先生も子どもたちも「実践」を通して学ぶべきことは多い。

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□ 「スタミナそば」 
2006年6月23日(金)


 「スタミナそば」が美味しい──

 県議会棟正面を入って直ぐ左側にある「サロン」と称するレストラン・メニューの一つ。日本蕎麦の上に、オクラ(輪切り)、山芋(すりおろし)、卵(なま)がたっぷり乗せてある。そして、それをたっぷりの汁で食べる。かき混ぜながら、その粘り気を一段と引き出して食べるのがコツ。それでいて、さっぱりしているので、蒸し暑い日には、最適。食欲のない方には特にお勧めだ(小職に限って言えば、食欲がない、ということはあり得ない話だが)。

 県議会6月定例会一般質問初日、午前中は、伊藤重成県議──分権型社会構築に向けた具体的アクションや森林環境行政等に関する議論、午後は、和嶋未希県議──小泉政権に対する評価や退職手当に関する考え方、さらには県民、市町村からの意見徴求とその県政への反映等に関する議論。

 昼食を挟んでのことであったので、早速、「スタミナそば」へ走る。急いで食べ上げる。

 帰りがけ、「多少の気分転換も」と思い立ち、議会棟正面から外に出て県庁舎に向かう。そこで、偶然にも、これから論戦を交わす和嶋県議の「サポーター」と遭遇、その中に、県議のおばあちゃんの姿も。実に、ほほえましい。

 さてさて、「スタミナそば」の効能はいかほどであったろうか──

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□ リアルタイム 
2006年6月22日(木)


 蒸し暑い一日。しかし、エコ対策もあって、冷房は来月から。cool bizで本当に良かった。

 長女が、幼稚園で、体重測定の後、ボディ・ペイントに興じる──その様子を、たまたま当該幼稚園に勤務している友人が、写メールで送ってくれる──「リアルタイム」に近い。

 関西県人会の方々約30名が来庁、ふるさとを慕って、また配偶者のふるさとを訪ねて、それはそれは楽しみでいらっしゃる。県側も、偶然ではあるが、本庁勤務2名を含む歴代3名の大阪事務所所長が「揃い踏み」でお出迎え。

 話題は、もっぱら、さくらんぼ──先般の小職のさくらんぼキャンペーンも兼ねた阪神甲子園球場での始球式、今が旬のさくらんぼ狩り、等々──こちらも、ついつい、はしゃいでしまう。

 今後、関西圏との距離感が、物心ともども、より一層縮まり、「リアルタイム」にまで近付くことが期待される。

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□ 地球儀の効用 
2006年6月21日(水)


 夏至──

 朝食時、子どもたちに「夏至、冬至、春分の日、秋分の日」の意味、ならびに「なぜ」を話す──「なるほど」と長男、「う〜ん、よくわからないなぁ」と二男。

 そこで、早速、地球儀を持って来る。まだ朝食が済んでおらず、食卓に着いたままの長女を太陽になぞらえ、その地球儀を持ちながら、地球の傾き、自転、公転を教えながら、「日の長さ」を語る。また、秋分の日にでもやってみよう、と思う。

 本県のJICA青年海外協力隊員4名の表敬を受ける。20歳台前半中心。理数科教師としてガーナへ、IT技術指導員としてモザンビークへ、林業指導員としてマラウイへ、そして日本語教師として中国へ──

 「臨場感」を持ちたく、自分の机の脇に常に置いてある大きな地球儀を応接室に運び入れ、地球儀をクルクル回して、各々の派遣国を実際に指し示しながら、お話しする。皆の目は、期待8割・不安2割か、いずれにしても輝いている。こうした貴重な経験者が、2年後に帰国したあと、県政発展のために活躍できるステージをどう整えれはいいのだろう。

 地球儀を見ているだけで、想いは、世界や宇宙を駆け巡る──

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□ 新機軸 
2006年6月20日(火)


 長男、二男、長女の3人と、久し振りに、一緒にお風呂に入る。

 それぞれの手足や背中の大きさから、成長が、文字通り、手に取るように分かる。長男から背中を流してもらう。気持ちがいいものだ──「そう言えば、お兄ちゃんは、小さいとき、パパの頭を毎日小さな手で洗って、そして流してくれたね」、「えっ、そうだったっけ」──子どもは抜群の記憶力を持つが、忘れるのも結構早いようだ。

 県議会6月定例会、開会日。

 予算面では補正関連が中心、また予算以外の面では受益者負担の適正化等。

 今年度、最初の議会であるだけに、開会後冒頭の説明に際し、
 @「改革『断行』・時代『創進』」の年として改めて位置付けるとともに、
 A「『戦略』と『実践』、そして『評価』が自律的に機能する『自立的組織経営』」を基本的枠組みとして確立する旨、表明。

 ところで、今定例会開会に先立ち、近々東京で「さくらんぼコンサート」を主催する山形交響楽団の応援も兼ねて、議場にて、小オーケストラによるミニコンサートを開催、また、今定例会から議場における質疑のインターネット中継も開始された。

 新機軸は、まるで、議場での「沈思黙考」を許さぬかのようだ。

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□ 人生の節目、悲喜こもごも 
2006年6月19日(月)


 早朝5時起床、東京・大田市場にて、さくらんぼおよび庄内メロンのトップセールス。

 今年で3年目、名物となりつつある四方山会の花笠踊りを皮切りに、3名のフルーツクイーンがさくらんぼと小分けしたメロンを市場関係者に配りながらご賞味いただく。

 いよいよセリ台に立つ。豪雪の影響もあって、露地物が本格的に出回る今年のピークは、もう1週間ほど先になりそう。しかしながら、ファッション業界なども含め、「旬を先取りする」ことは、価格面でも好影響を与えるだけに、このタイミングが寧ろベストであるかもしれない。

 そして、今年は、特に、「山形セレクション」について、それに掛ける熱い想い、そして「やまがたの『本物中の本物』」を市場に出す哲学、その仕組み、デザインマークのシンボル性等を紹介する。セリ台に立ってご説明しながら中卸人等市場参加者の様子を窺っていると、さすがプロ、多くの方がすばやく反応、熱心にメモをとる姿が目に付く。手応え十分。

 引続き、場内会議室にて、東京中央卸売市場太田市場の横山場長、東京青果鰍フ川田社長、三原常務、渡辺取締役部長、東京荏原青果鰍フ風間社長、八木原果実部長、さらに県農業協同組合中央会の遠藤会長や全国農業協同組合連合会山形本部の阿部本部長、同庄内本部の池田運営委員会会長らをご招待し、「やまがたづくし」の朝食懇談会。同様に、「山形セレクション」についてご理解いただく。「今回の認定対象11品目に加え、是非とも、野菜関連をさらに多く対象に」と、すでに大きな期待感が表明される。これまた、手応え良好。

 9時半の新幹線に乗って12時半過ぎ山形に戻る。

 友人のご尊父葬儀。首都圏在住の同級生をも代表して手を合わせる。

 今日は家内の誕生日──平日ということもあり、諸事あわただしいことから、来月の長男の誕生パーティと一緒に、ということで、とりあえず、祖母が炊いて持ってきてくれたお赤飯でお祝い。

 長女からは「父の日」を祝って、ゴム製フレーム入りの「パパの似顔絵」をプレゼントしてもらう──嬉しいものだ。

 人生の節目、悲喜こもごもではある。

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□ 父の日に・・・ 
2006年6月18日(日)


 首都圏トップセールス、さくらんぼ主体、併せて「山形セレクション」の紹介も。於 お台場ヴィーナスフォート、そして於 多摩市「サミット・東寺方店」──

 雨天にもかかわらず、多くの方々からお立ち寄りいただいた。「ヴィーナスフォートの教会広場での催物にこれだけの人が集まるのは珍しい」と、独り言のようにつぶやく警備員──広場後方から様子を観察していた県職員の発見。また、サミット店でも、さくらんぼの入った子袋を受け取っていただいた方々のうち、数人が「実は、私は、山形県の○○出身です」と名乗り出る。

 「フルーツ王国やまがた」をしっかりアピールできたと自負する。

 父の日──

 子供たちから、「パパ、メール見た?」と携帯電話に。今晩滞在のホテルに到着するなり、メールを開けてみると、写メール。長男・二男が馬になり、その上に長女、という、まるで騎馬戦の陣立て。最近更新した家内のデジカメ付携帯電話から送ってくれたもののようだ。長男の機械操作に対する理解は家内のそれをはるかに上回っている。

 「パバ父の日おめでとうございます。いつもぼくたちのお世話をしてくれてありがとうございます。ぼくたちは、とても嬉しいです。 みんな元気だよ。パパは、元気ですか? 」

 出張ロードも明日が最終日、そして明後日からは6月議会が始まる。

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□ 歴史評価あれこれ 
2006年6月17日(土)


 大連を後に、夕方、無事帰国──

 快晴の大連、空港までの間に、中山広場に立ち止まる。周囲は古典的美しさを保つ洋館が多い。中でも目立つのは、大連賓館──旧大和(ヤマト)ホテル、1909年建築、ルネッサンス様式のバロック建築、満鉄が沿線に設けたホテルの総称、他には、星が浦、旅順、奉天、長春に──

 「韓国では戦前に日本が建設した建物を『日本帝国主義の象徴』として取り壊すケースが多いが、中国では『建物には罪はない』との思想から、寧ろ現在でも有効に活用している」とは案内役の金春日さん。昨年観光振興のため山形にもいらした方だ。

 他方、観光地で目に付く立て看板「勿忘国恥」──

 「歴史の体験学習として意味のあることだ」と金さんは続ける。確かに強烈だ、が、我が国の子供たちは第二次世界大戦についてどう学んでいるのだろう──例えば、多くの日本の高校における歴史教育では、古代から始まり明治維新、大正ロマン等までは行き着くが、それから後は「時間切れ、自学自習」となるケースが多いのではないか。実際、大学受験を控え、江戸時代の詳しさほど先の大戦について詳しく学ぶ環境にはなかった経験がある。

 金さんは続けてこうも言う──「先の第二次世界大戦で、日本は、これまで自らが出来なかったことを中国本土で実現したかったのではなかろうか。例えば、ハルビン・大連間を、豪華客車『あじあ』牽引して、最高時速130キロで走る蒸気機関車を製造したことなどは、当時の日本では製造し得なかったこと等に鑑みれば、分かりやすい事例かもしれない」と。

 歴史の評価は常に難しい。

       (明日、明後日のさくらんぼ等トップセールスのため東京泊)

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□ 東アジア戦略の重要性 
2006年6月16日(金)


 早朝ハルビンを後に、大連へ。

 上空にさしかかった頃曇天、機体が大きく揺れる。しばらく旋回後ようやく着陸。案内役は大連市人民政府外事弁公室の楊伸さん。一児のお母さん。

 市内より東北方向に行くと大連開発地区が。そこに設立13年の大連最上世紀模塑有限公司を訪問、視察。尾花沢にある轄ナ上世紀の現地法人だ。板垣良一総経理(村山市出身)、坂本明営業部次長(宮城県出身)、斉藤政徳金型管理課長(尾花沢市出身)の日本人管理者に加え、崔宏武副総経理を加え、総勢950人程度でプラスチック成型部品(ゲーム機、カーステレオ、体温計ボディ等)を中心とした生産を手掛ける。工場内も視察──

 「従業員は女子労働力が頼り。地方から採用し、会社の寮住まい。賃金は日本の1/20程度だが、中国の経済発展とともにいずれ将来的には人件費のうまみはなくなろう。しかし、中国人は手先が器用で、目利きが上手。完成品検査では鋭く不良品を見つけ出してくれる。この労働の質の面のメリットは見逃せない。」──先駆的な進出企業としての板垣総経理の言葉は、重い。

 続いて、宮城県・岩手県大連共同事務所へ、高橋倫太郎(宮城)、禹瑾(ゆうじん、岩手)の両所長と面談。両県は昨年事務所開設、この1年間で共同商談会を開催するなど連携を一段と深める一方、宮城は進出企業支援等経済面からのアプローチ、岩手は観光誘客等観光面からのアプローチ、と力点の置き方の違いなどが垣間見え、有意義な意見交換となった──

 「県としての海外支援のあり方は、事務所を構える、構えないの是非はともかく、『中途半端』が最も回避するべき態勢」──この1年間の実感としての両所長の言葉は、重い。

 その後、地元ラジオのインタビューも。

 夕方、夏徳仁(かとくじん)大連市長と会談。

 観光、農業、工業技術等幅広い分野で交流を図っていく方向で意見が一致。そのまま、夏市長主催の晩餐会に。刑良忠副市長、王洪俊外事弁公室主任、柳振萬旅游局長、韓崩華地方税務局副局長らも同席。温泉、樹氷、夏スキー、そして「おしん」など山形をアピール、また産業面でも労働力の「質」は大事で、中国のその点に魅力を感じる企業進出の可能性、等々話題は多岐に亘る。「山形讃香」もご賞味いただきながら、「山形セレクション」の想いも伝える。

 海外戦略、就中、東アジア戦略をしっかり策定することの大切さを、  改めて思う。

                 (初めての大連市、富麗華大酒店にて)

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□ 中国の活気とダイナミズム 
2006年6月15日(木)


 ハルビン二日目。

 昨晩のハルビン国際経済貿易商談会の開幕式・同レセプションが「招待宴会挙行」との見出しで地元紙朝刊・ハルビン日報トップを飾る。よく記事を読むと、「外国貴賓」の一人として「日本山形県知事齋藤弘」との記載も。

 朝一番で、商談会会場へ。山形県内からの出展企業を激励。各々の意気込みがひしひしと伝わる──「日本で集団営農がさらに進んでいけば必ず不要な農業関連機械が大量に出回る、それを中国に持ってきて提供すれば大いに喜ばれる」とは今年で10回目の出展となる(有)能登山物産の能登山義一代表取締役。農政の大転換期にある今日、その影響の意外な一面を垣間見る思い──それぞれの本県出展者が中国貿易の「先駆隊」とならんことを願う。

 黒龍江大学へ。本県からも若手一人が派遣され、語学を中心に学んでいる総合大学。中央政府からの来客のため、急遽円鵬飛副学長と面談、山形大学などとの連携が話題の中心に。

 その後、王利民副省長(内外経済貿易担当)と会談、その後同副省長主催の昼食会に望む。産業・観光・技術等の面での更なる交流深化の点で意見が一致、さらに同副省長からは両省県間の定期航空路開設について特段の発言。

 同昼食会終了後、若干の時間的余裕があったので、市内繁華街を半時間程度散策、ゴミ一つ落ちていない中心街の清潔感に驚く。

 東方水上シルクロード航路開設15周年記念式典に出席。劉海生副省長(交通工業担当)に続き、急速な経済発展を遂げる中国は本県にとって今後とも重要なパートナー、との祝辞を述べる。

 続いて、中国共産党黒龍江省委員会の銭運録書記との面談に臨むため、迎賓館へ。銭書記は貴洲省長を6年間務めた後に同省の党書記に赴いたわけで、同省での事実上のトップ。迎賓館は旧市内、商談会等が開催されている新興郊外からは交通混雑等を勘案するとそこまで30、40分はかかるため、会談までギリギリないしは遅れてしまう時間、という事情もあって、警察パトカーが先導、その後ろに3台の隊列を組んで町を突っ走る。ランプを回しながら、そして時折サイレンも鳴らしながら、である。閑静な場所に、いくつか平屋の建物が並ぶ迎賓館に無事到着、会談に臨む。書記との会談には必ず最低でも副省長クラスが同席することが常となっている由、先の王利民副省長や、昨年本県を訪れ、面談した商務庁の康翰卿副庁長らが陪席。これまでの両省県の交流実績等を踏まえつつ、更なる発展を目指すことで意見が一致。

 そのまま、先の東方水上シルクロード開設15周年祝賀会に。劉海生副省長のご挨拶ならびに乾杯の後、にわか覚えの中国語で「皆さん今晩は。両省県の友好関係が今後とも続きますようにお祝い申し上げる。乾杯!」と。感慨深げな創設者・新田嘉一会長のご労苦をねぎらう。

 その後、銭運録党書記からのご招待で、商談会開催を祝う演舞会に。銭書記の左隣、ロシアからのお客様に次いで2番目の席、そして、小職のさらに左隣は親子2代にわたって親日家である杜宇新中国共産党ハルビン市委員会書記、という「破格」の扱い。通常のステージの5、6倍はあろうかと思われる広い会場一杯に広がるステージ、その上で繰り広げられる、大人も子供も艶やかな衣装を身に着け、研鑽を積んだ方々の歌、踊り、そしてアクロバット。ロシアのモスクワゴーリバレエ団による「白鳥の湖」のクライマックスだけの部分披露を含め、10幕。まるで、「突然迷い込んだ『おとぎの国』」のよう。あっという間の1時間半。

 そして、その興奮さめやらぬまま、商談会出展者や東方水上シルクロード式典参加者等本県関係者が集まる懇談会へ、そして皆さんをご慰労申し上げる。

 近年2桁経済成長を遂げる中国の活気とダイナミズムを肌で感じるに十分な一日。

          (中国黒龍江省ハルピン市、華旗飯店にて2日目の夜)

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□ 「山形といえば・・・」 
2006年6月14日(水)


 「普通、こうしたタイトな乗換ぎ便は予約さえ受付けないのですがねぇ、でもとにかく間に合って良かった」とは、かつて山形県庁で国際交流員として学んだ経験のある徐廣明さん。

 黒龍江省人民政府外事弁公室の日本所長であるが、わざわざ大連まで出迎えてくださり、何としてでも貿易商談会開幕式に間に合うよう、通常2時間という乗継ぎ時間をわずか1時間で済ましてくれた。その他の政府関係者、利用した全日空の日野昭大連支店長など、多くの人のお手も煩わせてのこと。多謝。

 当初、大連は濃霧、着陸できるかどうか不明、場合によっては成田へ引き返す、との前提で飛んだフライトから、結果として乗り継ぎも順調、無事、予定通り、午後2時半ごろ黒龍江省ハルピンに到着。緑が多く、豊かな土地を思わせる。夕方4時前にハルピン市内の華旗飯店に到着。

 一寸休憩の後、6時から、第17回中国ハルビン国際経済貿易商談会の開幕式・同レセプションに出席。広く、そして鮮やかな赤一色のホール、黒龍江省の威信をかけて、世界への窓口たらん意気込みが窺える。

 そのホールの最上段、貴賓席に。全体で80人程度は並んだであろうか。小職は、黒龍江省の張左己(ちょうさこ)省長を中心に、その左3席目。ちなみに、丁度左は、ソ連地方政府要人、その次(小職の左隣)は中央政府(北京)から万季飛(まんきひ)中国国際貿易促進委員会・中国国際商談会会長、そして小職を挟んで、右隣は、本商談会の委員会のトップを務める王巨禄(わんじゅうりゅう)主席、という序列であるから、如何に高い位置に座らせていただいたかが分かる。黒龍江省と山形県の友好関係を物語る。

 一方、会場に向かう途中、ソビエト団が会場入り口に到着、ファンファーレとともに、ホテルの従業員らが列を成してお出迎え。そして、一行が会場へ向かう間、ロビーで奏でるピアノ伴奏がカチューシャ等に。さすがに、ソビエトとの付き合いの濃さ・長さを感じさせられる一幕。

 レセプション自体は、張左己省長や共産党黒龍江省委員会の銭運録(せんうんろく)書記(事実上の黒龍江省トップ)らのご挨拶・祝辞および歌や踊りのエンターテイメントがあったか、基本的にお互いに旧知を尋ねてご挨拶して廻る、というスタイル。

 小職に対しては、「遅くなったが、まずは当選おめでとう」と声をかけてくださる方が多かったのには驚いた。本県の動静に対する関心の深さの表れ、とも受け止められよう。小職は、張左己省長に対し、「お蔭様にて就任1年目を無事に迎えた、ついては中国を訪問する際には、まず、姉妹都市提携関係にある黒龍江省に、第一歩目の足跡をしるさなければ、との思いから、今日の訪問が実現した」と、今回の訪問の意義を強調する。

 ところで、本日一番うれしかったこと──「山形といえば、農業はもちろんであるが、工業も盛んな土地、というイメージがある」

 万季飛中国国際貿易促進委員会・中国国際商談会会長のお言葉であればこそ、である。
                 (初の中国ハルピン訪問、華旗飯店にて)

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□ 「本物」の情報発信基地 
2006年6月13日(火)


 東京日本橋・三越本店にて、第50回「やまがたの観光と物産展」開催。

 昭和31年から始まり、絶えることなく、今年で50年を迎える。記念すべき年。そして、最上峡芭蕉ライン観光会長の押切六郎氏は、皆勤の50回参加、という偉業者だ。

 さくらんぼの収穫時期に合わせてのことであり、またお中元贈答が始まる時期でもある。夕方7時半までの営業だ。6時過ぎから展示会場を視察しながら出展者の方々を個別に訪問し、激励。その間、かつての職場である日本銀行の何人かの行員とも遭遇、さらなる「誘客依頼」する。

 今年は、さくらんぼに加え、「山形セレクション」の「お披露目」も目玉だ──認定第一号は、日本酒「山形讃香」──

 閉店後、三越幹部の方々と出展者や観光物産協会関係者らとご一緒に7階にある特別食堂にて懇親会──この50年間の御礼とともに山形セレクションの意気込みを披露、そして次のように結んだ──

 「丁度50年という記念すべき年、我が山形県が標榜する『百年後にも誇りに思える元気な山形県』のために、さらに向こう50年間も、今日ご紹介した『山形セレクション』とともに、『本物のやまがた』の情報発信の基地として、三越さんと、ご一緒に歩みたい」

 懇親会場をご挨拶しながら回り、最後部のお席にお邪魔した頃、そのテーブルにいらした年配の三越営業担当と思しき方が言う──「先ほどの山形セレクションに対する熱い想いをお聞きしたが、それで、もうすでに、来年の展示場イメージが出来た」と。

 三越は、今後とも、「本物」の情報発信基地だ。

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□ 滑稽で、ちょっと哀れなお話 
2006年6月11日(日)


 留守中のこと──

 家内が子どもたち3人を連れて用向きを済ましたころには日も暮れ、夕食の時間となったある日。丁度その頃、車で、ある「クルクル寿司」の前を通りかかる。「食べたい」と子どもたち。急なリクエストであったため、持ち合わせも十分でない。

 すると、「大丈夫、安いものだけを食べるから」と家内を説得した長男。いざお店に入ると、長男は、二男と長女に「白い皿だよ」と教える。そして、二人はくるくる廻る皿を見詰めては、「あっ、来た来た、白い皿だ」と──周囲に聞こえる大きな声で──

 何とも、滑稽で、ちょっと哀れなお話。

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□ 関西との交流──徹底理解まで 
2006年6月10日(土)


 茶道裏千家淡交会第50回東北地区大会。於鶴岡市文化会館。来賓として祝辞。

 式典に先立ち、お家元・千宗室によるお茶湯の儀。丁度50歳を迎えたばかり、という。ほぼ同年代。それにしても、凛としたその動きは、ステージの上という必ずしも理想的な環境ではないものの、しっかりと伝わってくるものだ。

 式典を中座し、庄内空港から大阪・伊丹空港へ飛ぶ。空港からタクシーの中で昼食のサンドイッチをほおばる。

 阪神甲子園球場へ。阪神球団の牧田俊洋社長を表敬・さくらんぼ贈呈。その後、「おいしい山形さくらんぼデー」と銘打って、「阪神タイガースvs. 西武ライオンズ」戦にて、各々のチーム代表にホームベース付近でフルーツクイーンからさくらんぼを贈呈。

 そして、小職が始球式。5万人の観客の前で、マウンドに進み出る。全国の球児が「一度は」と憧れる甲子園球場のマウンドだ──それを思うと、「こんなに簡単に登っていいのかしら」と申し訳なさが頭をよぎる。「プレーボール!」──アンパイアの声が響く。そして10万の手がたたく拍手。緊張感はない。左バッターボックスで構えている一番バッター西武・赤田(背番号9)が見える。振りかぶって、正面に見えるキャッチャー阪神・矢野(背番号39)のミットめがけて「普通に」投げる。週末、子どもたちと毎週のようにキャッチボールやノックをやっているので、そのままの感覚だ。「ストライク!」──5万人の観客は当然のように「暴投」を予期していた様子で、その「期待」に反してあまりにも球筋が良かったからか、どよめきとともに大きな拍手が沸きあがった──後に関係者から聞いたところによると、「そのままやれー、ピッチャー齋藤だ!!」という難波っ子の声援もあった由。

 阪神百貨店を表敬、西川秀郎社長ならびに岡村滋夫常務と面会、山形の意気込みと山形セレクションの取組みをお伝えする。西川社長も就任2年目、小職と同じような境遇だ。

 社長みずからのご先導で、梅田本店のデパ地下へ。食品売場でのトップセールス。丁度夕方5時過ぎであったため、買物客で混雑していたところで、山形のPRとともに、さくらんぼをお客様にご提供。一時、さらに黒山の人だかりとなった。山形のセゾン・ファクトリーとシベールが常設コーナーを持っている。人気だ。

 この間、夢未来サポーターのお一人でもある中島康弘大阪中央青果且ミ長とともに、庄司貞雄大果大阪青果且ミ長のご紹介で、卸売りの「キーマン」らと意見交換──大本忠弘大阪本場青果卸売協同組合理事長、牛山隆之同副理事長兼果実部長、田中進同専務理事兼果実部商議委員長の3人だ──「ブランドが一旦裏切られたらそれまで。信用は創り上げるに時間がかかるが、だめになるのは一瞬だ」、「厳格な基準の適用レベルを決して下げないこと。従って、『出荷ゼロ』という事態も覚悟する必要」、「量を確保するとともに、『棚もち』(食べ頃、賞味期限等)をしっかり把握すること」、等々──特に、山形セレクションについて大きな関心を寄せていただいた。

 食文化の関西とは、我が県を徹底的に理解してもらうまで、もっともっと交流を深めたい。

 夜7時半のフライトで伊丹空港から仙台空港へ、10時過ぎ帰宅──そして、そのフライトに、今日、愛媛FCをアウェイで2対0で破り、総合6位に浮上したモンテディオ山形の選手団と遭遇・同乗という一幕も──

 「おめでとう!」──自然に祝福の言葉が出てくるのだった。

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□ 合併の効用 
2006年6月9日(金)


 午前中、紅花を巡る山形と京都を舞台にした物語「京紅ものがたり」を演ずる(於新橋演舞場)十朱幸代さん、高橋恵子さん、渡辺徹さんからの表敬を受ける。

 午後は、旧松山町へ出前知事室。伝統芸能の伝承活動。今回の場所は、松山城大手門の2階。築後2百年以上。

 観世流薪能および荻野流砲術。戦後、いったん途絶えた、ないしは途絶えかけた地域伝統を復活させる苦労を味わった。薪能は県無形文化財指定、それ故に本家や近隣の黒川能からやすやすと「ノウハウ」を取り入れるわけにはいかない難しさがある。一方、砲術では鉄砲を銃砲店の会員が丁寧にメンテしてくれるので、それはそれは美しいまま。実際に手に持つと、重さ30キロがずしりと伝わる。

 伝承者の高齢化が課題、というが、各々若者も参画し、その価値を見出している。合併を機に、旧松山町以外の地域からも賛同者を、といい、旧町民ではないから、といった狭隘なスタンスではないことに安堵。寧ろ、幅広く募ることができるメリットが──

 合併の効用は、伝統文化の伝承面にも現れている。

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□ 「地方自治体」と「地方政府」 
2006年6月8日(木)


 来客多数──うち、2件は海外から。

 まず、本県と姉妹都市提携にあるコロラド州政府の貿易ミッション団。同州のプロモンドン貿易担当ディレクター(アジア、アフリカ、中東担当)、旅行会社MWTのオルソン社長、そしてデンバー国際空港のシュロットハウアー航空便開発担当ディレクターの3人だ。東京・デンバー直行便開設を目指している、という。今朝も産業界との意見交換を行ったと言うので、こちらからは自然環境・農業という側面だけでなく、自動車関連産業や有機ELなどを引き合いに本県の「ものづくり力」についてもしっかりとアピールする。

 続いて、シドニー・ギューリック3世ご夫妻。昭和のはじめ日米関係の悪化を憂い人形交流を提唱、「青い目のお人形」を日本に贈ってくださったシドニー・ギューリック氏、そのお孫さんに当たる。メリーランド大学の数学の教授だ。ご夫妻は、祖父のご遺志を継いで、1986年から全国で「新」友情人形を贈り続けており、山形へのご訪問は15年ぶり、という。「戦渦」を免れた「元祖」友情人形の一体が山形市立第一小学校にある。このたびはそこで「新」友情人形を贈呈くださった。

 「イラク戦争など自分の本意でないことが世界中で起きている。それらを含めて、結局は「心の価値」の問題。今後ともこうした取組みを続けて生きたい。」──ご夫妻のやさしそうな目は輝く。

 夕方、山形県庁職員信用組合の閉所式、解散後清算業務も終了、84年の歴史に幕。関係者のご労苦に感謝。

 業後、山形県政治塾公開講座に講師として演壇に立つ。県政運営全般ならびに産業振興についてお話しするが、「政治塾」である以上、特に国との関係や政治の役割などにも言及。

 ところで、我が国で言う「地方自治体」、米国ではそれに相当するのは「地方政府」(local government)──歴史的経緯の違いがあるにせよ、「地方分権型社会」を目指す上で、どちらがふさわしいのであろう。

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□ 地域活性化の秘訣 
2006年6月7日(水)


 金山町杉沢地区へ出前知事室。

 ここでは全13戸、多くが栗田姓。そして、「共生のむら すぎさわ」代表である栗田和則さんのリーダーシップの下、「体験」を求め、年間1,500人もが訪れるという。

 まずは、「やまと工房つる細工教室」にて、金山高校の生徒5名が実践体験中の、かご編みの様子を視察。84歳になるという貞治さん、そして奥様が生徒たちを懸命に指導している。本来、山ぶどうの枝の皮を乾燥させ、さらに再度水で浸した後、5ミリ程度の幅に裂いて材料とする。が、足許その材料がないため、硬いビニールを使って編む。根気の要る作業だ。

 貞治さんが言う──「自分でできる範囲ではあるが、都会ではできないことを普通の暮らしの中で提供しようと心掛けた。すると、今や、関東全県を含め、注文が殺到、昨年は500個ものかごを編んで送った。うれしい悲鳴。」

 続いて、チェーンソーアートの達人である和昭さん、その芸術創作を見学──丸太からふくろうを彫り出している──

 「作品はもとより、その製作過程のパフォーマンスの面白さも大事、削り粉をわざと高く舞い上げたり、削りチップを飛ばしたり、そして如何に短時間で彫り上げることも驚きを誘う。何事も楽しんでやらなきゃ」と。

 その後、和則さんの「暮らし考房」にて地区の方々と意見交換──「暮らしを考える場所」という発想から『考』房なのだという。

 参加者からは、杉沢地区に対する熱い想いと、新しい発想で取組む姿がひしひしと伝わってくる──

 80歳になる梅吉さん曰く、「自分は減反政策への対応に明け暮れた一生であった。現在取組んでいるような、ホームステイ型の体験提供をもっと早くから手掛けていれば、自分の人生ももっと生きがいのあるものとなったであろう」と。

 そして、キエ子さん(和則夫人、和昭さんの母)の言葉が何よりも象徴的である──

 「『ブナ萌え』という言葉がある。山を振り返るたびにブナ森の緑が濃くなる現象を言う。ここ杉沢地区にはそれがある。ここを訪れる人に対しては、『これが自分たちの普通の生活、入ってこられるのであればどうぞ、どうぞ』と、自然なスタンスで接している。その上で、(自らが)『たのしむ』、(お客様に良さを)『つたえる』、そして(次世代に)『つなぐ』を肝に銘じてきた。」

 そして、続けて、「大石田町からここに嫁いできて以降、考えてきたことが形になった40年間である」と言い切るのである──

 「想い」と「発想」 ── 地域活性化の秘訣のようだ。

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□ 「06/06/’06」
2006年6月6日(火)


 終日、本県の重点政策がより効果的・効率的となるよう、国への政策提言を考える。

 特に、「『やまがた』らしさ」を如何に担保するかに腐心する。そのための「新たな発想」は、安心安全、環境、産業振興等の分野では、比較的容易に出てくるが、肝心の、すなわち、基本理念たる「子ども夢未来指向」に最も直截的である教育の分野、特に中心命題であるべき「教師の質向上」の観点からは困難を極めているのは何故だろう──

 結局は、昨年来の三位一体改革の流れの中で、教育とは、国の責任において行われるべきなのか、それとも、本来、地域性に見合った独自の展開を求めるべきなのか、否、そうした筋論ではなく、棲み分け論であるべきなのか、など、未だにきちんとした整理が行われていないところに悩みの深さがあるような気がする。

 今日は、「06/06/’06」 ── 物事をスタートさせるに最適の日、だそうだが、果たして──

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□ 行動規範 
2006年6月5日(月)


 当時(平成11年5月から同15年4月までの間)、旧日本長期信用銀行・日本債券信用銀行の破綻処理を手掛け、特に「事務方」として、両行債権を巡る売却・企業再生の「司令塔」であった。

 その際の行動規範はただ一つ──「国民負担の最小化」

 その間、国内外の「ファンド」が「再生」の名の下に数多くアプローチしてきた。その中に、今回報じられている「村上ファンド」関係者の一人がいた。結果的に、「商談」不成立。しかし、その強烈かつ強引とさえ見える姿勢が際立っていた。自らの意図とは違った展開となったためであろうか、その後も我々の判断の「違法性」を主張するレターを送りつけてきたりもした。

 昨今の「利潤最大化」を行動規範とする起業家の逸脱・逮捕の報に接するにつけ、改めて、市場原理・経済合理性とは何か、を考えさせられる。

 少なくとも、地方に生きる我々にとって、「助け合い、分かち合い、育みあう」ことを忘れたくはない──

 それが、地方に生きる我々の行動規範であり続けたい、と思うからである。

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□ 長男の成長振り 
2006年6月4日(日)


 長男は小学4年、来月10歳の誕生日を迎える─「1/2成人式」とも。

 その長男の成長を、特にこの週末、感じることがあった。

(その一) 西蔵王公園でのこと。
 いくつかある遊具に通称「さるわたり」がある──鎖で吊るされている幅50センチ程度の鉄棒がいくつも連なっているものだ。公園には「うんてい」があるが、その可変式、とでも言えよう。最初、これを一つずつ両手でつかんでは次に移っていたが、そのうち「一気にやれるかな」と言ったかと思うと、まるで文字通りサルのように片手で交互にスイスイと──手に取る鉄棒そのものが動くので意外と難しい──そして、最後はそれを休まずに往復チャレンジ。

(その二) 剣道錬成でのこと。
 毎週末土日は7時半から。防具のうち特に面付けを今年から誰の手も借りずに出来るようになる。そして今週の錬成終了後、指導してくださる原田先生(範師七段)が「いつも言っているが、まずは声を大きく出すこと。それが基本の一つだ。○○くんが一番声が出ていた。そして、積極的に挑戦すること。今日はさいとうくんが一番積極的に廻って挑戦していた。云々」──「道」を持つ世界は、生涯それを究める努力が必要だ。

(その三) 「世界禁煙デー in やまがた 2006」推進県民大会でのこと。
 子供たち三人と「ほっとなる広場」の通りすがり、そこで「大声大会」を開催していることに気付く。見物も兼ねて、空いている椅子に座ると、関係者が長男、二男に「飛び入り参加」を勧める。当方も「やってみては」と幾度となく促す。ついに長男、ややはにかむ表情を見せながらも、最後は「やってみる」と毅然とステージ前へ。そして測定器の前に進み出て──「たばこのけむり、だいっきらーい!」と。結果、122デシベル。

 自らの発意に基づき積極的にチャレンジする勇気──長男の最近の嬉しい成長振りだ。

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□ 環境と子どもたちの心意気 
2006年6月3日(土)


 第3回やまがた森の感謝祭。於飯豊町「源流の森」。

 快晴の空の下、緑の少年団、森林資源保存にご貢献された方々などが多数参列。冒頭、飯豊中学校のブラスバンドが元気一杯、「ノリノリ」の音楽ならびに踊りを披露、「会場の皆さんもご一緒に!」とのお誘いに、緑の少年団が集うエリアは楽しそう、来賓席はなかなか笑顔が見られない──その後のアトラクションでママさんコーラス「コラール・ド・めざみ」もプロ級の歌声──

 「音楽には力を入れている町なんですよ」とは、お隣にいらした齋藤飯豊町長。

 恒例となった山形トヨペット鰍ェ苗木を今年も贈呈くださる、そして今年から山形ナショナル鰍ィよび松下電器産業鰍ェご支援の目録を贈呈くださる──ご理解に感謝。

 「つなげよう 森と地球と みんなの未来」

 今年の森の感謝祭テーマだ──応募565点の中から、最優秀賞として、東根小みどりの少年団に所属する伊藤祐華さんの作品が選ばれた。その他、4点の優秀作品もなかなか味がある──

 「育てよう 緑あふれる すてきな山形」(秋久保将君)
 「育てよう 緑の森と 感謝の心」(海野結香さん)
 「聞こえるね 森のささやき こどうがね」(阿部夏実さん)
 「育てよう 森は友達 大事な木」(佐原瑞季さん)

 こうした心意気があればこそ、「未来に広がるやまがた」も現実のものとなる。

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□ 原点 
2006年6月2日(金)


 「『助け合って、分ち合って、育み合う』ふるさと山形づくり」────   全ての原点。

 その「原点」を今日の出前知事室・小国町「マタギ文化」に見る。

 周辺の山々を知り尽し、熊を含めた自然との共生、そして生きる力──「巻狩り」では、「団結と自己責任」──一瞬たりとて気を抜くことができない──そもそも、高度な技術と強靭な体力が求められる中で、リーダーの指示を守らない、事態に惧れをなす、という人が一人でもいると失敗する、という。

 小国町の主たる3地区にいる各々10数人のマタギが協力して狩に出る(「助け合い」)、射止めた獲物は初めて狩に参加した者も含め皆均等に配分する(「分ち合い」)、そして食用に、そして工芸品に、余すところなく、活用するが、決められた頭数以上に射止めることはない、穴にいる冬眠中の熊は射らない、といったルールは必ず守り、自然体系をしっかり守る(「育み合い」)──

 「さまざまな狩人がいる。それぞれの熊狩りがある。親たちの武勇伝を聞き、血を燃やしながら、誰もが大きくなった。残雪の春、山中で熊と対峙するとき、男達をしびれるような緊張と孤独が包み込む。そして失敗は許されない。」 (赤坂憲雄)

 「絶滅危惧種は熊ではない、マタギだ」──マタギのトップ(猟友会会長)を16年間務めた佐藤實さんの言葉が忘れられない。

 そして、今年度から就任した新しい会長は、金 熊太郎(こん くまたろう)さんだ──

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□ 激励 
2006年6月1日(木)


 季節衣替え。

 長男、二男も半ズボンと半そで、そして白い学生帽に。いつものように、朝一緒に登校、後姿がとても軽やか。

 老人クラブ連合会の会長ら役員の方々と昼食をはさんで懇談。小野栄二郎会長はじめ皆80歳前後、しかしながらそのご挨拶振りなどは矍鑠(かくしゃく)たるもの──「一人は万人の為に、万人は一人の為に──人は地域の為に、地域は一人の為に」──久しく耳にすることのなかった言葉、新鮮に響く。

 「目下『山形ふるさと塾』の展開準備中、豊かな経験に裏打ちされた英知を子どもたちと分かち合って欲しい」旨、激励する。

 午後は、山形セレクション認定証授与式。さくらんぼ13先、メロン2先が今回の認定者だ。

 「山形を元気にし、全国、世界に情報発信する仕掛けが『山形セレクション』、そしてその価値は、皆様がお作りになる、優れたさくらんぼやメロンと一体となって、はじめて高まるもの。大いに期待している」旨、激励する。

 活力ある「全員野球」の山形に──そして、とどろけ世界に!

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□「ベスト・ファーザーIN東北 イエローリボン賞」受賞
2006年5月31日(水)


 地方自治危機突破総決起大会。於九段会館。

 全国から地方六団体の方々が参集、会場も一杯に。麻生知事会会長が昨日の全国知事会での議論等を踏まえ、真の地方自治・自立のための対応を政府、国会に強く求める。

 内閣総理大臣挨拶は鈴木官房副長官代読、竹中総務大臣や神崎公明党代表は予め用意した文面を読み上げ。これに対して、片山虎之助参議院議員幹事長は与党を代表して、ノー原稿で、「地方が良くならなければ国も良くならない、見直し・改革に名を借りた『地方切捨て』には断固反対する」旨力強く述べ、会場から喝采を浴びる。昨日の全国知事会においても、麻生会長が、「各般に亘り強く働きかけを行っていかなければならないが、まずは国会議員。真の意味での地方自治確立のために考えていただいているのは片山参議院議員幹事長ぐらいなので、特に政策立案に力を持っている議員を選出している県は頑張って欲しい」旨述べていた──なるほど、片山幹事長の言葉から「熱い想い」が十分に伝わってくるものであった。

 大会約1時間の後、県東京事務所職員の先導で、地方六団体揃って県選出の衆参両議員7名(衆4、参3)を議員会館の各事務所に訪ねる。そして、「真の自治・自立確保のため、各般に亘りご尽力いただきたい。そして特に交付税の制度見直しの過程においても、総額は必ず確保するよう、強く求めたい」旨要請。

 ところで、地方六団体は、今日付けで「住民サービスの向上にプラス!!〜税源移譲による事務事業の見直し事例〜」としたパンフレットを発刊した。「医療」、「地場産業」、そして「障害者のくらし」といった3分野に亘って各々2、3事例を挙げている。その中で、我が山形県の取組みが記載されている。すなわち、

 「『これまでは、経営コンサルタント等の専門家派遣事業について、企業側が、1/3を負担』
                  ↓
『(税源移譲の結果)企業から受講機会を増やして欲しいという意見もあり、企業負担を1/2に引き上げるが、より多くの企業への支援を可能にした』」

 数少ない中で全国に紹介されるほどの事例、誇るべきである。

 一路仙台へ、於仙台国際ホテル──「第1回ベスト・ファーザーIN東北 イエローリボン賞」を受賞、その受賞式典に。

 実は、本賞は浅野史郎前宮城県知事の推挙に基づき頂戴したもの──知事職にあって、毎日欠かさずブログでアップしている「子育て知事日記」から垣間見える父親としての奮闘振りが評価された由。

 父親が子供を肩車している姿を形取ったトロフィーを頂く。もともと、本賞は社団法人日本メンズファッション協会が東京を開催地に全国ネットで始めたもので、今年で25回を迎える。そして、その地方版を今年初めてスタートし、最初に東北地区がモデルとなったもの。すなわち、第1回目の受賞である。当方は、政治部門で受賞、他の受賞者は、経済部門でアイリスオーヤマ鰍フ大山健太郎社長、鞄。崎の藤崎三郎助社長、スポーツ部門で楽天東北ゴールデンイーグルスの岩隈久志投手、そして一般部門でトリノオリンピック金メダルに輝いた荒川静香さんのお父様・荒川晃市さん、早進ゼミ経営の佐藤豊塾長。それぞれ魅力的なお父さん方だ。

 中でも、子育て奮闘中であるのは、岩隈投手、佐藤塾長、そして小職。

 この受賞を契機に、我が県ならびに我が国のお父さん方が、ご一緒に育児や家事などにも積極的・能動的に参画し、もって男女共同参画社会の実現に向かって主体的に貢献することを願わずにはいられない。

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□ 「もうひとつの『ニッポン』」 
2006年5月30日(火)


 全国知事会議。於都道府県会館。

 「地方分権の推進に関する意見〜『豊かな自治と新しい国のかたちを求めて』 地方財政自立のための7つの提言〜」を採択、他の5団体とともに、国民はもとより、国会、各政党、国会議員等に働きかけを行う。特に、所謂「骨太の方針2006」に反映され、実現に向けて具体的に動き出すことを内閣および国会に強く求める。

 その断固たる決意の表れの一つが、今回の意見書が12年振りに地方自治法に基づく意見提出権を行使するものであることだ。12年前は、というと、「第一次分権改革」の端緒となった平成6年9月の「地方分権の推進に関する意見書」である。

 知事会での議論は、いつものように、活発──特に、やや技術的に過ぎるとも思われる場面も少なくなかったが、「新型交付税」を巡る議論が中心──

 圧巻は、橋本高知県知事──「自らを律するために立って発言する」と前置きした上で、「本来、議論すべきテーマである『地方分権』がいつの間にか『財政再建』に、そして『生活者重視』が『成長重視』に、各々スリ替わっている。これも戦後我が国を支えてきた原理・原則が『機会均等』から『市場・競争原理』に変わってしまったからに他ならない。本来の姿を議論するべき」と──思わず、拍手を送る。

 小職には、2回の発言機会。

 一つは、竹中総務大臣の肝いりで設置された「地方分権21世紀ビジョン懇談会」の中間取りまとめを意識しつつ、地方債の完全自由化について、市場評価をもって財政規律を回復する、という理念は長期的には是とするもの、しかしながら、財政力格差が歴然としている今日、市場調達コスト等を勘案すると困難化する先も少なくなかろう、従って直ちに賛同というわけにはいかない、寧ろそこまでの改革過程にあっては、当面財源調整機能が益々重要となる旨、特に臨席願った総務省自治財政局長が「『額』の問題ではなく『制度』の問題」と明言したことを受けて、述べる。

 今一つは、「戦う知事会」として今後とも取り組みを続けていくわけであるが、その際、やはり国と地方のあり方といったこれまで中心であった分権改革の中心テーマを超えて「国や社会のかたち」について、理念を共有しておくことが必要ではないか、さもなければ、昨年同様、議論の過程での「手戻り」が多く生じてしまう惧れがある旨、開陳する。

 知事会に先立って、堂本千葉県知事が、小職を尋ねて本県東京事務所へ──

 突然のことであったので、何事であろうか、と一瞬身構えたが、開口一番で直ちに氷解──「先日、出羽三山に行ってきて感動したことをお伝えしようと思って」、と。

 @湯殿山神社奥の院を参拝した後、記帳を、というので拝見したところ、直近の記帳が「山形県知事 齋藤弘」、その10日後に「千葉県知事 堂本暁子」と並んで記帳できたことは何かのご縁(確かに小職は5月17日の西川町への出前知事室の際に湯殿山神社奥の院を参拝し記帳した)。

 Aその際、宿坊(三山大愛教会 神林千祥<せんしょう>氏)で、江戸元禄時代からの宿帳を拝見、そこには現代に至るまで千葉などの関東地方からの参拝者名が綿々と続いている、すなわち、出羽三山信仰は、山形を頂点に、関八州をもエリアに治めていたことを物語る(事実、宿坊時代の「露場」<つゆば>は千葉、茨城、福島等にまたがっており、今も同地方からの信者、団体等が多い)。

 Bその宿坊があるところ(羽黒手向<とうげ>地区)の人口は500人程度で今も昔も変動がない、という。その点、先般ドイツのデュッセルドルフ市へ出張した際立ち寄ったバーデンウェルナー(温泉保養地バーデンバーデン)は、湯布院が温泉保養地としてモデルにしたと言われている先であるが、そこも何百年もの間4000人程度で変動がない。両地域が、伝統を確り受け継いでいく「良さ」を持っている点で共通していることに感銘。

 遠くはイザベラ・バードが、ライシャワー米駐日大使が、そして今日堂本知事が、感動を持って認めてくれた、我が山形県の「すばらしさ」──

 「もうひとつの『ニッポン』」──全国に、世界に誇ろう!

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□ 広く人の話に耳を傾けることの大切さ 
2006年5月29日(月)


 各市町村の議会議長と意見交換。

 恒例だが、「『予定調和』に陥らないよう、自由闊達に話し合いましょう」と、まずもって冒頭に呼びかける。

 当方の県政全般に亘る話に続き、代表者から、主として@道路、港湾等の基盤整備、A県内医療体制、B産業振興の3分野について意見陳述があった。午前中に丁度森永東北整備局長との意見交換があったことから、基盤整備については「臨場感」のある話が出来た。また、医療体制についても、現在そのグランドデザインを描いている最中でもあるので、「全体均衡」について訴えた。さらに、産業振興についても広域連携の中で岩手・宮城とともに取組む自動車産業関連が具体的提携として進んでいることもあり、これまた目に見えるものとして理解を得た。

 しかしながら、人口流失が続く地域が多いだけに、「焦燥」というよりは寧ろ「諦念」に似た感じを抱いている向きが少なくない、という実態も明らかになった。

 ところで、この週末の一部紙に次のような記事が掲載されていた──

 「先日、村山市役所であった市長と語る会に出席したある市民が『出前知事室で斎藤弘知事に話したところ、翌日には県の担当課から連絡があって詳しく聞いてくれ、1週間後には対応してもらった』という話を披露していた。
 別の日、山形市長ら3市2町の首長と斎藤知事の懇談会があった。知事は『市町村は住民と接していていろいろな問題が起きている現場だ。そうした事例を教えてもらえれば、全国知事会などの場で提案して解決する措置がとれることもある』と語った。
 トップダウンで住民の課題を解決していく「水戸黄門」だ。(以下省略)」
 (5/27付毎日新聞「取材ノート」より抜粋)

 あらゆる機会を通じて、広く人の話に耳を傾けることの大切さを、改めて思う。

 明日は、まさに、全国知事会議。

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□ 「本県の情報発信」が持つ意味 
2006年5月28日(日)


 自由民主党山形県支部連合会大会に来賓として出席。昨年に続き2度目。

 加藤紘一県連会長は、我が国の過去百年の歴史を振り返りながら「今ほど我が国のあり方を幅広く議論しなければならない時期は他にない」として、今年の自民党総裁選挙、統一地方選挙、そして「天下分け目」(遠藤武彦代議士挨拶)の参議院選挙において勝利をおさめるために団結を呼びかける。

 当方は、来賓としてトップバッターで挨拶──「これまで負け続けていたサッカーのモンテディオ山形がこのところ4連勝、これもちょっとしたきっかけであろう」と切り出し、日本サッカー協会の川渕三郎キャプテンが自民党のメルマガに寄せたサッカー人気上昇の秘訣、すなわち、「@よき環境、Aよき指導者、Bよき仲間」を引き合いに、「自民党の恵まれた当該3要素」をベースに、来る統一地方選挙ならびに参議院選挙での勝利を祈念する、と激励。

 さらに、この間、この1年間の県政を振り返りつつ、マニフェスト自己評価の資料を自由配布し、「忌憚のないご意見を」と呼びかける。

 午後は政経セミナー。佐藤ゆかり代議士ならびに二階俊博経済産業大臣が講師──両代議士のご講話を拝聴し、何故か自信がふつふつと沸いてくるのを覚えたのは自分だけであったろうか──

 佐藤代議士は、現在を自身の造語「付加価値の逆流時代」と位置付け、製品の高付加価値化を目指すこれまでの流れが、寧ろ資本財(素材)生産に技術力の結集を図るべき、と主張──

 二階大臣は、日本版OECDの創設に関する理解を求めつつ、「今年のGDP成長率2.2パーセント」とした上で、高専・工業高校を再活性化しながら「ものづくり力」を大切にするべき、と主張──

 いずれのお話も、本県が比較優位性(素材生産、ものづくり力)を持つ分野ばかりであるからだ。

 「我が国のあり方」を真摯に考えなければならない今、まさに、我が山形県からの情報発信が大いに求められ、そして期待されている。

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□ 素晴らしい誕生プレゼント 
2006年5月27日(土)


 二男、7歳の誕生日。

 庭にブルーシートを引き、我が家5人に祖父母、そしてお祝いに家内の実家・相模原から駆けつけてくれた祖父を交えて総勢8名での野外昼食パーティ。アボガドサラダ、チキンサラダ、焼き豚など家内の手作り料理が大皿が並ぶ。そして子どもたちの大好物のお寿司。

 「おたんじょうび、おめでとう!」──麦茶で乾杯──ややテレながら「ありがとう!」と二男。食欲旺盛。昼食後しばらくお庭で遊ぶ。

 3時のおやつを兼ねて、大きなお誕生祝ホールのショートケーキ。今度はさすがに家の中で。恒例のローソク「フッー」は夜に。そしていよいよプレゼントだ。伝統あるメカノ社の組立玩具。さまざまなアイディアにより50種類程度のモデル作りが可能な、創造を掻き立てる代物だ。夕方まで悪戦苦闘。

 夕方からは、山形フィルハーモニーによるファミリーコンサートへ。於山形市民会館。同フィルハーモニーの団長は平山秀夫さん、互いの子どもたちが村川千秋先生よりご指導をいただいているキラキラ会の門下生、従って互いに父母仲間同士だ。指揮は籾山和明さん。

 前半の部は、バーンスタインのキャンディード序曲、そしてベートーベン交響曲第4番。特に、前者は、作曲家の性格をそのまま映し出したような明るい曲だ。

 後半の部は、いよいよお待ちかねのチャイコフスキーの「バレエ音楽『くるみ割り人形』」(全局版)。脚本、そして語りは熊倉一雄さん。魅力的な太い、しかし、どこかユーモラスな声が会場を引き付ける。「ひょっこりひょうたん島」の海賊トラヒゲのイメージが未だに強烈だ。本物のくるみ割り人形を小脇に抱えてのナレーション。「クレアが王子様と踊っているシーン、情景がそのまま頭に浮かぶわね」とは子どもたちと話している家内の弁。

 偶然にもお隣は、合唱分野で引続き幅広く活動を続けていらっしゃる高校時代からの恩師で、後援会会長を務めていただいている瀧口正彦先生。今日は二男の誕生日であることを聞くと、二男に向かってこう言って下さるのだった──

 「お誕生日おめでとう!その素晴らしい日に、こうした素晴らしいコンサートにめぐり会えたのは、何よりも素晴らしいプレゼントだね」

 幸あれ。

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□ 「輝き」の大切さ 
2006年5月26日(金)


 出前知事室、山形市内のナナビーンズにある子育てランド「あ〜べ」へ。

 子どもたちと一緒に何度か利用したこともあるところでもある。NPO「やまがた育児サークルランド」が運営、代表の野口比呂美さんには県の審議会委員をお願いするなど、県政にも積極的に関わっていただいている。鶴岡、新庄からのメンバーも加え15人程度のメンバーと意見交換。

 「地域の核となる方の育成し、その方が次の方を育てる、という良い循環が生まれるように」との目的の下、県内28育児サークルの支援を行うなど、皆さん、志の高い方々ばかりの集まりだ。

 「お母さん方がキラキラ輝いていることが大切」、「おいでになるお母さん方からのご質問に的確に答えられるよう勉強を続けている、育児を巡る情報は日々刻々と変化しているものですから」、「適切なアドバイスも勿論大事ですが、『脇にいる』という安心感、安定感を与えることも重要」──

 実にキラキラ輝いている目だ。自らの経験をも踏まえての飛び出す言葉には「ハッ」とさせられる。

 広がれ、キラキラ輝ける育児支援の輪!

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□「J1昇格」を本気で考えているのは誰か 
2006年5月25日(木)


 スポーツ振興21世紀協会が新たに選任した海保宣生理事長が就任のご挨拶にみえられた。

 東京オリンピックのバスケットボール日本代表であり、鹿島アントラーズFC常務をお務めになった方。その歯切れの良さは、昨日の同協会総会後の記者会見における質疑の過程で、県民の皆様にも、モンテディオ山形の今後に大いに期待を抱かせるに十分であったのではないか、と思う。

 「シーズン途中で、云々」との向きもあったという。が、そもそも、サッカーシーズンの開幕時期と同協会の財政年度のスタートが異なるという現行制度が前提となっている以上、「シーズン途中」以外にあり得ない。

 新しいことを始めようとする際には、守旧的動きや発言があるのは世の常である。しかしながら、その対立構図を、現実や真実とかけ離れた視点から、常に徒に煽り立て、真に本県が目標に向かって進むべき方向性に関する県民の理解を迷わせるような向きは正義ではない。

 「J1昇格」という県民の悲願を如何に実現するかを本気で考えているのは誰か──

 サポーターを含む県民が一番良く分かっている。

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□ 「期待」に応える 
2006年5月24日(水)


 病院事業管理者会議。

 県立5病院に療育訓練センターを加えた正・副院長・所長ら関係者が一堂に会す。医療マネジメント体制の構築・充実、統一的システム導入、医師確保のための魅力的研修プログラム策定等をテーマに自由に意見交換──今や、病院事業にも「経営」そのものが強く求められていることが明らかに。

 県民の安心安全確保の期待に応えるためにも、自治体病院との関係整理・連携強化を含め、県内医療体制を巡るグランドデザインの策定を急ぎたい。

 岡崎梅冶先生逝去。享年77歳。

 小学校6年生時の担任。当時の日記を開けてみる──

 「先生に、きょう、『君をたよりにしている。』といわれた。もう少し、そのきたいにこたえよう。」(昭和45年1月27日付)

 その前後関係を見ると、「もう少し学級を良くするためには、やはり、協力が大切ではなかろうか」などという件が見えることから、いわば「クラスの活性化」について中心的役割を果たすようにとの期待であったのであろうか、それとも、返されたテスト結果を見て自らケアレスミスを反省している件があることから、「もっと頑張れ」という激励の意味だったのか──いずれにしても、常に前向きで、明るく、生徒のモチベーションを高めようとする気概に溢れる先生だった。サッカーなども我々と一緒に本気でプレーするような元気な先生でもあった。先の知事選でも、出陣式に激励に駆けつけてくれた際に何十年振りかでお会いした。昔のままの先生であったのが嬉しかった。その後も、頻繁に選挙事務所に足を運んでくださった。よほど教え子の様子が心配であったのであろう。

 県政をしっかり担う──今こそ、先生の期待に応えたい。

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□ 「評価検証なくして、発展なし」 
2006年5月23日(火)


 北海道東北自治協議会総会。於都市センターホテル。

 19年度の国の政策に係る提言を中心に議論。当方からは、以下の2点について発言。

 @「地方分権・財政対策の推進」
  昨年度の三位一体改革の結果を踏まえ、国と地方の評議制度の法制化ならびに地方財政基盤の強化が明確に織り込まれた点、評価。また、新たな広域自治体のあり方について国民的議論が展開されるよう求めることは是、何故ならば私自身も「先に道州制ありき」の議論には組しないため。なお、県内6団体は、5月22日付で、一方的な地方交付税削減は不合理、財源調整機能の充実強化等を骨子とする「分権型社会にふさわしい地方財政基盤の確立を求める声明」を出し、県選出国会議員に、その協力・支援方、要請したところ。各県においても、そうした動きが広まることを期待する。

 A「豪雪地帯対策の充実強化」
  豪雪は災害との認識を広めるとともに、数多くの制約を乗り越えた国、県、市町村一体除雪体制整備等、総合的雪対策の確立を求める。

 議事が滞りなく終了した後、特に発言を求め、次のように述べた。

 「折角の提言書であるため、その成果を検証する必要がある。事務局には雑作をかけるが、今回はしっかりと評価検証し、その結果を提示いただいた上で議論し、次年度以降に繋げられたい」──賛同を得たものと思う。

 「評価検証なくして、発展なし」──

 昨日明らかにした知事選マニフェストの自己評価を含め、今、あらゆる場面で求められている。

(現在帰県途上の新幹線車中)

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□ 振り返り──マニフェストと仲間 
2006年5月22日(月)


 知事選挙を約1ヵ月後に控えた平成16年12月1日に正式出馬表明の記者会見を開催、その際に掲げたマニフェストについて、「第1回自己評価」を実施、その詳細を毎日の記者会見で明らかにする──向こう4年間における達成・進捗状況の自己評価──全体として4割弱の成果、うち「ただちにやります」項目は8割以上の仕上がり。

 昭和56年(1981年)入行の日銀同期が永年勤続表彰。そのお祝いを兼ねて、既退職者を含め、同期会を本店最上階の食堂にて夕刻開催、参加する。

 懐かしい顔ぶれだ──当時から「日銀初の女性総合職」として話題となり、結婚出産後も運用業界のマーケティングで働く山木さん(旧姓坂口さん)、現在も投資顧問で大きなポジションを張って活躍する田口君、大きな書店経営者の庄司君、新人時代からの異名「知ったかぶり」を現在は「地で行く」(本人の弁)大学教授の中島君、海外留学中でありながらわざわざ帰国した田中君、そして日銀支店長として北は青森の清水君から南は沖縄の大澤君ら、そしてもちろん福井総裁らの秘書役を務める櫛田君を含めた本店勤務の仲間が一堂に会す。残念ながら出席がかなわなかったのは、金融機関の実地考査期間中で表彰式の後各々が担当する地方へ戻った面々だ。

 組織の中枢で活躍する多彩な顔ぶれだが、基本的に「相変わらず」、であることを互いに確認する。

 さくらんぼの付いたネームプレートを見て「可愛い〜!」とは女性陣、「差し入れないの?」とは男性陣、また胸元のペロリンバッジを見て「これ何?」と多くが──山形のPRはまだまだの感。

 あっという間の2時間、再会を約束して散会。

 幹事役の尾家君、味岡君、ありがとう。

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□ 精神性の高揚 
2006年5月21日(日)


 午前中は家でゆっくり──衣類を冬から夏へバージョン転換したり、新聞に目を通したり、と。

 先週は家族で夕食をとるチャンスが全くなかった。ようやく、今日のお昼にお蕎麦を家族で囲む。食後は、スキンシップ不足からか、子どもたちは、リビングに座っていただけでも、肩に乗りかかってくる。思い余って子ども部屋へ、そしてお馬ごっこ──背中にへばりついたり、立ち上がってバランスを取ったり──ことさら暴れ馬になったりすると、ますます歓声を上げて喜ぶ。大切なひと時。

 午後3時から、東北芸術工科大学開学15周年記念式典に出席。

 徳山理事長も上機嫌のご様子。平成4年の開学時以降関わりの深かった関係者多数出席、特に「式次第には記載ございませんが」との司会の断りの下で、高橋前知事および渡辺前山形市助役が、徳山理事長から各々感謝状を授与される。

 県と山形市が創設し、私学として運営する「公設民営方式」大学として、県民の創意を受けて開学した大学、その使命達成のために、地域との連携を深めながら、これまで以上に本県の芸術文化の振興に貢献いただきたい旨、今後のご発展を祈念することと併せて、祝辞として述べる。

 記念式典後、外の舞台で、祝舞。京都でもめったにお目にかかれない井上八千代さんほか、祇園甲部芸妓連の方々が舞う──演目「八島」、「花笠」、「祇園小唄」──「切れが全く違いますねぇ」とは、お隣にいらした嘉山山大医学部長。

 「勝ち組・負け組」、「国・地方」、「若者・老人」等あらゆる局面において対立構図が先鋭化している今日、芸術文化を含めた精神性の高揚は益々求められてくるだろう。

 そこに、30年後、50年後、そして、100年後にも、本学が存し続ける意義がある───

 そんな想いを抱きつつ、快晴の空の下、大学キャンパスから、ひとりでゆっくり歩きながら、そして沿道の風景を楽しみながら、帰宅。

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□ やまがた in Jビレッジ 
2006年5月20日(土)


 ジーコ・ジャパンを激励に福島のJビレッジへ。

 午後1時半、Jビレッジ内の会場にて日本サッカー協会が用意してくれた「サッカーづくし」のバックスクリーンを前に、同協会の川渕キャプテンをお迎えする──用意したのは、山形県産米「はえぬき」(しかもそのトップクラスの「こだわり自慢」)とさくらんぼ──そして、次のように宣言した。

 「19世紀の英国旅行家イザベラ・バードは山形を『東洋のアルカディア』と称しました。そうした風光明媚な土地に122万人の県民が暮らしています。そして、そこには、J2のモンテディオ山形があり、県民のサッカーに対する情熱は極めて高いものがあります。そこで、今日は、県民を代表して、サッカーワールドカップ2006ドイツ大会を前に、ここJビレッジで最後の調整を続けているジーコ・ジャパンに、山形のとっておきのお米『はえぬき』と、今が旬、山形の「さくらんぼ」をお持ちいたしました。監督ならびに選手の皆様に、この山形のお米とさくらんぼをお召し上がりいただき、パワーをつけ、そしてドイツ大会において勝利を勝ち取ってきていただきたい!川渕キャプテン、監督ならびに選手の皆様にどうぞよろしくお伝えください。」

 川渕キャプテンに「はえぬき」とさくらんぼを手渡し、そして硬い握手を交わしたのであった。今まで浴びたことのないほどのフラッシュの放烈──全国の一般・スポーツ関係の報道陣だ。

 がんばれ、ジーコ・ジャパン!!

 そして、短期間にこうした場面をセットしてくれたサッカー協会、県等の関係者に多謝。

 会見を終えて、直ちに東京へ。Jビレッジを出ようとすると、「齋藤知事!」と呼び止められる。振り向くと、福島県庁の内堀企画調整部長だ──「佐藤知事は目下結婚式に出席中、『Jビレッジで齋藤知事をお迎えできずに大変申し訳ない、ついては君(内堀部長)が出向いて陳謝して来い』と。従って、小職は知事の会見終了までここでお待ちしていた」由──佐藤知事のきめ細かなご配慮、感謝の気持ちで一杯になると同時に、自分もこうした「配慮の仕方」は大いに学ばなければならない。

 東京では、友人の結婚式。於ホテルニューオータニ。「初々しい」とはこのことか、と改めて思わせる若い二人。新郎は高校時代に米国留学したAFSの後輩でもある。両家のご両親もニコニコ顔。参列者の中で旧交を温めることもできた──

 亮介君、真紀さんお末永くお幸せに!

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□ 気合を入れて 
2006年5月19日(金)


 一日県庁、第4弾。村山地区にて。

 村山総合支庁にて職員と意見交換。「プロジェクト事業」がテーマ。安心安全、ものづくり、アグリ、仙山交流、まちなか、観光ビジネス振興、子育て、エコ、アダプト等々、多彩な事業が展開されている。それぞれが数名から20名近くのメンバーで構成され、延べ約200名の職員が何らかのかかわりを持つ。そこでは、開発期間の前倒し、コスト意識の醸成、女性の活力支援、住民の共同参画促進等といった、「過去からの脱却」の発想が垣間見える。例えば、「美しいむらやま」チームでは、景観等を活かした地域づくりに取組んでいるが、これまでの「建設」といったイメージから大きく変貌を遂げている。

 これまで、行政がとかく批判の的となってきた縦割り的取組みから、今や、横断的連携を求めざるを得ない環境になっている、と言えよう。

 県総合食肉流通センターへ。白衣をまとって屠殺現場を視察、そこで生きている牛が次々と食肉になっていく過程で、脳髄を一頭一頭採取し、BSE検査を行う。食肉衛生検査所内のラボにて丁寧に一つ一つ検査される。午前中から取り掛かり、その結果は午後3時ごろに判明する、という。安心安全を担保する取組みそのものだ。

 昼食は、河北町田井にある農家レストラン「楽舎」(らくや)。少なくとも築後120年は経ている母屋で、地元の野菜たっぷりのメニュー。

 午後一番は、山形空港敷地内にある、消防防災航空隊を訪問、消防防災ヘリ「もがみ」に乗り込み、朝日町大船木の地すべり災害現場を視察することに──ヘリに乗るのは生まれてこの方初めて。いよいよ舞い上がり、進みかけた途端、地上から救助要請が入ったとの連絡。直ちに引き返す。その間、3分程度、着陸後、「もがみ」は直ちに現場へ。隊員らの後姿が光る。頑張れ。

 続いて、農業総合研究センターの農業生産技術試験場へ。主に、さくらんぼの品種改良過程を視察、こうした弛まぬ取組みが「フルーツ王国やまがた」を形作っていることを改めて思う。

 最後は、寒河江のスマートインターから入り、最上川ふるさと総合公園。今年度からスタートした指定管理者制度の中で純粋な民間が管理することとなった場所だ。だが、本来の民間会社が発想し、取組む際に、さまざまな公的規制等が残存するだけに、なかなか思うようにいかないのが現実のようだ。ここでは、最近造られ、目下試験オープンしたスケートパークを視察。スケートボード等を存分に楽しめる施設だ。雨の中、小学生が花壇作りに取組んでいる。これからも県内外からの若者が集まり、健全な交流の場となって欲しい。

 これにて、一日県庁一巡。改めて、県の「守備範囲」の広さを実感。それだけに、益々気合が入る。

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□ 「広域経済圏」への意義ある一歩 
2006年5月18日(木)


 また一つ、重要な「仕掛け」が動き出した──

 山形県自動車産業振興会議、その設立総会が開催される。

 県内の自動車関連企業やそのポテンシャルを秘めた先、そして金融機関等、約80社が会員として集まり、共同開発、共同受注、物流効率化等を通じて、互いに自力を高めることを狙う。今後、7月に岩手、宮城両県とともに3県合同の連携組織を立上げ、そして8月29、30日の2日間に亘り、名古屋・トヨタ自動車竃{館ホールにて、技術展示商談会を合同開催する。

 今日の設立記念フォーラムとして、本県南陽市出身のアイシン精機鰹務役員・島貫静雄氏をお招きし、「自動車部品産業の将来展望と山形県の企業に期待するもの」と題し、ご講演をいただいた。「価値=機能/価格」とは、誠に真理なり、と思う──コスト(分母)を抑える一方、パフォーマンス(分子)を向上させれば、すなわち価値が上がる──「その試金石は8月の商談会」、まさに待ったなし、である。

 設立総会、講演の後、島貫氏と意見交換した設立発起人の方々──鎗水景一エムテックスマツムラ社長、郡司健一曙ブレーキ山形製造社長、柴田孝NECパーソナルプロダクツ執行役員、片桐鉄哉片桐製作所社長、外山新一ミユキ精機相談役──皆、意欲満々だ。

 「近隣経済との交流促進による広域経済圏の形成(分かち合い、育み合い):県境のない自然体系に鑑み、産業面、観光面でスケールメリットの大きい広域経済圏の形成を近隣他県と協働して進めます」──

 政策の柱の一つをなす、このマニフェストを掲げて知事に就任、その後直ちに近隣県を訪問し、各県知事と連携を確認した結果が、こうした一つの「かたち」として結実しつつある。

 誠に意義深い。

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□ 「世界遺産登録」の意味合い 
2006年5月17日(水)


 出前知事室──西川町へ。「世界遺産登録に向けた出羽三山ならびに周辺地域の取組み」がテーマ。

 一昨年、六十里越街道を調査しているうちに、志津温泉地域に石畳が見つかった。少なくとも1,200年来続いてきた街道が、この100年間は全く忘れ去られてきた──逆の見方をすれば、経済・精神文化の街道であっただけに、当時はその周辺の富も相当なもので、それが故に、ヒトとカネを要する石畳が整備し得た、とも言えよう。

 湯殿山神社奥の院も参拝。かつて、子供の頃、町内子ども会慰安旅行で訪ねて以来のこと。40年ほども前であろうが、御神体の周辺で蛇が卵を飲み込もうとしていた風景が甦る──「今でも蛇は神様の使いとして大切にされ、それに卵を与えることはよくある話」と、宮司さん。記憶は正しかったようだ。

 「『価値』を大切にしたい」と地元の方々は口を揃えて言う──ただ、「価値」と言っても、地元の伝統・文化を守り、伝承するとの意味での「価値」と、地元以外の方々がそこに見出す「価値」との、2通りがあろう──

 結局のところ、「世界遺産登録」のための取組みは、その2つの意味における「『価値』の乖離」を限りなく小さくする取組みである、とも言えるのではなかろうか。

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□ 『山形セレクション』 
2006年5月16日(火)


 第1回山形セレクション会議──感無量である。

 「山形には、食べ物、自然、文化、ものづくり力など素晴らしいものが沢山ある、にもかかわらず、これらの情報発信は得て出なく、従って、全国での認知度は低い」──そう言われて久しい。

 そこで、「今、そして未来へ、全国・世界へ」──我がふるさとの「技」と「心」を広めるための、ブランド化戦略として、「『山形基準』に基づく厳選された『山形セレクション』」を確立したい、との強い思いを抱くに至る。

 そして、県知事選挙の際のマニフェストに、重要な政策の柱の一つとして、掲げた。それが、今日、こうした形で結実したのだ。

 すなわち、「山形基準」とは、@高い品質、A安全・安心、B「やまがた」らしさ(自然・歴史・文化ならびに技術・技法の伝承)、C環境への配慮、を定めたもの。そして、その基準に則って、全国では唯一の現物審査を含めて、厳選したものにだけ与えられる称号──「山形セレクション」──

 山形のブランド化戦略そのものであり、また、山形セレクションを目指した取組みを誘発することにより、本県全体の産業基盤の強化に結び付けていくことが期待される。

 同会議後、「やまがた発!旅の見聞録」収録のため、天童のさくらんぼ園地へ。ダニエル・カールさんと。山形セレクションの宣伝として、本番組でその意義等をアピール。軽快なトークで、楽しい一コマ。

 是非ご覧あれ(6月3日<土>山形放送午前9時25〜40分)。

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□ 「合併」論三昧 
2006年5月15日(月)


 一日県庁。第3弾、置賜地方にて。

 「いらっしゃいませ」と総合支庁到着時に──そして、総合案内窓口では、受付カウンターの上にあるPC画面を来客側に向け、そしてその画面は県庁ホームページ──受付の方が「知事の『子育て日記』は『お気に入り』に入れており、皆さんに推奨しています」と──何とも嬉しい接遇である。

 置賜総合支庁内にて職員との懇談、「地域での諸活動」がテーマ。@地域貢献の「一丁目一番地」として子供会活動を支えること、A熊野神社の茅葺屋根葺き替え作業を「見せる」ことにより、近年再発見した熊野修験の道と併せて、地域興し・観光の目玉としたいこと、B沿道のゴミ拾いを続けて数十年、その経過を辿ると世の中の推移も見えてくる(以前と比べ最近はゴミの量は有意に減少、環境問題への関心の高まりの反映か)こと、等を伺う。

 有機EL研究所へ。城戸先生らから最近の動きをレクチャーいただく。「有機EL交流の広場」が人気だ。そこから各企業の製品開発への橋渡しをどう繋げていくか──

 昼食は、「やさいと10時半」にて。もともと八百屋さんだった方が「美味しい野菜を売るだけでなく、食べてもらおう」との発想から始めたレストラン。お香の香りが良い、リラックスした空間。そこで野菜尽くめ、しかしそれぞれが手の込んだお料理をいただく。

 そこで、偶然にも、昨年度の米沢への「出前知事室」で出会った「侍ウーマン」のメンバーの方と再会、当時妊娠中であったが、今日は元気な8ヶ月の男の子のとご一緒。ほほえましい風景、こちらも自然に笑みに。

 綱木川ダム工事現場へ。昭和42年8月の羽越水害を契機に建設、地盤の軟弱さもあって「ロックフィルダム」という、ピラミッドのような大きなつくり。本年9月に貯水開始、12月ごろには満水レベルまで到達するなどの試験を重ねた上で、着工から20年近くの歳月をかけた本ダムが完工を見る予定、という。もう二度と見ることのなかろうダム底に沈む箇所の風景を目に焼け付ける。

 その後、公立置賜総合病院へ。「市町村の『合併ありき』の議論ではなく、出来ることから先に」の典型事例。山口病院長からお話を伺う。今後、あらゆるチャネルを通じて、病院事業を巡る市町村と県との連携強化を如何に図っていくか、であろう。

 そして、最後は、置賜総合支庁西庁舎視察。「最前線」を実感。

 この間、米沢、川西、長井、白鷹の役所・役場を訪問、短時間ではあったが、各々の市長・町長と面談のうえ、意見交換。主たる内容は、やはり、合併。

 穏やかな晴天に恵まれた一日、雄大な朝日・飯豊連峰を背に、帰途に付く。そのまま、経済同友会総会後の懇親会へ。

 「政策提言集団としての性格を一層強める」との新に就任した武田代表幹事の言葉を受け、「来賓挨拶」として、寧ろ当方より、提言──@合併推進へ向けた経済界側からの支援(行財政側の合併を待つことなく、実態的に広域展開してほしい)、A「全員野球」へ向けた取組み(とりわけ、企業経営面での積極的女性登用)、B知事・副知事の活用(米国大統領訪日の際の米産業界との連携を想起)、という骨子。

 この間、来県中の小沢一郎民主党党首が急遽会場でご挨拶、という場面も。

 盛り沢山の一日。

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□ 「母の日」にちなんで 
2006年5月14日(日)


 「あっ」──うっかり、朝食時に、テーブルクロスの上に食べ物をこぼしてしまった。

 それを隣で見ていた4歳の長女、「パパ、きっとゆるしてもらえるよ、まいにちいっしょうけんめいおしごとしているから」──いやはや、何とも元気の出る話ではある。

 その長女が、今日から、村川千秋先生が主催する「キラキラ会」の入門クラスのレッスンがスタート。歌あり、和音あり、もちろんバイオリンあり、そして最後にけん玉あり、とバライティに富んだ内容だ。千尋先生、健太郎先生もご一緒。この間、今年から長男と共に入門クラスからジュニアアンサンブルにステップアップした二男は「こども先生」として特別参加。大いに自慢げ。そして、特に今日は、東京から弦楽関連雑誌社の方々が取材を兼ねて見学に。

 ところで、長男は、昨晩から、少年自然の家で年数回に亘って開催される、自然に触れ合う「少年団」の第1回会合に参加、あいにくの雨模様だったが、班長なども務め、大いに楽しんだ由。家内はその長男を出迎えに。

 母の日。

 昼食時は、久し振りに実家近くの「金ちゃんらーめん」に家族で出かける。そして、帰りには祖母に、子どもたちと一緒にスカーフをプレゼント。夕食時、先日の村山総合支庁前で開始されたあおぞら市場で買い求めた山葡萄ジュースで乾杯、県の魚でもあるさくらますを「じゃんじゃん」(ないし「ちゃんちゃん」)焼き風にした料理に舌鼓、食後のテーブルには美味しそうな一輪のカーネーションが添えられた、チーズ系主体のケーキが並ぶ──

 「ママ、ありがとう」と子どもたち。

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□ 時代の求め──観光産業と法曹界と 
2006年5月13日(土)


 観光振興シンポジウム、パネリストとして参加。於 松島・大観荘。

 村井宮城県知事、渡辺孝男参議院議員、清水JTB常務、磯田みやぎおかみの会と共に。コーディネーターは小野寺宮城県会議員。

 @「今何故観光か」のキーワードは、人口減少、非日常性、広域連携、A「どのように」のキーワードは、自然・歴史(地域資本)、おもてなし(笑顔)、街づくり(構造改革)、B「今後」のキーワードは、物語性、国際性、情報(トップセールス)、といった骨子で語る。特に、「やまがた」アピール効果を狙って、出来るだけ明るく、ユーモアたっぷりに語ることを心掛ける。

 宮城、山形の連携強化を村井知事と改めて確認。

 そして最後に、「観光とは、結局、自らを、自らの地域を、改めて良く知ることに繋がるのだ」と総括。会場の反応も良好。

 山形に戻ったのは夕方、古澤弁護士事務所創業77年記念祝賀会。於山形グランドホテル。古澤茂堂先生の後継者としての内藤和暁先生(次女配偶者)のお披露目も兼ねて。

 @古澤先生は、県にとって、行政訴訟関連はもとより、人事委員会の委員および委員長としての30年に亘るご貢献は特筆されること、A特に昨年は全国唯一職員ボーナスの据え置きをご英断、齋藤県政をしっかり支えていただいていること、B市場原理が徹底されつつある中、企業ではコンプライアンス強化、個人では各種対立構図の調和均衡模索、といった法曹界の柔軟な思考力を必要とする場面が今後益々増えるであろうこと、といった趣旨で、トップバッター祝辞。

 その後、三味線に合わせたフラメンコダンス、ジャズバンドをバックにした長谷川吉茂山形銀行頭取の『マイウエイ』熱唱、古澤家長女・次女の「『叶』(かのう)姉妹ならぬ『不可能』(ふ・かのう)姉妹」(自称)のデュエット、古澤先生ご自身の社交ダンス披露など、盛り沢山のバライティ。楽しい会合。

 最後に、30名ほどのご婦人方がご披露くださったステージコーラスは『学生時代』──古澤先生の奥様の目に「光るもの」が何とも印象的であった。

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□ 異なる「神経」への刺激 
2006年5月12日(金)


 北海道・東北21世紀構想推進会議総会。於砂防会館別館。

 @同会議の名称を「北海道・東北未来戦略会議」(略称「ほくとう戦略会議」)に変更すること、Aそれに伴って官民連携の上での「政策集団」(従って原則「事業」は行わない)としての性格を明確にすること、B今年度は「広域観光」をテーマとすること、等が採択される。

 これに対して、当方からは、「観光をテーマとした場合、ややもすると、誘客を目的とした観光ルート作りのための連携、といった、いわば『フロー』だけの取り組みになりがち。本会議の意義は、官民がこうして一堂に会していることに意義がある。従って、そのメリットを活かすべく、例えば誘客のための商店街態勢整備などといった、いわば『ストック』としての地域活性化策・構造改革を伴う、深みのある取り組みとしなければならない」といった趣旨で発言、理解を得られる。

 本会議に先立ち、上京すると、正木東京事務所長が「ブラジル在住の天童出身彫刻家・豊田豊氏が今日から個展を開催する、同氏は2003年に叙勲(旭日双光賞)を受けるなど、これまで本県との繋がりも深い、ついてはお会いしてはどうか」という──考えても見れば、2年後の2008年は日本からブラジルへ移民が始まって丁度百年を向かえる、この機会に現地の有力者でもある同氏と是非ともお会いしておこう──早速、北海道・東北会議開始前に戻ることを前提に、昼食もそこそこに出かける。

 日本橋オフィス街にある明るいギャラリーにて、銀色の鉄板をモチーフに描いた、また製作した絵や彫刻を愛でる。鉄板というと堅いイメージだが、同氏の作品は、そこに「世の中の通念である『陰』と『陽』とを常に想い、表現している」由──例えば、組み合わせた鉄板の交わりの一箇所が多少反り返っている、そしてそこから見える裏側の空間に別の世界が広がっている、という想像を大いに掻き立てられる構図──寧ろ温かみさえ感じられるのだ。

 アートギャラリーと政策会議──頭の中で全く異なる「神経」が刺激されるのを覚えた一日。

 (現在帰県途上の新幹線車中)

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□ 庄内のポテンシャル 
2006年5月11日(木)


 昨日に引き続き庄内へ。一日県庁。

 まずは、庄内総合支庁の職員との意見交換──「地域資源を活かす」がテーマ──@地域を売り出すには「物語」が必要であること、A岩カキは、「R付の月が美味」といわれ続けてきたが、寧ろ貝の呼吸が篭る寒い時期は危ないとして、出荷は6月以降としていること、B砂丘の降雨対策から、だだちゃ豆、あさつき等の出荷が大いに効率的かつ盛んになったこと、B川のヘドロを火力発電の石炭灰と混合し、タータンのような柔らかい舗装道路として応用、子どもたちのジョギング用に最適とった河川縁となったこと、等の事実を学ぶ。

 そうした取り組みの過程で、特に、地域活性化活動に携わっている(ネットワーク)の方々の姿を地元の子供たちに見せれば、今後さらに地域基盤の活性化・強化に繋がるであろう、との見解には大いに首肯できる。

 消防学校へ。県民の安心安全を支える基本──今年度の新規採用職員を励ます。

 農家レストランの草分け的存在、「穂波街道」で昼食──オーナーであり、県の総合政策審議会メンバーでもあった庄司祐子さんの軽快なトークを聞きながらのランチ。

 午後は、農業総合研究センター・農業生産試験場を視察──大正から昭和にかけて活躍した、庄内出身の農商務省技師加藤茂苞、丁度43度のお湯に稲の穂をつけると雄蕊のみが破壊され、生き残る雌蕊に他の雄蕊を交配させるという技術をもって、我が国で最初に稲の交配育種を手がけた人。基本となるメンデル法則が再発見された4年後、明治37年のこと。

 最近の主要品種のほとんどがその血を引く大品種の「亀ノ尾」も、明治中期に庄内地方の農家によって選抜されたものである。それが小学校5年生向け教科書(東京書籍)に庄内米として掲載されている。米栽培の歴史の重さを感じ取る。

 丁度、田では、農家の方々の力をお借りして、手植えを行っている。畦道を走って近づき、御礼方々、激励する。

 続いて、鶴岡乳児院──丁度お風呂タイム、気持ちもサッパリと出てくる子供たち──皆を抱きしめたい──各々が抱える諸事情を思えば、そんないたたまれない気持ちに駆り立てられる。

 鶴岡市役所に立ち寄る。突然の来訪、富塚市長らがやや驚いた様子。

 そして最後は、水産試験場へ──モクズワイガニ、アユ、アワビ、クロダイなどの普及を図る。「共食い」対策が秘訣のようだ。

 帰りがけ、昨年、一昨年と家族で海水浴の際にお世話になった「仁三郎」を訪れ、ご挨拶。夏の風景とは異なり、ひっそりとした様子が何とも言えない。

 庄内は、大いなる発展のポテンシャルを秘めた土地だ。

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□ 鳥海山に抱かれて 
2006年5月10日(水)


 旧八幡町へ、出前知事室。

 昨日は新庄から遥かに鳥海山を愛でたが、今日は眼前に迫る鳥海山だ。そして、今回のテーマは、「鳥海山に抱かれて暮らす」──

 地域づくりに熱心な方々が、丁度3年前に街へ移り住んで、空き家になったばかりの旧家を借りて、そこに参集、特にそこで子どもたちと一緒に生活の一部を共有しながら、その地域の伝統的な暮らしを確りと伝えんとする意欲がひしひしと伝わる。

 ところで、その旧家は、地域90戸中、唯一、有名な「玉簾滝」が見えるロケーション、という貴重な財産だ。

 そして、その屋根はかつて茅葺であったのをトタン板で覆われていたが、今度は逆に、そのトタン板を剥がし、これまた地域の皆で力を合わせて、茅葺に戻すよう努力中──川原に出かけ、葦を集め、軒先に立てて乾燥させ、そして葺師から指導を受けながら、見よう見まねで葺いていく。3年経った最近では、かなり腕を揚げたお父さん方が多いという。

 そうした方々の中心は、平成6年から3年間ホープ計画推進委員会活動に参加した面々、そして、完全無農薬有機米生産に子どもたちを巻き込んで取組んでいる「八研会」、河川を自然に戻す努力をしている「河童の会」、鳥海山の案内や広報を「本業がどちらか分からなくなるほど」(参加者)熱心に行っている「インタープリター協会」、「山岳ガイド協会」、「山岳会」の面々だ。

 @深田久弥氏が「日本百名山」を選定した際に最初に選らんのだが鳥海山であること、A裾野が日本海まで続いているので、日本海に映る「影鳥海」が美しいこと、Bスキー場開発の途中でイヌワシ生息地であることが判明し、開発を取止めたこと、C山頂にトイレがないこと、D5月連休前までに車道終点までの道路を除雪すればより観光等に資すること、など多くを学ぶ。

 こうした取組みに、拡がりを持たせるにはどうしたらよいのか、今後また皆で知恵を出し合いたい。

 山形市へ舞い戻ってきて、夕方からは「山形県の明日を考える市町村議員連盟」の年次総会。

 この組織の淵源は、先の県知事選挙の際の「勝手連」──「ふるさと山形」を根本的に変えたい、新しい風が必要、今の閉塞感を打破することが肝心──皆、熱い想いを抱いた市町村議員の方々ばかりだ。

 こうした方々の、そして県民の、期待に応えるためにも、改革の手綱は緩めることはできない。

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□ 「最上づくし」 
2006年5月9日(火)


 実は、昨晩、会合にて何ら食事を取れなかったので、宿舎に戻る前に腹ごしらえ。その際立ち寄ったところが、最上町出身のご婦人が、四谷で、山形の食材をふんだんに使って家庭料理を出してくれる「どんぐり」。山菜や煮物等の後は、鯛茶付けで仕上げ。

 そして、今朝、朝一番の新幹線で新庄へ。一日県庁。初回。於最上総合支庁管内。

 最上総合支庁にて各分野の職員と意見交換──地域興し、景観保持、多角化農業、森林保全、観光誘客、医療体制高度化等課題山積の中で、職員も懸命に考え、取組んでいることがひしひしと伝わる。

  各総合支庁には経済産業部が設置され、農林と商工の一体行政がすでに行われている──その連携実態を聞いてみると、案外うまくいっている様子。農業を「『攻め』の農業」として前向きに捉え、総合産業化を図るための組織統合の必要性──それを農業軽視、農業弱体化へ拍車などどいった捉え方は本来の趣旨を正しく理解していないのであり、徒に不安を煽ることにしかならない、との想いを改めて抱く。

   昼食はおもち。萩野もち加工利用組合「ふるさと工房」のご婦人方が作る。納豆、雑煮、あんこ、きなこを味わう。美味。

 ちなみに、先のこどもの日のお昼に家族で訪れたお蕎麦屋「井関」さんのお蕎麦が真っ白で、美味であった秘訣も分かる──お店の伝統(場所は新庄藩家老屋敷跡)技術に加え、「もがみわせ」という蕎麦の実を挽いた蕎麦粉を使用しているからである由。

 午後は、知的障害児童の入所訓練を行っている最上学園を視察、18歳以上の子供たちが7割近くに上る実態に驚く一方、妊娠中の先生が不安ながらも懸命に児童相手に取り組む姿を見ながら、20名3交代の保育士を含む30名の職員の方々を励ます。

 次に、農業大学校と隣接する産地研究室を視察、若い研究者が、野鼠等の被害から果樹を蘇生させる新たな接ぎ木技術、アスパラガス産地化のためのオリジナル育成技術、夏秋いちごの高設ベンチ栽培技術等の開発に懸命に取組む姿に感銘する。

 続いて、工業高等学校と農業高等学校を合併して設立した新庄神室産業高等学校へ。地元木材を使った明るい校舎。そこで、人口光栽培、パン作り、環境自動車作り、花作り、フラワーアレンジメントなど、県立高校とはとても思えない多角的取り組みを視察、そこで学ぶ子供たちは本当に幸せだと思う。

 そして、最後は新庄病院。建築当時はもっとも先進的病棟もさすがに老朽化が目立ち、目下改築中、そのまさに「ビフォァー・アンド・アフター」を視察。また、最新鋭の断層写真から立体画像を構成する技術も垣間見る──「研修医制度の定着などから医師不足もあと3年もすれば大分緩和されるのではないか。逆に言えば、現在が最も苦しい局面」──中嶋病院長の最後の言葉が心に残る。

 この間、新庄市役所にも立ち寄る。高橋市長および八鍬助役と若干の意見交換、そして結論は、やはり、合併の必要性。

 こうして、昨晩から続いた、場所を変えての、「最上づくし」を終える。

 快晴の今日は、残雪を頂く月山および鳥海山が、青空の下にくっきりと浮かぶ──絶景、本県で生まれたことを誇りに思える一瞬である。

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□ 連休の余韻なく 
2006年5月8日(月)


 連休明け、公務に奔走の一日。

 いつものように、登校する長男、二男と一緒に登庁。

 まずは、デイリー記者会見、続いて1本のペーパーを書き終えた後、内部打ち合わせが続く。多少早めのお昼を挟んで、公社等の県OB10人程度と意見交換。

 その後、山形新聞主催の県内企業に勤務している若手との座談会。テーマは「環境」──「環境」の世紀、「環境」が企業の「売り」になる時代──企業が自らの営みの過程で「環境」に熱心であること(ISO取得は典型事例)、そして企業は、その生産物について、例えば製造(投入原材料の縮減等)、運用(効率的等)、廃棄(リサイクル可能等)の全過程において、環境にやさしいことが、「売れ筋」に繋がり、また「市場」から求められ得る──そんな想いで、製造、建設、販売、サービス(旅館、金融)等からの代表選手らと語り合う。

 終了後、直ちに上京、財団法人日本フィランソロフィー協会主催の「辛口トーク」に──残間里江子氏をモデレーターに、前宮城県知事・浅野史郎氏、日本総合研究所会長・寺島実朗氏、評論家・佐高信氏が参加する「団塊論」が主たるテーマ。その後、『疾走12年─アサノ知事の改革白書』出版記念式典に──多くの方々が山形県との繋がりを持っていることに改めて気付く。そもそも、佐高氏は酒田出身、残間氏は今回委嘱した山形セレクション会議委員、そのほかにも、「母が山形」、「蕎麦屋の弟は全て山形から仕入れ」等々──

 圧巻は、出席者の一人であった、村井嘉浩宮城県知事と、先の県知事選で浅野氏の全面的支援を受けて戦った前葉泰幸氏──浅野氏が、参加者全員の前で、両者を紹介、選挙戦後始めて会う二人をステージ前に導き、ともに硬い握手をしたことであった。

 連休の余韻を遥か彼方に追いやる一日。

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□ 「拡がり」 
2006年5月7日(日)


 終日小雨模様。その中で、ハナミズキが満開だ。

 例えば、東北芸術工科大学から西蔵王に向かう街路一面に見られるなど、「植栽」に適するのだろう。しかし、一般ご家庭のお庭にもピンクとシロの双方が並んで花を咲かせているのも目に付く。

 こんなに一般的になったのはいつ頃からなのだろう──今を去ること約100年前の1909年から数年にわたって、当時東京市長であった尾崎行雄がアメリカ合衆国に桜の苗木を贈った。その返礼として1915年に東京市に贈られたのが日本でのハナミズキのはじまり──英名はdogwood、これは、犬のノミ退治にハナミズキの皮汁を用いたためとする説がある──

 かつて3年半滞在した首都ワシントンのポトマック川沿いなどに見られるソメイヨシノは豪華そのもの。さすがに桜の花の下での大宴会はないが、週末などそこでランチを楽しんでいる家族などはよく見かけたものである。「日本では『サクラ』は『美』の象徴、何となれば『美しさ』と『はかなさ』とは表裏であり、云々」などと多くに語ったことを思い出す。文字通り、「日米親善の木」だ。

 早朝、村山総合支庁前で開催される朝市「てっぽう町 青空市場」に二男と二人で出かける。今日が今年度のスタート日。

 取り纏め役・会長であり、東南村山農業士会会長でもある平尾喜代春さんにご挨拶──「大変な賑わいですね」、「今年で6年目、日野副知事が村山総合支庁長時代に始めたもの、お蔭様で」、「来ただけで何か買い求めたくなりますね」、「このハンドマイクで皆さんにご挨拶いただけますか」、「いや、無粋でしょう、一県民として来ただけですから」などと話が弾む。

 村山総合支庁の職員も朝から熱心だ。佐藤洋樹支庁長も駆けつけ、「山形駅西口広場活用の観点からも類似の展開を考えていますから」などと言いながら、自らも買い物。これぞ、県民と一体となった取組み、という感じ。当方は、というと、なめこ、トマト、そして一緒に来た二男のリクエストで山葡萄ジュース、等。

 午後、子どもたちは「名探偵コナン」を観に映画館へ。さすが長男は「お兄ちゃん」らしく、飲食の手当てや補助椅子の手配をはじめ、二男、長女の面倒をしっかり見てくれる。頼もしさを感じる場面ではあった。

 ハナミズキ、朝市、長男──今後とも、「拡がり」が楽しみだ。

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□ 子どもの成長を感じる場面 
2006年5月6日(土)


 子どもたちの「期待」に応えて、朝食の支度。

 冷蔵庫を覗き、具になるような材料を見繕う──ソーセージ、卵、トマト、バナナ等──そして、御飯はすでに炊いてあるので、基本は、バターを使った炒め物。バター味であれば、子どもたちは自然に食が進むはず──事実、好評を博す。

 お昼は、外でバーベキュー。お肉だけでなく、海産物も。そして、最後は焼きそばで仕上げ。デザートは、特に長女が楽しみにしているアイスクリーム。

 バーベキューというと、野外テーブル、マットなどのセットから、火起こし、調理──そして、食事が終わると、食器洗い、火の始末、グリル網や鉄板のケアー(きれいに洗うだけでなく、次回までに錆付いたりしないように軽く表面にオイルを塗る)、野外テーブルの折りたたみ、マットのゴミ払いなど、準備以上に手間隙がかかる。

 これを「面倒」と思うか「楽しみ」と思うか──無論、後者であるがゆえに、以前から、我が家では結構頻繁に行う。

 そして、今日以降、益々そう感じるであろう──

 子どもたちが、これまでになく、積極的に関与するようになった──長男は火起こしに取組む、二男は大きな四つ折の野外テーブルをセットし、そして折りたたむ、また今日は飲み物はりんごジュースをサイダーで割ったものだが、皆にサーブし、そして各人のグラスが空になるとまた作ってくれる、長女は後片付けをせっせと手伝う、といった具合。

 子どもたちの成長を感じる場面がまた一つ増えた。

 夕方は、子どもたちの残念そうな表情を後に、米沢へ、友人らと会食。連休終盤とあって、新幹線は混雑極まりなかろうと覚悟していたが、行きも帰りも比較的空いていたのは、やや意外であった。

 いよいよ明日は連休最終日、か。

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□  こどもの日 
2006年5月5日(金)


 新庄「かど焼き」祭りへ(注:「かど」とは本県で「にしん」の通称)。

 こどもの日でもあるので、9時過ぎの新幹線に乗車、子どもらにとって「山形以北」への新幹線での旅は初めて。車窓から見る風景は、さくらんぼの木々に付けた真っ白な花、花、花──

 新庄到着後、真っすぐ歩いて最上公園へ。桜が満開、その公園にある遊具で遊ぶ。その後、境内を散策、始まる前の「かど焼き」会場を眺めるが、子どもたちが楽しめるかどうか、と思う。

 そこで、近くの「ふるさと歴史センター」へ。新庄祭りの山車、しかも先日赤湯で「語り部」から聞いたばかりの「つるの恩返し」をテーマにしたものだ。近岡善次郎画伯のコーナーも。県庁ロビーや知事室に掲げてある「旧県庁」風景は、同画伯の筆になるもの。一層の親近感を持つ。新庄藩主の江戸藩邸にあったという3枚屏風に描かれた江戸中期の「領地図」も圧巻、集落名や個別戸名まで細々と描かれている。藩主は、江戸にあって、毎日この屏風を眺めながら、領地にどのような想いを抱いていたのだろう。

 そして、子どもたちは、何よりも、雪国民具に大いに興味を示した──うす、そり、脱穀機、精米機、めんこ、オルガン等々、「古さ」ゆえの趣を感じ取ったようだ。

 歴史センターを後に、家内と子どもたちは、丁度裏手のお蕎麦屋さん「井関」へ──「これまで食した山形のお蕎麦で3本の指に入る」とは家内の弁。当方は、というと、せっかく来たのだから、ということで、一人で「かど焼き」祭り会場へ。入り口で早速押切新庄観光協会会長と出会う。知人と相席で熱々の「かど」を食す。

 家族とは午後1時過ぎの新幹線に乗るべく新庄駅で待ち合わせ。お土産を多少買い求めながら帰途へ。

 山形駅に着くと、駅前商店街主催の「ミニSL」試乗会が開かれている。早速子どもたちは2度ほど乗せていただく。同商店街の会長を務めておられる堤さんにもご挨拶。同氏は二男と同級生のおじいちゃんでもいらっしゃる。

 「七日町で『はたらく自動車』をやっているよ、子どもが小さいときはこどもの日の定番だった」と丁度出くわした友人ご夫妻、早速歩いて七日町商店街へ。やっている、やっている──追突体験自動車、クレーン車、白バイ、自衛隊装甲車等、そして何より人気があるのは、大型の消防はしご車。長男、二男と異なり、それまであまり興味を示さなかった長女もここではさすがに注目、子どもたちの憧れだ。

 すると、長男が、丁度、目の前の信号で止まっていた「ウエルサンピア行」バスを発見、「そうだ、皆でバスに乗って帰ろう」と誰ともなく言い出す──慌てて七日町交差点から済生館病院前まで走る、走る、走る──当方は長女を抱っこして──間に合った。しかも、道中、別のバスに乗ろうとしていた祖父母とも鉄砲町のバス停で偶然に出会う。窓越しに呼びかけ、祖父母も突然孫たちの笑顔を見て驚くやら、喜ぶやら──

 帰宅後夕食まで、家の一室でゆっくり長男と会話を楽しむ──学校のこと、自動車作りのこと、宇宙のこと、等々。

 平凡な中にも、満足感漂う、こどもの日。

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□  「この国の『かたち』」論 
2006年5月4日(木)


 憲法談義が面白い。

 特に、5月3日付毎日新聞の岩見隆夫氏の見方は示唆に富む──

 「改憲論議は精力的に進めるべきだろう。論議を通じて、望ましい『我が祖国』の姿が見えてくるはずだからだ」

 この間の、国家そのもののあり方、地方のあり方、国と地方のあり方(「第二期」三位一体改革)等、そもそもの「かたち」を議論しないまま、それ自体の議論が先行、結果的に「手戻り」が多々生じているし、今後も繰り返されよう。特に「第一期」三位一体改革が数字合わせに終始し、真の意味で地方分権に繋がらなかったのは周知の通りである。

 そして、かつて、岸首相が岩見氏に語ったことは誠に興味深い──

 「国に元首がないんだ。こんなことはないですよ。これは国の基本である。次に国防だ。少なくともね、防衛に当たっている自衛隊が憲法違反の疑いを残すような現在の既定を改めなければいかん。それから二院制、むだですよ」──

 西蔵王に遊ぶ。

 今年初めて。好天日に誘われて、これまで何度も訪れているが、最も混雑していたように思う。あちらこちらで「アウトドア」への取組みが見られる──テントやターフを張り、火をおこしたグリルからは何とも言えない香ばしい匂いが漂う──

 こちらは小さな車に、自転車3台、テント、テーブル、食料、飲み物、野球道具など満載、とてもグリルのスペースはない。そこで、日本古来のグリル「七輪」が活躍する。家族だけであれば十分、炭も少量にて効率が良い。

 長男、二男はお隣のテントのご家族から野球のお世話になる──「子どもたちを遊んでいただきまして、ありがとうございました」とご挨拶、「いいえ、いいえ、どういたしまして・・・あれっ、知事さんですか」──最初に気が付くのは決まって男性ではなくご婦人方だ──服装からはとても想像もつかない、と言いたげな様子、「はい、いつも大変お世話になっております」、「テレビではいつも拝見してますが、云々」と会話が弾む。

 最後は、アスレチックで仕上げ。長男、二男はもとより、長女も結構チャレンジ精神旺盛だ。

 昨日に続き、その成長度合いに、驚き、そして感激する──

 そして、改めて思う──この子らのためにも、「この国の『かたち』」の議論を深めねば、と。

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□  手のぬくもりを通じて 
2006年5月3日(水)


 快晴、長女と幼稚園の遠足に。

 幼稚園に朝8時半ごろ集合、そもまま馬見ヶ崎川原方面へ歩く。道中、長女と手を繋ぎ、「山形五堰」の一つである笹堰を眺め「きれいな水だね、水の流れが早いね」、またさくらんぼの木の枝に真っ白な花をたわわにつけている様子を観察し「あの花は何の花だと思う」などと、ちょっとした会話を楽しみながら歩く。もちろんお弁当の話題も──「お弁当楽しみだね」、「うん、もうどんなおべんとうかしっているよ、パパはしらないでしょ」、「知らないなぁ、楽しみだなぁ」──

 「ジャバ」の前の広場で、子どもと手を繋いで駆けっこをし、先生にタッチした後、今度は子どもをおんぶして来た地点へ戻ってゴールというリレーを、年中、年少で楽しむ。年長は盃山散策のようだ。

 自由遊びの後、いよいよお弁当だ。思い思いのお友達と。おやつなどを交換する姿はいつみても微笑ましい。こちらは初めてのおとうさん、おかあさんたちなので、多少のテレもある。が、子どもを通じて会話する。

 食後はまた自由遊び。「ビニールぶくろをちょうだい」と言う長女を眺めていると、丁度大きな桜の木から散り始めた花びらが下に絨毯のようになっている場所にかがんで、一生懸命、その花びらを詰めている。結構一杯になったところで、先生方が集まっているところへ向かう。そして、一人ひとりに、一握りづつ、集めた花びらを差し上げている。すると、先生方も一斉にその花びらを宙に振り撒く──折りしも、吹いてきた風にあおられ、一面花吹雪。

 青空の下、はるか向こうに臨む真っ白な山々を背景に、大きく泳いでいる鯉のぼり、そして花吹雪と、子どもたちの歓声。例えようのない美しさ、そして喜び。

 皆無事帰園、その場で解散。長女は「あるいてかえりたい」──また手を繋ぎ、途中、祖父母宅へ立ち寄り、そして帰宅。

 長女の目線、行動、体力など、「成長」が、ほぼ終日繋いでいた手のぬくもりを通じて、しっかりと感じ取れた一日。

(追記)
 長男、二男は、家内と義母と一緒に県民の森へ。ゼッケンをつけながらのフィールドアスレチックを存分に楽しむ。
 途中、二男がひとり先頭に走り、見えなくなったので皆で心配して探したところ、本人はすでに先にアスレチックを終了、ゼッケンも返し、スタート地点の広場で一人遊んでいた由。
 帰りは、西公園で足湯に。
 その二男、「体力、そして負けん気の強さ、にはほとほと手を焼いた」とは家内の弁。
 「それも成長の証」とは、家内に対する当方の言葉。

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□  光栄 
2006年5月2日(火)


 春の叙勲・褒章伝達式。於文翔館。

 本県、ひいては我が国の平和と安全にご貢献くださった方々ばかり。奥様ご同伴の方も多くいらした。

 昨年度の春・秋に続いて3度目の伝達式。そもそも、叙勲等の名称に使われている漢字は普段使い慣れていない、そしてお名前を読み違えるほど失礼なことはない、特に、今回の栄に浴された方々のお名前は難しかったので、細心の注意を払う。

 伝達式の後は外で記念撮影。快晴の下、桜も何とか持っている。歴史ある旧県庁をバックに、実に誇らしい一瞬だ。ご一緒に個別撮影も、と言う方も多く、寧ろこちらこそ光栄に感じる場面である。

 夕方近くに、先ごろ日本銀行山形事務所長に就任した藤江泰郎氏とお会いし、久振りに先の日銀支店長会議の模様等について伺う。藤江所長は2期上の先輩、入行後秋田支店での2年間の勤務を終えて調査統計局に配属になった際に隣の「島」同士で知己を得て以来のお付き合い。優れたエコノミストでもある。今後とも折りに触れて大いに啓発を受けたい。

 夕方は長男と一緒に小学校の剣道仲間・父兄との懇親会。

 新しい仲間を迎えての顔合わせの機会であり、また各人が今年度の抱負を述べる機会だ。原田、元木、石川、藤井の各先生方も駆けつけてくださった。原田先生の範士7段を筆頭に、小学生に手ほどきくださるには光栄極まりない方々ばかりだ。児童の表明では、勝ちを重ねたいという向きは少なく、寧ろ基本に忠実に錬成を重ねたいという向きが多かったのも、こうした先生方の教えによるところ大なのだろう。

 我が小4の長男は、というと──「きちんと大きく振りかぶって『面』を打てるようになることと、『胴』を打つ際に、きちんと手首が返るようにしたい」──

 がんばれ。

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□ 「山形のおいしさ満彩 めしあがれ」 
2006年5月1日(月)


 経済学者のJohn Kenneth Galbraith氏逝去。享年97歳。

 『不確実性の時代』──著書に始めて出会ったのは学生時代、そして、そのuncertaintyが「不確実性」と名訳され、その言葉自体が一世を風靡した時代であった。

 ここまで社会的影響力の強い経済学者はいなかったであろう。

 そして、「負け組・勝ち組」等、市場原理主義の弊害が問われ、今後の我が国の「かたち」を模索している、文字通り、「不確実性」が蔓延している今日、果たして、氏のような「卓見」を披露してくれる向きは現れるのであろうか──

 「山形のおいしさ満彩 めしあがれ」 ──

 本日開催されたおいしい山形推進機構の本年度総会にて決定された統一メッセージ。こうした「こころ」を大切にした取組みが今日的ヒントになるのではないか。

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□  みんなで力を合わせて 
2006年4月30日(日)


 我が家でも鯉のぼりを揚げる。子どもたちと一緒に。

 そして、義母が来ていることもあって、桜見物に繰り出す。

 まずは近くの光禅寺へ。入り口から本堂までが枝垂桜がアーチを造る。一瞬風が吹く──一面が真っ白になるほどの花吹雪。

 次は霞城公園へと思ったが、先週出かけた烏帽子山公園も見頃かと、思い切って再び向かう──そして、その甲斐あって、それはそれは見事な咲き振り──義母も大喜び。「今度お友達も誘って温泉に入りながらまたゆっくり来てみたいわ。弘さん、山形のこういう素晴らしいところを大いに宣伝しなくちゃ」と──もちろんそのつもりで──

 こうして、一人、また一人と、「真」の山形ファンが生まれるよう、みんなで力を合わせて、山形の情報発信に努めたい。

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□  記念植樹 
2006年4月29日(土)


 みどりの日。

 この日にちなんで、山形市が「第32回山形を緑でつつむ植樹祭」を開催。於西公園。

 先般、市報で記念樹木の植樹募集を見た。対象者は、いわば人生の節目に当たる人、すなわち、お誕生、入学、結婚。そこで、二男が小学校に入学したため有資格者。早速応募してみたところ、しばらくして「当選通知」が封書で届いた。

 子どもたち3人を連れて、ランチと自転車を積んで出かけた。午後1時植樹祭式典。市川市長や阿部市議会議長、加藤副議長はじめ建設常任委員会委員、さらには「花と緑」の相談委員と、早々たるメンバー。式典終了後、市長らによる記念植樹。

 いよいよ我々の番だ。植樹樹木であるムクゲ、サザンカ、ムラサキハシドイ、リョウブ、キシブ、マンサク、ヤブツバキなどの中から、二男は、キンモクセイが割り当てられた──秋になると、遠くにいても花の甘い香りが分かるほど、強い芳香のある花を咲かせる──

 「ボクがやるんだ」と長男、長女には全く触らせずに、一人でスコップを持って土かけをする二男。「みんなにも少しずつやってもらったら」と諭すと、終盤になってようやく心を広げ、長男、長女も土かけ。そして、記念に、二男だけ1枚、皆で1枚、記念撮影。

 その後、公園内で、夕方まで、目一杯遊ぶ。

   この西公園、実は、こうして「住民自らの手で創り上げる」イベントに参加したのは、これで3回目──最初は芝張り、次は桜の植樹、そして今回。自ら手掛けると、それだけ愛着がわくのが人情。この公園は、今後とも大切に利用され、愛されるものとなるのではなかろうか。

 そう考えると、県政も、「県民の主体性発揮、協働参画推進」を標榜している ── 実現の暁には、西公園同様、愛されるものとなることが大いに期待される。

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□  「ホーホケキョ」 
2006年4月28日(金)


 「ホーホケキョ」

 朝食前のこと。今年初めて聞く鳴声だ。

 嬉しさのあまり、近くにいた長男に「ちょっと来てごらん」と誘って、耳を済ますと──「ホーホケキョ」──「ああ、もう聞いたよ」とそっけない。

 今度は、居間にいた二男、長女に「何か聞こえるでしょ」と言いながら、耳を済ますように誘うと──「ホーホケキョ」──「うん、聞こえるよ」とパソコンに夢中の二男はそのまま。

 これに対して、「あっ、ほんとだ。『ホーホケキョ』だって。どこでないているのかなぁ」と興味津々の長女。ふたりで庭木の枝ごとに目を凝らすが見つからない。

 そしてまた「ホーホケキョ」──朝の静けさに響き渡る、澄んだ鳴声だ。

 「御飯ですよー、学校遅れますよー」──さあ、今日の開始。

 朝のあわただしさに、ウグイスの声も、いつしか、かき消されてしまったようだ。

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□  春の園遊会 
2006年4月27日(木)


 「春の園遊会」に参列。赤坂御苑にて。家内同伴。時折小雨。

 東宮御所正門から午後1時前に入る。ほどなく車を降りて御苑内を散策。新緑でいっぱい。その中で、咲き始めたさつきの赤が映える。参列者はまだそう多くはない。

 ところどころにテントが張ってあり、その中で軽食や飲み物を取れるようになっている。いい匂いもしてきた。その方向へ目をやると、煙がたなびいている。ジンギスカンと焼鳥だ。テントの中にいる宮内庁の案内役の方が「この笹寿司が名物ですよ」と勧めてくれる。

 偶然にお隣同士となったのが、財団法人昭和聖徳記念財団・昭和天皇記念館専務理事兼館長の長門保明氏。同様に「名物」を勧めてくださる。そして「あのあたりが天皇陛下とお言葉を交わすことが出来る『穴場』ですよ」と、指し示して教えてくださる。

 御苑内をほぼ一周した後、その場所へ向かう。途中、津島雄二衆議院議員(青森、元厚生労働大臣等)と出会う。かつて、議員立法である金融再生法の改正の際、大変お世話になった方だ。「このへんがいいよ。ここだと、陛下といわばface-to-faceでお話が出来る場合が多いですよ」とアドバイス下さる。先に長門氏から指し示していただいた場所と重なるスポットだ。丁度木も生い茂っており、小雨も多少は防げる。そこに立つこととした。

 2時過ぎ、国歌吹奏とともに、天皇陛下がお出ましになる。皇后様のお姿も。私どもが立った場所からは池を挟んではるか遠くであるが、参列者の顔の向きを見ていれば陛下がどこにいらっしゃるかが大体分かる。

 お待ち申し上げること1時間強、ついにお近くに──「山形からですか」、「はい。このたびは、陛下より豪雪見舞を賜り、県民を代表して御礼申し上げます。ありがとうございました」、「大変でしたね。お亡くなりになった方々もいましたか」、「はい、残念ながら10名を超える方々がお亡くなりになりました」、「どのようにして」、「はい、山形では特にご高齢の方々が、除排雪の際に、上っていた屋根から滑り落ちたり、積もった雪が屋根から滑り落ちてその下敷きになったり、と事故にあわれる場合が多ございました」、「そうですか」、「今後、そうした悲しい事故が起きないよう、地域の方々と一体となって、お年寄りの方々をしっかり支えて参りたいと思います」、「皆さんで支え合って。しっかりね」、「はい」──

 皇后様にもお声掛けいただく──「山形からですね」、「はい。今年の豪雪では、天皇陛下はじめ皆様より大変ご心配いただきました。県民を代表して御礼申し上げます。ありがとうございました」、「県民の皆さんも大変でしたね。知事さんも大変でしたでしょう」、「もったいないお言葉、恐縮でございます。今後とも、県民とともに、県勢発展のため、しっかり取組んで参ります」──

 皇太子殿下、秋篠宮殿下からもお親しくお声掛けいただく。

 そして、こんな場面も──秋篠宮殿下「鳥海山に、山形側から登ったことがある」、「お楽しみいただけましたでしょうか。山形には、月山も、蔵王連峰もございますので、是非またお待ち申し上げたく存じます」、「実は、もう登ったことがある」、「あっ、そうでございましたか」──

 そこへ、先にお言葉をおかけいただき、お進みになられた皇太子殿下が、秋篠宮殿下のお言葉をお聞きになったご様子で、こちらを振り向かれて、「山形での山登りでは先を越されてしまったのですよ」と笑顔で再びお言葉をいただいた。

 常陸宮殿下、高円宮妃殿下からもお親しくお言葉をいただく。

 皇室の皆様がお通りになられた後、これほどにお親しく、そして優しくお言葉をかけていただいたことに、家内ともども、恐縮至極である一方、ほのぼのとした、暖かい気持ちで一杯となったのであった。

 あれほど沢山の参列者もまばらとなった赤坂御苑内を一寸散策、その後、入ってきた東宮御所正門を再び戻って出たのは、丁度夕方4時であった。

 小雨もすでに上がっていた。

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□  平和と繁栄 
2006年4月26日(水)


 戦没者墓地「千歳山霍苑」、通称「陸軍墓地」にて、県主催の拝礼式。

 県知事として2回目の開催。実際に参戦した方々、特に傷痍軍人の方々、そしてご遺族の方々より、県内各地からご参列いただいた。さすがにご高齢の方々が目に付く。

 多少風があるが、周囲の桜は「今が盛り」とばかりに咲き誇っている。拝礼式終了後、苑門にて参列者をお見送りする──

 「お天気に恵まれて何よりでした」とお声をかけると、「いや、自分は12年続けて参列しているが、一度も雨に降られたことがない」と。そしてまた、「今日は新庄からやってきました」、「本当にご苦労様でした」、「新庄ではまだ桜は咲いていません、これからです」、「そうですか、楽しみが2回ありますね」──苑門にてそんな会話を交わす。

 拝礼式に先立ち、あおぞら幼稚園の園児と県庁前のポールに鯉のぼりを揚げる。元気な子供たち。それぞれの表情を見ながら、そこに我が家の子供たちの表情と重ねていると、「お仕事がんばってね」と、その中の一人。「ありがとう」と答えつつ、大いに励まされる。

 拝礼式でのご遺族の方々との会話といい、子供たちとの会話といい、まさに、今ある我が国の平和と繁栄は、戦争に散った尊い御霊のおかげである、と、改めてそこに思いを馳せる。

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□  「絶対に負けるなよ」 
2006年4月25日(火)


 各部局長とのインナーマニフェスト締結に向けた協議4日目、最終日。

 危機管理室、健康福祉部、出納局、総務部・改革推進室。特に、安心・安全面では地域コミュニティ力の活用、県内医療体制に関するグランドデザインなど、庁内改革については「自律型組織経営」を目指す諸施策など、について有意義な協議。

 これでインナーマニフェストの協議終了、協議結果の反映を確認した後、公表となる。

 この間、初対面となる東北芸術工科大学の理事長・徳山詳直氏、昨日就任した高畠町長・寒河江信氏など来客多数、また市長会総会、中小企業家同友会にてご挨拶、などと多忙を極める。

 元衆議院議員・榎本和平氏逝去、享年79歳。

 2年前の11月22日夕方5時、シャッターの降りた山形銀行前の軒先で、小職が事実上立候補表明した。そして、榎本氏はその場で小職の様子をつぶさに観察した。そして、知事選挙で小職を応援してくれた数少ない一人となった。

 ある日、同氏の自宅を訪ね、県政についての熱い想いをお伝えした。その日は、日中でも路面が凍るほど寒い日。帰りがけ、「お寒いので」という当方の制止を振り切って、杖をつきながら外へ出てこられ、選車に乗り組む小職を見送る──そして、杖をついていないもう一つの手で拳を握り、高く掲げてこう言うのであった──「絶対に負けるなよ」、と。

 少ない支援者のお一人として、以来、同氏のそのお姿とその言葉を幾度となく思い浮かべ、自らを奮い立たせたことか。

 榎本氏に対し、知事就任後、その想いを、今一度、直接、お伝えしたかった──ありがとう、安らかに──

 合掌。

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□  「美」 
2006年4月24日(月)


 各部局長とのインナーマニフェスト締結に向けた協議3日目。終日。

 文化環境部、庄内総合支庁、農林水産部、警察本部──環境、農政、安心安全と今後の県政にとって欠くことのできない分野ばかり。特に、庄内は、大転換期にある農政の実践の場として、また、県内唯一の合併を見た地域における県と市町村との関係や県行政のあり方を再考する場として、極めて重要である。

 桜花爛漫──お昼休みに外へ出て散歩をしながらその一端を愛でる。朝方の雨でそのピークは過ぎたかのようにも見えた。

 「美」は見事に「はかなさ」と表裏だ。

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□  陽気に誘われて 
2006年4月23日(日)


 快晴。

 朝の桜と日中の桜の「開花度」は明らかに異なる。

 「陸上自衛隊第6師団創立44周年・神町駐屯地創立50周年」の記念式典に来賓参列。

 栄誉礼、宗像第6師団長の挨拶に続き、来賓(国会議員、県議、首長等)を代表して、祝辞を述べる──自衛隊の国土防衛・海外人道復興支援等が、我が国が国際社会において責任ある役割を果たし得ているとの評価の礎である、と。そして、音楽演奏、ファンシードリル、飛行・戦闘訓練展示アトラクションと続く。整然と進むが、その背景には相当の訓練・練習があったものと容易に拝察できる。

 続く懇親会では、師団長と奥様に挟まれる形でテーブル前に立つ。ふっとテーブルに目をやると、箸入れの和紙に蔵王連峰「お釜」の風景が描かれていたのに気付く。丁度その頃、司会者より「お料理などは隊員の手になるもの」との紹介があった。お隣の宗像師団長の奥様に「このお箸が入っている絵柄もお手製のようですね」と話しかけると、「はい、実は主人が描いたものです」、「えっ、師団長ご自身が」、「はい」──

 隊員のご家族の方々やご近所の方々も多数参列、こうして国民から愛され、信頼される自衛隊であって欲しい。

 帰宅後、夕方にかけて、子どもたちのお友達家族に誘われ、馬見ヶ崎川原「ジャバ」の前の公園でピクニック。桜も午前中の東根の桜に比べ、だいぶピンクを帯びている。

 食べたいものを持ち寄り、基本的にBYOB(buy-your-own-bear方式、飲み物は各人で調達、の意)。気楽で良い。そうは言っても、アウトドアクッキング用具を用いて鶏がらスープにラーメンを作っていただいた家族も──

 当方の長男、二男、長女と各々相応のお友達がいる家族の集まりで、特に教育分野で活躍している仲間が多い。子どもたちが「群れて」遊んでいる姿を眺めながら、「今や『遊び』もアポがないと成就しないのか」と、自分たちの頃の近所の子どもたちとの遊びを懐かしく思い浮かべる。

 夕方近くになると、さすがに風は冷たい──帰ろう。

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□  「赤湯」再発見 
2006年4月22日(土)


 子どもたちと烏帽子山公園へ。通称「千本桜」は「日本のさくら名所100選」の一つ。見頃までには気温にもよるが、あと数日か。新築なった八幡宮も木の香りが素晴らしい。

 熊野大社へも。参道入り口の大銀杏(県天然記念物)に圧倒される。鐘楼も戦時中の拠出から免除され400年を誇る。大社の藁葺屋根の曲線も見事。

 この間、夕鶴の里資料館で子どもたちはどんぐり拾い、昔遊びなどに興じる。何といっても圧巻は、語り部から直に聞いた民話──「ゆうづる」、「さるとかめ」、「わかがえるみず」の豪華3本の特別仕立て。語り部の口調に、さすがの腕白子どもたちも真剣に聞き入る。

 結城豊太郎記念館も大急ぎで──

 「パパ、『あかゆ』ってどういう意味?」、「赤いお湯が出るから『赤湯』だよ」、「へぇ、今度見てみたいなぁ」──

 「赤湯」再発見の旅は続く。

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□  「普段の調子」の大切さ 
2006年4月21日(金)


 各部局長とのインナーマニフェスト締結に向けた協議2日目。終日。

 土木部、病院事業局、企業局、教育庁と続く。今後3年間の主たる取組みを示す重点分野工程表との整合性を図りながらの作業。部局長から一連の説明を聞いた後、当方の問題意識や個別事案で特に重要と思われるもの等を率直に開陳する。

 部局長もこのところだいぶフランクに話してくれるようになったようだ。この「普段の調子」がさらに上向けばいいと思う。

 夕方から、友人の二男の結婚披露宴。

 純和風式。テーブルの上も長く太い青竹が置かれており、その中央をくりぬき、そこに生花が所狭しと香り広がる。そして鏡開きに続き、日本舞踊なども披露される───

 ロンドン住まいの新郎・新婦だからこそ、一段とこうした演出が映える。始まりこそさすがに緊張の面持ちであったが、後には自然に「普段の調子」で、元気さや明るさが出てくるお二人であった。

 今回も、「『幸せ』正三角形の法則」をはなむけに、そして、最後に、「少子化対策もお忘れなく」、と添えた。

 誠くん、真衣さん、末永くお幸せに──

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□  「自律的」組織経営の本格的スタート 
2006年4月20日(木)


 穀雨(こくう)。

 暦の上では春は終わりを告げる。しかし、当地山形では、梅も桜ももくれんも一斉に咲き誇らんとしている。

 そこに、今日は、雪。何とも目まぐるしい。

 各部局長とのインナーマニフェスト締結に向けた協議初日。

 商工労働観光部を皮切りに、最上、置賜、村山の各総合支庁と続く。テレビカメラの頭撮りも。

 「自律的」組織経営のための、重要な「仕掛け」の一つ、その本格的スタートだ。

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□  桜前線の趣き 
2006年4月19日(水)


 次世代育成支援対策特別委員会に出席するため上京。

 今頃の新幹線車窓から見る風景は、桜前線そのもので、実に趣がある。

 同委員会は、潮谷熊本県知事が委員長を務める全国知事会の下部組織、於都道府県会館、各県に対する少子化対策アンケートを基に国に対する政策提言を行おうとするもの。席上、個別議論はあったものの、当方からは以下の要旨にて発言。

 (1)国に対する提言であれば、まずもって本年央に予定されている政府の「骨太の方針」までに間に合うようなスケジュール感で進めるべき。

 (2)子どもを生むか生まないかは優れて個人の自由と選択に委ねられている性格のもの、従って、所謂「少子化対策」となると、勢い、総華的になりがち。

 (3)故に、個別事項は相当程度網羅されているとの認識の下、メリハリをしっかりつけた取り纏めとすべし。

 として、具体的に、@プライオリティ付け(時間軸、ニーズ等)、A働きかけるべき対象者の明示(各省庁、企業、自治体、個人等)、B政策的インプリケーションの区別(「政策環境整備」であるのか、「政策誘導」であるのか)を提案、共感を得られた。

 本県が、女性政策や少子化対策に力点を置いている、ということが広く知られることとなったためか、この上京の折、日経BPからの取材を受ける。基本哲学から、想い、具体策等について予定の30分を大幅に超過して、1時間以上も話し続けた。5月中旬頃に掲載されるという。

 同誌は愛読書の一つ。全国でも、他の類似誌に比べ、圧倒的な購読者数を誇る。楽しみだ。

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□  開花宣言 
2006年4月18日(火)


 経済同友会4月例会での県政運営に関する講演、そして同友会テレビ番組「提言の広場」録画と続く。

 特に講演後の質疑では、18年度当初予算編成過程での事業再構築後の関係団体への説明不足の指摘や、県職員給与のあり方や職員団体との交渉公開を巡る考え方を改めて問うなど、県政に対する関心の高さを物語るものであった。

 今日、ここ山形市で、山形地方気象台の標本木(ソメイヨシノ)の開花を観測、いわゆる「開花宣言」だ。

 待ちに待った桜の季節がやってきた。

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□  「板垣死ストモ自由ハ死セズ」 
2006年4月17日(月)


 今から169年前の今日、天保8年(1837年)4月17日、自由民権運動指導者である板垣退助誕生。

 「板垣死ストモ自由ハ死セズ」(1882年)──大正8年(1919)7月16日に82歳で他界。

 果たして、今日、板垣の精神は生きているか──

 県庁への新規入庁職員に対する研修初日、講演。

 「自由」を謳歌して欲しい。

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□  「本物」の良さ 
2006年4月16日(日)


 「いわさき ちひろと日本の絵本画家たち展」へ、子どもたちと。於山形美術館。

 子どもたちへの読み聞かせを通じて、これまで何度も出会った、いわさき ちひろの、あの優しいタッチ──

 やはり、その秘訣は、たった一人の子どもに恵まれた、その長男への深い愛情の現われ──アトリエで子どもを抱っこしながら絵筆をとっていた由──

 「本物」は、深みが違う。

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□  春来る 
2006年4月15日(土)


 春一番。

 庭のマグノリア(もくれん)が、朝と昼、そして夕方、その咲き具合が「進化」している様子が目に見える。まるで、近くで、じっと見詰めていると、咲き出す姿が見えるほどのスピードかもしれない、などと思ってしまう。ご近所のソメイヨシノや枝垂桜も同様だ。山形市近辺は来週末にかけて見頃となるだろう。

 いよいよ大丈夫、と思い、ついに、冬タイヤから夏タイヤに交換──

 本格的な春到来だ。

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□  環境「やまがた」の大切さ 
2006年4月14日(金)


 出前知事室。本年第2回目、新庄市へ。

 潟コタ東北視察。同社は、食品トレー製造を手掛けているが、その食品トレーにフィルムを貼って(しかも接着剤を使わずに熱処理だけで貼る技術)、使用後にはそのフィルムをはがしてトレーを再利用する、しかもそのためのリサイクルシステムを新庄市全体を巻き込む(通称「新庄方式」)という、環境を最大限意識した仕組みを持つ。また、その生産過程で障害者授産施設を活用、障害者の「イキイキ生活」を所得面でも支えている。さらに、本社を創作家のみのわむねひろさんに設計・プロデュースしてもらい、メルヘン溢れる環境教育ギャラリーをも併せ持つ。県でも環境教育施設に認定している。

 一枚の食品パックから「環境・福祉・教育・技術・地域」と、いわば「一度で五度おいしい」会社だ。広く全国に、世界に、広がって欲しい仕組みである。

 続いて、新庄市昭和地区を訪問、水稲、花き、野菜、酪農など大規模農業に取組む方々との意見交換。会場となった昭和生活者センターは、木材をふんだんに使った昭和小学校と隣接・併設されており、そこで、偶然にも新年度のPTA総会が開かれていたため、子どもたちやそのご父兄ともあわせてお会いすることが出来た。帰りがけに学校内も視察、360度窓の明るい食堂が印象的。皆の表情も明るい。

 今回の昭和地区での出前知事室のきっかけを作ってくれたのは田中満夫さん。日銀同期の小松君の同級生というご縁でもある。

 雪に覆われた鳥海山が青空を背景とした田園風景の中にくっきりと浮かぶ。その田中さん曰く、
 「昭和地区から眺める鳥海山が県内でも最も美しい」──

 こうした美しい環境「やまがた」を受け継ぐことが今を生きる我々の使命である。

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□  「風」は変わった─「組合交渉」の公開 
2006年4月13日(木)


 県執行部と職員団体との交渉、いわゆる「組合交渉」を公開する。

 長野、大阪、鳥取、広島に次いで5番目の公開であるが、その内容は先駆的、と自負している。

 @対象:重要事項(具体的には、知事、副知事、総務部長等との交渉)

 A時期:都度(交渉終了後可及的速やかに)

 B様式:文書(県のHP掲載)
 http://www.pref.yamagata.jp/ou/somu/020002/
     syokuindantaitonokousyougaiyou.html

 もとより、「360度『行政の透明性』確保」を掲げている。「結果」の透明性のみならず、「過程」(プロセス)の透明性も重要であり、双方合わせて、県民の納得性も高まる、というもの。リスク管理の要諦に習ったもの、とも言える。

 そもそも、県の給与等は県民・国民の負担によってまかなわれている。従って、その「使い道」を、県民に対し、丁寧にお知らせすることは、寧ろ、当然である(但し、個人のプライバシーには配慮の要)。

 これまで、「県職員の厚遇」として多くの県民から厳しいご意見を頂戴してきたし、その遠因が「不透明な組合交渉に」と指摘されてきた。こうした向きに対する「答え」でもある。

 「風」は変わった───

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□  新年度の「効果」 
2006年4月12日(水)


 春の交通安全県民運動の街頭啓発の一環として、山形市南沼原小学校前にて、「黄色い羽」と一緒にティッシュペーパーを配布。

 「ありがとうございます!」と大きな声で返してくれる子どもたち──これに対して、山形駅前にて同様の啓発運動を展開した後藤副知事、「こちらが朝のご挨拶を申し上げても、返してくれる生徒さんがほとんどいなかった」と、大いに落胆の声。どうしたことか。今日の記者会見で、少人学級編成と重点教科副担任制の選択を巡る質疑があったが、それ以前の問題。

 山形市内にある豊烈神社の打毬(だきゅう)が県の文化財に指定される。

 打毬は、いわば「和式『ポロ』」。大陸から朝鮮半島を経て8〜9世紀頃に我が国に伝わり、奈良・平安時代には端午の節会の際に行われる宮中の年中行事となった由。江戸時代に至り、八代将軍吉宗が騎戦を練習する武技としてこれを推奨したため、諸藩においても盛んに行われるようになり、各地で様々なバリエーションも生まれたようだが、宮内庁主馬班では、現在、江戸時代(中期頃)最盛期における様式の打毬が継承されている、という。弘前などいくつかの地方でも打毬が保存されているようだが、宮内庁とルールが同じで、実際にプレーできるのは、この豊烈神社の打毬だけらしい。事実、昭和25年ごろ、高松宮殿下をお迎えし、宮内庁との「試合」も執り行われた。また再び、が関係者の願いでもある。

 業後、県政記者クラブの方々と立食にて意見交換。県執行部、記者クラブともども新顔の紹介もかねてのこと。こうしたフランクなダイアローグを機会あるごとに持ちたいと思う。

 「ママ、ぼく、おともだちできたよ!」──昨日入学式を終え、今朝から、長男と一緒に「初登校」、そして帰宅した二男の開口一番の声であった由。長男は長男で、「管理者」として、二男の自主性に任せ、考えさせつつ、安全面等の要所はしっかりケアしているようだ。これまでと違って、急に、頼りがいのある「兄貴」となった。長女は今日から幼稚園がスタート、年中組に。新しいお友達も入ってくる。

 新年度は、実質的にも、子どもたちをひとつ「おとな」にしたようだ。

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□  「元気」、「かかわり」、「思いやり」 
2006年4月11日(火)


 二男の小学校入学式。

 早朝より、何かと気ぜわしく準備。帽子もランドセルも長男のお下がりだが、白いワイシャツや白いソックスを身につけていることもあって、「入学式」の名にふさわしく、全てが真新しく映る。

 8時半ごろ登校、家内、長女に加え、おじいさん、おばあさんも一緒に。皆で、校門前の「入学式」と大きく書かれた、縦看板の前で記念撮影。

 長男は、というと、新年度から4年生に進級、在校生としていつも通り登校、入学式を待っている。

 昇降口から入る。すでに、二男の名前が記された下足箱が準備してある。そのまま教室へ──「1年2組」だ。廊下にも、教室にも、在校生が時間をかけて準備したであろう飾り付けが愛らしい。緊張の面持ちで席に着く二男。

 入学式。お兄さん、お姉さんが作る桜のアーチをくぐって、新入生が入場。校長先生による入学許可、来賓挨拶、6年生の歓迎の言葉、新入生の決意表明、そして歓迎の歌(『ビリーブ』等)などと順調に進行、そして、保護者総会、ならびに記念撮影(小職は長女を抱きかかえながらの撮影)と続き、終了。

 それにしても、新入生の代表者が、「いかなるときにも『ありがとう』の気持ちを忘れない」との趣旨を、よどみなく、歯切れの良い言葉で、しかもノー原稿で、しっかりと決意表明したのには感銘した。立派な挨拶であった。

 教室に戻り、担任の先生から諸連絡を受けた後、解散。すでに正午を回っている。

 「元気」、「かかわり」、そして「思いやり」が新1年生の学年のモットー。健康体を育みながら(元気)、社会の構成メンバーの一人であることを認識し(かかわり)、他人へは「愛」を(思いやり)──そんな哲学を体得してもらえれば、まさに「子ども夢未来指向」そのものに合致し、「百年後にも誇れる元気なふるさと山形創り」もまさに具体的に視野に入ってこよう。

 夕方は、祖父母も交えて7人家族で入学祝ディナー。子どもたちの大好物であるお寿司で。普段の食卓が狭く感じる──楽しい団欒のひと時。

 「明日は頑張るぞ」── 張り切りながら眠りに着く二男 ── 幸あれ!

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□  大切にすべきこと 
2006年4月10日(月)


 県が発注・調達した印刷物の直近10ヶ月間の契約594件中「4割が落札率100%」との実態が浮き彫りとなる。

 すなわち、先般、「交通反則切符の印刷に係る予定価格と落札価格の乖離ゼロ(すなわち落札率100%)」との実態を情報請求資料に基づく調査を通じて一部報道機関が報じた。もともと、印刷物は県議会、教育委員会、警察本部を含め、県(出納局)が集中発注・調達していることから、早速この週末の間に、県の対印刷会社発注・調達状況の全容調査を行った。この短期間に可能な調査は、物品調達システム導入以降の期間(昨年6月から本年3月までの10ヶ月)に止まるが、少なくとも傾向は明らかと判断し、本日、直ちに、その調査結果の公表に踏み切った。

 これは、@印刷の特性(特殊印刷はその設備等を有する一部先のみが応需可能)、A著作権上の問題(印刷に固有のデザインを施せば直ちに著作権上の問題に)、B予定価格算定上の課題(一般的・客観的資料に基づく積算のため予定価格自体が推知可能)、などといった事情によることも併せて判明した。

 しかしながら、こうした様々な事情があるにせよ、かかる実態は、県民の目に、透明性、経済性、競争性等の観点から、直ちに納得を得られる姿ではない。

 今後、誰が見ても理解・納得できるような姿となるよう、早急に改善したい。

 今年度初めての「出前知事室」。

 村山市の女性グループ10数名のボランティア活動状況についての事例紹介ならびに課題に関する意見交換(健康保持活動と施設慰問、子育て支援等)、於最上徳内記念館。続いて、大石田町の商工会を中心とした活動状況報告(特産品『自然署』<じねんじょ>開発、ひな祭り、首都圏物産販売事業)、併せて「第4回あきんど塾」にて「山形セレクションと観光誘客」をテーマに講演、於クロスカルチャープラザ。

 いずれも地域の「もてなしの心」が伝わる。大切にしたい。

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□  「情熱」と「アイディア」と 
2006年4月9日(日)


 少子化対策に関する猪口邦子大臣と県知事等との東北ブロック会合。

 於文翔館「正庁」──大正3年築、昭和59年(1984年)重要文化財指定、平成7年に10年に亘る修復終了──由緒ある場所での開催。

 昨年九州ブロックを皮切りに、今回で8回目。初回の報道を聞いた途端、「東北ブロックは男女共同参画に特に力を注いでいる山形県で是非開催したい」との熱い思いから、今回の実現の運びとなったもの。

 午前中に「テルサ」にて男女共同参画セミナーでのご講演の後引き続いてのこと。昼食は、文翔館で県産牛シチューやウコギ御飯といった山形ならではのお食事を他の知事らとご一緒にお召し上がりいただく。

 猪口大臣の正式職名は「国務大臣 内閣府特命担当大臣(少子化・男女共同参画担当)」。13歳の双子の女の子のお母さんでもある。文翔館玄関前でお出迎えし、お部屋にご案内する過程での会話の中で、お互いに、高校時代にAFSを通じて留学した共通の経験があることが判明(大臣16期、小職22期)、もとより、昨年の天皇誕生日をお祝いする「宴会の儀」に参列した際にもお目にかかったが、この共通体験判明で、にわかに一段と親近感を覚える。岩手、宮城、福島、新潟および山形が県知事、秋田、青森が副知事ないし出納長の代理出席。さらに、政令指定都市としての仙台市長も参列。

 少子化対策については、大臣の次の言葉が全て、と思う。すなわち、

 @子どもを生むことは、専ら、自由な個人の選択であること(これを福島の佐藤知事は「まさにそれが人類が到達した英知」とまで言い切る)、従って数値目標には馴染まない性格の政策。

 Aそれだけに、少子化対策とは、子どもを生みたいという「希望」と実際に生める「実態」との乖離(ギャップ)を埋める政策である。

 Bその上で、知事自身が、少子化対策や男女共同参画政策について、その予算や担当職員の取組みについてしっかり把握すること(そうすることにより関係者の士気向上に繋がる)、そして、実際に企業トップへの働きかけを行うこと、が肝要である。

 ブロック会合終了後、猪口大臣には、記者会見に臨んでいただいた後、東根市の「タントクルセンター」をご視察願う。

 土田正剛東根市長がお出向かえ。大臣には、そのユニークさ、複合施設的意味合いなどにご感動いただいたご様子。子どもたちを含む県民とお親しく接していただく。

 お帰りは、さくらんぼ東根駅から。新幹線出発まで10分程度お時間があったので、小職と二人っきりで最近の政治情勢等について話し込む。

 お見送りの後、中山町へ。「おしんすももの会」設立総会。すもも生産日本一の中山町での産業クラスターの一環として、すももワインを、生産者(中山町)、加工者(南陽市)、流通(山形市)、そして販売へと、文字通り、生産・加工・流通・販売の総合産業としての成果。全国・世界に広がって欲しい。

 少子化対策も地元産PRも、まさに、「情熱」と「アイディア」が勝負だ。

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□  県内初の結婚披露宴 
2006年4月8日(土)


 友人の結婚式。

 晴れがましいお席にご招待いただくのは何年ぶりだろう。少なくとも、「山形県内」の結婚披露宴に御呼ばれしたのは、物心ついてからは初めてのこと。

 新郎・新婦ともお似合いのカップル。余興も、伝統的な「高砂」の謳えからはじまり、友人らの歌、踊りと現代版も取り入れ、文字通り、「モダン・ヴィンテージ」の世界。心から楽しんだ。

 「『幸せ』正三角形の法則」をはなむけに、そして、最後に、「少子化対策もお忘れなく」、と添えた。

 昌典くん、美紀さん、末永くお幸せに──

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□  年金と資金循環 
2006年4月7日(金)


 資金、とりわけ現金の首都圏偏在が今後構造的にますます顕著になってくる、従って、金融機関、とりわけ地方金融機関の資金繰りに大きな影響が出てくる、という──

 これまでどおり、産業集積の度合いが、そこでの生産労働の対価としての所得等が資金循環を左右する大きな要素となる。それに加えて、高齢化社会の進展度合いにより、高齢者の数の多さ(高齢者の「比率」ではない)に比例して、年金等の振込み・滞留が発生する。そして、その資金は現金化される傾向があるが、それは、主として、@消費、Aタンス預金、B送金に廻る(投資には廻らない)。

 特に、「送金」とは、高齢者が子供や孫などへの「仕送り」という色彩が強くなる。「仕送り」であるから、その仕送り先は地方から都会へ出て働いている、または学んでいる、子供たち、孫たちである場合が多い。そう考えると、高齢者の絶対数が多い首都圏、また「仕送り先」としての年金等が還流する働き手や学生も多い首都圏において、これまで以上に、集中・還流が見られるようになる。

 これを金融サイドからみると、これまでは、投資需要を主たる要因として、「恒常的に都銀等は資金不足、地銀等は資金余剰」という構図にあった。しかしながら、今後、@政府も民間も投資規模が、対象そのもののおよび行動がいずれも最少化・効率化を目指すとあって、これまで以上に抑制的になる蓋然性が高いこと、A年金受給者は首都圏が絶対数では圧倒的に多く、また地方で受給された年金が首都圏に還流する傾向が強いこと、等の事情から、「都銀等が資金余剰、地銀等が資金不足」という、これまでと全く正反対の事態に直面することも現実味を帯びてくることとなろう。

 そうなると、我が県などの地方公共団体の資金繰りにも大きな影響を及ぼすこととなる──そもそも指定金融機関そのものの意義付けを再考しなければならないであろうし、指定金融機関としての地銀等の役割も今一度考える必要が生じよう──

 果たしてどうか。

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□  合併と選挙 
2006年4月6日(木)


 春の交通安全運動開始。

 文翔館前で白バイ4台を先頭に出発式。

 「山形路いつも心に思いやり」──新しい交通安全キャンペーン標語だ。お年寄りの交通事故未然防止、そして間もなく始まる新学期に備えての新入生保護の意味合いも。昨年は県内で80数名が交通事故で死亡、殺人による死亡者1名といった事態と対比すると、如何に尊い人命が文明の利器によって失われていくことか、と思わざるを得ない。車のハンドルを握る人も、そして歩行者も、皆が互いに「思いやり」を持って生活すれば、相当程度事態は改善するのではないか。

 今回のスローガンは、音も意味合いも、「やまがた」らしくて、とてもいい。実践あるのみ。

 ベネズエラから来客表敬、イシカワ同駐日大使も同行、日・ベ交流による親善目的。

 山形市農業委員会の方々とお昼をはさんで意見交換──特に、経営所得安定化大綱を巡って「行政は、農家の方々に対し『認定農家となるか、集団営農の一員となるか、いずれかの選択肢しかない、さもなければ離農』というように、もっとはっきりとした物言いをしたほうが良い、それが寧ろ真の意味で、農家の方々のため」との発言は示唆的。

 夕方から業後にかけては「合併」一色──

 ご挨拶に見えられた何人かの首長方や議員の県政報告会における登壇者のご挨拶の中でのこと。こうした積み重ねによって住民の方々の意識も確かな方向に形成されるというもの。従って、今後の市町村の首長・議員選挙等においては、「合併」に関して旗色鮮明にする必要があろう。さらに、県議においては、旗色鮮明の上で、「どのように」、とまで求められるのではなかろうか。

 いずれにしても、マニフェスト型選挙が、それらを明らかにするであろうし、その上で、有権者は、マニフェストの、@有無、およびA内容、の「2段階審査」を行うであろう。

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□  お友達の効用 
2006年4月5日(水)


 長男の東京での幼稚園時代のお友達が、お母さんと一緒に遊びに来形、2泊3日目の今日、帰京。

 二男も長女も良く知っているお友達だけに、子どもたち3人とも、何日も前から、それはそれは楽しみにしてきた。そして、この2日間、普段であれば夜8時過ぎには就寝となるところ、10時過ぎまではしゃいでいる。食事は大いに賑やか、お風呂も一緒、ベッドも一緒、起床も一緒、という具合。日中は、お蕎麦を楽しんだり、東根のタントクルセンターに出かけたり、温泉でくつろいだり、と満喫した由。

 そして、お友達が帰った今晩、帰宅すると、子どもたちの心にぽっかりと穴が開いてしまったのか、皆、おとなしい。自分も、はるか昔、1週間も一緒に遊んだ同年代の従姉弟が東京に帰った後の寂しさを思い出す。

 こうして子どもたちの「心」は、鍛えられ、そして、成長するのだろう。

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□  個人情報流出 
2006年4月4日(火)


 県から個人情報が流出。遺憾。

 まずは統計協力者に迷惑がかからないよう万策を尽くす。

 再発防止についても万全を期す。

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□  「自律的」組織経営 
2006年4月3日(月)


 県庁での平成18年度スタート。

 部長級、次長級の幹部職員の辞令交付。

 続いて、新年度の対職員挨拶(概要以下、詳細県HP「知事室」)。

(1)「『改革』断行・『時代』創進」の下で、改革・政策を断行・遂行するのは、県民の協同参画を得ながらも、職員一人一人であること

(2)新年度において、県政が職員の意識改革と相俟って、

  @「政策遂行」面
    政策遂行の「確からしさ」が自律的にチェックされるよう、
   「戦略」、「実践」、「評価」の観点から政策遂行サイクルを
   より一層確かなものにすること

  A「人材マネージメント」面
   a.柔軟な思考と新たな発想をもって、自ら企画・行動する(Flexible)
   b. そうした考えや動きについて常に、自由に、気兼ねなく、
    同僚や上司とコミュニケーションが持てる(Flat)
   c.それを誰もが前向きに捉えながら、職場内で自発的かつ自由
    闊達に議論が展開される(Frank)

 の両面から、「『自律的』組織経営」となるようにすること

(3)先駆的モデルのない人口減少社会がもたらすネガティブ・インパクトを乗り越えるためには、県として、その組織力を最大限に発揮の要。

 その際、県庁にとって「人材」こそが、最高の経営資源・知的資本。

 そのためにも、
 「プロ職員」として「心技体」3辺の「『職員価値』正三角形」を、
そして同時に、
 「輝ける人間」として「自分・家族・社会」3辺の「『幸せ』正三角形」を、
各々均等に拡大し、
 その面積で表されるところの「職員価値」と「幸せ」が最大化なるよう、しっかりと自分自身を見つめ、実践してほしいこと。

 新メンバーでの部長会初会合、今年度第1回目の記者会見に続き、午後の一番に、新進気鋭の県職員を迎える。その入庁式でも、「プロ職員たれ」そして「輝ける人間たれ」として、『職員価値』と『幸せ』の「正三角形の法則」を謳う。

 その後、新職員一人ひとりと握手して廻る。皆、しっかりと握り返してくれる。そして活力ある目──

 「自律的経営の『明日の担い手』」にも、大いに期待できる。

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□  愛情たっぷり 
2006年4月2日(日)


 お昼から友人宅でpotluck party──

 ご招待を受けた各々がお料理やデザートなどを持ち寄り、皆で楽しむパーティスタイル。米国などでは極めて一般的なもの。何を持ち込むか、「事前調整」がなければ、デザートだけになったり、サラダだけになったり、と偏りが心配になるが、意外にそうした事態は少ない。人間の食に対する飽くなき追及、多様性を物語る、か。

 「愛情たっぷり」のお皿ばかりだ。

 夕方から、キラキラ会で、「第29回春のコンサート」 於遊学館。

 キラキラ会は、村川千秋先生のご指導の下、幼稚園から高校までの子どもたちが、バイオリンやチェロを中心として学んでいる集まり。30年も、つまり「一世代」続いていることが素晴らしい。「入門 → ジュニアアンサンブル → 子供オーケストラ → 山形ヴィヴァルディ合奏団 」と、クラスに分かれてレッスンを受け、そして年に何回かこうした発表会を兼ねたコンサートを開く。花笠祭りやクリスマスの頃には「駅コン」と称して、観光客や帰省客らをお迎えしたり、福祉施設を慰問したり、と節目節目で、活躍している。

 前半は独奏。小学生とは思えないほどの腕前を披露する子どもも。皆、すばらしい努力家ばかりだ。

 後半は合奏。

 まず、入門クラスの各々の「独奏」。長男と二男も「おはなのトンネル」という数節からなる曲に取組む。コンサートホールで、大勢の前で一人でバイオリンを弾くのは全くの初めて。それにしては、まずまずの出来か。

 以降、「チムチムチェリー」、「大きなフル時計」、「ビビディバビディブー」(以上ジュニアアンサンブル)、ヴィヴァルディ「調和の霊感」(一部)、モレ「プチ・シンフォニー」(以上子供オーケストラ)、ユレルリ「コンチェルト グロッソ」(一部)、ヴィヴァルディ「四季『冬』」(以上山形ヴィヴァルディ合奏団)との盛り沢山の演奏が続く。どれも努力の成果がはっきり出ている、すばらしい演奏ばかり。

 その後、上3つのクラスで、ドヴォルザーク「交響曲第8番より『なぐさめ』」の合同合奏、そしてフィナーレは、入門クラスやOB・OGも加わり、ベートーベン「交響曲第9番『喜びの歌』」を全員で合奏。圧巻。

 これら全ての曲は、子どもたちが楽しみながら学べるように、と村川千秋先生が編曲してくださったものばかり。

 村川先生の「愛情たっぷり」のコンサートでもあるのだ。

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□  誠実に、情熱を絶やさず 
2006年4月1日(土)


 新年度スタート。

 丁度1年前から再開した、この「子育て日記」──365日、1日たりとも欠かさず、全て書き込んだ。

 システムトラブル等を想定して、念のため、全部をプリントアウトしてみる──163ページ。結構な分量。一つ一つの思い出が綴られている。

 何にも代え難い、「人生綴り」そのものだ。

 また今日から、一つ一つ積み上げていこう。

 長男の幼稚園時代のお友達家族が来週東京からやってくる。そのお迎え準備もあって、半日、家中大掃除。大晦日の大掃除に匹敵するほど。おかげで、家中こざっぱり。気持ちが良い。

 午後の後半は、週明け月曜日の職員に対する新年度初の挨拶練り上げに。子どもたちが、時折、お茶を運んできてくれるのが嬉しい。

 新年度も、誠実に、かつ情熱を絶やさず、県政改革に取組もう。

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□  幸多かれ! 
2006年3月31日(金)


 今年度最後の記者会見。年度間で95回目。

 その後、永年勤続職員表彰式。

 退職者に対して退職辞令ならびに表彰状を授与。厳粛な式典終了後、出口で退職者170数名の方々またご同伴のご家族の方々お一人お一人と握手をさせていただき、永年の県政発展のためのご貢献とご労苦をねぎらう。

 正午過ぎからは、簡単な立食パーティ。冒頭のご挨拶で、二つのお願いを──

 一つには、皆さんと同じく今日この日をお迎えになった同級生も多いと思うが、とりわけ県外にお住まいの方々に、「第二の人生はふるさと山形で」とお声掛けしてほしい──

 そして二つには、それぞれの方々がお住まいになっている地域コミュニティとの関係が今後より密接になるのではないかと想像されるが、その際、是非、少子化対策も兼ねて、地域の子どもたちを皆で子育てする気持ちで暖かく見守って欲しい、特に子どもたちを「ごしゃいでける」(怒ってくれる)おじさん、おばさんであって欲しい──

 皆さん、晴々とした表情── 幸多かれ!

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□  成果報告 
2006年3月30日(木)


 トリノ・パラリンピックでバイアスロン3位銅メダルに輝いた太田渉子選手が、お父様とご一緒に、成果報告にいらしてくださった。

 先般、出発前においでくださった時と比べ、さすがに緊張が解け、リラックスした表情。そして、16歳とは思えないほどの落ち着き。スポーツ大賞を授与。

 お昼までに新年度入り後の2日夕に放送される新年度予算に関する県政番組の収録を終え、そのままカロッツェリア成果報告会へ。

 1月の厳寒のパリで開催されたMaison et Objetへの出展模様を含め、これまで約3年間の取組みを映像や関係者のお話を交えながらの2時間。こうした催しが、例えば、首都圏で、求めに応じて開かれるようになれば本物だろう。

 成果報告の機会は、また改めて、自分を見直し、次に進むための絶好の機会でもあるのだ。

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□  春先のぼたん雪 
2006年3月29日(水)


 春先のぼたん雪。

 積もりはしまい、とたかをくくっていたら、夜半までに、すっかり消えてしまった庭先が真っ白に。寒椿の赤が一層映える。

 何年か前、桜が満開の東京で、午後の一定の時間ではあったが、激しく雪が降ったことを、家内と思い出しながら、この間の子どもたちの成長を想う。

 さらに、当時、我が国の不良債権問題が、その規模を示す計数が発表機関ごとに区々で、国際的信頼を失いつつあった。そのため、その信頼回復および今後のリスク管理態勢を如何に高度化するべきか、との危機意識から、BIS本部のあるスイス・バーゼルを頻繁に訪れていた時期と重なる。

 想えば、我が国が、ようやく国際プレゼンスを回復しつつある今日、やはり、その道のりは長かったような気がする──

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□  「団塊さん、いらっしゃーい!」 
2006年3月28日(火)


 団塊の世代を考える。

 第二次世界大戦後、ふるさとに戻った多くの兵員等の影響で、その後数年間のベビーブームに生まれた世代、これを作家・堺屋太一氏が「昭和22年ごろから26年ごろまでに生まれた人々」と定義し、命名したことは余りにも有名。

 そこに「属する」方々とお会いするたびに感じるのは、とても「定年退職」年齢に達したとは思えないほど、若々しく、お元気で、意欲旺盛、とお見受けする方々が多いこと。こうした全国の方々に、四季の移ろいを豊富な食べ物とともに堪能でき、「土いじり」も存分に可能な「やまがた暮らし」を、本格的に勧めることとしてはどうだろう。

 その際には、「衣・食・住」関連産業に加え、医療関係も併せて取組まなければならない。

 「団塊さん、いらっしゃ〜い!」キャンペーンは、地域活性化にも繋がるか──

 皆で至急考えてみたい。

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□  春の夕暮れ 
2006年3月27日(月)


 夕方近く、子どもたち3人と自転車で市内の街中サイクリング。

 長男、二男は自分の自転車、長女は大人の自転車の後ろにて。普段の車での移動では見えないものが見える──通り過ぎる家の門標に珍しい姓の知人と同じものを見たりすると「親戚かな、今度尋ねてみよう」、かつて山大附属小学校の場所(現村山保健所等)に何本も茂っていた桜の木は今も残っているかな(実際残っているのは2本のみだった)、道路拡幅のため昔の家並みがすっかり取り払われ更地になっている、等。街は、春休みで仲間と一緒の学生や新学期を迎える準備のためか父兄と一緒に書店に入る学生、そして普段の買い物客や旅行者など、平日の夕方にしては混雑している。

 二男のための「洋服ダンス 兼 本棚」の組み立て完成。

 「下準備」を相当丁寧に行ったので、組み立ては1時間程度で終了、同時に机の上の電気スタンドもプレゼント。照れながら喜ぶ二男。新調なった家具の前にて皆で記念撮影も。

 春の夕暮れは、日差しの中でも途端に気温が下がる──

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□  「腕」の見せどころ 
2006年3月26日(日)


 終日、日曜大工。

 久し振りに「腕」を振るう。1年半前に手掛けた二段ベッド以来だ。

 今回は、新年度から小学校に入学する二男ために、「洋服ダンス 兼 本棚」を作る計画。設計は、家内からのリクエストも考慮し、以前から暖めてきたもの。今日は、材料のカット、研磨、穴あけ(タボ用、ハンガー用等)など主要な仕掛けの造作と「墨付け」まで。明日は、いよいよ、組み立てだ。

 佐賀県がプルサーマル計画事前了解を表明。同知事とは同年代、互いに1期目とあって、九州と東北と距離は離れているが、心情的には極めて近い。テレビ映像に映し出される同知事の表情には、相変わらず誠実さそのものが表われているが、苦渋の決断だったであろうことも同時にうかがわれた。

 沖縄では米軍基地移転問題で揺れている。

 「公益」とは、実に難しい。

 まさに、行政のトップ、そして政治家としての、首長の「腕」の見せどころだ。

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□  「やまがた」に生まれ育って 
2006年3月25日(土)


 西公園にて遊ぶ。

 午後も後半、西からの日差しが東の蔵王連峰など未だ真っ白な雪を抱く山々を、青空の下に、くっきりと浮かび上がらせる。北西のほうに目を転じると、朝方はくっきりと見えた月山が、白くかすんで見える。四方を山々に囲まれていることを、再認識する。

 その青と白のコントラストが何とも言えない。乾ききった喉に水をゴクリと飲み込んだ、あの清涼感を髣髴とさせる、爽やかな美しさ、とでも例えようか。いやいや、それには未だ寒すぎる──

 そんな想いをあれこれ巡らせていると、「パパ、こっち、こっち!」と子どもたち。小さな車に、何とか工夫をして、自転車4台を積んできた。久し振りに広い公園を自転車で快走する子どもたち──その姿から、嬉しさ、楽しさ、エネルギーがはじけ出ている。

 「やまがた」に生まれ育ったことに、改めて、幸せを感じる。

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□  快挙──「新しい風」 
2006年3月24日(金)


 快挙である。

 山形県が、第10回全国都道府県情報公開ランキングで、47都道府県中『13位』と、本県としては過去最高位に位置付けられた。

 この就任1年間の「情報」に対する取組みが直ちに結果として表われた、と素直に喜びたい。

 すなわち、過去9回の成績は、失格2回、47位(最下位)1回、42位1回、38位1回、36位2回、28位1回、20位1回。つまり、情報公開「最下位」グループ、情報公開後進県であった。

 それが、この1年間で、一気に「最上位」グループの仲間入りを果たしたのである。

 これは、昨年2月の知事就任以降、@原則毎日記者会見(年間100回近く)、A交際費の県HP公開(含む支出基準、結果としてこれまでに比べ年間半分以下、200〜300万円程度節減)、B出前知事室の開催(年間30箇所近く)、C県HPの“毎日見に来たくなるような”リニューアル等、情報の公開・発信について、特に力を入れて取り組んできた、その姿勢が結果として現れたといえよう。

 しかし、「トップクラス」ではなく、「トップ」になりたい。

 そのためには、「自らの改革」が何としても必要だ。何故か──

 中味を見てみよう。

 調査対象のうち、知事部局関連は「交際費」、「指定管理者」、「入札」で、持ち点に対して7〜9割の得点。これは、主催者の全国市民オンブズマン連絡会議との一部意見の相違も影響しているが、更なる改善の余地があることを示している。

 さらに、議会関連の「政務調査費」は3割、県警関連の「捜査報償費」は1割の得点、というのは、今後一段の改善の余地が大きいことを物語る。特に、今回の調査では、「政務調査費」の配点ウエイトが全体の丁度1/4と大きく、それが3割の得点に止まったのは、誠に痛い。

 今日の情報公開トップクラスの報は、これまでの情報公開後進県「やまがた」にも、「新しい風」が吹き始めたことを、如実に物語っている──

 今日の日中の「風」が、春の確実な到来を物語っているように──

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□  時代を超えた楽しみ 
2006年3月23日(木)


 夕方、夕食前に、家族で外出、かねてより子どもたちからお願いされていたボーリングを楽しむ。

 店の人が「お子さんたちがご一緒であれば、子どもレーンにしましょう」と言ってくれる。2レーンが我々家族に割り当てられる。そして、何のことか、始めは分からなかったが、その後に、一つのレーンのガータ溝に柵を張り巡らせる──要は、ガータなしのレーンにすることだった。生まれてこの方、何度もボーリング場へ足を運んだが、初めて知る「子どもレーン」。

 子どもたちは、初めてのボーリング、意外に上手いものだ。存分に楽しむ。我々夫婦も久し振りのボーリング、昔取った杵柄、とまではいかないが、子どもたちの一喜一憂を眺めながら、これまた楽しむ。

 結局、夕食は、市内老舗のとんかつ屋で。昭和12年の開店という。これまた、家族では始めての場所。自分も、丁度今の長男か二男の歳の頃に訪れたのが最後、といった記憶。40年振りか。

 「ごちそうさまでした!たいへんおいしかったでーす!!」──子どもたちの声が店内に響く。

 ボーリングも、とんかつ屋も、時代を超えた楽しさがある。

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□  充実感 
2006年3月22日(水)


 多忙な一日。

 午前中は、いつものように、記者会見。今年度93回目。

 その後、来客、内部打合せ等。お昼を挟んで、午後は山形県勢懇話会3月例会にて、「2006年度の県政運営」と題して1時間強の講演。

 直ちに、帰庁、トリノで開催された冬季オリンピックで活躍した男子500mスピードスケートの加藤条治選手の表敬を受け、同時に「県スポーツ大賞」を贈る。

 続いて、やまがた観光振興プランの答申を受領、そのまま先に講演した市内会場へ再び舞い戻り、山形県観光物産協会第53回通常総会にて挨拶。

 そして、同会場から直接仙台へ。ローカル・マニフェスト推進ネットワーク東北が主催する「ローカル・マニフェストにもとづく自治体マネジメントと東北の未来」に、元三重県知事の北川正恭・早稲田大学大学院教授、熊坂義裕・宮古市長、新川達郎・同志社大学大学院教授、山本啓・東北大学大学院教授と一緒に、パネリストとして参加。政策遂行型の県政を「仕組み」として構築することの重要性を訴える。

 帰宅深夜、しかし充実感。

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□  「勝って反省、負けて感謝」 
2006年3月21日(火)


 春分の日。風は未だ冷たい。

 WBCの決勝で、日本が、キューバに10対6で勝って、初代世界一の座に。一時は決勝トーナメント進出も危ぶまれていた中での優勝、選手そして王監督の目が終始輝いていた。

 夕方、長男の剣道の仲間および父兄で6年生の送別懇親会。

 指導してくださる熱心な先生方の「教え」は、常に、剣道の技量はもちろんだが、心の持ち方を説いて下さるのが何とも素晴らしい。付添いの父兄も同時に学ぶのだ。

 子どもたちも全員一人ひとり贈る言葉を述べる──中学に行っても続けてね、優しさと厳しさを学んだ、寒くてつらかったけれどこれからも頑張る、等。そして、新年度から集まりの会長に就任する父兄のひとり、木村さんからのメッセージ──

 「勝って反省、負けて感謝」

 この精神は、スポーツだけではなさそうだ。

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□  新年度を迎える準備完了 
2006年3月20日(月)


 新年度の人事異動内示。

 「そもそもの哲学から」という意味で、「財政」と同様、実質的に初めての本格的取組み──@適材適所、A若手化の一方、60歳定年制定着(早期勧奨制度廃止)、B女性職員の積極登用、が基本方針。

 もちろん、いつの世も、「絶対完璧」はない。

 夕方、「さいとう弘後援会有志の会」総会。中学、高校の同級生らを中心に40人程度の集まり。気の置けない仲間たち。リラックスして会話を楽しむ。「自らの改革」が話題の中心に。

 これで、財政・人事が整い、新年度を迎える準備が出来上がる。

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□ 「目先にこだわらず負けを認められるか」
2006年3月19日(日)


 「勝負には良い負け方と悪い負け方があります。

 (中略)目先のことにこだわって「負けました」を言えないのが最悪です。それができるためには、きちんとした理念がないとダメなのです。

 (中略)新しい理念を打ち出すと、必ずそれに対してダメだという人がいます。既得権益がある人、変動を好まない人です。それをどう説き伏せ、実行していくかは実力の世界です。

 (中略)本当の勝負は目の前の一局なのか。今は負けたとしても、それを認めることが先々を考えての本当の勝負ではないか。その判断を下すには理念がなければなりません。目先のことや、私利私欲へのこだわりは、勝負の女神から天罰を食らう結果を招きます。」

 この週末に目にした、「永世棋聖・日本将棋連盟会長 米長邦雄氏」の言葉(2006年3月20日号日経ビジネス「有訓無訓」)。毎年天童で開催される「全日本中学生将棋大会」にて昨年お会いした際も、飾らない、しかし何か引き込まれるような魅力を持った方だ。

 勝負には、将棋も、政治行政も共有する要素が多々あるのだろう──

 「子ども夢未来指向」の基本理念を、とことん貫き通したい。

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□  春を見つけに 
2006年3月18日(土)


 子どもたちと、春を見つけに、外へ出る。

 あった、あった──ふきのとう、もくれんのふわふわしたつぼみ、梅の固いつぼみ、など──季節は、今年も、「訪れ」を忘れることはなかった。

 夕方、おじいさん、おばあさんも含めた家族7人で、「『長男3年生頑張った』慰労会、『二男卒園』お祝い会、『長女始めての幼稚園年少楽しかった』激励会」を兼ねて、一緒に食事。

 そこで、各々に、ビデオに向かって、抱負を披露してもらう──

 長男(緊張の面持ちで) 「来年度は4年生、丁度ハタチの半分の10歳、『1/2成人式』を迎えるので、もうちょっと頑張りたいと思います」

 二男(恥ずかしそうに) 「新1年生になったら、給食も残さずいっぱい食べて、勉強も頑張ります」

 長女(ニコニコしながら) 「何にも言わないよ」

 それぞれの想いを抱きながら、春はもう直ぐだ──

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□  二男の卒園 
2006年3月17日(金)


 二男、幼稚園卒園。

 朝から雨模様。早朝家内が手作りした、おそろいのコサージを胸に、最後の登園。傘をさしながら園門前で記念撮影。

 当方は、2月県議会定例会最終日とあって、そのまま登庁。

 卒園式でも、さすが年長組、皆、立派に終了証を受け取った由。

 その後に続く謝恩会では、園児、PTA、そして先生方と、全員参加型の「どりぃむパーティ」──「こぶたのブルトン」を題材に、小さな種から大きく育てる様子を演出、しかも各々の園児のプログラムには、「たね」が、「どんな‘はな’がさくかな?はるになったら‘たね’をうえてみよう・・・あきには‘ゆめのはな’がさくよ!」とのメッセージとともに、小さな袋に入って添えてある。劇等の出し物といい、こうした細やかな演出といい、特におかあさん方の努力が光る。先生方も「あかぺら」で、声の楽器伴奏つきの「上を向いて歩こう」をご披露して下さった。そして、何よりも元気な園児の歌声──

 文字通り、「全員参加型」の思い出深い、楽しい謝恩会であった由。

 一番腕白な二男が幼稚園を終え、新年度から小学校1年生になると思うと、月並みだが、時が経つ早さを改めて感じる。

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□  「自らの改革」 
2006年3月16日(木)


 昨日議員報酬が新年度より6.7%引き下がる旨決まったが、本日、これまで議会自らが提案し、続けてきた議員報酬5%カットについて、新年度からこれを取り止める旨の条例改正案を、議会自らが提案・発議し、質疑省略の上、全員異議なく可決成立した。

 これについて、報道機関よりコメントを求められたので、以下のように答えた。

 (1)私は、県勢の更なる発展を期すため、県議会議員の皆様とお互いに「自らの改革」も進め、切磋琢磨しながら、未来に広がる“やまがた”を築いていきたいと考えており、この旨、先日議会でも答弁した。

 (2)今般、私ほか副知事や教育長などの特別職の給与の引き下げを行うが、やまがた改革を一層推進する見地から、引き下げ後においても自主的なカットを継続する。また、一般職についても、管理職手当の自主的なカットを今後とも継続する。

 (3)議員報酬についても、やまがた改革をともに推進していくとの見地から、各会派の代表と個別にお会いし、自主的なカットの継続を、特にお願いした。

 (4)今般、議会においてご議論のうえ、自主的な5%の削減分については来年度から廃止すると決定された。

 (5)このことについて、私としては、先程申し上げた経過からみて、極めて残念である。

 (6)しかしながら、県議会が責任を持って判断されたことであるので、受け止めざるを得ない。

 (7)私としては、これまでどおり、県職員一丸となって、県民とともに「やまがた改革」を推進するため、全力を尽す。

 (8)議会においても、「自らの改革」も含めた「やまがた改革」の推進に取り組んでいただけるよう、期待する。

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□  新年度の準備 
2006年3月15日(水)


 平成18年度当初予算の採決、その結果、賛成多数で成立。

 これで、「『改革』断行・『時代』創進」に邁進するための環境が整った。あとは、実践あるのみ。

 米沢出身、プロ野球南海投手として年間31勝等の偉業を成し遂げた故皆川睦雄氏に対し、県民栄誉賞を贈呈、真智子夫人および長男・忠裕氏がお受け取りになった。贈呈式の後の懇談で「主人がニコニコしてここに一緒に座っているようだ」と目頭を抑えておられたのが印象的。

 夕方、新年度の「旅の見聞録」の新レポーターとなるタレントのダニエル・カールさんよりご挨拶を受ける。高い知名度と飾らないお人柄から、番組を見る人を和ませるとともに、訪問を受ける県民も心を開いてお話いただけるのではないか、と期待している。

 新年度を迎える準備が次々と整っていく。

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□  県民との一体成就 
2006年3月14日(火)


 予算特別委員会最終日。

 基幹産業としての農業の位置づけ、平成19年度以降の財政再建路線継続、向こう20年程度を区切りとした改革の方向性等についての質疑応答。

 その過程で、農業につき、@「食」は生命の源、「食」を支えるのは「農」、われわれは「農」からこれまでも、またこれからも離れることはない、A山形が「やまがた」であるのは「農」の営みがあってのこと、B山形が「やまがた」であり続けるためには県内の農業を支え、農業を守り立てていくことこそが今を生きるわれわれの課題、と位置付けた。

 また、財政の健全化・自由度回復というが、単に財政事情が厳しいからというのではなく、徒に子孫に財政負担をツケ回してはならないと考えるからであり、まさにこれが「子ども夢未来指向」を基本理念とする所以、とした。

 さらに、「『夢』なんか実現できない」と言われるが、換言すれば「『夢』しか実現できない」のである、との基本哲学をも披露する。

 特に、質疑に立つのは「4年ぶり」とご本人が言う前議長の松浦安雄県議は、人生経験をふんだんに交えての含蓄のある場面が多かった──

 分かりやすく説明しなければ改革も県民との一体成就しない──

 改めて、心に留めておきたい。

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□  また再び雪 
2006年3月13日(月)


 予算特別委員会第二日目。

 県民の目指すべき崇高な目標を数値化して掲げることの是非、また母なる川・最上川のさらなる清流化のための合併浄化槽補助継続の是非等を巡っての審議。

 前者については、「県民総生産額(GDP)」がその認知度等から適切な指標と言えるが、例えば「所得倍増論」時代と大きく異なるのは、社会経済自体がもやは右肩上がりを前提としていないことや人々の嗜好が多種多様でありすぎること、さらには広域経済圏を展望する中で「県内」自体の意味合いが希薄化しているなどが現代であることから、必ずしも適切とはいえない、また後者についても補助金には必ず「出口論」が必要で、そのためにもこれまで積み上げてきた経緯を尊重すべきである、として、多くの場合、議論はすれ違いのままであった。

 また再び雪。明日の委員会答弁に向けた準備を終えて、帰宅の途に着く頃には一面暗闇の中での銀世界──元気な子どもたちも寝静まった後のこと──

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□  「勝つ喜び」と「負ける悔しさ」 
2006年3月12日(日)


 長男の剣道納会。

 高学年とそれ以下に分かれての総当り戦。試合前の練習風景も普段とは違った緊張感があるようだ。しかも、6年生7人にとっては小学生最後の試合。2分間の試合が次々と繰り広げられる。優勝、準優勝、3位と決まる。6年生全員に盾を、また1年間練習を一度も休まなかった2人にも皆勤賞を、各々贈呈する。6年生一人ひとりから、後輩たちに対し、皆の暖かさへの謝辞と今後の活躍への期待・激励の言葉をもらう。

 我が長男は新年度から4年生、「中堅」どころとしてどう活躍するのか、また二男も新1年生、剣道を志すのか、それとも別のスポーツ道か──

 「勝つ喜び」と「負ける悔しさ」を一杯に胸に秘めての納会。

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□  『道無限』 
2006年3月11日(土)


 仙台・科学館にて遊ぶ。何度か出かけたところだが、子どもたちの再リクエストに応じるかたちで。バスにて仙台、そして地下鉄にて科学館へ。

 長男、二男は館内で親しくなった他のお友達と一緒にドライビング・シミュレーターにてほとんどの時間を過ごす。一方、長女は、館内くまなく歩く。興味は尽きないようだ。特に、「鳴き砂」と「シャボン玉カーテン」では何度も遊ぶ。

 そろそろ夕方、長女と出入口近くで長男、二男を待つ。ふっと気がつくと、広いエントランスホール、中から出入口に向かって左側、近代的建物とはやや不釣合いの、古めかしい「揮毫」が目に付く。近づいてみる──

 「『道無限』 湯川秀樹」──

 いつ頃、どのような機会に、どのような想いで湯川博士は書いたのだろう。

 しばらくその3文字を眺めながら、このように恵まれた現代の子どもたちの顔を見つめなおす。

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□  「第3子」への想い 
2006年3月10日(金)


 予算特別委員会第一日目。

 新年度に取組む基本姿勢、豪雪対策、市町村合併等に関する質疑。特に、合併に関しては、住民の取組み第一、県も自らの問題として積極推進、とした上で、今後の合併については、まずは各地の首長らが同じテーブルに着くことから始まることを念頭に、「各地区を代表する県議も率先垂範で」と呼びかける──

 各首長とより近しい関係にある県議の力量にも大いに期待したい。

 その後、同委員会第二日目の準備を何とか終え、急いで帰宅、夕方7時半からのNHK番組「クローズアップやまがた」で放映された「齋藤県政2年目の行方〜検証 平成18年度予算案〜」を家族皆で一緒に見る。全体評価、さらに重点事業のうち、道路整備と少子化対策に絞った番組内容。

 もとより、少子化対策については、その目的と手段において「1対1」の関係にない、すなわち総合的取組みが肝要である。とりわけ、所得政策であろう。その上で、様々な創意工夫の上での政策が始めて成り立つ──今回制度設計した乳幼児医療費「就学前の子供のうち、所得制限下での3歳未満無料化・所得制限なしでの第3子以降無料化」はその一つ、と理解いただきたい。

 番組に登場したご家族らの意見に耳を傾けつつ、我が家での第3子である長女の顔を見ながら、家内と当時の我々の想いなどを振り返る──

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□  “cautiously optimistic” 
2006年3月9日(木)


 日本銀行が本日開催された政策委員会・金融政策決定会合において、量的金融緩和政策の解除を決定。

 すなわち、金融政策は、金融機関の手元資金の「量」を示す日銀当座預金残高から、代表的な短期金利である無担保コール翌日物金利に、その操作目標をシフトする。5年振りの正常化だ。さらに、金融政策そのものが緩和一辺倒から転換するのは、2000年8月のゼロ金利解除を除けば、ほぼ15年振り。但し、あくまでも金融政策の「正常化」であって、「引き締め」への転換ではない。

 併せて、「新たな金融政策運営の枠組み」を導入。

 すなわち「金融政策運営に当たり、中長期的にみて物価が安定しているとする物価上昇率(「中長期的な物価安定の理解」)」について、「消費者物価指数の前年比0〜2%程度」とし、「その中心値は1%」とのコンセンサスを明らかにした。金融政策と実体経済の動きのリンケージを明らかにした点で誠に意義深い。

 一つだけ、ややマニヤックな心配事──コール市場は機能するのだろうか──同市場は短資会社を中心に資金の出手と取手の「出合いの場」であり、極めて専門的な集団により形成されている市場だ。ところが、事実上15年間も同市場が機能していなかったのであるから、その間人材の異動・流出等があったであろうし、従って各短資会社に同市場のノウハウがきちんと蓄積・伝授されているのであろうか、という心配事である。

 中央銀行員は、先行きをしっかり展望しながらも、常に、心配性なのである。

  cautiously optimistic──最もピッタリとした表現だ。

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□  「山椒は小粒で」 
2006年3月8日(水)


 早朝より鶴岡・加茂水族館視察、正午前帰庁。

 以前から訪れてみたかった場所ではある。なかなかチャンスが訪れなかったのだが、今回一寸の時間をぬっての視察となった。優雅な姿のクラゲを見つめていると、時間がゆったりと流れていくような錯覚さえ覚える。

 昭和39年築という限界も真近な古い建物であり、来場者減少といった憂き目にあう中にあって、打開策としてたまたま出遭ったクラゲに「選択と集中」を図った結果、一時10万人を割り込んだ年間来場者数はここ数年15万人を超えようとしている。

 その魅力は、「クラゲ常設展示20種類以上」を実現する、「世界一の『クラゲタリウム』」にある。

 20種類がなぜ世界一か──そもそもクラゲの寿命は3、4ヶ月程度、従って「常設20種類以上」を実現するためには、その生存期間の短さを前提とした供給体制がなければならない。そのために、同水族館では二つのことを実践し、「常設20種類以上」を実現している━━一つは、自前で繁殖培養すること、もう一つは全国の水族館と連携強化し、珍しい種類や季節的に入手困難な種類を相互交換する関係を構築すること──

 財源制約の中で自前繁殖のために機材や水槽まで「自作」、また、くらげ相互交流のための全国中心拠点が本水族館と位置づけられるまでに「認知」されるような存在に成長、などまさに努力の賜物である。

 さらに、同水族館では、小中高の子供の研究心を醸成することも忘れていない。むしろ、クラゲ採取や繁殖実験を一緒に行ったりするなど、展示と同様に教育面にも積極的に取組んでいる。

 「自助」を徹底し、「選択と集中」、さらには「広域連携」を実践して成果を出している姿は、寧ろ行政がお手本とするべきかもしれない──

 帰庁後、JR東日本役員による先の羽越本線脱線転覆事故を巡る一連の報告訪問を受けた後、インナーマニフェストのフォローアップ、ならびに、向こう3年間の作業工程を描く重点分野工定表を巡る、各部局長とのディスカッションを再開。最終日。

 社会インフラ整備、教育助成等いくつかの分野で長期展望をも議論する──現在の予算規模を前提に今後の予算見通しをシュミレートするが、その必要事業費と予算規模のギャップの大きさに驚く。

 だからこそ、今後とも、「小さな県政」を目指し、改革を続けなければならない、と断固たる決意を新たにする。

 「山椒は小粒で」の精神は、水族館も行政も同様なのだ。

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□  優勝者であればこそ 
2006年3月7日(火)


 インナーマニフェストのフォローアップ、ならびに、向こう3年間の作業工程を描く重点分野工定表を巡る、各部局長とのディスカッション二日目。

 工程表では作業の積み上げは見えるが、そこに地域・県勢発展のためのダイナミックさが加わるまでは、確固たるビジョンと自信を持ち合わせなければならないであろう。それにつけても、殊に、置賜・最上両地域では、今後のあらゆる取組みの前提が、合併であろう。もはや論を待たない段階に来ている──協議を通じて、改めて痛感する。

 パイオニア・レッドウイングスがVリーグ優勝の凱旋、表敬を受ける。それぞれが良い表情をしている。特に、最高殊勲選手にも輝いた栗原選手は、ややはにかみながらも、満面の笑み。

 「とにかく、ゆっくりゴロゴロしたい」──優勝者であればこその本音であろう。

 県民に元気をありがとう!

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□  マニフェストの効用 
2006年3月6日(月)


 今日は、啓蟄──

 インナーマニフェストのフォローアップ、ならびに、向こう3年間の作業工程を描く重点分野工定表を巡る、各部局長とのディスカッションを開始。議会の合間を縫って、3日間、かなり密度を高くして行う。

 第一日目は、概ね、今年度の作業事項について「達成」評価。ただ、実施の「事実」はその通りであっても、その作業の結果、目的対比で如何なる「成果」がもたらされたのか、その実質的な意味での効果・検証にはまだまだ距離感がある。いずれ、県民の皆様にもご覧になっていただいて、ご評価いただくことになろう。

 ただ、こうした場面があるのは、「マニフェスト選挙」を戦ったからに他ならない。

 そう思うと、今後の様々な選挙においても、政策・人物本位、すなわち、マニフェストの有無およびその内容などによって、有権者が立候補者を判断できることが望ましい、と思う。

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□  中山町の醍醐味 
2006年3月5日(日)


 中山町にある柏倉九左エ門家の雛まつりへ、子どもたち3人と。

 先月21日に渡辺梓さんと「やまがた発!旅の見聞録収録」の最終収録で訪れたが、是非、子どもたちにも見せたいという気持ちから。子どもたちは古いお雛様もさることながら、「お殿様」だけが入ったという漆塗りのお風呂が印象的だったらしい。

 今日は明治初期の奥の蔵座敷まで拝見、壁裏一面がカンナのかかった桐の板で覆われていることや、小棚を閉める際に反響音の細工がピアノ線でしてあったりするなど、当時の地元大工のものづくり力の高さならびに遊び心に感銘。

 お雛様の形をした和菓子をいただきながら、お抹茶を立てていただく。子どもたちにとって、お抹茶は苦すぎるかと思いきや、和菓子もお抹茶もペロリ──「お抹茶、大好き」とは長男。子どもたちは、その後、奥座敷で「探検」を楽しむ。

 「弱り来る足腰には勝てないため、こうして本当に誠意のある方々だけのボランティアの皆様に支えてもらっている」とは現在の主。

 帰途、「ピツアリア」でテイクアウト。アンチョビ、ガーリック、そしてチーズ盛り沢山の3種類。

 こうして今晩は、「柏倉家」のお蕎麦と、「ピツアリア」のピツア、という組み合わせが食卓を飾る───

 「中山町」の醍醐味だ。

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□  医療体制の今後 
2006年3月4日(土)


 地域医療振興協会山形県支部・自治医大同窓会山形県人会にオブザーバー参加。自治医大より事務部長ら2名と現役6年生2名を含め30人程度の会合。

 メンバーの一人・深瀬和利県立中央病院内視鏡室長からのお誘いを受け、事前連絡なしで飛び入り参加したもの。深瀬先生とは小中高と同級かつ音楽部(男声合唱)でも一緒、という仲だ。同先生の長男も今春自治医大に見事合格、今後親子で同医大卒として地域医療に貢献してくださるのはおそらく県政史上初であろう。ありがたいことだ。

 自治医大といえば、数年前までは同医大の使命・意義終了論まであったが、足許の深刻な医師不足・診療科偏在といった情勢を映じて、いまや逆に機能・規模拡大論が主流である。本県も重要事業の一つとして「枠拡大」を国に対して要請中だ。

 ところで、会議では、スタート2年目の研修医制度が話題になった。結局のところ、如何に魅力あるプログラムを提供できるかにかかっているのであろう。また、優秀な高校生の発掘についても話が及ぶ。各々が母校へ出向いて情宣を行うことが大切、との意見である。さらに、来賓出席の県(健康福祉部)に対しても、県内各地病院・診療所への異動内示と赴任時期の曖昧さの解消を求める発言が相次いだ。大事なことだと思う。

 医療体制を巡っては、少子高齢化社会を迎え、今後とも課題山積といったところ。しかしながら、集まった県内自治医大卒医師の皆さんのモチベーションの高さが印象的であったことから、今後について極端に悲観的になる必要はないと思えたのは、せめてもの救いであった。

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□  今後のやまがたの姿 
2006年3月3日(金)


 県議会2月定例会、一般質問第二日目。

 自民・金澤、自県公・奥山、自民・坂本の各県議が質問に立つ。今日も午前中は傍聴席が満席、後ろに立って聞いている方もいるほど。

 金澤議員からは「やまがた総合発展計画」や農業のあり方について、坂本議員からは市町村合併に対する姿勢や県立病院の充実強化について、それぞれ基本的考え方を問われる。いずれも今後の我が県を左右する重要なテーマだ。

 奥山議員からは、団塊の世代の活用について問われたことから、「高い技能、幅広い経験、人脈を有しているので、寧ろ積極的の本件に誘致したい。千載一遇の機会」と答える。

 さらに、同議員からは、「今後のやまがたの姿」を質されたことから、「やまがたならではの機能を発揮して、独自の価値を創造し、21世紀の新しい文明の道筋を広く国内外に発信して、全国・世界に存在感を示す」とした上で、次のように描写した。

 (1)国内外に誇る本県の自然、環境、文化や、「助け合い、分かち合い、育みあう」精神が根付いたコミュニティなど「地域力」が活かされ、人と人、人と自然などあらゆるものとの絆を大切にする「共生の心」が根付く、温かみがあり、暮らしよく、人々を魅了する「やまがた」

 (2)多様な主体が様々な垣根を越えて参画・連携し、普遍的で独創的な価値を創造し続ける、自立した強い県づくりのための確固たる「経済力」を持った「やまがた」

 (3)県民一人ひとりが多様多彩な力を将来に亘って発揮し、新たな時代を拓く大きな「基盤力」となり、未来に向かって力強く歩み続ける、新しい「やまがた」

 今日は桃の節句、我が家でも長男、二男と共に長女と家内を祝う──

 こうした「やまがた」を子どもたちが誇りに思えるように──

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□  そもそも論 
2006年3月2日(木)


 県議会2月定例会、一般質問第一日目。

 今日も午前中は傍聴席が満席。自民・小野、21世紀・海鋒、自民・児玉の各県議が質問に立つ──

 「目指す方向性」を示した「やまがた総合発展計画」、その実行性・実現性を確保するための「推進システム再構築」を体系化した「やまがた改革」、さらにはそれら表裏一体のものとして貫く基本理念である「子ども夢未来指向・宣言」などについての、想いや基本的考え方を質すものが多かった。

 これに対して、「『未来志向』へのこだわり」(対児玉県議への答弁)を強く持つ中で、「一歩先に踏み出す勇気」(同対海鋒県議)を持って、「百年後にも誇りに思える元気なふるさと“やまがた”」創りに組む決意を改めて表明する。

 また、小野県議の「決算を予算に反映する仕組みづくり」に対しては、「常日頃から『目標』と『手段』について、そして両者の関係が有効に機能するように『検証』と『評価』について、強く意識して県政運営に当たっている」旨述べる。

 いずれも、県民の皆様が聞けば、やや抽象的な質疑応答と映ったかもしれない。が、私自身は、「改革」ないし「県土に対する『愛』」について、いつも想い抱いている「哲学」のようなものを、議会の場で開陳できたことが、とても嬉しかった。こうした「そもそも論」が大好きだ。実際、それがない、ないしはぐらついているようでは、改革も愛もはじまらないのである。その意味で、今日質問に立った3県議には感謝しなければならないかもしれない。

 明日は「耳の日」、まずは質問者の話を良く聞くことにしよう──

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□  「自身の改革」に共に取組もう 
2006年3月1日(水)


 県議会2月定例会における代表質問、実質的審議スタート。

 自民・森田、21世紀・田辺、自県公・星川の各県議が質問に立つ。「改革」断行・「時代」創進に関する決意、「やまがた総合発展計画」と「やまがた改革」との関係、羽越本線脱線転覆事故を巡る危機管理体制の評価などが問われる。自由・県政・公明クラブの星川代表は、今定例会よりスタートした新会派であるだけに、議会と県執行部との関係に対する認識を質したのが特徴的。

 本会議場の傍聴席がほぼ満席状態。うち、森田県議後援会メンバー約60名が昼食後知事室をご訪問くださった。バスをチャーターして今朝7時に酒田を出発してきたという。ご両親とご子息と3人揃っておいでくださったご家族も。

 今日から、議会審議の様子が本庁舎はもとより、4総合支庁へもライブ配信、今後インターネット配信にも踏み切る方向で検討中という。私は、すでに原則毎日の記者会見をインターネットでライブ配信ならびにビデオ録画掲載を行っていることから、議会側も「先例あり」という安心感があるのではなかろうか。

 そういえば、星川代表の質問に、私は答弁の中でこう呼びかけた──

 「『自らの改革』に共に取組みましょう」

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□  気忙しさ 
2006年2月28日(火)


 2月最終日。

 毎年、何故か、損をしたような気になる。特に、学生時代は、3月入り後ほどなく試験であったこともあり、「もう一日余分にあれば」との思いをしばしば抱いていたことと無縁ではなさそうである。

 長女が幼稚園で山大附属養護学校を訪問、イベント参加や授産所での飲食・ショッピングなどを経験──前日から「あすのようちえんはとくべつなのよ」と大いに楽しみにしていたため、今晩、就寝直前に帰宅できたとあって、早速その様子を尋ねてみる──「今日は楽しかった?」、「うん、ジュースがおいしかった、おかわりしたよ」──あどけないのが良い。

 明日から3月──二男は卒園式準備、長男は理解度テスト、そして私はいよいよ県議会2月定例会での代表質問から審議スタート──

 家族みんなが気忙しい年度末──

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□  技の「静」と「動」 
2006年2月27日(月)


 「技」における、「静」と「動」のコントラストを感じる2つの出来事。

 「伝承の匠」を表彰。腕前(技術力)はもとより、普段から後継者育成にご尽力されていることが受賞理由。日曜大工が大好きな自分にとって、匠の手になる住宅や組子襖などは、憧れでもあり、驚きでもある。こうした「ものづくり力」をしっかりと継承することが、「やまがた改革」が謳う「地域力」であり、「基盤力」に繋がる。今後とも大切にしたい「チカラ」だ。

 夕方、モンテディオ山形の今シーズン出陣式に参列。於山形テルサ。樋口新監督を迎え、新選手も11名と新体制で臨む。

 皆の願いは一つ──

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□  無限の可能性 
2006年2月26日(日)


 午前中は、子どもたちの関係で、家内と二手に分かれて、3人をそれぞれ連れながら市内を走り回る。お昼の予定もあり、背広姿で。周囲のおとうさん、おかあさん方からは、「今日は『パパ』ではなく『知事』だね」などと言葉を掛けられる。

 正午に、公明党政経セミナーへ、来賓として挨拶。神崎武法公明党代表も駆けつけ、お隣に。

 会場を一足先に失礼し、その足で子どもたちと家内が待つ市民会館へ。山形市児童劇団第31回公演。長男の友人が出る、というので、その友人が主に活躍するステージ側ということで、席も最前列上手。3つの出し物のうち、二つが「いじめ」をテーマにしているところが現代的でもある。ステージの子どもたちの目は輝いている。長男、二男はもとより、4歳の長女も飽きることなく、身を乗り出して見入っている。

 山形市が小学校3年生から6年生までの児童を対象に情操教育もあって編成したのがこの劇団。公設で、31年目を迎えるのだから価値がある──当時の劇団員はすでに40歳──

 子どもたちの世界は、無限の可能性に満ちている。

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□  端緒 
2006年2月25日(土)


 「わたり」廃止に関する記事が今朝の地元紙トップ。

 「わたり」制度は、県民の目から見れば、公務員優遇の典型のようなものだ。その「淵源」が当時の副知事と組合との交渉の結果として生まれたことから、今回も同様に、日野副知事と組合との交渉により決着。

 夕方開催されたネクスト山形47の会総会後の懇親会でもひとしきり話題となる。

 来賓の加藤紘一衆議院議員からは「政治の世界は時に論理を超えるもの、その際には丁寧に取り扱うことが大事──『政(まつりごと)は小鮮(しょうせん、小魚の意)を煮るが如し』と自分の政治の師匠である大平正芳元首相が教えてくれた」と。そして、同じく来賓の遠藤利明衆議院議員からは「支えてくれる仲間を、そのためには自身、人間的魅力を」と、諭される。また、遠藤武彦衆議院議員からは、「円滑な県政運営は、県民の指示があればこそ」とのメッセージを頂戴する。

 全ては、未だ、緒に着いたばかりだ。

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□  国民の喜び・元気 
2006年2月24日(金)


 荒川静香選手が、トリノ・オリンピックでのフィギュアスケート女子で、金メダル獲得。

 @今回のトリノ・オリンピックで我が国で初のメダル、そしてそれが「金」、Aお隣の宮城県出身、ということが嬉しく、また、誇りでもある。

 それ以上に、我が国民が元気になれたことが何よりも嬉しい──
 お昼のニュースでの街角インタビューの模様──

 「いやぁ、本当に嬉しい、ボクも元気をもらってこれから出勤しますよ」(若手サラリーマン)
 「これまで、世界舞台で、日本の女性が、これほど堂々と演技できたのは初めてじゃないかしら、本当に素晴しい」(年配女性)

 今日は、県民スポーツ賞授与式、於県庁講堂──受賞の喜びの言葉、そして体験談披露、いずれも女子高校生、堂々としたものであった。

 スポーツは、皆に、真の喜びと感動を与えるものであることを、改めて、そして十二分に、実感した一日。

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□  初搾り 
2006年2月23日(木)


 夕方、県工業技術センターの酒類研究科を視察。

 出羽燦燦等の山形の酒米と麹を用いた酒造りの過程で、今日が、今期の「初搾り」──一年の成果が今日発揮される、というので「激励」のために足を運ぶ。

 そもそも、初搾りの日をいつにするかは、まさに、熟成度合いの「見極め」であるという。みんな、どきどき、わくわくの一瞬だ。

 酒類研究科長の小関さんとは、「山形讃香」を中心とした「やまがた」アピールのため、台湾に、小林綾子さんらとご一緒した以来のご縁だ。小関科長の下で研究を重ねる他の3人の熱心な研究員の目もキラキラ輝いている。そして、杜氏さんは岩手・南部出身。

 出来たての、同じお酒を、圧搾(大きな圧力機の下で搾り出す方法)と、通称「首吊り」(袋を吊ってドリップさせる方法)との二つの方法による「初搾り」を試飲する。場所も「官能試験室」。双方とも芳醇であるが、まるで、全く異なるお酒のよう。

 こうした努力の結晶が「やまがたブランド」を支えている──そう考えると、普段から、紳士的かつ丁寧な飲み方とならざるを得ないのだが──

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□  時代の「転換・変革」の象徴 
2006年2月22日(水)


 トリノ・パラリンピックに日本代表選手の一人として出場する太田渉子選手を激励。

 3月10日から19日までの開催期間中、クロスカントリーとバイアスロンの6レースに出場するという。タフだ。選手団の中でも最年少の16歳と聞いていたので、まだあどけなさが残っているものとばかり思っていたが、しっかりとした目線、物怖じしない振る舞い、落ち着き払った態度は、やはり我が国を代表する選手にふさわしい「風格」を備えている。実力を十二分に発揮して欲しい、そして、世界に広がる人との交流を大切にしてきて欲しい、と心から願う。

 現在進めている病院事業に対する外部業務監査チームとの意見交換。早くも、本県の特徴および課題を的確に捉えているとの印象。そのベースに立って、当方の問題意識についても十分に理解していただいたようだ。期待が膨らむ。

 夕方、文化環境部の課長クラスの方々と意見交換。今県議会定例会の審議に委ねている「やまがた総合発展計画」の期間と平仄を併せつつ、同部所管で再構築中の長期計画が5本もあるのだ──青少年育成、環境、循環型社会、男女共同参画、文化振興──確かに守備範囲は広い。が、いずれも極めて重要な政策の柱である。例えば、文化振興の観点から、これまでの「ハコモノ」行政(新文化施設建設等)の理屈付けとして「文化」が用いられてきた従来の思想を転換し、「地域伝統」や「心」を正面から対象として捉えることを「文化」と再定義するのである。

 太田選手、病院事業監査チーム、そして文化環境分野、いずれも「子ども夢未来指向」の下での、まさに時代の「転換・変革」の象徴であるのだ。

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□  県政発展の「鍵」 
2006年2月21日(火)


 県議会2月定例会開会、来18年度に向けた所信を表明、「『改革』断行・『時代』創進」の「二兎を追う」内容。

 終了後、本会議場からそのまま、中山町にある柏倉九左エ門家へ。渡辺梓さんと「やまがた発!旅の見聞録収録」の最終収録。2百年以上も前のお雛様を前に、この1年のたびを振り返ってもらう。梓さんにとってもご家族での蔵王スキー収録などがあって、忘れられないシーンの数々であったようで、目に時折ホロリ。

 直ちに帰庁、山形大学の城戸教授から有機ELを巡る考え方をお聞きするとともに、実物も3点ばかり拝見。研究の進展・深化度合いと産業化・製品普及のスピードとの兼ね合いの難しさを改めて認識。

 旧家で育まれた歴史と伝統、そして世界最先端技術の開発と製品・産業化──本県の多様性・融合性をまさに物語る一日──

 それがまさに県政発展の「鍵」でもあるのだ。

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□  情報発信のバロメーター 
2006年2月20日(月)


 東海県人会の表敬を受ける。

 愛知博の際に何人かの方々とお会いした。山形が情報として全国発信されているか否かは、こうした県人会の方々が一番敏感にかつ正確に感じ取っていただいている。大切なバロメーターだ。

 今年はそこに「夢未来サポーター」といった「仕掛け」も組み込んだ。県のホームページも「毎日チェックしないと一日が始まらない(終わらない)」との目標を掲げ、全面的に再構築、近々県民の皆様からご意見を頂戴する運びとなった。これも、大きな「仕掛け」である。

 情報発信は、地味ながらも、日々の積み重ねが重要である。

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□  春の手触り感 
2006年2月19日(日)


 お雛様の飾り付けをする。

 家内のお雛様を、長女の誕生以降、そのまま飾っている。3年前、山形へ引越す際に、車に目一杯積んで自走したものだ。

 家の中が華やかになった。庭の雪の白さとのコントラストも何ともいえない。雪国ならではのあでやかさだ。

 手触り感を持って、春の近さを感じる。

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□  元気の出る話 
2006年2月18日(土)


 少年自然の家で、長男、二男とスキーを終日楽しむ。長女は多少鼻がグスグスするのでお留守番。長男、二男とも一日で大分上達。

 帰りの道中、山道を下って広い道路に出たところで、山形市内が一望できる──掛け値なしで、美しい。

 遠くに県庁の白い建物と、手前に霞城セントラルの茶色の建物が目に付く。それを見た小学校3年の長男、幼稚園年長の二男の会話──

 二男「山形は高い建物が少ないなぁ。東京のほうが高い建物がたくさんあって良かったなぁ」
 長男「そんなこといったって、山形はお金がないからだめだよ」
 二男「でもパパは山形を元気にしてお金をたくさんためることができるようにがんばっているんでしょ」
 長男「それはそうだ──ねぇ、パパ、がんばってね」

 スキーの疲れもいっぺんに吹き飛ぶ、何とも元気の出る、暖かい励ましである──

 今日は結婚記念日──お留守番の長女が家内と一緒に作ったチョコレートケーキで祝う──

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□  盛り沢山 
2006年2月17日(金)


 さくらんぼ主力品種「紅秀峰」(べにしゅうほう)が、種苗法に基づく品種登録がなされているにもかかわらず、違法に海外に持ち出された。

 これを防止するには、現在、国内に入ってきてからの様々な措置では防ぎきれない。本来、輸出・入双方の関税段階での水際措置が求められる。しかしながら、現在、育成者権を保護するための関税関連法令は輸入に限定されており、輸出の取締りが行われていない状況にある。従って、その対処につき、財務省関税局長に要望活動を行った。

 その後、せっかくの時間を有効活用し、財団法人安達峰一郎記念館を見学──郷土が生んだ偉人が今に甦る。一つ一つの品々を見るにつけ、何か、心に重く訴えかけるものがある。何だろう。

 東京事務所の職員との意見交換、約1時間。まさに農林、商工などの垣根なく、一体の推進体制。皆の目も輝いている。大いに期待したい。

 夕方、かつて本県でご活躍くださった総務、財務、文科、厚労、農水、経産、国交各省の方々と意見交換。1年振りの懐かしい面々。当然のことではあるが、現在の県政が、さまざまな経緯の上にあることを改めて知る。

 短時間に盛り沢山のメニュー、しかし、有意義、充実のひと時。

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□  行ったり来たり 
2006年2月16日(木)


 「やまがた」を全国、世界に広めるため、トップセールスマンとして韓国、台湾、パリへと言えば「パフォーマンス」と──差別化を図るため、山形セレクション構築と言えば「言葉だけ」と──財政のプライマリーバランスの黒字と利払い費の均衡を県政史上初めて実現と言えば「持続性疑問」と──

 昨日はポカポカ陽気、そして今日は又再び雪景色──行ったり来たりしながら、日々着実に春へ向かう──

 「本物の姿」を理解してもらうにも、一定の時間がかかるのだろう。

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□  中学時代の思い出 
2006年2月15日(水)


 母校中学校の生徒会が、校内誌「雪華」(せっか)50号を記念して、インタビューをしたい、という。すなわち、同誌は50年前から毎年編纂され続けてきたのだ。

 場所は、生徒会室。校舎2階の最北端の部屋だ。約30数年前と全く同じ場所。現在生徒会活動を支えている中学2年生の皆さんが、当時の思い出などを次々とたずねる。その質問に答えながら、その当時の様子がフラッシュバックする──

 「原点に帰ろう」──当時、生徒会の大改革を手掛けた。生徒会の組織について来る日も来る日も議論を重ね、ついに大幅な組織改革を断行した。それに伴って生徒会規約も大改定した。現在の生徒会年譜にも「昭和47年 新生徒会 発足」とある。

 当時の「雪華」に目をやると、自分の中学3年当時の考えも記されている──

 「この1年間で気付いた一つに『執行部の視野』というのがある。自分が仕事をしていると、客観的な視野に立ってものごとを考えているつもりでも、それが案外主観的なものに終わっているということが多い。これは、皮肉にも現役を退いて、初めてわかったことである。(中略)後はいのみなさんは自分自身の生徒会を育てるということ、そして、実行委員会はそのための大きな容器をこしらえることを忘れないでほしい。」

 何やら、30数年前の自分から、現在の自分への、重いメッセージのような気がしてならない。

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□  「本物の姿」 
2006年2月14日(火)


 本日、第49代山形県知事に就任して丁度1年を経た。

 「喜び」、「誇り」、そして「感謝」の気持ちで一杯である。

 すなわち、昨年の2月14日の朝は、徒歩で、新雪を一歩、一歩踏みしめて、初登庁。庁舎入り口で、選挙戦でご支援くださった仲間や県職員の皆様から出迎えていただいたことを思い出す。「百年後にも誇りに思えるふるさと山形」のため、その朝のように、一歩、一歩、この1年間、歩みを進めることが出来た「喜び」、改革元年を「やまがた改革」のための土台作りを中心にしっかりと取組むことができた「誇り」、そして、それを可能なようにご支援・ご協力してくださった関係者の方々への「感謝」、である。

 奇しくも、平成18年度予算案の内示会。

 対議会説明ならびに記者会見。前者は10時半から約2時間、後者は1時間15分程度、と話し続けた一日。特徴次のとおり。

 (1)新たな中長期的財政健全化目標を掲げ、県政史上初めて「プライマリオーバランスの黒字」が「利払い費」上回る均衡を達成(従って県債残高が減少に転ずる)、財政健全化に向けた着実な一歩、しかし意義深い一歩、を踏み出すことができたこと。

 (2)やまがた改革の基本理念である「子ども夢未来指向」を具体化する効率的・効果的な施策群としての「意味ある集合体」となったこと。

 (3)全庁的な意識共有と部局長の組織マネージメント強化を図るべく、「断続的ダイアローグ方式」予算編成プロセスを確立できたこと。

 持続的かつ自由度の高い財政運営を目指して取り組む「本物の姿」を理解してもらいたい。

 そして、「あっ、やまがたの風、変わったね」と色々なところで、多くの方々から、感じていただけますように──

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□  最高のハーモニー(その2) 
2006年2月13日(月)


 先週の土曜日、長男とふたり正装して、山形交響楽団特別演奏会へ出かけた時のこと──

 圧巻の「マーラー交響曲第1番」に1時間近く耳を傾け、「最高のハーモニー」に酔いしれつつ会場を後にしようとした。その時である。共演したヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団員の一人で、長身の女性が長男に近寄って来て「これ」と差し出してくれた物があった──よく見ると、陶磁器で出来ている、蝶の形をした、土台付きの3、4センチほどの置物のようなものであった──「ありがとう」──御礼を言う間もなく、その女性はそのまま控え室に消えていってしまった。

 帰宅後、よく眺めると、底面に、「Made in Bavaria」(バイエルン製)、「handgefertigt」(手づくり)との文字が見える。楽器のためのものであろうか、それとも置物そのものであろうか、などと想像が膨らむ一方、件(くだん)の女性団員に何とかきちんと御礼を言いたい、との思いが強まるのである。

 こうして、長男と私にとって、今回の演奏会は、またさらに特別な思い出を残してくれたのであった。

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□  スポーツ談義 
2006年2月12日(日)


 剣道寒中稽古の締め括り、納会試合。

 長男を連れて、早朝より県体育館へ。小・中・高・の選手、先生、父母らで大入り満員。体操などの後、9時過ぎ試合開始。長男は3番目と早い。何とか粘っていたが、最後、面一本で残念無念。その後は、チーム各人の応援に廻る。

 決勝となると、さすがに高校生レベルではスピードと技が映える、小学生でも相当なものだ。全国大会でも十分に通用する選手もいるという。聞けば、長男と同じ小学校の6年生もその一人、だが、小学校の同じ「スポ少」に所属しているわけではなく、強い選手が大勢育っていることで有名な「スポーツクラブ」のメンバーの由。思えば、「融和」、「礼儀」、「健康」などといった面に注目し、「より強く」は二次的であったような気がする。

 スポーツへの取組みは、様々な考え方があっていいのではないか、と思う。

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□  最高のハーモニー 
2006年2月11日(土)


 建国記念日。

 そして、長男の剣道寒中稽古。普段以上に、日本古来の「道」の一つであることを意識する。

 そのまま長男と山形交響楽団特別演奏会へ。二人で正装に着替え。常任指揮者の飯森範親氏が音楽総監督兼主席指揮者を務めるドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州のヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団との共演──西村朗の「管弦楽のためのファンファーレ」は世界初演、マスカーニの「歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲」は宗教的響きが何とも心の奥まで染み渡る──

 しかしながら、何と言っても、「マーラー交響曲第1番」は圧巻。これを演奏するためには、特に金管楽器の「鳴り」が大切だし、人数面でも100名前後は必要なのだ。普段「下支え」に徹し、前面には出てこないコントラバスのソロも珍しかった。

 各人が最高の働きをして、最高のハーモニーに至るオーケストラ──

 県政と重ね合わせ、こちらの想いも熱くなる。

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□  百年後を展望した「仕掛け」 
2006年2月10日(金)


 当該年度予算編成から次年度予算編成までの「1年サイクル」を考える。

 その間に取組む国への政策提言(従来の「重要事業」)、重点分野、骨太方針、インナーマニフェスト、工程表等を組み込みながら、全体として、具体的な「PDCA」を構築する作業となる。

 これがきっちり機能することで、誰が行政に取組んでも、「子ども夢未来指向」が実現できりようになるはずである。画期的なことだ。

 それが、まさに、「百年後にも誇りに思えるふるさと山形」造りのためのdevice(仕掛け)そのものなのだから。

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□  夢未来指向 
2006年2月9日(木)


 鶴岡市にある先端生命科学研究所が開催した、メタボロームに関する研究プロジェクトの成果報告会に参加、冨田勝所長の前向きな姿勢の報告に聞き入る。免疫学分野で世界的権威である、山形市在住の石坂公成先生も駆けつけてくださった。

 「メタボローム」とは生体内に数千種類存在する代謝物質の総称のこと。ヒトや微生物、植物などのメタボロームを解析することで創薬や診断などの「医療」産業、発酵や育種などの「食品」産業、さらには「環境」産業と、応用範囲が広く、今後大いに期待できる分野。同研究所は、慶應義塾大学の研究所を県内に誘致したもので、開所当時(2001年4月)からメタボロームの重要性に着目、高速なメタボローム解析技術を開発して、特許取得やベンチャー起業を手掛けるなど、この分野では、文字通り、世界最先端をリードしている。

 今後の産業集積や県試験研究機関との協働に大いに期待したい。

 そのまま、自民党政調会勉強会に参加。

 県内旧市町村ベースの44地区支部から、おそらくは2百名を超える方々が参加。加藤紘一県連会長が、皇室典範、年金、道路といった時節柄話題の多いテーマについて国政の立場から語ってくださった後、小職が「やまがた改革」についてお話しする。丁度先月成案をみた「やまがた集中改革プラン」について、その内容を県民に幅広く理解してもらおうと、目下、改革推進監を中心に、各地区で巡回説明会を開催している最中であるので、絶好の機会でもあった。

 「子ども夢未来指向」を基本理念とする「やまがた改革」の「意識」と「仕掛け」について、理解していただけたのではなかろうか。

 学術、行政、いずれの分野でも、「夢未来指向」は重要である。

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□  「雪」の経済学 
2006年2月8日(水)


 夜半に、ゴウゴウという音で目が覚める。

 外だ。まるで嵐のような雨と風。確認後再び眠りにつき、いつものように6時に起床すると、すっかり穏やかな朝。そして、日中は、向こうが全く見えないほどの真っ白な雪。一日の気象の変化はこうも激しいものか、と驚くばかり。

 この間、今日、ついに、雪害によりお亡くなりになった方が二桁となってしまった。重・軽傷者を合わせると、おそらくは既往ピークであろう。昨日開催された置賜地区開発協議会で、ご出席の各市町長の方々に対し、住民への警戒啓発を改めてお願いしたばかりのことであった。

 雪害から己の身を守るのもリスク管理──その要諦は、まさに、日々の生活・業務の中に織り込まれている必要がある、というのはけだし名言である。

 都留重人先生ご逝去の報。経済学を志したとき、始めに手に取ったのがポール・サミュエルソン著「経済学」、都留先生の翻訳で、大書2巻からなるものであった。その後、理論経済学を学ぶ際に門下生とならせていただいた山田克己先生との交友も深く、常に憧れの「大人(たいじん)」であった。

 「雪」の経済学をどうお考えであったろう。一度お聞きしてみたかった。合掌。

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□  楽しいひと時 
2006年2月7日(火)


 夕方、子どもたちからマッサージを受ける。

 長女は肩たたき、二男は足踏み、長男は手もみ。長女は結構力がある。時より痛いほどだ。長男、二男は手足が小さく、それが丁度「ツボ」に当たるのか、痛痒く、気持ちがいい。3人とも、スキンシップを求めて、キャッキャ大騒ぎをしてやってくれる。

 楽しいひと時。

 秋篠宮妃紀子さまご懐妊の報、自然に笑みがこぼれる。ご無事のご出産を心よりお祈り申し上げたい。

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□  意味のある「集合体」 
2006年2月6日(月)


 8年度予算編成、原案仕上がる。

 昨年11月頃から各部局長と議論を積み重ねてきた結果。重点論点を中心に、新たな事業はもとより、行政手法等の観点から「再構築」も少なくない。特に、「再構築」事案については、「効率化」の一方、効果「最大化」を狙う、欲張りなものとなった。手法において納得性・透明性に心掛けたものもある。マクロ的には、「財政のプライマリーバランス」確保の観点から、「その意義と今後の展開」において、中期目標指標を「理論的に」示すことが出来たのは意義深い。単に、各部局の「寄木細工」の集合体ではなく、「意味のある」集合体としての予算編成が出来上がったのは、おそらくは、本県史上始まって以来のことと思う。予算編成を取り仕切る財政部署とともに、事業展開に責務を有する各部局が、一体となって新しい「やまがた」を創り上げる推進母体となるであろう。

 今後に、期待が大いに膨らむ。

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□  子どもたちの楽しみ 
2006年2月5日(日)


 息抜きに、子どもたち3人を連れて、文翔館へ。

 山形県の「昔」が写真などで見れるのが面白い。「昔のポスター展」なども見学。3人とも結構楽しんで見ている。議事堂跡で練習中の山形東高等学校の吹奏楽部の音色にも聞き入る。

 その後、前の児童館へ。元県立図書館があった建物だ。

 室内遊具はなかなか工夫が凝らされている。長男が幼児時代に過ごした東京都内でも相当多くの児童館に出かけたが、類似の遊具は見たことがない。

 窓から、隣の県民会館で耐震・アスベスト除去の工事を行っているのが良く見える。「発注者 山形県知事」との大きな文字も。

 汗をかかない程度に一緒に遊ぶ。この間、「もしかして、知事さんですか?」などと、声を掛けてくるお母さんもいる──「ハイ」、「へぇ〜、テレビでしか見たことがないので。びっくりしました、こんなところでお目にかかるなんて。親しみを覚えますわ!」と。 まあ、ここまでは良いが、次には「サイン下さい!」──

 今春から、二男は小学校1年生。長男同様、二男にもカバンや洋服を掛けられるタンスが必要だ。「どんなデザインがいいか、自由に描いてごらん」と言うと、長男と協力しながら、二男は一生懸命にデッサン。

 日曜大工で腕を振るって、楽しみながら作ってあげるつもりだが、さてさて、どうなることやら──

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□  立春 
2006年2月4日(土)


 今朝は大分冷え込む。

 昨日の節分で、子どもたちと一緒にまいた豆が家中あちらこちらに落ちている。そっと一粒拾い上げては、パクリ、ポリポリ──

 季節感があっていい。

 「あぁあ〜、はやくはるになるといいなぁ」とは4歳の長女──

 偶然にも、今日は、立春。

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□  「鬼」も受け入れる広き心で 
2006年2月3日(金)


 早朝より深夜まで18年度予算編成作業が続く。

 この間、夕方近くに一時中断、両所宮節分祭で豆まき。

 実は宮司の中野さんとは、お嬢さんが長男と剣道でご一緒というご縁。裃を着せてもらい、社殿へ。神事が厳かに執り行われる。檀家の皆様、年男・年女、などがお祓いを受ける。最後に「新調した」という着ぐるみをまとった鬼が登場、煎った本物の豆を投げる。

 その後、境内のステージ(実はトラックの荷台)で集まった人々へ豆まき。殻付ピーナッツの袋に5円玉、そして白菜や大根、お酒といった当たりくじ引換券が入っている。初めての経験、大いに楽しむ。

 ところで、豆まきの前に集まった皆さんの前で「ご挨拶を」というので、次のような趣旨のことを述べた──

 「今や我が国は人口減少に突入、従って「福」はもとより「鬼」も仲間に入ってもらわなければ人口減少社会を支えきれない、「鬼」も受け入れる、広き心を持とう。」

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□  「手触り感」のある県政 
2006年2月2日(木)


 終日18年度予算査定。

 特に、少子化・福祉政策を巡ってやり取りを繰り返す。また、「攻めの農業」具現化のための総合産業化政策についても詰めた議論をする。さらに、高速交通ネットワーク整備関連についても一定の方向性を模索する。時に厳しい場面もある。が、これも、厳しい予算制約の中で、政策効果を最大限に上げ、県民にとって「手触り感」のある県政たりうるためなのだ。

 そのためにも、県職員は懸命に考え、頑張って取組んでいる様を、県民の皆様も見て、理解してもらいたい、と思う。

 「パパ、お仕事頑張ってね」──今朝も、4歳の長女からの言葉を背中に、雪の玄関口を後にする。

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□  雪国の楽しみ方 
2006年2月1日(水)


 二男は、今春、卒園、そして小学校入学予定。

 その予行演習ではないが、今日は現在小学校1年生のお兄さん、お姉さんらと一緒に昼食会──二男は前夜からそのことが楽しみで、楽しみで、今朝も出かける前に「今日は小学校に行ってご飯食べるんだよ」と大張り切り──我が家では、子どもたち皆がお魚好きで、食べ方も上手──その昼食会にお魚が出た。それを上手に食べ、しかもおかわりもする元気な二男を眺めていたお兄さん、おい姉さんらは、結構面白がったそうな。

 長男は昨日蔵王でスキー教室、長女は幼稚園での外遊びで雪合戦 ──雪国ならではの楽しみ方だ。

 当方は、というと、激しく降る雪を時折窓越しに眺めながら、終日18年度予算査定にて深夜まで──

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□  思考の柔軟性
2006年1月31日(火)


 今年も早や1ヶ月が終わらんとしている。

 知事査定再開――

 非義務的経費については、各部局とも相当意識して総額圧縮の努力を行っている。しかしながら、事業の中味をやや仔細に見ると、政策目的実現のための手段や仕掛けに関して、「新しい発想」や「スピード感」の観点から、まだまだの感が強い。それは、県民が真に何を求めているのか、その心に直接訴えかける行政そのものであり、予算執行でなければならない点を体が覚えていないからだ――「行政の論理」の呪縛から未だに解き放たれていないのが最大の理由だ。

 折りしも、本日、「やまがた改革集中プラン」が成案を見た。

 向こう10年を展望し、県政が目指す政策を明らかにするのが「次期総合計画」(本年度中に成案予定)であるのに対し、本プランは、本計画遂行のための原動力・推進力となる新たな県政システム創りのためのものであり、本計画期間の半分の向こう5年を展望している。

 本プランの中心的位置付けである「意識改革」の必要性を、就中「思考の柔軟性」の大切さを、改めて痛感させられた一日。

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□  「YAMAGATA」を世界に
2006年1月30日(月)


 「最高の評価を得てまずは結果を出せそうです」――

 嬉しいメールがパリから届いた。Maison et Objet Paris 2006での「山形工房」推進役の一人・菊地規泰氏(菊池保寿堂社長)だ。リーダーの奥山清行氏の同級生でもある。まずは帰国後の余韻に浸って。

 夕方、おじいさんとおばあさんが来宅、山菜汁を持って来がてら、孫の顔を見に。パリでの食事も美味しかったが、やはり「山形」の味は最高だ。

 広がれ、「YAMAGATA」――世界に――

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□  ほっとするひと時
2006年1月29日(日)


 夜8時、パリから無事帰宅。

 お風呂にも入り、就寝直前の子供たちが「おかえり〜!」と出迎え。長女がいないことに気付く。家に上がると、別の部屋でゴソゴソやっている。聞けば、「パパがかえってきたらこれを着ておどろかすの」とドレスに衣装替え真っ最中。

 抱きついてきたり、首にぶら下がったり、肩車をねだったり――気持ちを体一杯で表現した歓待の帰宅。

 ほっとするひと時。

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□  Maison et Objet(パリにて、最終日)
2006年1月28日(土)


 Maison et Objet Paris 2006にて、我がカロッツエリア・プロジェクト「山形工房」のプレゼンテーションならびに簡素なレセプションを開催。

 現地報道関係者17社25名の方々を含め、用意した50席がほぼ満席。村山隆県議はじめ、その他山形業界の若手経営者も数人わざわざ応援に駆けつけてくれた。Maison et Objetの主催者Etienne Cochet氏も、同インテリアシーン統括者のFrederic Bougeard氏を伴って参加。

 まずは、Cochet氏からのご挨拶を頂いた後、リーダーの奥山清行氏より、英語で、本プロジェクトの基本哲学ならびにそれに対する意気込みを、続いて小職より、仏語と英語で、山形そのものの魅力やものづくり力に加え、本展示を機会に地方の文化や歴史が現代美とともに受け継がれ、そして「山形」が21世紀に生きる皆さんの「生活哲学」と軌を逸にすることを切に願う旨を、各々高らかにアピール。その間、菊池保寿堂の菊池さんがセットアップした印象的なシーンをスクリーンに映しながら、臨場感も増す。

 その後のレセプションにて、参加してくれた方々と意見交換、「一度山形に行ってみたい」、「伝統と現代の融合というコンセプトに感銘した」などと口々に。特に、「将来の有力なデザイナー」と紹介する自分の息子を連れたフランス人女性デザイナーは今回の「山形工房」を絶賛、最後までその想いを熱く語っていたのが印象的。

 さらに、Cochet氏の秘書からは、同氏は、@今日の予定2件をキャンセルして本席に駆けつけたこと、そしてA最初から最後まで「お行儀よく」(同氏秘書)楽しむということは極めてまれであること、さらにB事務局に報道関係者から今次注目展示を問われると3件ほど挙げるが、そのうち決まって最初に「山形工房」を取り上げていること、などといったエピソードを聞き及ぶにつけ、同氏の「山形工房」に対する並々ならぬ関心の高さを物語るものとして興味深かった。

 レセプション終了後、再度「山形工房」出展会場を訪れ、関係者を慰労、そのトータル・コーディネーションの格調高さに改めて感動。そのままMaison et Objetを後に一路帰国の途に。

 カロッツエリア・プロジェクト第1ステージは、こうして、今後の展開に多くの可能性を残したかたちで、大きな成果を見た、と評価できよう。

 心地よい疲れ。

 パリ/シャルルドゴール空港にて、第3日目・最終日を記す。

(帰国後記)
 出発前に、ダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)帰りの竹中総務大臣ならびに中川自民党政調会長が同乗の由、離陸直前に機中ご挨拶──「先日は豪雪対策要望関連でお忙しいところお時間を頂戴してありがとうございました」、「いや、どうも」(竹中大臣)、「おっ、齋藤君、今日はどんな用向き?」(中川政調会長)、「はい、今日は山形のものづくり力を世界から情報発信する、とのコンセプトの下で、Maison et Objetという世界有数の展示会で発表会を行った、その帰りです」、「ほう、そうですか、頑張ってください」(中川政調会長)、「頑張ってください」(竹中大臣)――

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□  Maison et Objet(パリにて、第2日目)
2006年1月27日(金)


 Maison et Objet Paris 2006 開幕。

 夕方、平林博駐仏大使から、奥様ご同伴で、我がカロッツエリア・プロジェクト「山形工房」をご見学いただく。しかも、Maison et Objet Paris主催者のEtienne Cochet氏も同伴説明、という豪華さだ。「山形工房」パネル前で、平林大使ご夫妻、M.Cochetの4人で記念撮影。

 大使らをお見送りした直後に世界的な某美術館関係者の来訪を受け、自らも説明をかってでながら「やまがたらしさ」の哲学をしっかりとアピール。

 初日の評判は上々のようだ。

 先立つ午前中は、JETROパリセンターの中井毅所長、訪仏中の斉藤隆志理事らと、また在仏日本商工会議所の後藤豊会頭、長塚勝幸事務局長らと、各々面会。今後のカロッツエリア・プロジェクトの展開などにつき有益なアドバイスを頂く。その後日本大使館も表敬、平林大使に対しご見学に先立ってのご挨拶。

 実は、日本からMaison et Objetに出展している先も岐阜、石川、福島と合わせて10数先あるので、それらも駆け足で視察したが、改めて、確固たる出展哲学・コンセプトの大切さを思う。

 パリにて、第2日目を記す。

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□  Maison et Objet(パリにて、到着初日)
2006年1月26日(木)


 カロッツエリア・プロジェクト「山形工房」のMaison et Objet出展のため、パリへ。 

 金融国際会議で講演するためVersaillesに来て以来、丁度3年振りの渡仏だ。航空機材もジャンボ747−400とハイテク機で、快適な旅だ。

 機中、「蝉しぐれ」を鑑賞、2度目だが、美しいふるさと山形を再認識──そのお陰で、これからパリで山形の情報発信するに際し、その気持ちが一段と高揚する。

 降り立つ前の雲の上から、パリ市内は雪がないことを確認、降り立った後、寒さも全く耐えられないほどではない。

 空港からMaison et Objet出展会場へタクシーにて直行、「ライバル」出展を眺めながら、「山形工房」ブース設営に汗を流している皆さんを激励。昨年の東京国際見本市にての「ならし」出展と比較して、また一段とセンスと格調が高くなっている。いい感じでの仕上がりだ。会場は、世界からの出展準備で、梱包材などで一杯だが、明朝までにはすっかりきれいになるという。

 宿泊先へ。これから、出展設営準備が終了するまでしばし待機、後に皆でカジュアルな夕食に出かける予定。

 現地案内人は、山形生まれの阿部正子さん。山形東高校卒で、山形放送にて小職の同級生・芳賀道也アナウンサー部長などとお仕事をした経験もあるという。ロータリーで1年の予定で渡仏後そのまま5年目という。流暢な仏語。菊池保寿堂の菊池さんもなかなか達者な仏語。

 カロッツエリア・プロジェクトの「生みの親」でもある奥山清行さんはじめ、菊池さん、阿部さんともども、頼もしい後輩達だ。

 パリにて、到着初日を記す。

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□  『宝』は『苦情・クレーム』にあり
2006年1月25日(水)


 知事査定2日目。

 特に、男女共同参画関連について議論──県内全体への均霑を図るには──企業トップへの働きかけ・意識改革がまずもって重要、しかしながら、真にどのような処方が求められているかを知るためには実態を把握する必要がある、そのためにも「経営改革の『宝』は顧客の『苦情・クレーム』にあり」との民間の発想に教訓を得て、行政としての「仕掛け」を構築することが肝要、などといった議論が展開される。

 過去の漫然たる延長ではないことはもちろんのこと、新機軸であっても、次年度以降に繋がる、確固たる理念に基づいた事業を展開したいものだ。

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□  元気を与える
2006年1月24日(火)


 18年度予算編成過程における、いわゆる「知事査定」が始まる。

 「始まる」といっても、新たに始めるわけではない。酒造りに例えれば、すでに、昨年秋口から「仕込み」を始めていたので、最後の醸造過程で「熟成」の一歩手前、「搾り→火入れ→貯蔵」の辺りであろうか。特に、「非義務」関連のうち、新規はその目的効果を、継続は効果検証を、しっかりと論理的に見る。

 県民が「手触り感」のあるよう、皆で考えたい。

 皆川睦雄氏に県民栄誉賞を贈ることに。氏は、米沢出身で、プロ野球の元南海ホークス(現ソフトバンクホークス)で活躍した年間31勝投手。関西県人会常任幹事、県青年洋上大学講師を務めるなど、本県への貢献も大。昨年2月逝去。聞けば、庄内交通の本山彌社長は高校時代に互いに県大会等で投げ合った仲の由。

 予算も、県民栄誉賞授与も、県民に元気を与える動きになることを期待したい。

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□  あの日、あの時
2006年1月23日(月)


 あの日も、今日と同じような天候であった──

 行楽に出かけたくなるほど好天ではなく、かと言って、コタツにあたって外出したくなくなるほど悪天候でもなかった──

 丁度1年前、275,455人の有権者の方々からご支持を得て、県知事選挙に勝利した。次点との差4,477票、得票率47.7パーセント、その差0.77パーセントポイント ──

  まさに、47歳にふさわしく、とことん、「4」と「7」にご縁のあった勝利であった。

 今日の記者会見でも、1年前の感想を問われた──曰く、「人は過去を懐かしむ者ではあるが、過去に生きる者ではない、現在さらには将来に生きる者だ」と。その上で、今晩は、かつての高堂の選挙事務所に頻繁に出入りしてくださった方々を中心に、ごく少人数のみで周年記念。

 実に愉快な会合であった。

 そして、皆さんに伺ったこと──やまがたの風、変わりましたか──

 多謝。

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□  物質と精神
2006年1月22日(日)


 かつて、ある大手「重厚長大」企業が山形に進出する計画を立て、関係地方自治体からの協力を得ながら、8千坪の土地を手当てした。その後、当該企業は環境変化から結局進出するに至らず、広大な土地は荒れ野原と化した──

 そこへ、このたび、ある宗教団体が会館を新設し、8百台の駐車場を持つ全国でも有数の広さを誇ることとなった。

 戦後日本の平準・平等的所得分配社会から、規制撤廃・自由化を伴って、実力・市場一辺倒社会へ──そして、そこに生まれた多種多様な分野での「対立構図」を如何に調和するか──「より豊かに生きる」から「より深く生きる」へ──

 新設なった会館では、人々が、心の問題を抱えて、また心を開くために、多数参集することであろう。

 ひとつの広大な土地を巡る大手企業と宗教団体の「ドラマ」は、まさに当世の縮図であるかもしれない。

 恩人のご家族ご葬儀のため高崎市往復──その道すがら、ことさら、「物質」と「精神」を思う。

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□  早や、「今後の誓い」
2006年1月21日(土)


 「第5回福祉セミナーinみやぎ」に「トップ対談:地域で支えるこれからの仕組みづくり」にパネラーとして参加。

 北海道・高橋はるみ知事、静岡県・小嶋善吉静岡市長、山口県・河内山哲朗柳井市長と。そして、モデレーターは浅野史郎宮城県社会福祉協議会会長。2時間45分の長丁場。もちろん、お聞きになっている方々の満足度を如何に持続するかはこちらサイドの腕次第、ということ。

 来る4月から施行される障害者自立支援法をどう運用するか、がポイント──

 今後の社会構造の変化の中で、@人口減少下でもより「豊か」になるために「全員野球」が必要であること、またA多様な価値観、すなわち今後の社会での「対立構図」に的確に応えるという大きな歴史的流れの中で福祉を考えること、その際B「地域力」が基本となるが、具体的には「小学校区」単位で、実効性あるものとすることが重要ではないか、と訴えた。

 具体的枠組みとしては、@「居住」、「就労」、「支援」が、そしてその内容は、A「ケア」、「医療」、「訓練」が、各々の「3本柱」である。

 政策思考をもっと深めねば、と痛感した次第。

 夕方は首都圏を中心とした仲間の集まりである「ZAO会」に。昨年は、丁度知事選が終了した1週間後であった。またしても皆とスキーは出来ずじまい。いつも懇親会のみの参加であるため、会長の石弘光先からは「『名誉』会員」という汚名まで頂戴する始末。来年こそは、と又再び誓った次第。

 新年1ヶ月にして、早や、「今後の誓い」の多い今日ではあった──

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□  生活者視点
2006年1月20日(金)


 今日の記者会見で発表──

 少年自然の家等の社会教育施設6か所を、@4、5月のゴールデンウイーク、A7月の海の日を含む3連休、B10月の体育の日を含む3連休、を通期で開所する。

 県立図書館も月曜日以外の祝日、1月4日、12月28日を新たな開館日とする。

 昨年のゴールデンウイーク中に家族で遊びに行ったところ閉鎖されていたので驚いた。聞けば、祝日は休館、その理由も「施設の使用目的が『教育』であり、民間等の『レジャー・娯楽』とは区別される」ためである由。行政的視点から理解できないではない。しかしながら、「県有施設の有効利用」といった観点はどうなるのだろう───

 「男女共同参画職場づくり研究会」との意見交換。重要政策のひとつである「男女行動参画」をまずは県自ら率先垂範して、という気持ちから、若手職員を中心に極めて短期間にアクションプランをまとめたのである。内容も精力的かつ意欲的。

 その上で、アクションそのものを、@「時間軸」の視点から、直ちに着手可能なもの、多少時間がかかりそうなもの、やや長い目で取組むべきもの、といった3カテゴリー別に、また、A「働きかけ対象先」(自分自身を含め具体的に誰に働きかけるのか)別に、再分類してみてはどうか、と問いかける、そしてBその成果を、職場毎に発令する「男女行動参画」実行委員から担当部署(例えば人事課)が定期的に(例えば半年毎)報告を受け、実効性をチャックしてはどうか、といったことを提案させてもらった。

 各職場の上司らはしっかりとこのアクションプランを受け止めて欲しい。

 現実に子育て真っ只中であるが故の、またかつて若い頃に米国生活習慣・文化を実体験したが故の、「生活者視点」を反映することが出来るのであれば、何にも代え難い喜びなのである。

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□  拡がれ、宮城・山形の輪
2006年1月19日(木)


 終日「内政」に専念。

 教育、文化環境、商工労働、病院事業、市町村合併、農政、等──それぞれの分野で、今後10年を展望する、他方、18年度予算に繋がる、重い判断が求められる。しかしながら、各々──例えば、医療・バイオ・環境に応用できる、医療情報の官民一体化を標榜する、「攻めの農業」を実践する、等──将来に希望が持てる話ばかりだ。繁忙感が強い中でも何とか元気に「判断」が出来る所以だ。

 業後、村井宮城県知事と共に、宮城・山形両県議会の合同協議会を新年度に立ち上げるための、総勢20名ほどの「有志」の会に参加。こうして、当初より唱えてきた「広域経済圏」を形成するため、執行部だけでなく、県政の「両輪」のもう一方である議会も、隣県との連携強化に動きはじめたことは、実に意義深い。また、そこに、本県の総合政策審議会委員であり、また現実に高畠町住民の宮原宮城大学教授もご一緒にご参加くださったのは象徴的であった。

 拡がれ、宮城・山形の輪。

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□  小さな劇団員
2006年1月18日(水)


 冬期間は、長男とともに、バスに乗って出勤することが多い。

 今朝、バス中で出会った長男のお友だち、劇団で活躍中という。そこで話しかけてみる──

 「ステージに立ってお客さんから拍手をもらうとうれしい?」、「うん、とくにうまくいったときはね」、「へぇ、うまくいったかどうかは、どうして分かるの?」、「それゃわかるさ、ステージとお客さんは一体だからね。『あっ、今日はうまくいった』、『あっ、今日はいまいちだった』と拍手を感じる」─

 小学校3年生とはいえ、立派な団員だ。「2月の公演、必ず見に行くからね」と長男。そうしているうちに、バスは着く。

 18年度予算編成を巡り、財政当局と20近くの重要事項に関する総括協議で一日が終わる。

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□  母校の暖かさ
2006年1月17日(火)


 新酒田市合併記念式典が挙行さる。於希望ホール。

 旧酒田市および八幡・松山・平田の3町の合併により人口11.8万人、面積60万平方キロメートルの新都市が昨年11月1日に誕生した。丁度、東京23区とほぼ同じ広さだ。「鳥海山を仰ぎ、人いきいき、まち快適、世界と結び、夢かなえる 未来創造都市」がスローガン。是非とも、市町村の行財政システムの再構築という「改革」そのものを実践し、今、まさに新しい発展の芽が吹き始めている庄内地域から、県政発展をリードしていってもらいたい。

 その庄内地域で昨年発生した羽越本線脱線転覆事故──

 JR東日本の大塚社長が北側国土交通大臣を訪れ、あさっての19日に運行を再開したい旨を伝え、大臣もそれを了解した由。今後とも、昨日北側大臣に対してお願いした通り、当面の安全対策の実施と、御遺族の方々への配慮を前提として、列車の運転再開がなされていくものと期待している。

 夕方から、母校の山形東高等学校同窓会が「齋藤弘君を励ます会」を開いてくれた。

 200名程の諸先輩はじめ同級生らが参集してくれた。恩師の瀧口正彦先生の指揮による校歌斉唱からはじまり、同窓会会長の橋本栄一氏のご挨拶、元恩師で校長も勤められた日野顕正先生、現校長の伊藤和夫先生のご祝辞、祝言仕舞と続き、元校長の木村宰先生の乾杯で始まる。最後は元応援団長で、現山形市議会議員の遠藤和典君に合わせての「おお勝利」で締め括った。

 私は、というと、各テーブルを廻りながらご挨拶させていただいた。その間、壇上でのご挨拶で、最後に「『初心忘るべからず』を肝に銘じてしっかりと県政を担っていきたい」旨を述べると同時に、懐かしの当時の「学帽」をすっぽりかぶった。もちろん、黒光りする、時代物の「徽章」付だ。

 母校はいつも暖かい。

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□  やまがた夢未来サポーター
2006年1月16日(月)


 「やまがた夢未来サポーター」が始動──山形の県外「広告塔」になっていただける、またそのためのアドバイスを期待している、多種多様な分野でご活躍の方々だ。

 朝一番で、まずは大阪に飛ぶ。関西の「やまがた夢未来サポーター」十数人と昼食をはさんでの意見交換。夕方にかけては、会場を東京に移し、同様に「やまがた夢未来サポーター」数人と夕食をはさんで意見交換。

 サポーターの方々が口を揃えて言うには──@食・味の宝庫であること、そしてA親切・丁寧な人ばかりであること(「『いやな奴』が一人もいない」との率直な表現も)、従ってB訪れるたびに「癒される」こと──熱い想いが伝わってくる。

 この間、国土交通省にて、北側大臣と会談。

 先般の脱線転覆事故以来不通となっている羽越本線について、まずは、現地視察、鉄道強風対策協議会の立ち上げなど、大臣自らの迅速なご対応に感謝するとともに、原因究明の徹底を改めてお願いする。その一方で、@当面の安全対策の実施、ならびに、A特に亡くなられた5名のご遺族からのご了解・ご理解、を大前提に、社会経済面の影響への配慮から、運行再開をお願いする。

 大臣からは、現時点でJRと直接会って話し合いを持っていない状況を前提に、原因究明は徹底して行う、それだけに一定の期間を要する、その間運行は再開しないというのは社会経済面への影響が大き過ぎよう、従って申し越しの2点についてしっかり対応した上で運行再開の目処を立てたい(「その時期の判断は、先の尼崎事故同様、極めて悩みの深いものとなろう」とも)、とのお話を頂戴する。

 今回の事故を巡る一連の対応は、やまがたファンの趨勢にとっても重要なのである。

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□  小鳥の巣箱
2006年1月15日(日)


 子どもたちと、「絵本ワールドin山形」へ。於山形テルサ。

 様々な絵本を一堂に集め、また大型絵本の読み聞かせや、絵本作家の荒井良二氏を招いての講演など、盛り沢山。しかも、いい本がいっぱい。首都圏では、例えば「クレヨンハウス」といったビル一棟絵本だらけ、といった所もあるが、地方では結構珍しいイベント。さすがに、子供連れの家族が大勢集まってくる。

 絵本の楽しさは、もちろん内容もであるが、挿絵、とりわけ表紙が美しい。書棚に整然と背だけをみせて並べておくのがもったいない──そう思うと、表紙を見せながら並べる絵本棚が欲しい──早速、あれやこれやと想いをめぐらし、日曜大工で製作したのが7、8年前。未だに現役だ。

 帰宅後、子どもたちが、庭に時より飛来する小鳥のために、「冬にえさを食べれるように、巣箱を作ってほしい」と──

 久し振りに、日曜大工──しかも、今回は、子どもたちが「設計図」を書く。それに有り合わせの材料を眺めながら、可能な限り近い形状にする。材料のアベイラビリティから時折設計図自体に変更も加えられる──

 夕食前、ようやく、小鳥の入り口がドーム型で、黄色い屋根付の、しかも一方の屋根が開閉する、可愛らしい巣箱が完成したのである──さてさて、小鳥は集まるやら──

 こうして、楽しい週末はあっという間に過ぎ去る。

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□  スキンシップ
2006年1月14日(土)


 子どもたちと、スキンシップの一日。

 お正月2日にスキーに行ったことがとても楽しかったようで、本来、今日出かける予定にしていた。ところが、気候が緩み、何と、雨。これでは出かけられない。

 そこで、エネルギー有り余る子どもたちのために、私が部屋で四つん這いになり、子どもたちがその背中をクリアーしたら直ちに両手両足の間をくぐる、という動作を30秒間に誰が一番たくさんできるか、などと──

 一日の楽しみを話しながら、夜は、旬の寒だら鍋を皆でつつく。

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□  「改革」断行
2006年1月13日(金)


 終日庁内で公務・内部打合せ。

 定例の三水会(報道関係の支局長らがメンバー)での昼食をはさんで、新年度に向けた財政・組織の課題に取組む。「知事査定」といった「氷山の一角」ではなく、改革の理念に照らし、論点ごとに前倒しで協議。

 新年とともに、いよいよ「改革」断行だ。

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□  3県連携(2日目)
2006年1月12日(木)


 昨日に続き、3県連携。 但し、今日は、新潟、長野、山形 (昨日は、岩手、宮城、山形)。

 豪雪災害関連緊急要望のため、泉田裕彦知事、田中康夫知事と一緒に、午後一番から、@政党では、中川秀直自民党政調会長、A総務省では、竹中平蔵大臣、林省吾事務次官、B国土交通省では、佐藤信秋事務次官、谷口博昭道路局長、等に面会。県内豪雪を物語る積雪量の多さ、吹雪、果樹被害等の写真をお見せしながら、除排雪費用の確保(補助金・特別交付税等の増額・拡大等)ならびに果樹等農作物被害への対策・支援をお願いする。

 特に、後者について、「もはや豪雪というよりは、災害。そのようにご理解いただきたいし、またその対策について特段のご配慮を賜りたい」旨力説。これに対して、中川政調会長からは「その通り(災害)であり、政府・与党としても、補助金、予備費、特別交付税の3面から、可能な限りの対応をしていきたい」旨、また、竹中総務大臣からは「小泉総理からの指示もあり、ご要望を踏まえ、しっかりと対応して参る所存である」旨、各々前向きなお話を伺うことが出来た。

 泉田知事は県民の生命・安全を守る立場から、また田中知事は「垂直連携」(特別交付金等の対策費確保)だけではなく「水平連携」(地域コミュニティ間の情報連絡網の整備等)の重要性を確認する立場から、各々理解を求めた。

 山形県の緊急要望については、県知事に加え、県の市長会会長ならびに町村会会長との連名の書面を手交。さらに、昨日、岩手を訪問した際に、北海道東北地方知事会長である増田寛也県知事からの了解を得た上で、北海道、青森、岩手、宮城、秋田、福島、新潟、山形の8県知事連名の緊急要望書も併せて手交。

 この間、国土交通省の梅田春実鉄道局長にもアポなしで面会、先の羽越本線脱線転覆事故について、@北側国土交通大臣の現地視察ならびに原因究明等へのご尽力に対し敬意を表するとともに、A今後の更なる事故原因の早期かつ徹底究明ならびに当面の安全対策を講じた上での早期復旧・運行再開をお願いした。

 ところで、長野県の田中康夫知事には、ほぼ1年前の県知事選挙戦真っ只中、翌日に投票日を控えた1月22日土曜日、急遽ご来形いただき、酒田市で加藤紘一先生と応援演説を行っていただいた後、直ちに雪の六十里越街道を通って山形市内に入っていただき、陽もとっぷりと暮れた夕方5時ごろ、七日町の中央公民館前でまた再び応援演説をいただき、そのまま通りの方々に声を掛けながら、ご一緒に商店街を歩いてもらった。知名度ゼロの候補者であった私にとって、全国的に有名な田中知事が、わざわざ駆けつけてくれた──どんなに心強く、またどんなに嬉しく、感激したことか──そして今日、全国知事会以外の場で、田中知事と再会でき、ご一緒に行動し、丁度1年前の御礼を改めて申し上げることができた。まさに「ご縁」である。

 広がれ、県知事の輪、そして絆──

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□  3県連携
2006年1月11日(水)


 関東自動車工業滑竡闕H場第2ライン竣工式。

 早朝より一路岩手へ、丁度2時間半の道のり。安田善次社長、渡辺弘明副社長らにご挨拶、そして山形の「ものづくり力」を具体的計数(例えば山形の自動車関連部品出荷額は年間1千億円で東北3位、等々)をもってしっかりとアピール。ついでに、Maison et Objetへの伝統工芸品等の出展についても敷衍しておいた。トヨタ本社からは、張富士夫副会長や安形哲夫常務らも出席。

 こちらは、岩手、宮城、山形の3県知事が揃う。それだけ、各々の地域への波及効果等を含めた、本産業に対する期待が高いことの証左でもある。

 工場視察に続いて、簡単なレセプション。報道関係者が多いのに驚く。その間、「世界で最も早く陽が上る工場」──紹介ビデオでの、このキャッチが気に入る。その旨、レセプション会場で隣に立っておられた安田社長に申し上げると、「実は、そのキャッチ、自分が考えた」由、当の社長も、そのことに直ちに反応してもらい、悦に入っていた感。

 さあ、これからは、具体だ。

 夕方は、県政記者クラブとの意見交換。普段、毎日の記者会見で顔を合わせている方々ではあるが、こうして膝をつき合わせてお話をすると、また各々のお人柄が伝わり、今後の会見時の質疑等でも親しみを覚えそうな気がする。まだまだ話足りなかったような気がするが、明日のこともあり、適宜引き揚げる。

 明日は、豪雪対策関連で総務大臣らにお会いするため、早朝より上京だ。

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□  話す
2006年1月10日(火)


 話し続けた一日。

 お昼12時半より山形短期大学にて「地方経済と経済理論」と題した講義。「『講演』ではなく、あくまでも『講義』」といわれていたので、「人口減少社会がもたらす影響とその対応」を生産関数によって、また「広域経済圏の必要性」をリカードの比較生産説によって、各々できるだけ平易に講義。理論と実践に意を用いたつもり。「地産地消の誤解」についても言及。総じて学生は真剣に聞き入ってくれていた感。

 一路、昨日に続いて米沢へ、出前知事室。知的障害者授産施設「栄光園」にて、米織や焼き物に取組んでいる様子を視察した後、「手をつなぐ親の会」メンバーらと意見交換。作業所では、皆元気で生き生きとしている姿に感銘。

 続いて、山形大学工学部にて学部長らと「山形県のものづくり人材育成」について意見交換。

 さらに、その後、米沢商工会議所主催の「県知事を囲む新春懇談会」にて「県政の現状と課題〜産業振興施策を中心に〜」と題して講演。米沢での有機EL研究等が今や如何に産業集積に繋がるかが問われている点を強調。

 この間、移動中ながら、豪雪対策を巡る県ならびに近隣県知事との連絡調整も。

 明日は、早朝より、岩手入りだ。

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□  着手
2006年1月9日(月)


 子どもたちにも日記をつけて欲しいと願う。

 自分は、小学校5年生の時に出会った、ファイトマンで、心から信頼・尊敬していた伊藤辰雄先生が、その課題をクラス全員に与えていた。以来、約40年近く、その教えを忠実に守り続けている。3年半に亘った海外勤務の折は、英語で記載していたりもした。

 初めての日記から装丁が立派なものである。それは、未だに、実家に保管してある。まずは、長男一人を連れて行き、「パパはこんな風に書いていたんだよ」と「現物」を見せる。「へぇ〜」と長男。中には、印雑物や手紙の一部などが貼ってある。「あっ、へへへぇ〜」とまた再び長男。開いているうちに、当時出したラブレターにもらった返事のラブレターなども出てきたのだ。

 それから、日記を買いに書店へ。立派な、可愛らしい装丁だ。

 そして、新年から下書きしていた日記を書き写しながら、今日から、長男の「日記暦」が始まった。

 最後に付け加える──「自分の中に住むもう一人の自分とお話が出来るんだよ」と。

 夕方にかけて、遠藤武彦後援会の置賜地区の後援会新年会のため、家内と米沢へ。会場を1階と2階に分けての大盛会。時間差で二つの会場で昨年の御礼とご挨拶をさせていただく。

 さすがに米沢の積雪は多い。道路脇の雪の壁が、人の背丈をはるかに越えている。車同士の出会いがしらの衝突も多いという。

 雪対策関連、今週は本格的に動く。

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□  普通列車の効用
2006年1月8日(日)


 新年始動。

 いつもの週末のように、早朝7時半、長男の剣道錬成のため出かける。今年初めての錬成だ。年初ということもあり、遅れてくる子どもたちもいたが、まずは20名近くの殆どが集まる。年末年始の期間もちろん誰も使わない体育館、さすがに冷え冷えとしている。子どもたちの元気な声、もちろん、多くは裸足だ。動いた後に面を取ると、頭から湯気が出ているのが分かる。我々父兄は、というと、ホッとカーペットの上にじっと座っている。これも結構寒い、時々立っては体を動かす。終了後、皆にお餅が配られる。

 午後は、加藤紘一後援会の新庄・最上地区の新年会のため、家内ともども新庄へ。

 出発前、子どもたちの前に進み出て、二人で腕を組み、仲むつまじさを敢えて強調するような仕草をしながら、「いってきまぁーす」とポーズをとってみる。3人ともニヤニヤしながら、予想通り、4歳の長女がこちらへくっついてくる。「おばあちゃんの言うことを聞いてね」と型どおりの言葉を残す。

 新年会では、新庄・最上地区の全市町村長ならびに議長が出席、従って市町村議員も数多い。そもそも、後援会会長が元衆議院議員の近岡理一郎氏。多くが一般市町村民主体の後援会メンバーであるような姿とは、そもそも「生い立ち」が異なるようだ。昨年の知事選では一番苦しかった地域、これで一応のけじめだ。

 実は、山形・新庄間を列車、しかも普通列車での移動。雪の影響もあり、行きは2時間近く、帰りは1時間半近くかかる。その間、乗り降りしている人々の顔色も見える。経路の雪の多さの違いも分かる。そして、車中、家内と二人だけでゆっくり話す。

 こうした時間は大切だ。

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□  時の流れ
2006年1月7日(土)


 加藤紘一後援会の新年会へ、家内ともども出席。

 午前中は鶴岡、昼食をはさんで、午後は酒田。大雪が心配されたが、まずまずのコンディション。丁度、2時間で鶴岡入り。

 置かれている環境が異なると、見える風景がこうも違うのか、と思う──

 鶴岡会場となったグランドエルサン、ちょっとしたコーナーの正月の置物、ステージ脇の天井から吊るされたアメリカン風の絵、一輪の花、等々──余裕を持って眺め、そしてオーナーの早坂さんのセンスを愛でることが出来た。

 酒田会場となったベルナール酒田、丁度一年前、同じ会場で、家内と一緒に、同じステージにあったところ、当時の後援会会長が、マスコミの退席を要請した事務所スタッフに対し「だれが人払いしろと言った、マスコミはそのままいてくれ」と叫んだ後、出馬の経緯等についてかなり厳しい口調で問われた。後援会の皆様にご挨拶をと思ってきた我々夫婦は、まるで被告人のように座り、しかし事実無根の「風評」を、その場で、きっちりと否定したのであった。

 これに対して、一年後の今日は、同じように登壇したが、我々夫婦は、加藤紘一ご夫妻ともども、お花を頂戴したのである──

 時の流れを思わざるを得ない、瞬間であった。

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□  出羽三山山伏勧進
2006年1月6日(金)


 ホラ貝が廊下に響き渡る。

 出羽三山の山伏数名が来庁、知事室にて、県政発展のため、ご祈祷いただく。後藤副知事と。かなり長く感じられた祝詞の後、天狗の面を形どった杯に神酒を頂戴する。身も引き締まる。

 山伏が下界に降りて、一緒にご祈祷、というのは先代の宮司からである由。

 その「改革」は、爾来約50年を経た今日、山形、宮城、福島、そして東京の4地域で定着をみている。

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□  年賀状、「ごめんなさい」 
2006年1月5日(木)


 メール等の普及から年賀状の役割について云々されることが多くなった。事実、その利用枚数は減少傾向にある、という。

 しかし、である。やはり、知人友人の家族との写真を見ながら、知っているつもりのその人柄の、知らない一面を発見したり、想像したりすることは誠に楽しい。それ以上に、自分のために筆を執る時間を、わざわざ割いてくれているのだ、という「ありがたさ」を感じる。

 それにしても、県内の友人知人、つまりは有権者に、これまで出していた賀状を出すことが法的に禁じられている身であるのがつらい。

 法令遵守、されど「ごめんなさい」──

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□  「『改革』断行・『時代』創進」 
2006年1月4日(水)


 仕事始め。

 職員に対する年頭の挨拶、山形商工会議所主催の賀詞交換会、エンドーグループ総会、と3つの場所で新年のご挨拶。職員、経済人、若手企業人と対象が異なるので、それぞれのバージョンでお話をする。共通しているのは、「人口減少社会の本格到来」が今後様々な分野で影響が出てくるといわれているが、より分析的に、どう考えればいいのだろうか、ということをメインテーマに据えたこと。すなわち、

 (1)総人口の減少は、労働参加率が一定であれば、労働力の減少をもたらす、そして、資本による労働の代替や技術進歩がなければ、経済成長率の低下に繋がる、特に、2007年から2009年にかけて、いわゆる「団塊の世代」の定年退職に伴う労働力の減少・高齢化から、貯蓄率の低下・資本蓄積の減少を通じて「経済成長率の低下」は現実味を帯びてくる。

 (2)戦後の我が国を支えた特徴の一つに「所得の平準化」があったが、自由化・規制撤廃等を通じてより競争的社会経済になったことで、実力に応じて所得が決まる一方、人々の個性・アイデンティティへの希求が強く現れる、また、相対的に、多くのお年寄りを少ない若者が支える構図となる、など様々な分野で「対立構図」が浮き彫りとなる。

 (3)行政は、社会経済の対応力をより積極的に引き上げるため、@老若男女を問わずひとりひとりが持っている力を発揮できるような社会システムを再構築すること、A経済フロンティアの拡大に注力すること、B様々な「生き方支援」策を講じること、等の政策を前もって議論し、立案していくことが求められる。

 その上で、新年は、いよいよ本格的に、やまがたの『改革』を断行する年、そして、今後10年間の指針としての「やまがた総合発展計画〜子ども夢未来宣言〜」を決定し、着実に遂行することにより、新たな『時代』を築いていく、「創進」(はじまり、つくりすすむ)の年である。

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□  初詣 
2006年1月3日(火)


 初詣。

 家族5人で、降りしきる雪の中、六椹八幡宮と護国神社へ。家内安全、身体堅固を祈願。凛とした雰囲気は寒さも吹き飛ばす。

 子どもたちに、3人交互にお賽銭を入れてもらう。一緒に、小さな、可愛い両手をきちんと合わせてお参りをする姿──こうした伝統文化は、子どもたちにしっかりと伝承したい。

 省みれば、昨年の県知事選挙直前の元旦、朝一番で米沢へ、これまたしんしんと降り続く雪の中、上杉神社へ参拝、街頭の後、お昼に山形へ戻り、初詣客で賑わう二つの場所で、ご挨拶をさせていただいた。終了後、一旦、地元スキー客で混雑している蔵王温泉街で街頭を行い、下山途中、「やっぱり、大勢の方々に訴えかけられる初詣の場所を」と関係者にお願いし、以降のスケジュールを変えて、また再び、護国神社と六椹八幡宮に舞い戻り、2度目のご挨拶をさせていただいたのであった。

 遠藤利明衆議院議員の新年祝賀会。於パレスグランデール。家内と母と一緒に会場入りした。来賓として家内ともども登壇、ご挨拶。

 これまた昨年の丁度本日、同じ祝賀会にご来賓としておいでくださった谷垣財務大臣より県知事選挙激励を頂戴したことであった。思えば、それが当方にとって事実上の選挙戦キックオフであった。

 初詣には、丁度一年前の出来事が、はるか昔のように、またつい先日のように、去来する。

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□  スキー三昧 
2006年1月2日(月)


 終日、蔵王にて遊ぶ。

 新年の長男、二男の願いであるスキーを早速かなえたい、という意味合いも。二人とも転びながら初心者にしてはまずまず。スピードをある程度まで耐えられる──素質はまずまず、か。

 この間、長女は、チューブ滑り。これもなかなか面白い。途中、長女が、「ポケットにアメが入っているんだ。はい、どうぞ」と、スキーウエアのポケットから皆の分を取り出し、配る。これが、なかなかホッとするひと時。4歳児にして、どういう気の回し方なのだろう。いずれにしても有難い。

 昼食時、長男が、「帰りに温泉に入っていきたいな」と。同感。だが、湯冷めでもしたら大変、と、ここは我慢。

 最後に、リフトに乗って竜山の上から滑走。長男、二男とも何とか乗り切る。雲の合間から、夕陽が美しい。

 帰宅途中、二男は、若者がスノーボードに乗り、アクロバット的な滑りをしたのがとても印象的だったらしく、その様子を「あの手すりのようなところを滑るのはすごかったね」などと長男に一生懸命に語っている。

 心地よい疲れ。

 「あぁ、きょうは楽しかったね。またいきたいな」──子どもたちの、この言葉が、全てである。

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□  明けましておめでとうございます 
2006年1月1日(日)


 平成18年、家族で新年を迎える──

 皆で正座して「あけましておめでとうございます」とお互いに一礼しながら挨拶する。やや古風じみている。が、子どもたち3人とも真面目だ。

 「さて、今年の目標を聞かせてちょうだい」と突然のリクエスト。

 やや戸惑いながらも、まずは長女から切り出す──「きれいなおねえちゃんになりたい」──3人の先頭を切っての即答の度胸、そしてその内容に、家内と驚くやら感心するやら。

 次に長男──「スキーがうまくなりたい」──昨シーズンは選挙もあって春先に1度蔵王に連れて行っただけであったので、その願望を聞いた途端に、心が痛む。

 そして二男──「ふたつあって、一つはポケモンカードで強くなること、そしてもう一つはボクもスキーがうまくなること」──やや趣旨を取り違えているようでもあるが、懸命に考えた結果であるので尊重する。

 「いつも笑顔を絶やさず生活したいです、だからみんな少しはママの言うことに耳を傾けてね」──家内からは切実な願いだ。

 お正月料理は、両親、そして長野から姉も一緒に。一連のおせち料理やお雑煮を前に、一言──「みんな元気で、明るく──そして、おじいさん、おばあさん、長生きしてね」──

 陽もさす、穏やかなお正月。

 本年もどうぞ宜しくお願い致します。

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□  良いお歳を 
2005年12月31日(土)


 大雪。

 一晩で積雪50センチ以上。庭の積雪は大人の膝下までの長靴ではカバーしきれないほど。ここまで降積もると、克服云々というよりは「お見事」、と言ってはやや語弊があるだろうか。

 午前中は、先日他界した近所のおばあちゃんの告別式。大の仲良しでもあった母と一緒に。働き者で、常に笑顔を絶やさず、人のことばかり心配して──参列者共通の言葉であった。

 午後は、晴れ。子供たちを連れてジャバの前の公園へ、タイヤチューブ滑り。大はしゃぎ。

 帰宅後直ちにお風呂、そして年越し蕎麦をメインとした夕食。「これであたらしいとしをむかえるんだね〜」とは長女。みんなニコニコ。

 羽越本線脱線転覆事故は、本日200名を超える関係者で改めて捜索、新たな要救助者がなかったため、活動の終了を宣言。

 地元紙の本年県内10大ニュース、当該列車脱線転転覆事故、平成の大合併・2市(鶴岡、酒田)1町(庄内)、そして県知事選の順──

 「乙酉の年」は変革の時という。干支ひとまわり前の60年前が終戦でそうだった。生涯忘れ難き一年。

 皆に心から感謝──良いお歳を!

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□  携帯電話と年末 
2005年12月30日(金)


 昨日に続き今朝も朝食係り。

 但し、いつも「あるものご飯」──すなわち冷蔵庫の中をのぞき、そこで目に付くものを利用して、短時間のうちに作り上げる──今朝は、温かいご飯に味噌汁、目玉焼き、昨晩の残ったお肉とさつまいもサラダを少しづつ。味付けは、多少、濃い目にする。これが、子どもたちに「パパのごはんはいつもおいしい」と言ってもらえる秘訣だ。

 朝食後子どもたちと郊外買い物店へ。午前中であるためか、さほど人混みはない。子どもたち念願のスキー用具を求める。

 この間、羽越本線断線転覆事故関連を中心とした情報が県やメディアなどから入る。

 携帯電話から決して目が離せない、充電も欠かせない、年末だ。

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□  慌ただしい年の瀬 
2005年12月29日(木)


 終日大掃除。

 羽越本線断線転覆事故関連の情報が都度入る。複数から目撃された母子(女の子とその母親らしき女性)について、「自分らのことでは」と名乗り出た方が現れた。が、目撃情報と一致・不一致の点があり、さらに明日以降も「メッシュ」状に捜索する。飛行機のように搭乗者名簿がないだけに、最後まで気が抜けない。

 長年、家族同様のお付き合いをしてきた近所のおばあさんが亡くなった。

 慌ただしい年の瀬。

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□  羽越本線脱線転覆事故(その3)
2005年12月28日(水)


 現場の関係者は懸命の捜索活動を続けている。雪、寒さ、強風、足許の悪さなど、体力を極端に消耗する環境下でだ。

 この間、情報の混乱だとか、マンパワー不足だとか、さまざまな批判が聞こえてくる。しかし、その時点で、ベストな情報に基づき、ベストな判断を行っている。皆、必死なのだ。

 今日は御用納め。淡々と書類整理等を行い、帰宅。

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□  羽越本線脱線転覆事故(その2)
2005年12月27日(火)


 犠牲者もう一人判明、計5名──

 昨日の「暗澹たる気持ち」が現実のものとなってしまった。何とも痛ましい。現地では引続き懸命の捜索活動が続いている。

 今日、急遽、後藤副知事に上京してもらい、JRに対する「申し入れ」文書を経営幹部に手交した。

 この間、各種メディアでは、「専門家」なる人々が登場し、今回の事故原因を論評する。が、仮に、この短期間に「論評」できるほどの原因であったとすれば、何故に「転ばぬ先の杖」がなかったのか、なおさら悔やまれる。

 いずれにしても、今後の有効なる再発防止策のためにも、事故原因の徹底究明が待たれる。

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□  羽越本線脱線転覆事故
2005年12月26日(月)


 昨日、夕刻にこの日記を書いた後、午後7時過ぎに羽越本線で脱線転覆事故発生、一夜明けた今朝9時半までに、男性2名・女性2名計4名の死亡が確認されるという、惨事となった。

 当面の救出作業が終了したとの情報を得て、目下、現地に急行中(現在車中、午前10時過ぎ)。

【その後】

 庄内町の事故現場に午後1時頃到着。

 何よりも先に、堆肥舎に突っ込むかたちで、損傷著しい先頭車両に向かい、そこで頭を垂れ、お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りする。

 事故現場を目の当たりにし、報道・予想以上の惨事であることを理解する。強風、寒さに加え、足場が悪い。引き続き先頭車両内の捜索が続けられている。

 「ご苦労様、よろしくお願いします」──現場で懸命に取組んでいる方々を前に、そう声を張り上げるのが精一杯──胸に熱いものが込上げ、言葉が続かない。

 現場を後にし、負傷者が搬送され、治療を受けている庄内余目病院、市立酒田病院、県立日本海病院を訪問、各々の病院長・理事長や実際に現場での医療活動に取組まれた医師らとお会いし、当面のニーズを伺うとともに、患者さんへの早期回復をお祈りするメッセージを託す。

 この間、現場の実践部隊となっていただいている庄内警察署および酒田地区消防組合消防本部にも立ち寄り、新たな情報の収集ならびに署員の激励を行う。更なる犠牲者が判明するかもしれないとの情報を聞き及び、暗澹たる気持ちになる。

 今後、JRに対して、主に次の3点を申し入れる予定。すなわち、

 @犠牲者への誠実かつ万全な対応
 A事故原因の徹底究明と再発防止策の実施
 B鉄道輸送の安全性確保による国民の信頼回復

今日は、父の91歳の誕生日。いつまでも元気で──

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□  「我が国」へのクリスマス・プレゼント
2005年12月25日(日)


 子供たちは、幼稚園時代からのお友達と、半日楽しむ。昼食も忘れそうになって。夕焼けの中、ご機嫌で帰る。夕食は、これまた子供たちの大好物のお寿司で。

 「笑顔」が何よりのプレゼント──クリスマスは、子供たちのためのもの、そして、大人たちのためのもの、でもある。

 丁度、1年前の今日、市町村議員連盟の決起集会、それを契機に、投票日までの、いわば「海底」の、大きな「うねり」となったのである──

 そうした「新しい『政治』」の姿、そして、その「恩」を、決して忘れまい──将来、あの日が、「我が国」にとっての「クリスマス・プレゼント」であったと、振り返られるかもしれないのだから。

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□  感謝一杯のクリスマス 
2005年12月24日(土)


 子供たちとクリスマス・イブの夕食。

 クリスマスツリーに囲まれ、子供らしい、夢の広がる雰囲気がいい──「みんなぁー、パパからひとこと。去年はパパのせんきょで、ママもいなく、さみしい思いをしたでしょう。今年はこうしてみんなでかんぱいできてうれしいです。これからもみんな明るく、元気で!かんぱぁ〜い!!」

 今日は、遅い朝食後、日本銀行の貨幣博物館を訪問、「企画展:黄金の分銅〜天下人の遺産〜」(小分銅375gの謎<大分銅165s現物実存なし>)を観たりして、結局昼食抜きであったので、食欲旺盛。

 長男は、そろそろ分かってきたのか、明日久しぶりに幼稚園時代のお友達と会えることを楽しみにしており、サンタクロースについては言葉少なげ。二男は、サンタクロースが何を持ってきてくれるのか、さまざまな想いを語る。長女は、この間の幼稚園でのサンタクロースはめがねをかけていたので本物じゃなかったなどど、やはり本物を信じて楽しみにしている。

 その後、何気なく、「みんな、去年はさみしかった?おばあちゃんと寝ていたでしょう」などと聞いてみる。長男「う〜ん・・・」、二男「もうわすれた」、長女「うん、しゃみしかった」──さまざまな想いがあったに違いない。

 感謝一杯のクリスマス。

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□  歴史と伝統 
2005年12月23日(金)


 天皇誕生日。

 皇居にて、お祝いの「宴会の儀」に参列。家内同伴。

 各々燕尾服、和服と正装で、正午頃皇居前広場で待機、そして、予定通り12時10分、正門鉄橋より入る。通称「二重橋」だ。宮殿東庭を通り抜け、北車寄より宮殿内へ。待機時は4番目であったが、客により入口が異なるようで、北溜から入る最初の客。圧倒される広さ・高さの中に、凛とした感じ漂う。

 まずは、「春秋の間」に通される。中庭を挟んで丁度「正殿」の東側だ。国会議員、県知事7名(それぞれ配偶者同伴)を含む地方自治関係者、各省事務次官などが三々五々集まり、談笑。12時40分、「豊明殿」へ。11列あるうち2列目の最前席。正面は、福田栃木県知事ご夫妻、右お隣は松沢神奈川県知事ご夫妻だ。

 天皇皇后両殿下がお出ましになる。皇太子殿下をはじめ皇族方が続く。天皇陛下の御言葉、そして、小泉内閣総理大臣の祝詞、河野衆議院議長の祝盃。小一時間のお食事。終始和やか。扇参議院議長の万歳三唱に合わせて参列者全員が万歳、そして天皇皇后両殿下が御退出なされた。

 快晴の寒空の下、日本の歴史と伝統を体感した一日。

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□  ある種の「運命」的なもの 
2005年12月22日(木)


 「『やまがた集中改革プラン』素案」を改革推進本部にて決定。

 昨日開催されたやまがた集中改革プラン検討委員会の協議結果を受けてのこと──@効率的行政、A市町村との新たな関係構築、B県民の主体的参画、が3本柱。

 県民挙げての取組みを「やまがた」のひらがな言葉に表した。そして、三位一体改革の「真髄」は「市町村の自立」であり、決して「国と県との関係」だけが中心ではない、それゆえに、市町村との新たな関係構築が必要であり、3本柱の一つに数えるもの。

 いずれにしても、過去の延長線上での「見直し」ではなく、全てを「ゼロクリアー」した上で、今日的意義の観点から、「再構築」することとしたい。その想いを県職員を含む県民全体と共有したい。

 「次期総合計画」が新たに策定されんとしている今、それと表裏一体・密接不可分の関係にある「やまがた集中改革プラン」が同時期に、これまた策定されんとしていることに、ある種の「運命」的なものを感ずるのは自分だけであろうか。

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□  「普段」のしあわせ 
2005年12月21日(水)


 18年度政府予算原案の本県関連の情報収集・取り纏めもあって、記者会見は午後一番に。

 先月25日にライブ中継をスタートさせた毎日の記者会見は、以降県議会定例会があったためお休み、今日が2回目。結局、予算関連の質疑は全くなく、昨日の仙台空港アクセス鉄道関連に質疑が集中、30分を超える会見となった。

 終了後、新春特別番組収録のため、急いで放送局スタジオへ。収録に際して、本年は「昨年」、来年は「新年」と、頭を切替える必要がある。お話のお相手はフリーのアナウンサー・佐藤幸子さん。先日の元旦メッセージの際のお相手でもあったので、互いにリズムは分かっているつもり。まずまずの出来か。

 帰庁後は内部協議。夕方同級生らとの今年最後の打合せ、昨年は丁度今頃選挙事務所開きだったね、などと月日が経つ早さをお互いに感じ取る。帰宅し、夕食、そして子どもたちと楽しく遊ぶ。長男は今日から、二男、長女は今日を最後に、冬休み。皆元気だ。ひと汗かいた後、一緒にお風呂に入り、就寝──

 「普段」のしあわせ。

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□  年忘れメッセージ 
2005年12月20日(火)


 午前中、村井宮城県知事と共にJR東日本旅客鉄道鰍ヨ。

 松田会長、清野副社長、谷常務と面会、広域連携の観点から互いに協力し合うことで意見一致。会長が「2県の知事がこうしてご一緒にお見えになるのは初めて」とのことであったので、「それだけ両県の広域連携に対する想いの強さの表われ、とご理解いただきたい」と受けた。

 仙台空港アクセス鉄道への仙山線直通乗り入れについては、以下の点について、互いの認識を明確化・共通化。すなわち、

 @開業時同時実現は困難
 A旅客需要予測等に基づく「採算性」および直接乗り入れのための「技術的課題」の2点に関する勉強会を今後とも継続
 B(当該勉強会の成果として)直通乗り入れは近未来的課題として実現に向けて継続検討

 出口でNHKが寒空の中待っていたので、折角でもあるので、帰り途中の車から降りて取材に応じる。

 11時の新幹線に乗り14時帰形、そのままご近所の告別式に家内ともども参列。帰庁後早速、元関脇琴の若・佐渡ケ嶽親方の表敬を受ける。おかみさんと後援会会長もご一緒。これまでのご労苦をねぎらうとともに後進育成への期待を述べた。一人息子は小学校2年生、すでに体重60キロ、将来角界入りを目指すという。

 内部打合せのあと、夕方から経済同友会年忘れ会に来賓出席。歴史の流れを踏まえながら、所得分配のあり方が平等から実力如何へ変わる、しかも少数の若者が多数のお年寄りを支える、従って不満の多い社会となりがちであり、モデルケースがない(あったとしてもおそらくは「小国」の事例)、それがゆえに、経済界ならびに行政がしっかりと時代を見据え、対応する必要がある、との趣旨でご挨拶。

 時代認識の必要性──これが今年の「年忘れメッセージ」である。

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□  「この国のかたち」 
2005年12月19日(月)


 全国知事会議。今朝も雪で早朝雪かきをしたが、東京駅に降り立つと別世界、狭い日本の多様性を思う。

 今日の全国知事会議では、竹中総務大臣、林総務省事務次官をお招きし、先ごろ決まった三位一体改革についてのおさらいならびに第二期改革に向けた今後の方向性を話し合った。林次官は今回の三位一体改革を「内容としては、正直、大変残念な結果」と総括、今後について、竹中大臣から「抜本的なことを幅広く議論していきたい」との発言があった──これを受けて、私は、次のような趣旨の発言を行った。

 「20世紀の日本は特に戦後の復興期において所得が、さまざまな規制や護送船団方式などの結果により、平等に分配され、『所得の平準化』が実現された。これに対して、現在、規制緩和・撤廃等、これまでの社会システムを支えてきた条件が大きく変わり、今後は、競争条件により所得分配が決まる、つまり所得は平等には分配されない。しかも少ない若者が多くの高齢者を支えざるを得ない『少子高齢化』がこれを拍車する。従って、これまで経験をしたことのない社会システムそのものが大きく変革する、その仕組みをしっかりと議論しなければならない。国と地方のあり方についても、そうした大きな枠組みの中で考える必要がある。翻って、これまでの三位一体改革の流れを見るに、そうした大きなコンセンサスがないが故に、『手戻り』が頻繁に生じた。国民的コンセンサスを得るためにも、総務省がリード役となって、是非ともしっかりとした議論をしてほしい。」

 その後、知事会議での他の県知事や会議終了後の竹中大臣や片山虎之助参議院自民党幹事長ら自民党税財政関係国会議員との意見交換の場でも、「ビジョン」、「哲学」などという「この国のかたち」を意識する発言が聞かれるようになったことで、一石を投じた、いや、皆意識していたがなかなか言い出せなかったところへ先鞭をつけた、との意義はあった発言だったように思う。

 ただ、竹中大臣が提唱する「地方分権21世紀ビジョン懇談会」のメンバーを見て、正直驚いた──太田弘子(座長、政策研究大学院教授)、猪瀬直樹(作家)、島田晴雄(慶応大学教授)、本間正明(大阪大学教授)、宮脇淳(北海道大学教授)、他──「いつか、どこかで」見たり聞いたりした方が多い。来年の「骨太の方針」に間に合うよう6月までに一定の方向性を、というが、その流れをきちんとフォローする必要がある。

 会議終了後、県東京事務所の有志と近くの「ふらんす割烹 味館トライアングル」にてささやかな忘年会。ここのオーナーシェフ佐藤豪(すぐる)さんは尾花沢出身、店の壁板やテーブルは金山杉、床は最上川の砂利石、食の素材は徹底して山形県産を使うなど、山形県の広告塔の役割を果たしていただいている。千代田区在住のお年寄りにお弁当を作るなどの当地での地域貢献も忘れない、在京暦45年の明るい方だ。

 「この国のかたち」を考え、百年後までにその通りになったとしても、なお、山形県は魅力溢れる街であってほしい。

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□  ひとつひとつの「区切り」 
2005年12月18日(日)


 大雪。

 早朝目が覚めて、障子を開けると、果たして、天気予報どおり。喜んだのは子どもたち──「ねぇ、パパ、いいでしょ、お外でいっしょに遊ぼうよ」──

 完全防備の上、未だ止まぬ雪の中、長男、二男、長女それぞれが思い思いに雪と戯れる。長男はかまくら造り、二男はそり滑り、そして、長女が面白い──

 雪の上にどっかと寝そべり、鉛色の大空を見上げ、降りしきる雪を顔面に受け止めながら「気持ちいいね」──真似して自分も長女の脇に寝そべってみる──背中は意外と冷たくないものだ。そして、長女の言うとおり、さほどドカドカと顔に雪が落ちてくるわけでもなく、適度な感触、本当に気持ちがいい。

 朝は、長男の剣道の納会。通常よりもきびきびした基本稽古──途中、先生が、真剣(実は本物そっくりの剣)を子どもたちに見せながら説明する──「剣の刃が何処を向いているか、本物であるとはっきりするでしょう、だから竹刀がぶれていては『面』や『胴』で一本取れない、左手をしっかりすること」──百聞は一見にしかず、子供たちは大いに納得した様子。その後、低学年、高学年に分かれて試合、総当り戦だ。長男は、というと、多くの「一本」を取られたものの、まずは「小手」一本を取ることができたのが収穫。そして三位までの表彰式、最後は暖かいココアで。錬成は年明けの2週目から再びスタート。

 こうして、一年の「区切り」がひとつひとつ、ついていく。

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□  スキー用具 
2005年12月17日(土)


 予告どおり、今日は、大掃除。といっても、大々的に、というよりは、少しずつ。子どもたちにも、おもちゃの片付けや勉強部屋の整理整頓、掃除機かけなどをしっかりやってもらう。

 夕方近くに長男が買って欲しいとねだるスキー用具の下見に。そういえば、自分はほぼ毎週のように、母よりおにぎりをもらって、父が蔵王にスキーに連れて行ってくれたものだ。もちろん、当時は自分のスキーをすでに持っており、父が古いアイロンを火で暖め、ワックスを塗ってくれていた。しかも、一旦、山形駅に出て、そこからバスだった。バスが蔵王温泉に近づくにつれ、雪が多くなるのを目の当たりにしながら、ワクワクする気持ちで一杯になるのを思い出す。

 それに比べれば、現在は自家用車もあり、交通は当時とは比較にならないほど便利になったにもかかわらず、わが子らはあれほど頻繁にはスキーに連れて行ってもらっていない。

 どうしたことなのだろう──やはりスキー用具をきちんと買ってあげようか。

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□  すす払い 
2005年12月16日(金)


 県議会定例会最終日、そして無事終了。

 これで、年間4回開催される定例会全てに取組んだことになる。「肉付け」予算編成(2月)、「骨格」予算編成(6月)、副知事二人制(9月)、やまがた改革(11月)が各々のメインテーマであった。振り返ればあっという間であるが、私にとっては全て初めての経験。そして、次回は来年度に向けた予算編成、これをスタートに「2巡目」に入る。

 お正月元旦に県内テレビ4社が放映する新春メッセージの録画撮り、庁内各種打合せと続く。

 夕方は農林水産部打ち上げにジョイン、冒頭、「常々『攻めの農業』と唱えている、どうすればその目標が達成できるか、一緒に考えましょう」と挨拶させていただいた。その後は堅い話は抜きで盛り上がる。

 はや、師走も半ば、そろそろ、「すす払い」をせねば──

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□  一年のはやさ 
2005年12月15日(木)


 予算特別委員会、最終日。

 やまがた改革の哲学、山形新幹線の評価さらには皇室典範、教育問題などに質疑が及ぶ。

 「日記」暦40年近くの私は、昨年の今日から、これまでの手帳に代え、このHPに日記を掲載するようになる。そして、その日は、飛島へ──

 「老いも若きも一緒に『助け合って』、そして採れたものは最後にみんなで均等に『分かち合って』、大切な自然を『育み合い』ながら生活している……ここ飛島には、私が主張している『3つの合い(愛)』の原点がありました。」

 冬にしては暖かで、穏やかな日和であった。

 これに対して、本年はすでに一面が雪。夕方から訪れた河北町で、その多さに驚く。県内市町村では、「12月としてはおそらく初めて」とする豪雪対策本部を設置する向きも。

 一年のはやさを思う。

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□  規律規範 
2005年12月14日(水)


 予算特別委員会、第二日目。

 全体として農業関連、特に環境問題に関連した林業をテーマとする質疑が多いのが特徴。こうした議論が盛り上がれば上がるほど、これまでのような単体としては、またはその一部としては、生業(なりわい)自体が成り立たないことが浮き彫りとなる。まさに、そこに、「攻め」に転ずるためには、総合産業化が必要となる背景があるのだ。

 クリスマスが近づきつつある今、「サンタクロース」が子どもたちの規律規範のようだ──曰く、「おりこうさんにしてないとサンタさん来ないわよ」──そして、クリスマスが終われば、その規律規範は、「お年玉」に代わるのだろう──「お年玉もらえないわよ」と。

 さてさて、自らの規律規範は何に求めればよいのだろうか。

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□  念願の広域連携 
2005年12月13日(火)


 予算特別委員会、第一日目。

 やまがた改革、次期総合計画、そして改革集中プラン、の3つの関係を丁寧に説明。また、産業政策、環境政策、人づくり等の政策論議の前に、一部報道を契機とした組織論が先行しているので、これまた丁寧に説明し、いわば軌道修正を図る。

 夕方、先般就任した宮城県の新しい知事、村井嘉浩(よしひろ)氏が来県。

 当方より3歳若い45歳。明るく、爽やかなお人柄。昨年度まで自民党宮城県連の幹事長を務めていただけに、本県内に知人も多い。陸上自衛隊東北方面航空隊でヘリコプターパイロットであった由、まさに「県勢を鳥瞰」していたわけだ。

 当方より「宮城県の人口から仙台市の人口を除くと丁度山形県全体の人口に匹敵する、従って仙台市を東北のいわば『共有物』として一緒に育てていこう」などと呼びかけ、今後とも宮城・山形の連携強化で意見が一致。特に、近々、仙山線の仙台空港アクセス鉄道への直接乗り入れにつき、関係先へ共同で働きかけることに。また、宮城・岩手・山形3県の自動車関連産業育成プロジェクトにつき、午前中に訪れた岩手県の増田知事から提案を受けたという民間を含めた協議会設立についてもお話があったので、了解。

 念願の広域連携が本格的に始動する。

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□  スノーマン 
2005年12月12日(月)


 早朝は凍てつくような寒さ、帰宅時頃には雪のじゅうたんがぎっしり。

 子どもたちは元気だ。手にとっては握ったり、眺めたりしながら雪の手触り感を確かめている。つい、口元まで持っていってしまう。そのうち、雪合戦が始まる、雪だるま作りが始まる──

 そうだ、絵本「スノーマン」を読んであげよう──夢一杯、そしてちょっとだけ悲しい──

 語りはない、心で読む絵本だ。

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□  感動を語り伝えればこそ・・・ 
2005年12月11日(日)


 早朝ひとり目が覚めて外を見やると一面銀世界。今年初めての本格的積雪。早速雪かきだ。べちゃ雪、結構重い。

 第5回全国障がい者芸術・文化祭やまがた大会、最終日。

 細川佳代子さんによる「スペシャルオリンピックスの魅力」と題した講演会。そもそも、「スペシャルオリンピックス(SO)」とは、「知的発達障害のある人たちに、日常的なスポーツトレーニングと、その成果の発表の場である競技会を、年間を通じて提供し、社会参加を応援する国際的なスポーツ組織」。元首相・細川 護熙(ほそかわ もりひろ)氏の奥様である佳代子夫人は、風前の灯であったSO活動を10年以上もの歳月をかけて地道に全国に広め、ついに本年2月の冬季世界大会を長野で開催するに至った努力家でもある。

 情熱溢れる語り口で会場を魅了、その後お話をさせていただき、SOを巡って2つの共通点があることに気がついた──

 ひとつは、SOのトーチラン(聖火リレー)のきっかけを作ったのが1981年に米国カンザス州の「ある町」の警察署長の提案であった由、「『ある町』とは」と細川さんにお尋ねすると「『ウィチタ』とかいう町」とのこと、「ああ、ウィチタですね、カンザス州の中では大きな町です」、「ご存知なのですか」、「ええ、高校時代に留学していたのがカンザス州ですから」──

 もうひとつは、「SOに積極的に取組んでいる地方自治体はありますか」とお尋ねすると、「東京の杉並区、教育委員会で小中学生の総合学習に取り上げてもらっている」とのこと、「山田宏区長のご理解があるのですね」、「ご存知なのですか」、「ええ、これまで杉並区民でしたから」──

 縁とは不思議なものである。因みに、SOの理解を広めるために行政に期待するポイントは3つ──@広報、A会場(定期的に確保)、B担当、とのこと。我々も出来ることから始めたい。

 続いて、テノール歌手の新垣勉さんのコンサートとトーク。沖縄で、父メキシコラテン系米国軍人、母日本人の間に生まれた、その人生を語り継ぐ──「出会いは大切、人生は出会いで決まる、出会いは『ことば』によって心に残る」、「一冊の本を十冊の本にすることが出来るのが『こころ』」──全てを前向きにとらえることこそが人生の道を開く秘訣であることを身をもって教えてくださる。

 会場が歌に包まれる──「みんなの愛〜同じ空の下で〜」、そして「ふれあいの歌」──幼稚園児らも登壇、「であい ふれ愛」にふさわしいグランドフィナーレとなった。

 この大会3日間で感じたこと、出会ったことなどを、それぞれの地域に戻った際に、周囲の仲間に語り伝えてくれることこそが、今回のやまがた大会の意義を継続・持続的なものとすることに繋がるのだろう。

 関係の皆様全てに多謝。

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□  「全員野球」社会 
2005年12月10日(土)


 第5回全国障がい者芸術・文化祭やまがた大会、第二日目。

 「山形県障害者週間記念事業〜輝きのステージ〜」と題して、総合司会としての石川牧子さん(元日テレアナウンサー、現在は日テレエンタープライズ常務取締役、日テレ学院長)をコーディネーターに、浅野史郎宮城県社会福祉協議会会長をお迎えして、スペシャル対談──「こころを描こう、笑顔にふれよう」

 就任以来、先月までお隣の宮城県知事であったことから、特に親しくさせてもらってきた浅野さん──福祉分野は「ライフワーク」と自称するだけに、いくつもの事例がポンポン出てきて、考えさせられる。特に有名なのは「みやぎ知的障害者施設解体宣言」──宮城県内にある知的障害者の入所施設を解体して、知的障害者が地域の中で生活できるための条件を整備することを宮城県の障害者施策の方向とすることを宣言、具体的には、宮城県福祉事業団が所有する船形コロニーを2010年までに解体し、入所者全員を地域生活に移行させる、というものである。

 いわゆる「ノーマライゼーション」にはソフト面(その理解のための普及啓発等)ハード面(障害者に優しい街づくり等)とがあるが、それを特に前者について尋ねると、「教育ですね」と応えた後、すかさず「いや、教育だけではダメで、体験そのもの」と言い換えた。そうだと思う。そして“special education”を「特別」教育ではなく、「特殊」教育と訳した当時の政府の罪の深さをも問うことに──

 “Very Special Concert”を「とっておきの音楽会」として毎年開催される宮城県の行事に本県も加わり、共同開催としてはどうかとも思う。

 私の原体験は、今から20数年前に、御殿場コロニーの生徒たちとコロニー内の遊歩道を作ったり、お料理を楽しんだり、運動、ダンスを楽しんだりした2泊3日に亘る滞在。目標がひとつであれば、そこには障害者も健常者も区別はない。

 老いも若きも、男性も女性も、障害者も健常者も、「『全員野球』の世の中」がこれからの社会の「かたち」である。

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□  であい ふれ愛 
2005年12月9日(金)


 第5回全国障がい者芸術・文化祭やまがた大会、於山形ビッグウイング。

 米沢市窪田小学校3年生の石川成美ちゃんが描いた「にっこり笑った2つのさくらんぼ」をあしらった絵が大会シンボルマーク。ここ数ヶ月、自分の名刺にも刷込んで広めさせてもらった。

 「であい ふれ愛 アートやまがた」が大会愛称。これは山形市の大江充さんの考案になるもの。どれもすばらしい。

 グランドオープニングセレモニーもたまたま知人多数──オープニングを飾ったソリスト・相澤伸彦君は高校時代の音楽部で共に男声合唱に取組んだ仲間。無論、彼はその後も音楽の道を選んだ。本邦初公開、童謡「通してね」。作詞をしたのが齋藤毅さん。きめ細かな自然に対する観察と畏敬の念。その歌をソリストとして歌い上げたのは松倉とし子さん。長男と同級生のお母さんだ。一緒に歌う合唱団の中に友人の姿も。

 その後会場を移して「山形ふるさと塾」シンポ──「親から子、孫の代へ、県民同士がふるさと山形のよき生活文化や知恵、伝統芸能などを教え合い、学び合う「山形ふるさと塾」を各地に設け、県民同士が「助け合い」、「分かち合い」、「育み合う」県民ネットワークを形成、推進することが目的。そのために各地で「教師(山形の語り部)」を募集選定し、各地で県民と行政が協働して「山形ふるさと塾」のプログラム作りと運営を行う」(マニフェスト抜粋)。

 タレントで山形弁を話すダニエル・カールさんの基調講演も──山形の魅力は「四季」がキーワードである由。まるで、池に投じられた一個の石が湖面に輪となって広がる──

 着々と進展する「山形ふるさと塾」に乞うご期待。

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□  「改革」の味 
2005年12月8日(木)


 「大曽根餅つき保存会」の皆様が、県庁ロビーにて、餅つきを披露、そしてつきたてのお餅を来庁者や職員、常任委員会が終了したばかりの県議らに配る。

 11時から合計4回の餅つき。実は、当方も、丁度12時の3回目に一緒に最初から最後まで杵を振るう──3人が交互に5回ずつ、リズミカルにつく。これがワンサイクル。そして杵をぬらしたり、介助者がついた餅を返したりしながら、また再び交互に5回ずつつく。これをつきあがるまで繰り返す。

 そして、「知事、最後に『改革』、『改革』と言いながら、5回でつきあげて下さい」とは、保存会の中心的役割を果たしている同級生の新関徳次郎君。言う通りに杵を振るう。

 実は新関君の奥様は、本県第一号の企業組合である「さとみの漬物講座」で有名な里美さん。「おふくろ、おばあちゃんの味」を今日に広く広げようと立ち上げた組合。漬物ばかりではなく、自家製味噌なども教える。チャレンジ意欲旺盛な、なかなかの「改革派」だ。今日は裏方で、1回につき3升ももち米を炊き上げている。このもち米も品種登録されていない、独自のもち米である由。

 ところで、杵は、通常、ケヤキで作られ、細長い形状をしている。が、大曽根保存会の皆さんの杵は工夫が凝らされ、スギを用いて、まるで「打出の小槌」のように丸く作られている。確かに、ケヤキほどは重くなく、杵が臼をつく瞬間にも安定感がある。餅つき文化を保存しつつも、こうした面でしっかりと「改革」を進めていることが分かる。

 炊き上げた餅を醤油、納豆、きな粉と3通りの味で食する──

 「改革」の味、どれも抜群であった。

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□  原理原則 
2005年12月7日(水)


 本会議、一般質問。

 やまがた改革、中でも組織改編についての基本的考え方を多く問われる。これに対して、常日頃からの、県政に取組む際の基本姿勢を開陳させていただいた──

 「目的と手段の峻別」(目的達成型政策の遂行、手段が目的化してはならない)、そして「全体最適・全体均衡」(俯瞰することの大切さ、部分最適・部分均衡であってはならない)、と。

 原理原則をしっかりと踏まえれば誤りはなかろう。

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□  「場」の雰囲気 
2005年12月6日(火)


 本会議、代表質問。

 今後の財政運営、ならびに、やまがた改革と次期総合計画に関する論点が中心。これらについては、自分自身にも確固たる信念があり、また、当然のことながら、関係者ともかなりの時間をかけて協議してきただけに、迷いはない。日野・後藤両副知事の答弁機会も。

 昨日もそうであったが、今日も議会傍聴席の多くが女性であったのが印象的。その中に、予期せぬ、私の両親の姿も。友人ご夫婦と一緒。

 今後、県政、政治一般に対する関心を高めてもらうためにも、生徒らの傍聴機会が増えれば、とも思う。

 議会に限らず、「場」の雰囲気を肌で感じ取るには、地上デジタル放送が開始された今日とはいえ、さすがに「実際」にはかなわないであろうから。

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□  もうひとつの改革 
2005年12月5日(月)


 決算特別委員会。16年度決算を協議、可決。

 しかし、時はすでに18年度予算編成が焦点、しかもこの議決結果が地財計画等に活用されるのは19年度向けから。何と3年ものタイムラグが生じる。これでは国と地方の、いわば「認知ラグ」のため、両者一体となった適切な政策が困難となるのは目に見えている。因みに、毎年3月末を期限とする民間決算の場合、その3〜4ヶ月後には会計監査法人からのチェック等を経て、ディスクロージャー誌等も整えられた上で、開示されている。

 せめて夏場までに出来ないか──しかもこれは、地財計画等の策定を考えると、本県のみならず、全国的動きにしなければ意味がない──

 改革はこうした点にも求められている。

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□  高き志 
2005年12月4日(日)


 丁度1年前の今日、7人の市町村議員が集まった。

 そして、その場に呼ばれ、話し合った──結論は、齋藤弘で行こうじゃないか、と。

 続く12月25日、150名を越える県下一円の市町村議員が山形市内に集まり、「山形県の未来を創る市町村議員連盟」を設立する──そして、その後300名超の連盟に──

 「戦後六十年の節目の年を迎えようとしている今、山形県も大きな転換期を迎えようとしております。
 長期にわたる経済の低迷と、急激な少子高齢化社会へ突入し、確実に県力が衰退しているにもかかわらず、県庁組織は肥大化したまま、行財政改革は遅々として進みません。
 今こそ我々地方議員が県民と力を合わせ新しいリーダーのもと県政改革を強力に推進しなければ郷土存続の危機を招きます。
 『総理大臣は国会議員が選ぶ、県知事は県会議員が選ぶ』という発言に象徴される県庁主導の政治に、はっきりNOと言う市町村議員が県内で立ち上がりました。
 県民の皆様と、常に地域の課題に取り組む我々の活動にご指導、ご支援よろしくお願いいたします。
                     山形県の未来を創る市町村議員連盟
                      代表 米沢市議会議員 川野裕章」

 その日、その時、その場所で──仲間と集まり、当時の志を改めて確認する──

 政治は高き志のみが形作ることが出来る──この原点を忘れまい。

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□  「遊びの『天才』」 
2005年12月3日(土)


 夕方から、長男、二男と一緒に、志戸田公民館で行なわれたそば打ちの集まりへ。

 地元町内会の皆さんが中心になって、極めてアットホームな雰囲気での楽しみ。何と言っても、子供たちが中心。これだけの数の子供たちがそば打ちに取組む姿は、学校行事以外では珍しかろう。

 我が家の出来具合は、というと、最も大切な工程である「水回し」の際、多少水が少なかったのか、ポロポロ状態。これを補正しようと今度は水を入れすぎ、ベチャベチャ状態。しかし、最後まであきらめずに懸命に練りこみ、何とか食する。

 町内のお母さんたちが揚げてくれたてんぷらが最高の味。食事後は、これまた町内の子供たちと大人が一緒になって踊る「よさこい」を楽しむ。そして、子供たちは、公民館の廊下突き当りの物置部屋を「秘密基地」に見立て、大騒ぎ。あっという間に夜9時、急いで帰宅すると長男、二男とも「あー楽しかった」と家内に報告していた様子を見て、こちらもホッとする。

 

子供たちは本当に「遊びの『天才』」だ。

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□  冬本格到来 
2005年12月2日(金)


 終日週明からの本会議等に向けた準備。書類整理も。こうして整理整頓をすると、単に気持ちがいいばかりではなく、頭の整理にも大いに役立つ。貴重かつ有意義な時間だ。

 業後友人2人と街に繰り出す。鍋をつつく。気持ちまで暖かくなる。冬はこれに限る。女性客が多く、男性客はまばら。

 帰る頃には外は雪。いよいよ冬本格到来だ。

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□  原点 
2005年12月1日(木)


 師走。

 そして、県政の「原点」の日──

 丁度1年前、県政記者クラブにて、村川千秋先生からお借りした譜面台を前に、知事選挙への立候補を正式に表明、その際、マニフェスト「『やまがた夢未来』宣言〜“県民と「助け合い」、「分かち合い」、「育み合う」ふるさと山形づくり”」を明らかにする。

 知事就任後、そこで謳った「骨太の方針」──@家族の絆「助け合い」で目指す小さな県政、A「分かち合い」の精神で築く広域経済圏、Bみんなで「育み合う」次世代の山形人材づくり──は、短期的には、各部局長とのインナーマニフェスト(政策合意)に、中期的には、「子ども夢未来指向」に基づく「やまがた改革」に、そして長期的には、次期総合計画に、結実ないし継承されている。

 さらに、両親の結婚記念日───

 しかも私および家内双方の両親とも。偶然ではある。が、それだけに、「縁」のようなものを感じる。

 今日、地上デジタルテレビの本格放送が開始(NHK山形放送、YBC、TUY)、新たな記念日が追加される。

 寒波、根雪、年の瀬、年越し等々の言葉が聞かれるのも、もうすぐだ。

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□  お手伝い 
2005年11月30日(水)


 最近、めっぽう子供たちが頼りになる。

 これまで、例えば、夏休みのお手伝いとして定めた事項も所詮三日坊主だった。が、このところ違う。現在、長男と二男が交互に担当しているのが、お風呂洗いと布団敷き。昨日から長男が前者、二男が後者に交代した。そのほうが、お風呂がしっかり洗われる状態になるから、であるらしい。長男は得意気、二男もそれに納得している。双方合意。加えて、長男は、几帳面に、加湿器の水補給を自ら進んで担当。おかげで、暖房をとっていても、就寝時は快適。一方、長女は、というと、食事時のお皿やお箸などを並べたり、お料理を家内と一緒に作ったり、と、積極的に参画している。家内にとっては十二分なお手伝いだ。

 考えてもみれば、これまで、それぞれ、いずれにしても大人が手掛けざるを得なかったことばかり。こうして、家族の一員として、その責務が芽生え、徐々にそれを実践する意識が醸成される。

 それが確かな成長なのだろう。

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□  平凡な中での充実感 
2005年11月29日(火)


 大きな会合ふたつ。

 午前中は中小企業団体中央会が主催する「知事を囲む懇談会」。初めての企画、という。「地域力」の代表格でもある「ものづくり力」を支える県内中小企業200社程度が参集、その中から代表して、鋳物(工芸品)、自動車部品・金型、建設土木(コンクリート)、繊維、食品(漬物)の5分野から、現状ならびに課題をうかがう。お話の中で、共通キーワードだったのは「地域」と「世界・海外」──そして、当方より、それぞれに思うところをコメントさせていただいた後、こう結ばせてもらった──

 「『夢なんて実現できない』といわれるが、現実には、『夢しか実現できない』のだ」と。

 午後は、第8回山形県競技スポーツ選手交流会に。選手や関係役員ら500名近くが一堂に会する。今年の県内スポーツは、正月の全国女子駅伝第3位を皮切りに、春には羽黒高校の甲子園ベスト4進出、さらに最近では加藤条治選手のスピードスケート男子500メートルで34秒30の世界新記録樹立、この間、注目のモンディオ山形やパイオニアレッドウイングスも善戦するなど、県民に希望と勇気を与えた。

 帰宅後は家族で比較的ゆっくりと夕食、就寝前には子供たちそれぞれと絵本3冊──平凡な中での充実のひと時。

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□  長い目で見た取組みの必要性 
2005年11月28日(月)


 あの時から2年を経た――

 2年前の11月29日、友人・奥克彦君がイラクで銃弾に倒れた。奥君はかつて隣国イランでの勤務経験があり、その国で日本人を見つけると「おしん、おしん!」と呼ばれた。戦禍のイラクで、今後の子供たちの教育や将来を夢見ながら、奥君はこのように想っていた――

 「(おしんは)戦後の混乱期から我慢に我慢を重ねて立ち上がっていく姿がイラクとの戦争で疲弊した自分たちの姿と二重写しになって共感を呼んだのでしょう。(略)そんなこともあって、戦後のイラクで是非『おしん』を放映して欲しい、そうすれば必ずイラク人の共感を得ることが出来る(略)私も、バスラでもサマーワでも放映されているの を見ました。私たちが街を歩くたびに『おしん、おしん』、と声がかかれば、皆が見ている証拠です。そんな日が近い将来やってくるものと思います。」

 彼の想いを忘れたことはない――我が国、そして本県においても、常に、長い目で見た取組みが必要である。

 今日から、11月県議会定例会――「100年後も誇りに思えるふるさと”やまがた”づくり」のため、改革は是が非でもやり抜かなければならない。

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□  冬じたく 
2005年11月27日(日)


 長男の週末土曜・日曜の剣道も11月から夏場の7時半から8時に。この朝の30分の違いは大きい。

 今日は他流錬成。山形市立第二小学校の「ふじかげ剣友会」のメンバーを招いての錬成だ。当方20人超のメンバーに対して総勢9名──「数に圧倒されました」とは錬成終了後のふじかげPTAのお母さん方のお話。しかしながら、いつもの錬成風景とは違って、子供たちの態度、行動はピリッとしている。全くのボランティアでその一生懸命さにいつも恐縮、感謝している先生方の声も普段以上に響き渡る。錬成効果そのものだ。終了後子供たちにはココアがふるまわれ満足げ。実にほのぼのとする一瞬。

 さすがに冬の空だ。鉛色の雲が去ってはまたやって来る。

 午後は家族全員でじゃんけんゲームに興じる──「ぐう」で勝てば「グリコ」の数だけ、「ちょき」で勝てば「チョコレート」の数だけ、「ぱー」で勝てば「パイナップル」の数だけ、前に進むことが出来る。結構いい運動だ。

 夕方は車の冬タイヤへの履き替え。ショップも同じ目的で混雑。これでいつ雪が降っても大丈夫。

 こうして、遊び方を含め、生活の様々な側面で、冬じたくが進んでいく。

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□  ないものねだり 
2005年11月26日(土)


 今週も、鶴岡、東京、飛島と多忙を極めた。

 そして、昨日は、各部局の18年度予算編成にかかる大方針のヒアリング。いよいよ「改革の『本丸』」に向かっての一歩だ。

 疲労感はあるが、充実感がそれを上回る。

 午前中は、子供たちの学習に一緒に取組む──長女はぬり絵、二男は簡単な計算と交通安全標識のお絵かき、そして長男は筆算やら、ランプと電池の繋ぎ方やら、地図の読み方やら。小学校3年生の長男は、そろそろ、得意・不得意分野が出てきた感がある。

 午後は、子供たちがお友達の家へ遊びに出かけたこともあり、家内と二人だけ。家中静かである、が、子供たちの賑わいがないのは何故か寂しい──

 ないものねだり、は人間の性(さが)か。

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□  「蟻の目」と「鳥の目」、また再び・・・ 
2005年11月25日(金)


 毎日の記者会見を、県HPで、ライブ(生中継)配信開始。

 無論、オンデマンド(録画<過去6か月分>)およびテキスト(文字記録)でも。本年度入り後開始した「原則毎日記者会見」は、別途公務がある場合や議会開会期間中を除いて、文字通り「毎日」である。午前9時45分から10時までの15分間を目途としている。が、それで終わらない場合が多い。今日も24分。

 県民との常日頃からcontinuous dialogue(継続的対話)を求めてのこと。報道関係者を通じて県民の声を理解するための、また県政の考えを県民に伝えるための、いわば“device”(しかけ)である。これで、その全体のdeviceは、完成を見たといってよい──いわば、究極の「迅速性」と「透明性」を確保したのだ。

 消防関係功労者表彰式(於県庁講堂)や普通会計決算審査意見書受領などを経て、午後1時から延々8時間、各部局から18年度予算要求概要説明を受ける。第一日目。

 この時期にこうしたヒアリングを実施するのは初めて。予算編成に先立って、大局方針を摺り合わせるのが目的。

 従来の予算編成は、各部局がこれまでの流れの中で個別予算編成を行い、財政課がこれを査定、そして順次、課長、部長、副知事、知事とヒエラルキーを上がりながら、査定作業が終了し、予算全体の形が出来上がる、とのプロセスを経てきた。従って、「知事査定」というのも、如何なる過程を経て、目の前にその案件が提示されているのか、分からなかったに違いない。つまりは、案件の重要性(と事務方が判断したもの)や金額の多寡などによって、単に「氷山の一角」を「知事査定」と称していたに過ぎない。

 今回は、そうした方式に拠っては、そもそも予算編成が不可能であるのだ。すなわち、それは、18年度予算では、@事業分野が先の「やまがた改革の方向性」や「次期総合計画答申」で既定された重点分野に限られる(それ以外の分野は原則認めない)こと、および、A予算を義務・非義務の2つの性格に分類、その上で前者は執行方法上の工夫等により縮減、後者は一旦全てをゼロベースから見直した上で6割強程度のみを再構築、といったドラスチックな編成手法を採用したこと、に拠るためだ。

 これまで、ややもすると、時間切れで各部局長の目を経ないでも財政担当に提出してきた予算案件、これが、上記のような方針の下では、もはや成り立ち得ない。部局長が、全責任を持って、案件精査を行わなければ、予算編成ができない状況にあるのだ。

 話を聞いていると、各々のスタンスやアプローチの違いも見えてくるものだ──ドラスチックな見直しを曲がりなりにも行ってきた向き、従来路線を制約条件の中でも何とかキープしようとする向き、制約条件未達のまま臨んで来る向き、等々。

 また、各部局単位では「『部分』最適化」を目論んでいるが、類似分野で類似事業を展開せんとする姿が浮き彫りになるなど、「横串」視線により、必ずしも「『全体』最適化」ではない点も明らかになった。効用大である。

 いずれにしても、また再び、「蟻の目」と「鳥の目」の双方の意義を改めて思う。

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□  人間の生き様の飽くなき追求 
2005年11月24日(木)


 飛島へ。

 出前知事室。県の漁業調査監視船「月峯」(げっぽう)にて。県や報道各社の関係者が同乗。曇り時々雨、波の高さ2.5メートル、時速30ノット程度で約1時間で到着。道中、多くの同乗関係者が船酔いに悩まされたようであるが、当方、幸いにして、全く元気で到着。

 思えば、この『子育て知事日記』の初ページが約1年前──平成16年12月15日、「県知事選挙立候補予定者」として、飛島へ出かけた時のものだ。島の大自然の中で、ご婦人方20名の岩のり採取の姿ならびに収穫配分方法に、提唱する「3つの合い(愛):『助け合って、分かち合って、育み合う』ふるさと山形創り」の原点を見たのだ。

 今回は、「県知事」として、訪れる。「とびしま総合センター」にて、勝浦、中村、法木の3地区の各正副区長や診療所医師らと共に、意見交換。昨年、今年と2ヵ年続いた自然災害の復旧に関する話題が中心。

 その後、島に渡った全員で、ご婦人方の手料理になるマグロの刺身とそのあらの味噌汁で昼食。さすがに美味。

 実は、今日のお昼ご飯作りの労をとってくれたご婦人の中に、先の平成16年12月15日付日記に添付した写真の真ん中に映っているブルーのヤッケを着ているご婦人が──そのページをプリント持参したものをお見せしていた際に判明したもの。懐かしさで一杯。

 続いて、今夏の豪雨による土砂崩れ発生現場2箇所、さらには漂着ゴミが堆積している海岸などを視察。特に漂着ゴミ問題は、その分析結果として「多国籍」の実態が判明、国レベルでの法整備を含め、対処しなければならない課題と改めて認識。

 帰りの船の中から、遠くに、くっきりとした、完全半円型の虹を見る。

 夕方、山形市内へ。吾妻兼治郎氏と会う。同氏は、今年80歳、山形市銅町の鋳物業を営む家に生まれ、30歳で渡伊、以来50年、ミラノで国際的に活躍する彫刻家だ──

 「ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂の天井画を見るとき、天井という高所で、しかも極めて困難な姿勢で描いた姿を思うに涙さえ出てくる。それは5百年の歳月を超えて、人々に希望と勇気を与える。芸術とはそうした普遍的なもの。一方、人間の生き様の究極は『無』であり、その向こう側にあるのが『有』。自分は、その『無』を生涯のテーマとして描き続けている。それは、無形なものであるからこそ、それをどう表現するか──想いを形にする難しさがそこにある」

 行政も、芸術も、結局は、人々の生き様に関わる、飽くなき追求なのだ。

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□  季節感一杯 
2005年11月23日(水)


 千歳山に遊ぶ。

 勤労感謝の祝日、朝食後、子供たち3人に寒くないようにと身支度を整え、朝食後ほどなく出かける。家から徒歩で。まずは、入り口のこんにゃく屋さんであつあつのこんにゃくをほおばる。上り口からの階段に向かい、山腹の神社まで一気に。薄暗いためか、長女が「やまんばばあさんはいない?」と。一緒に登る人、階段を降りてくる人、すれ違う人はほとんどが比較的ご年配の方々ばかりだ。

 神社で手を合わせた後、東の方向に伸びる山道を辿る。道中、落葉樹が多く目に付く。かつて千歳山は松の木で一杯、冬場でも青々としていた。が、昨今は紅葉がきれい。松くい虫の影響で、松は枯れ、代わりの樹木が繁茂したためだ。マイナスイオンを一杯に浴びながらの散策。

 一旦千歳山を降り、お隣の万松寺へ。こちらの紅葉は、カエデの赤とイチョウの黄緑が織り成すあでやかな色彩。絵画を見ているような場面も。通称「ねんど山」でしばらく遊ぶ。こちらは我々以外に人影はない。

 又再び千歳山の参道入り口付近へ戻り、近くの食堂で遅めの昼食、そして帰宅。長男、二男はもとより、長女も途中「だっこ」など言わずにお兄ちゃんたちと同じように歩き続けられたことに驚く。

 夕方からは、季節を多少先取りして、クリスマスツリーの飾りつけ。今から丁度20年前に国際通貨基金(IMF)勤務のため米国首都ワシントンに単身赴任した際、かつてそのまた10年前の高校時代に留学してお世話になったホストファミリーから「ひとりで寂しいだろうから」と贈ってもらったツリーだ。子供たちとわいわいがやがや、と。

 出来上がってイルミネーションの点滅を眺めていると、大人でさえも気持ちがワクワクする。これから1ヶ月、子供たちの気持ちは「期待」で高まる一方だ。

 紅葉といい、クリスマスの準備といい、季節感一杯の一日──

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□  あれから1年・・・ 
2005年11月22日(火)


 東京国際家具見本市を視察。於東京ビッグサイト。

 テーマは“Modern Vintage du Japon” やまがたの「ものづくり力」の集大成として、来年1月パリで開催される“Maison et Objet”へ出展するに当たっての前哨戦も兼ねてのこと。カーペット、コートハンガー、ペレットストーブ、椅子・ソファー類、鋳物ティーポット、飾り棚、LEDランプ等、まさに現代の中に伝統が息づいている作品ばかり。他のブースに比して際立った「自己主張・哲学」がある、と客観的に評価できる。

 それにしても、周囲のカーテンの色調・縫い目、垂れ幕の長さなど細部をより詰めるべき点もいくつか見えたのは幸い、それはそれで、来る国際舞台の本番までに調整すればよい。

 会場内の東京ベイを遥かに臨むレストランで出展各社の代表と昼食、意気込みを皆で確認しあう。

 やまがたを海外から情報発信──今から期待に胸が膨らむ。

 昨年の今日、県知事選挙への立候補の決意を固めつつある中で、一部朝刊紙にて出馬意思ありの旨が報じられ、それをきっかけに、急遽、同日の夕方、陽もとっぷりと暮れた5時過ぎに、当時勤務先であった山形銀行のシャッターの降りた軒先で記者会見を行ったのである──

 「その時」県政が動いた ── あれから1年である。

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□  「美しき」日本のかたちへ 
2005年11月21日(月)


 鶴岡市合併記念式典に来賓として参加。県内第2の人口、東北1の面積としての新鶴岡市の誕生だ。これからの人口減少社会や地方分権型社会への対応が求められる時代、合併の英断に敬意を表したい。

 明日の用向きのためそのまま庄内空港から羽田東京へ。たまたま同便でご一緒した加藤紘一衆議院議員、出版記念パーティがある由、折角なので急遽出向いてみることに。

 「新しき日本のかたち」──

 丁度100年前の1905年、お隣中国では1300年余もの長きに亘り続いた科挙制度が廃止されるという大改革の真っ只中、我が国では日露戦争に勝利し、おそらくは大いなる国威高揚が見られたであろう、が、それが太平洋戦に突入する遠因となったと言っても過言ではなかろう。

 そして戦後60年、この間、高度経済成長、二次に亘るオイルショックを経て、バブル隆盛から衰退を辿る中で、「失われた10年」と揶揄される期間の後、今日がある。

 さて、これから100年、何を考えておかなければならないのであろうか。

 おそらくは、我が国がこれまで直面したことのない「人口減少」と、20世紀から21世紀かけての「人々の価値観の変化」であろう。

 究極には、人間の「数」と「質」の問題といっても良い。前者については、定住人口から交流人口の活用へ、そのための広域経済圏の形成へ、また男女共同参画社会の実現も見逃せない重要な処方策、後者については、人間の生き方そのものへの問いかけであるだけに深いが、地方にこそ問いかけに応えるだけの資源が存する、それだけに、政治的側面から見れば、より顔の見える行政へ、そのために権限および財源を国から地方へ、何としてでも地方分権改革を実現しなければならないし、その受け皿の確からしさのためにも市町村合併はより推進されるべきであろう。結局、行政単位としての「都道府県」自治は消滅の一途を辿るのであろう。

   「新しき日本のかたち」が「美しき日本のかたち」に結実することを願わずにはいられない。

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□  シンデレラ願望 
2005年11月20日(日)


 長女の4歳の誕生日。

 夕方からおじいちゃん、おばあちゃんを招いての誕生パーティ。その時を、待ち遠しく、やや興奮気味でさえありながら、終日過ごす。午後の早い時間から会場準備。そして、髪もしっかりと大人のように形作ってもらう。

 パスタ、かぼちゃサラダ、おばあちゃんから家族の誕生日にはいつもいただくお赤飯など、所狭しと並ぶ。そして、メインは、鳥の丸焼き。栗の詰め物も。ハーブの香りと味一杯。子供たちも大喜び。食欲旺盛。

 食事会の後は早速プレゼント──シンデレラ風の足首まであるドレス。何とか探し当てた本物だ。家族全員の前で身につけ、満面の笑み。窓ガラスに自身を映しながら、クルクルと廻ってドレスがきれいにふくらむ。そして、飛ぶように歩く姿は喜び一杯。何ともいえない。

 そして、恒例の誕生ケーキ、そしてその上に並ぶ4本のろうそくを一気に吹き消す、あの「フーッ」──二人のお兄ちゃんたちからの大きな声援を得て、一気にフーッ。

 こうして、ケーキのスポンジを含め、終日を費やした、何から何まで家内手作りの、誕生パーティは「シンデレラ願望」そのものを満たして、そして家族の賛美を一杯に受けて、大いに盛り上がるのであった。幸あれ。

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□  雪国の知恵 
2005年11月19日(土)


 初雪──山形市内でのこと。

 朝、長男を剣道に送り届ける際、市内のシンボル的存在である「千歳山」を正面に見ると、頂上から四分の一程度が雪化粧、そして残り四分の三は紅葉真っ盛り、という構図。幻想的でさえある。

 午前中は、二男、長女が通う幼稚園のPTA奉仕作業、要は園内に散在する落ち葉の清掃と主要な樹木の雪囲いのため。40〜50人程度は集まったであろうか、お父さんよりもお母さんの数が多い。落ち葉集めも結構の作業、レッキでガリガリと力を入れないと濡れた落ち葉は集まらない、そしてそれを大きなビニール袋につめ、リヤカーで一箇所に集中する。汗がにじむ。1時間少々、園は見違えるようになった。これでとりあえずの冬支度。

 午後は、第4回全国つどいの広場交流実践セミナー、於遊学館。

 「出会い、語りあい、育ちあい」がテーマで、全国から集まった約3百名の方々が、子育てについて、様々な角度から2日間に亘り語り合う。最も力を入れなければならない、そして就任以来その方向で取組んでいる分野、その意味でも全国大会が当地で開催される意味合いは大きい。

 同じ遊学館にて、会場を代え、山形市へ体験学習に訪れた遊佐町吹浦小学校4年生と会う。遊佐町は秋田県境に位置し、山形市内から最も距離のある自治体のひとつ。はるばる週末に出かけてきた生徒らと会い、大きく育ち、そしてふるさとやまがたをいつまでも愛することが出来るように、との想いで語り合う。中には、遊佐町、吹浦のことをどれだけ知っているかを質される場面も。人情味豊かで、湧き水も豊富な、現代の多くの人々が求めるスローライフにあったすばらしい町だ。

 夕方は、長男、二男を連れて郊外のショッピング街へ。すでにクリスマス商戦、小雨がぱらつくあいにくの天候にもかかわらす、結構の人並み。行きかう人々の表情も明るい。

 雪国の知恵のひつとは、子供らと一緒に雪に馴染むことで、心も明るくなるところにあるのだろう。

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□  改革の「宝の山」 
2005年11月18日(金)


 午後3時半の新幹線にて上京、その直前まで開催されていた山形県総合政策審議会、次期総合計画の答申を受ける──

 「やまがた総合発展計画〜『こども夢未来宣言』」──「県民一人ひとりの『こころざし』を山形の『チカラ』とし、誇りの持てる『未来に広がる“やまがた”』をみんなで創りあげよう」が基本目標。

 県民の主体的参画を促し、また一体となり、世界に情報発信しながら、新しい価値観に基づく未来の地域社会を力強く切り拓きたい──そんな想いが込められている。パブリックコメント後、県議会の議決を経て、最終的にオーソライズされる。そして、県民に均霑するよういわば情宣活動をしっかり行いつつ、予算編成や議会説明などの際の根拠として頻繁にクオートすることとなろう。そして、実際の取組みの評価検証を県民から、また自らも定期的に行うこととなろう。

 従来の行政は「縦割り」と揶揄される、「部分均衡」の側面が多かった。これからは、「全体均衡」を常に意識し、その実現を目指す必要がある。そのためにも、「予定調和」から「結果収斂」へ、そして事実、収斂するよう、「起点」的発想から「指向」発想へ、大きく舵を切らなければならない。それを県民の皆様にぜひともご理解いただかなければならないし、常に、そうあるかどうか、厳しくチェックしていただかなければならない。

 いつの世も、批判は、成長、発展、そして改革の「宝の山」なのだから。

 東京滞在1時間半、最終8時半の新幹線にて帰県。

 峠は雪──しかも、吹雪いている。米沢・福島間のこと。新幹線の車窓から眺める景色は、もう冬だ。

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□  「1/2成人式」 
2005年11月17日(木)


 「1/2成人式」にてお話をする。

 すなわち、「ハタチの半分である10歳」になる小学校4年生に向けてメッセージを、というのである。山形大学附属小学校からの依頼を受けてのこと──

 @「アリの目」と「鳥の目」(物事を詳細に見つめることも重要だが、より高い視点から眺めると全体像がつかめる)、A「チカラ」は「能力」と「努力」の掛け算(2倍の努力をすればチカラは倍に、逆にいくら能力があっても努力しなければチカラはゼロ)、B「『幸せ』正三角形の法則」(自分、家族、お友達など<社会>を均等に大切にすれば、その面積で表される「幸せ」は最大になる)、の3点が骨子。

 質問コーナーでは、何十人もの児童が手を挙げ、その人数が尽きることを知らない。本当に元気な子供たちだ。

 その後、3・4年複組みにお邪魔し、皆と一緒に給食。うどん、サラダ、揚げ物、牛乳、デザート。

 明るい陽ざしの中で、底抜けに明るい子供たちと、楽しい、そして心温まる、一時であった。

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□  「兄貴分」 
2005年11月16日(水)


 増田寛也岩手県知事を初めて県庁にお迎えする。

 講堂にてトップセミナーを開催、約2百名の役職員が集まる。県議会議員のお顔も。おそらく、本県で、こうして他県の知事をお迎えし、直接広く役職員がお話をお聞きすることは初めてではないか。

 増田知事は全国の知事の中でも「改革派」の代表格のような方。地元岩手における数多くの斬新な取組みに加え、政府に対して堂々と意見具申する姿は頼もしい限り。事実、本年初めて出席した全国知事会議において、これまた初めて実施された全国知事会会長選挙の2人の候補者のひとりであった(もう一人は現会長の麻生渡福岡県知事)。

 ご講演終了後、自動車関連産業に係る岩手・宮城・山形三県の連携についての合意を共同記者会見にて発表。今朝の毎日の記者会見に続いて、本日2度目の記者会見でもあった。

 実は、増田知事とは、先週10日(木)全国知事会議、11日(金)政府主催全国知事会議、週末をはさんで14日(月)地方分権改革総決起大会、15日(火)北海道東北地方知事会議、そして本日と5日間連続でお目にかかっている。これまた珍しい。

 お昼に二人だけでじっくりと意見交換をする機会にも恵まれた──考えの柔軟さ、そして行動範囲の広さに大いに学びたい。

 増田知事は宮城県の浅野知事をよく「兄貴分」と呼んでおられたが、その浅野知事も今週一杯でご退任──当方にとっては増田知事がまさに「兄貴分」だ。

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□  「『疲労』は『移動距離』に比例する」 
2005年11月15日(火)


 朝早く東京から秋田へ飛ぶ。

 北海道東北地方知事会議。新潟を含め8県が一堂に会する。浅野知事と増田知事とは昨日東京で開催された地方分権改革総決起大会に続いてお会いすることに。

 国への政策提言等5本(@地上デジタル放送の活用と普及、A道路特定財源の確保、B医師確保対策の充実・強化、Cアスベスト対策の推進、D大規模災害に対する総合的復旧・復興支援制度の確立)、ならびに三位一体改革に向けた緊急アピールを採択。いずれの課題も重要、それ故に北の各県が一致団結して取り組む意義は大きい。

 特に三位一体改革については、近々提示されるであろう政府・与党合意が地方案と大きくかけ離れている場合には、「これを受け入れないとの断固たる決意を持つ」旨も高らかに謳う。これは昨年3兆円の税源移譲のうち2.4兆円を決めた際に、地方が政府に押し切られたとの反省に立ってのこと。

 この間、医師確保対策について、岩手県が特定診療科(産婦人科)に限り、中国から中国人医師を大学病院に受け入れ、日本人医師は県内病院に異動する、といういわば「玉突き」を実践する動きを見せているが、それについての感想等を一部の報道機関か求められ、「一つの試み、参考にしたい」と述べるにとどめた。

 その後、丸森東北六県商工会議所連合会会長、幕田東北経済連合会会長、南山北海道経済連合会会長らを交えて秋田の季節の味を楽しみながら1時間程度懇談。浅野知事の送別会も兼ねてのこと。

 そして、今、横手・湯沢から主寝坂を経由して帰県の途上──そして、真後ろに明日本県庁にてご講演をお願いしている増田知事が乗った車を先導している。

 今日一日で、東京から秋田へ、そして山形へ──「『疲労』は『移動距離』に比例する」──本当かもしれない。

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□  リーダーシップ 
2005年11月14日(月)


 「地方分権改革総決起大会」のため、また再び上京。

 要は、@3兆円の税源移譲、A残り6千億円の国庫補助負担金の地方案実現、B施設整備費国庫負担金の移譲対象化、C義務教育費国庫負担金の税源移譲実現、D生活保護費の地方負担転嫁阻止、E国庫補助負担金の交付金化阻止、F地方交付金の総額確保、G第2期改革の推進、H国と地方の協議の場の制度化、I地方の更なる行財政改革、を実現せんとするもの。同趣旨を「緊急決議」として採択。

 さらに、欲を言えば、単なる国の負担率引下げは三位一体改革の趣旨に反する旨も謳ってもらいたかった。

 小泉総理(代読)ならびに竹中総務大臣(本人)から「今月中に結論を得る」旨の明確な期限設定があった。また、武部自民党幹事長(本人)からも「共通の認識・価値観・問題意識をもって、ともに頑張ろうではありませんか」との力強い発言も聞かれた。

 夕方は、親しい法曹界の重鎮との懇談。そこでも、三位一体改革が話題に。

 もはや、小泉総理のリーダーシップ・決断なくしては道は開かれまい。

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□  子どもとの対話 
2005年11月13日(日)


 夕方、暗くなりかけた頃、公務を終えて帰宅すると、子どもたちが「待ってました!」とばかりに駆け寄ってくる──

 「ここちょっと教えて」と国語の問題を聞きに来る長男、「おすもうしよう」とすでにしこを踏んでいる二男、「パパつかれた?つかれていなかったらこれよんで」と絵本を持ってくる長女──そして、夕食も、お風呂も、そして寝付きの際も3人一緒。ホッとするひと時だ。

 しかしながら、それもつかの間、明日早朝からまた再び宿泊上京。

 短時間でも、子どもの顔をしっかりと見つめること、そして対話を心掛けたい。

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□  咀嚼(そしゃく) 
2005年11月12日(土)


 児童秋果実収穫体験学習会を視察。

 東京より4つの小学校5年生約30数名が2日間の予定で来形、山寺や蔵王の自然を満喫してもらう企画。丁度山形市内でそば打ち教室に参加中の児童らを激励──「山形を大いに楽しんでもらって、好きになってもらいたい、そして将来、山形に住んでみたいな、と思う人は是非連絡してね」と。「天保のそば」のお話も伝える。県外の子供たちにも「やまがたファン」になってもらうことが、文字通り、「やまがた改革」が目指す「未来に広がる『やまがた』」に繋がるに違いない。こうした企画を官・民ともにどんどんやろう。

 その後、山形県歯科医師会創立百周年記念式典へ。本県選出の衆参両国会議員全員が本人出席、というのも歯科医師会ネットワークの広さを物語る。

 ご挨拶の最後に、「咀嚼」(そしゃく)の大切さを訴える──

 すなわち、「食物をかみくだく」ことと「物事をしっかり理解すること」の二つを含意しているが、後者とて健康であって始めてできることであり、その意味でも、「『歯』の健康は大切」と。

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□  政府主催「全国都道府県知事会議」 
2005年11月11日(金)


 総理官邸にて、政府が主催する全国都道府県知事会議が開催され、初めて出席する。

 内閣総理大臣と関係閣僚との意見交換の場として、毎年開催されている由であるが、今年は三位一体改革が大詰めとなる中で、政府と地方が一堂に会して直接話し合える最後のチャンスであり、特に重要な機会である。

 都道府県会館よりマイクロバスに分乗して官邸へ。道中、全国知事会会長の麻生福岡県知事と古川佐賀県知事と一緒になり、政府に対する「物言い」の最終調整、とりわけ「生活保護費の地方への負担転嫁は絶対認められない」旨執拗に要請することで一致。

 官邸入り後、冒頭、小泉総理からは、「民に出来ることは民で、地方に出来ることは地方で、という改革の方針で臨み、それが具体的数値に表れるように、と努めてきた。今後ともその姿勢に変わりはない」との趣旨の発言があった。

 その後、各県知事から三位一体改革・地方分権改革を中心に、またその他の重要事項として基地、領土、少子化等について意見開陳、要望等を2時間近く行った。その間、小泉総理は目を閉じたり、発言者の顔をまじまじと見たりしながら、最後に次のように総括した──

 「三位一体改革については、従来より述べている通り、地方の意見を尊重して行う。すなわち、それは、地方の裁量権ならびに自由度を拡大することであり、また将来の問題として、税制決定権や道州制などを巡る議論である。当面の国政課題として、基地問題については、関係者全てが賛成というわけにはいかないだろうが、安全・抑止力・負担軽減の観点から、ギリギリの選択を行っている。また、北方領土問題については、近々来日するプーチン大統領とよく話し合いたい。さらに、子供が学校終了後夕方8時までの『魔の8時間』といわれる時間帯への適切な対応こそが、少子化問題や男女共同参画問題にも貢献するものと思う。」

 総理退席後、若干の休憩を挟んで、関係閣僚との約3時間に亘る意見交換。テーマは、引き続き三位一体改革・地方分権改革に加え、道路・交通、国民保護・防災、医師確保・医療、まちづくり・地域振興、外交、など6分野が中心。この間、打ち合わせ通り、「生活保護費の地方への負担転嫁容認できず」のアピールを何かにつけて行う。

 当方は、というと、小泉総理に対して、経済的側面から見た男女共同参画の重要性を改めて認識してもらうべく何度も挙手したが、残念ながら、司会役の竹中総務大臣からの指名がなかった。その様子を見かねた、ベテラン知事である佐藤福島県知事と浅野宮城県知事が、指名を受けるための「コツ」を伝授してくださり、それが功を奏したのか、関係閣僚に対しては発言の機会が与えられ、次のように切り出した──

 「供用率45%の本県に早く高速道路を、と単純に要請するつもりはない。背景がある。それは人口減少に起因する。すなわち、全国に先駆けて人口減少に直面している我が山形県において、生産基本要素の資本と労働のうち後者の労働力確保対策を講じなければ、我々は今後豊かになれない。そのための施策の一つが男女共同参画社会の実現であり、もう一つが貿易論に習って地方も比較優位分野に特化した生産体制を敷き、足りない分野は他県から補ってもらえるよう、広域交流・連携を図るという、広域経済圏の形成である。そこで、道路である。すなわち、ヒトとモノの交流連携のために道路・交通ネットワークの整備は欠かせない。云々」

 これに対して、北側国土交通大臣から、「山形県の知事からの指摘のように、高速道路はネットワーク化されないと本来の機能が発揮されない。道路財源のあり方について、一般・特定の議論があるが、それにかかわりなく、いずれにしても優先順位をつけて、しっかりと対応したい」との答弁を引き出せたのは収穫であった。

 ところで、小泉総理から次のような発言もあった──

 「先般のシラク大統領とお会いした際、海外からの観光客がフランスの場合年間7千万人と世界一であるのに対し、我が国では6百万人にとどまっている。これは日本の情報発信力が弱いためだ。そこで、我が国の歴史と文化をもっと海外の方々に知ってもらえるよう、文化庁が旅のプランを公募し、席上の『わたしの旅〜日本の歴史と文化をたずねて〜2005』にまとめた。参考にされたい」

 その資料を見て、喜びとともに、我が県に対して、ますます自信がわいてきたのである──応募総数786プラン、うち105プランを「100選」として選定、さらにその中から1プランが大賞を、10プランが特別賞を受賞した。我が山形県を取り上げたのは全体で4プランと東北各県中1位(全国1位京都15、2位奈良・東京各9には及ばないものの大健闘)、そのうち酒田と鶴岡の雛街道を取り上げた『ひな街道を行く』が特別賞を受賞、という内容であったからだ。

 我が山形県に秘められた大いなる「チカラ」の発揮──今後さらに期待してもらいたい。

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□  戦略会議 
2005年11月10日(木)


 全国知事会議。明日の、小泉総理大臣の出席を仰いで開催される「全国都道府県知事会議」の、いわば「戦略会議」的位置付け。

 特に、三位一体改革おける、@文部科学省が現状維持を主張している義務教育費国庫負担金を織り込めるか、A厚生労働省が提案している生活保護費等の国庫負担削減・地方への転嫁を阻止できるか、Bそれらがクリアーされたことを前提に、第二期改革分が如何に担保できるか、等の問題が中心である。

 知事会としては、そうした問題に対して断固とした姿勢を貫き通したい。そして、小泉総理大臣から積極的発言を引き出したい。その意味で、まさに、明日は、三位一体改革の「天王山」。

 全国知事会議ではいつも宮城県と岩手県の間の席が山形県。浅野宮城県知事とこうしてお隣あわせとなるのはこれで最後。来週山形県にお迎えする増田岩手県知事に対しては「職員一同ご高話を楽しみにしている」旨をお伝えする。

 夕方6時過ぎに終了、その後も、折角の上京の機会なので、JTB、財務省、預金保険機構の関係者と精力的に面会・訪問を重ねる。気が付けば9時過ぎ。途端に空腹を覚える。短時間ではあったが、旧知の仲間を誘って腹ごしらえを兼ねた懐かしいひと時を過ごす。

 上京途中の新幹線車窓から、季節の移ろいを感じる──今が盛りの紅葉、特に栗子峠付近が絶景、そして蔵王温泉付近までのうっすらとした雪化粧──

 冬の訪れは、着実に、もうすぐである。

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□  子供たちの想い 
2005年11月9日(水)


 今日から出張等で、週末土曜日まで子供たちと顔を合わせることがない。

 それを想いながら、「パパはしばらくいないから、ママをしっかり支えてね」と言い残して、「じゃ、行ってくるね」と出勤。「うん、行ってらっしゃぁ〜い」と子供たち。でも、先日買ってあげたキャラクターDVDに夢中、こちらの気持ちは受け止めてもらっていないのは明らか。

 子供たちの想いは複雑、いずれにしても親の想いとのすれ違いは世の常のようだ。

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□  山形の「顔」 
2005年11月8日(火)


 県観光ボランティア連絡協議会が創設される。

 県内には76団体、1864名もの観光ボランティアが活躍している。その地域、スポットを熟知している方々、個々に精力的に活躍していた方々が、その総意に基づき、県内横断の連絡協議会を作ったのだ。「他の皆さんはどんな活動そしているのだろう、知りたい、協力し合いたい」という皆の発意に基づいて連絡協議会が出来ることがすばらしい。いわば山形県の「顔」、県境のない自然体系に鑑み、今後さらに近隣県との