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日銀新「リスク管理チェックリスト」のポイント
「デリバティブ取引に関するリスク管理チェックリスト」の考え方について
ドイツ統一コストと最近の欧州問題について

日銀新「リスク管理チェックリスト」のポイント

(週間 金融財政事情 1996年7月〜8月に掲載された記事より抜粋)

斎藤弘   (当時の所属:役職:日本銀行考査局調査役)

はじめに

今般、近年の金融自由化や金融技術革新の進展に伴う影響等を織り込むべく、約10年振りにリスク管理チェックリストの全面的な改定を行った(以下「新チェックリスト」)ので、以下、改定の趣旨や新チェックリストの主な内容、利用に当たっての留意点等について述べることとしたい。

リスク管理のチェック項目一覧<チェックリストより抜粋>

経営・内部管理部門

1.経営方針等
  • 経営方針の健全性、明確性等
  • リスク管理の考え方の浸透度
2.内部管理
  • 組織・権限体系、報告システム
  • 人材の確保・育成
  • 内部検査
3.収益管理、会計方針等
  • 収益管理
  • 会計方針
  • 関連会社のリスク管理
  • 法令へのコンプライアンス等
4.コンティンジェンシー・プラン
  • コンティンジェンシー・プランの策定・浸透

融資部門

1.総論
  • 経営陣の信用リスクに対する認識
  • 信用リスクの統合管理
  • 人材養成
2.国内審査管理
  • 事前審査1(信用調査)
  • 事前審査2(資金使途等)
  • 中間管理1(融資実行後のフォロー)
  • 中間管理2(システム・サポート)
  • 中間管理3(問題先管理)
  • 債権保全
  • 融資規律
3.海外審査管理
  • 事前審査
  • 中間管理
  • 債権保全
  • カントリー・リスク管理
  • ローン・コミットメント(簿外

市場部門・ALM

1.市場業務全般
  • 経営陣のリスク認識等
  • リスク管理制度
  • 市場実務・取引内容
  • その他体性整備
2.トレーディング
  • 管理体制
  • マーケット・リスク等管理
  • 市場取引にかかる信用リスク管理
3.有価証券投資
  • 管理体制
  • マーケット・リスク管理
  • 信用リスク等管理
4.資金繰り
  • 管理体制
  • 流動性リスク等管理
5.ALM
  • リスクの把握
  • ALM組織の運営
  • ALMの実践

事務・EDP部門

1.事務
  • 経営陣の事務・EDPリスクに対する認識
  • 組織・体制
  • 現金・現物・重要鍵
  • 異例事務
  • その他事務
2.EDP
  • 組織・体制
  • 防犯・防災・バックアップ対策
  • 企画・開発体制
  • 運用体制
  • 不正利用防止策

以上各業務部門別の主な内容

経営・内部管理部門

まず経営・内部管理部門であるが、(1)経営方針等、(2)内部管理、(3)収益管理、会計方針等、(4)コンティンジェンシー・プランの4つの区分から成り立っている。リスク管理に関する経営レベルでの基本的な考え方・取り組み姿勢を重視するとともに、法令遵守(コンプライアンス)、災害等偶発事態への対応策(コンティンジェンシー・プラン)等に関わる項目が盛り込まれており、新チェックリスト全体の中でも最も重要な位置付けとしている。全体の冒頭に配置したのもそうした意味合いを込めてのものである。
金融自由化および自己責任原則の下での金融機関経営においては、業務運営とリスク管理はいわば表裏一体の関係となっている。そうした中にあって、経営陣は経営戦略に基づいて業務毎の運営方針を明確化する一方、業務の円滑な遂行、経営目標達成のために、適切な経営資源の投入を図りつつリスク管理体制の整備を行っていくことが不可欠である。今日、国際的にみても、こうした認識から経営陣のリスク管理にかかる責務が極めて重要視されており、新チェックリストの考え方もこうした流れに沿ったものとなっている。
経営・内部管理部門に揚げられた諸項目は、文字通り金融機関経営の要となるものである。例えば「内部検査」や「法令へのコンプライアンス等」の項目は、最近の事件・事故例を踏まえ、それらの再発防止のためには、まずもって金融機関自身が自己責任原則に基づき内部の相互牽制が有効に機能するリスク管理体制を整備することが必要との観点に立ったものである。また「関連会社のリスク管理」の項目は、金融機関の関連会社(いわゆる系列ノンバンク等)の支援、清算等に伴う負担発生などに鑑みたものである。
さらに、「コンティンジェンシー・プランの策定・浸透」の項目は、昨年1月の阪神・淡路大震災の際の教訓も踏まえて、災害時等においても金融機関が社会的な機能を果たし続けるために必要な事項を織り込んだものである。こうした災害時等の対応関連事項を、事務・EDP部門ではなく、経営・内部管理部門に取り込むこととしたのは、単なるシステム部門のバックアップ体制等の整備のみに止まらず、経営資源の配分や指揮命令系統の整備などといった点まで含めた、経営全体における「危機管理」の問題として捉えるべきとの考え方に基づいている。

融資部門

融資部門については、経営・内部管理部門の次に配置し、その重要性を強調している。
融資は、わが国の金融機関にとっていえば伝統的な分野であるだけに、その関連リスクである信用リスク管理は、金融機関のリスク管理全般の中でも依然要諦にある。これまで金融機関の経営が揺らぎ、あるいは破綻した原因の多くは融資部門の問題に起因するケースが多かったことに鑑みれば、業務の多様化・高度化が進む中にあっても、その重要性はいささかも後退していないといえよう 融資部門は、(1)総論、(2)国内審査管理、(3)海外審査管理の3つの区分から成っている。 今回の改定における特色は、「総論」の充実である。ここでは、信用リスクに対する基本認識や信用リスクの統合管理、人材養成と入った融資全般に関わる項目を取り上げている。特に「信用リスクの統合管理」の項目では、いわゆるバブル崩壊に伴う不良資産の増加に鑑み、与信集中の回避等に関する留意点を盛り込むとともに、米銀等の最近の動向も踏まえつつ、与信統合管理の推進、案件格付とその定期的見直しによる自己査定制度(ローン・グレーディング&レビュー制度)の導入等を展開しており、全体としてリスク管理のさらなる高度化に資するよう配意している。 具体的には、まず第1に、業務の多様化(需要サイドからは調達手段の多様化)が進む中で、手形割引、貸出、支払承諾、簿外与信等のいわば従来型与信に止まらず、CPの引受・保有、株式の政策投資等に伴うデフォルト・リスク、デリバティブ等市場取引に伴う実質与信など、信用リスクを伴う全ての取引を統合管理することに、第2に、国内与信・海外与信とも合算管理するべきこと、第3に、与信先については、情報入手が可能な範囲内でグループ単位での与信管理を基本にすること、等の観点を織り込んでいる。

市場・ALM部門

市場・ALM部門は、近年のデリバティブ取引の急速な拡大、あるいはALMの巧拙が金融機関収益に及ぼす影響の拡大等、金融機関の扱う各種業務の中でも金融自由化や金融技術革新の進展の影響を最も強く受けている分野であることは、改めていうまでもない。 その一方で、市場業務における最近の損失事例は、いずれも、相互牽制や内部管理・検査の徹底といったリスク管理の基本が疎かとなっていたことがその大きな要因となっている。また、こうした事例1件当たりの損失額も拡大しつつあり、中には経営全体を揺るがすに至ったケースもみられている。 このため、今般の改定に当たっては、最近の市場取引の実態を十分に踏まえた上で、リスク管理の方向性を明示するよう意を用いた。 新チェックリストでは、市場・ALM部門を大きく(1)市場業務全般、(2)トレーディング、(3)有価証券投資、(4)資金繰り、(5)ALMの5つに区分し、多数の着眼点(例)を配置(194項目)することにより、あるべきリスク管理の方向を具体的に示している。 まず、(1)市場業務全般の項では、経営陣のリスク認識や、規定等の整備状況、報告体制、人材育成などマーケット部門全般に亘るテーマを取り上げている。とりわけ、「リスク管理制度」の項目では、最近の損失事例等の教訓を踏まえ、「牽制機能」と「内部管理・検査体制」の充実を強調している。 また、今回の改定では、「経営陣のリスク認識等」の項目において、「外為取引にかかる決済リスクの認識」にかかるチェックポイントを新たに設けているのも特色の一つである。これは、決済リスクの管理については、その規模の大きさに比し、金融機関の取組が未だ十分とはいえないため、本年3月27日に公表されたバーゼル(BIS)ペイメント委員会報告書(「外為取引にかかる決済リスクについて」)に依拠しつつ、金融機関の認識を高めることを企図したものである。 一方、(2)トレーディング、(3)有価証券投資、(4)資金繰り、(5)ALMの項では、各論的なテーマを取り扱い、リスク管理体制およびリスク管理手法等につきチェックポイントを体系的に整理している。各々の業務分野の特性に応じたリスク管理の方向性を提示しているが、ここで問うていることを要約すれば、「リスクの所在・量を正しく理解・把握した上で、運用管理基準等のルールをいかに遵守しながら業務運営を行っているか」、ということに尽きる。リスク管理の手法が高度化しても、常にこうした原点に立ち返りつつ体制整備を進めていくことが肝要である。

事務・EDP部門

事務・EDP(Electoronic Data Processing)部門は、金融機関の円滑な業務運営の土台となるものである。事務処理の堅確性は、事件・事故防止や顧客からの信頼維持の観点からも不可欠な要素といえる。従来から「事務と営業は車の両輪」と言い倣わされており、今日においてもその重要性は些かも低下してはいない。 一方、近年は金融機関業務のEDP化が大きく進んでおり、情報技術の発展に伴う新たな取引形態(顧客の端末機を利用した資金取引等)等も次第に広がりをみせてきている。 こうした状況を踏まえ、今回のチェックリスト改定に当たっては、従来からの伝統的な事務リスクに対するチェックポイントを体系的、網羅的に整理することはもちろん、EDP部門のウエイトを高め、最近の新しい取引形態をもできるだけ視野に入れた。 事務・EDP部門の内容をみると、(1)事務、(2)EDPの2つの区分から成り立っている。まず(1)の冒頭に、事務・EDP部門全体に関する経営陣のリスク認識を問う項目を配置し、以下、事務、EDP双方とも最初にまず当該分野全般に亘る総論的な項目を「組織・体制」として整理、続いて各論的なテーマを配列する形としている。(1)事務で取り上げているのは、現物管理、異例事務等といった事務処理のいわば伝統的な項目に関するものであるため、チェックポイント、着眼点(例)としても基本的なものが中心となっている。 一方、(2)EDPにおいては、防災・バックアップ対策(経営・内部管理部門におけるコンティンジェンシー・プランとは異なり、純粋にシステム面のみに限ったもの)、企画・開発体制、運用体制といった従来からの流れに沿ったチェックポイントを配置している。また、新たに設けた「不正利用防止策」では、オンライン・システムやEDP化された新たな対顧客取引形態においては、顧客の利便性への配慮等の観点に立ったシステム・ダウン防止策等もさることながら、内部者の不正行為防止と防犯が重要なポイントとなるため、こうした対策の必要性を再確認する旨を謳っている。 なお、EDP部門においては、今後の体制整備にやや時間を要する点も含まれている。例えば「運用体制」および「不正利用防止策」の項における重要ファイルないし重要伝送データの暗号化といったものがそれに当たるが、これらについては、他の部門と同様、今後の方向性を提示することにより、リスク管理の高度化の流れの理解に資するよう配慮したものである。 また、「不正利用防止策」の中では、着眼点(例)として「インターネットを利用した資金移動サービスにおけるセキュリティ確保策の完備等」を挙げているが、これは、インターネットを利用した資金移動サービスが今後広範化した場合に備えて記載したものである。

自己責任原則に基づく体制整備を

もとより、実地考査において、金融機関が行うすべての取引内容をチェックすることは事実上不可能である。したがって、最近みられた事例に類した事件・事故等の再発を防止するためには、まずはなによりも金融機関自身が自己責任原則に基づき、それぞれの経営方針や業務実態を十分に勘案しつつ、自らの創意工夫をもって内部の相互牽制が有効に機能するよう、リスク管理体制を整備しなければならない。 その際には、各金融機関が個別リスクの管理手法に精通するだけではなく、リスク管理においてとりわけ経営陣が果たす役割が大きいこと、業務運営の実態に対応したリスク管理体制を整備すること(いわば「身の丈に合ったリスク管理体制」)、日々の業務運営のなかにリスク管理に関する考え方や仕組みが織り込まれているのが重要であること、等に留意する必要がある。先般、本チェックリストを考査先金融機関に対して送付したのも、各金融機関がかかる観点からリスク管理体制を自ら点検・整備していく際の一助として活用することを期待してのことであった。 もっとも、その際には、リスク管理体制の構築が、あくまでも個々の市場参加者の自主的な判断のもとに行われるべきものであり、そのあり方は経営方針や業務の実態によりおのずと異なるため、画一的な基準等にはなじまないものである点に留意する必要がある。したがって、自らのリスク管理体制の点検・整備のために本チェックリストを用いる場合には、本チェックリストが遵守すべき最低限の基準等を示したものではないこと、また先進的な金融機関にとって今後目指すべき点も含まれていること、等をふまえる必要がある。 実地考査では、個々の金融機関がこうした内部チェックシステムの機能確保を含め、将来のリスク顕現化に備え、全体としてリスク管理体制を適切に整備しているかどうかを点検(事前チェック)することが今後ますます重要になる(したがって、たとえば、事件・事故等につながりかねない取引を個別にチェックすべく多くのマンパワーを投入するということではない)と考えている。このため、今後考査員が実地考査において、金融機関のリスク管理状況を調査する際には、本チェックリストを十分に活用していく所存である。 なお、リスク管理の分野は絶えず高度化を続けているだけに、今後本チェックリストを定期的に見直していく方針である。