論文・執筆

執筆論文一覧
日銀新「リスク管理チェックリスト」のポイント
「デリバティブ取引に関するリスク管理チェックリスト」の考え方について
ドイツ統一コストと最近の欧州問題について

「デリバティブ取引に関するリスク管理チェックリスト」の考え方について

(月刊 監査研究 1996年4月号「第29回内部監査推進全国大会での講演内容」より抜粋)

斎藤弘   (当時の所属:役職:日本銀行考査局調査役)

ただ今ご紹介いただきました斎藤でございます。本日は第29回目の日本内部監査協会の内部監査推進全国大会という、大変由緒ある会合にお招きいただきましてありがとうございます。
本日は、私どもが先般作成いたしました『デリバティブ取引に関するリスク管理チェックリスト』の考え方を、金融機関を巡るいろいろな新しい動きの中で重要な部分を占めるものとして、ご説明申しあげたいと思っております。

1.チェックリスト策定のねらい

昨今も新聞等をにぎわしておりますが、金融機関を巡る情勢は、大変厳しゅうございます。現在、大きく分けて2つ問題があろうかと思います。1つは不良債権の処理という観点、もう1つは、本日お話申しあげます新しい分野への取り組みです。
先般、金郵制度調査会から報告書が出ましたとおり、ディスクロージャーの促進ということが、不良債権の問題、新しい分野でのデリバティブズの取引の中で、特にクローズアップされてきている問題です。その中で、3つのポイントがあります。
1つは、自己責任原則の徹底ということです。いろいろな取引を行うのに、オウン・リスクでやってください、その範囲内でやれるようにということです。
2つ目は、マーケット・メカニズムを通じたインセンティブの付与ということです。システム監査にしろ不良債権にしろ、それをディスクローズするということは、ある意味では、自分の経営の質をマーケット・メカニズムに審査してもらうということです。
その状況は、株価にも反映されるでしょうし、実際の取引量にも反映されることになるかと思います。仮に経営がうまくいかなかった場合には、マーケットは十分に斟酌し、これをディスカウントするという形になってくるということです。
3つ目は、定性的開示の重要性ということです。ディスクロージャーの中でも、特にリスク管理体制は当社、当行はこういうことで行っていますという形で開示して、すべての情報を網羅し、その中で話し合うということです。
この3点を中心にして、ディスクロージャーの促進を図っていこうということだろうと思います。そうした中にあって、内部監査、監査人監査の役割は、殊の外、これから重要になってくるのではないかと考えます。
不良債権の問題は、また別の機会に譲るとしまして、新しい分野での動きについて、私ども日本銀行の考査局の考え方をお話申しあげたいと思います。OHPを使ってお話いたします。
制度上の動きとして、ディスクロージャーが重要だということを今、申しあげましたが、さらにBIS(国際決済銀行)マーケット・リスク規制、時価会計というのも同様に大切な動きであります。
1995年の4月に、BISバーゼル銀行監督委員会からBISのマーケットリスク規制案が発表されました。標準的アプローチ、内部モデル・アプローチという2つのアプローチを採用して、特に内部モデル・アプローチにおいては、各行が自分達で開発したリスク管理の在り方を、ある一定の定性的・定量的な基準の下で当局が判断し、認可した場合には、それをもってマーケット・リスク量を計測できるという動きです。
監督の立場からしますと、これは極めて重要な転換です。今まで監督規制というのは、「これを守ってください」という形できたわけですが、BISマーケット・リスク規制案の特に内部モデル・アプローチについては、実際に行っているものそのものが、規制のものさしになるということです。マーケット・フレンドリーな規制の在り方という新しい考え方が、採用されているとも言い換えることができましょう。
時価会計については皆さまもご存じかと思いますが、こうした新しい分野においては、債権債務関係が、売り手側、買い手側が、市場のいろいろな条件によって時々刻々変わってしまう。したがって、自分がどういうポジションにいるのか、将来にわたる損益も現在時価に割り引いて、今いくらかということを把握することが、大切になってくるということです。
デリバティブズの動きは、われわれが日常の実地考査を通じてみている限りでは、上位行、下位業態の中で、ここに示してあるような2つの動きに大きく分けられるのではないかと思います。
1つは、上位行における管理手法の高度化ということです。今、上位行では、大変な勢いで管理手法の高度化を進めています。われわれが想像する以上のスピードです。
2つ目に、すそ野の拡大という動きがあります。地方の小さな信用金庫においても、こうした分野に手を染めた結果、かなりの含み損を抱えているという事例が、われわれの実地考査を通じても見受けられるところです。
本日ご参列の内部監査を行っている皆さまの金融機関のみならず、企業を見る目というのは、私どもが日本銀行の考査を通じて見る目と相通ずるところが多々あるのではないかと思いますが、こうした状況に対応するためには、どういうことをみていけばいいのか、どういうことをわれわれができればいいのか、ということです。
1つは、リスク量の定量化ということでしょう。実際に、金融機関なり企業が抱えているリスク量を私どもが検証することによって、さらにリスク認識を高めていただくという姿です。
もう1つは、定量的なアプローチに対して、リスク管理体制の評価という定性的なアプローチです。
この中に、「リスク管理チェックリストに基づいた評価」とあります。これが私どもが4月末に各金融機関にお送りしました『デリバティブ取引に関するリスク管理チェックリスト』でして、こうした戦略の下に作られたチェックリストだと、ご理解いただければと思います。
こうした全体的な流れの中で、本日お話申しあげようと思っているのは次の4点です。

  • 今現在、デリバティブの取引が極めて増大している姿を、数字をもって具体的にみていただこうかと思います。
  • いろいろなデリバティブのリスクというのは、これまでの金融機関の中の貸出しにおけるリスクと多少違う面もあります。こうした点について、どのような考え方で臨めばいいのか、どういう点に注意すればいいのかということを、簡単に申し述べたいと思います。
  • われわれが実地考査を通じて見聞きできます不健全な取引事例で、こういう点が危ないよということを、ご提示したいと思っています。
  • 『デリバティブ取引に関するリスク管理チェックリスト』の考え方について、敷衍できればと思っています。

2.チェックリストのポイント

1. 経営陣の役割

この中では、リスクを理解し、リスク管理の必要性を認識しているか、ここが重要だと思います。そのための必要な体制を整備しているか。これを経営陣の役割として、認識しておきたいと思っているわけです。

2. 業務運営

これは3つあります。
1番目は、市場制度や慣行にそった実務取扱いを行っているかどうか。
2番目は、顧客とのトラブルを防止する。そのために、販売時にいろいろな説明を行う。そのために、トレーダーや営業員が遵守すべきルールを定めているかどうか。
3番目は、リスク管理能力、経営体力と比べて不相応なリスク・テイクを行っていないかどうか。言い換えれば、自分の体力に見合ったリスク・テイクを行っているかどうかという点を判断することが重要だと思います。

3. リスク管理制度

この中のキーワードとしては、明文規程、適時の見直しということです。


明文規程というと、どのように具体的に明文化すればいいのかという質問をよく受けるのですが、これは2通りの考え方があります。
1つは、市場業務規程というものがあったとしますと、その中にこうした新しい分野の考え方を織り込む。もう1つは、各金融機関、企業においても業務計画があろうかと思いますが、毎年度ないし毎期ごとに、業務計画の中にこうした考え方を織り込む。この2つの方法があろうかと思います。
こうした分野では、適時・適切な見直しが重要です。日進月歩の世界です。3年後に同じような考え方をしているか、5年後はどうかということをみてみると、必ずしもそうではないだろうという点が多々あります。したがって、そのつど、適時の見直しを行うことが重要です。
2番目は定量的な計測ということです。頭取なり社長が重要だと思うようなことは客観的にリスク量を判定するために定量化ということが重要だと思います。
3番目は、リスク管理専担者や独立したリスク管理部署の設置とあります。
独立したリスク管理部署というのは、容易にわかろうかと思いますが、私どもがみている金融機関の中で、独立したリスク管理部署で組織的に対応しているところはそう多くはありません。ようやく上位行の中で、こうした認識を持って対応し始めたところが出てきたところです。
したがって、リスク管理専担者を1つの組織ないしは部の中に設け、機能として確保しているということも、是としようではないかという考え方です。リスク管理専担者とはどういうものかというと、たとえばディーラーとリスク管理専担者が机を並べていたとします。リスク管理専担者の上司である課長に報告するという義務をディーラーが負っているとすると、リスク管理専担者は、ディーラーと同じように課長に報告していたのでは、専担者としての機能が確保されているかというと、そうではないというように判断します。
リスク管理専担者は直属の課長ではなくて、部長ないしは担当役員に直接レポーティングラインを持つ。こういうことをもって、リスク管理専担者としての機能を果たしていると、われわれは判断するわけです。物理的に机が隣り合わせになっているかどうか、部屋が別かどうかというのはさほど問題ではない、ということを申し述べておきたいと思います。

4番目は定期報告のための体制整備ですが、この辺はいわずもがなだと思います。

3.若干の留意点

この『デリバティブ取引に関するリスク管理チェックリスト』は、目線を高く設定してあります。高いという意味は2つありまして、1つは、向こう3年から5年という先をみた姿で書いています。現在、これを十分に満たしている先は皆無であると考えていただきたいと思いますが、先を展望した書きぶりになっています。
もう1つは、このチェックリストは金融機関の3つの業態を対象にしています。1つはグローバル・ディーラーとして世界的な業務を展開し、自分でも大きなポジションをとって行う先。2つ目はカスタマー・ディーラー。自分はポジションはとらないけれど、お客さまのニーズに応じて行うと同時にミラー取引を行って、自分はリスク・ニュートラルになっているという姿。3つ目はエンド・ユーザー。市場に顧客として参加するという金融機関。こういう3つの金融機関を対象にしていますので、グローバル・ディーラーにあわせて書いてある部門も多々あるということです。
その2点にご留意いただいて、ご利用いただければと思います。
いずれにしてもリスク管理という点は、これから少しずつ認識を喚起しながら、各金融機関、事業法人等において定着することが望まれるわけですが、何はさておき自己責任原則、つまり自分のリスク管理体制なり、自分の体力に見合った取引を行うという点が、重要になってくると思います。
本日ご参列の皆さまも、そうした目を持って、各組織のリスク管理体制の在り方、組織の在り方、職員の質等を判断されて、適切なご指導をいただければと思います。